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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
605/935

0563 披露宴

第六皇子リュンとシオ・フェン公主の披露宴(ひろうえん)は、皇宮内の禁城で執り行われる。

その禁城の西華門の近く、西白殿には、異国からの使節団、特使、大使などが集まっていた。


時刻は正午。

そう、公式行事としては、リュン皇子とシオ・フェン公主が、帝都民にお披露目を行っている時間帯だ。

だが、西白殿にいる者たちにとっては、お披露目の行列よりも大切なものがある。


それは、外交。


この西白殿は、今日一日、外交の場と化している。

もちろん彼らは、明日以降もしばらくは帝都に残り、各国との外交交渉を繰り広げる。

今日は、その前哨戦(ぜんしょうせん)だ。

皇宮側もその事は理解しているため、夕方五時から開始される披露宴であるが、朝九時には西白殿の準備を整え、使節団たちに場を提供していた。


なにせ、五年ぶりの皇子と正妃との婚姻(こんいん)である。

それはとりもなおさず、五年ぶりに活況を呈した外交の場でもあった。



そこには、遠く多島海地域からも使節団が送られてきている。

とはいえ、その多くは商人だ。

外交官ではなく、国の認可を受け国の代表としてやってきた商人たち。


さすがに、多島海地域とダーウェイは離れすぎているため、外交交渉をする必要性はない。

また、他の多島海地域の国々とは、最近起きたスージェー王国の騒乱終了後に地域会議が開かれたため、今さら話し合いをする必要性はない。


とはいえ、東方諸国を代表するというより、東方諸国そのものとも言うべき超大国での皇子の婚礼だ。

誰も送らなかったがために、後々めんどうなことになっても困る。

そのため、商人に国の使節団としての認可を与え送ってきた。


商人たちとしては、帝都などで珍しい品を買い付けて国に戻れば、多くの利益は出る。

船を出したことのない海を行かねばならないためにリスクはあるのだが、それを補って余りある利益は出る。

そういう理由で、どの国も国を代表する商人たちが出張ってきていた。



「いい話し合いができました、バンデルシュ殿。それではまた」

「失礼します」

そう言って、部下たちの元に戻ってきたのは蒼玉(そうぎょく)商会会長のバンデルシュであった。


「父上、お茶をどうぞ」

「すまんな」

お茶を勧めたのは末の息子のバンヒューだ。


バンデルシュは遠すぎて危険だと言ったのだが、バンヒューは頑として聞かずついてきていた。


「ついてきてようございました。国元と、これほど違うとは」

「まあ、ダーウェイの中でも、帝都ハンリンの規模は大きい。比較できる街はないからな」



そんなことを話していると、彼らの元に近付いてくる人物が見えた。


「なんと……」

その人物を見て、さすがのバンデルシュも驚く。


商人ではない。

同じ、多島海地域の人物だ。

バンデルシュらコマキュタ藩王(はんおう)国の人間ではなく、隣国スージェー王国の……。


「護国卿、カブイ・ソマル殿がまさかダーウェイにいらっしゃるとは」

「これは、コマキュタ藩王国蒼玉商会のバンデルシュ殿。多島海地域会議以来ですかな」

二人は挨拶を交わした。



コマキュタ藩王国とスージェー王国は、多島海地域の二大国だ。


同じ地域の大国同士というのは、仲が良くはならない。

それは、歴史的に仕方のない事。

共通する敵、さらなる大国が出現でもしない限り、そういうものだ。


とはいえ、現状における藩王国と王国は、冷戦よりはかなり温かい状況と言えるものだろう。

少なくとも、そのうち戦争、という関係にはない。



「しかし……我が藩王国を含め、多くの多島海地域の国が商人を派遣してきておりますのに、スージェー王国は政権中枢、それも国を支える護国卿自らとは驚きました」

バンデルシュが半分笑いながら言う。


だが、その驚きは事実だ。

しかも、護国卿カブイ・ソマルは、名実ともにスージェー王国を支える大黒柱。

それが、ダーウェイにとなると……数カ月は、国元を空けることになる。


「我が国も、女王陛下の下、しっかりとまとまりましたので」

護国卿カブイ・ソマルは笑顔で答えた。

それは、完全な事実であるから。


イリアジャ女王即位後、スージェー王国の政治と経済、そして治安は急速に回復した。

それは、今回のように護国卿が数カ月単位で国を空けても大丈夫なほどに。


もちろん、ただ婚礼周辺の外交のためだけに、この遠いダーウェイまでやってきたわけではない……。




そんな、邂逅(かいこう)などもありながら、時間は過ぎ……。



夕方。

リュン皇子とシオ・フェン公主の、披露宴が執り行われようとしていた。


場所は、禁城内にある正林殿。

正直、儀式などにおいても、あまり使われることのない建物といっていい。


理由は広すぎるため。


その中央に広がる部屋は、朝政の中心であり群臣らとの宴の席が設けられることもある太極殿よりも広い。

あまりに広すぎるため、逆に使い勝手が悪く、今回のような多くの公、伯が集まり上級官吏たちも列席する場でもない限り使われない。


それどころか、普段は、禁軍兵士が訓練の場として利用しているほど……。


バスケットコートを三面とれる大規模体育館と考えればいいだろうか。

端からでは声も届きにくい……。

政治の場として使われないのは仕方ないだろう。



だが、今回のような皇子の婚礼披露宴としては、この正林殿が使われてきた。


シタイフ層が多く集うとなれば、数百人もの人数となる。

また、宴であるため、様々な出し物もある。

さらに、異国からの使節団もこの場に出てきて、皇帝らに挨拶を行う。


そう考えると、かなりの広さが必要になるのだ。


ちなみに、彼ら異国からの使節団は、挨拶をし土産物を献上すると、この場には残らずに西白殿に下がる。

そういうしきたりであった。



廷臣らが席に着き、第六皇子リュンとシオ・フェン公主が正面の席に着く。

そして、ようやく皇帝が入ってくる。


当然、全員が立って迎える。


だが、一部の者たちは気付いていた。

たった一席、空席である事を。



入口から、正面に座る皇子と公主を見て、右側の席……そこは、皇帝の席のすぐ隣だ。


入口から左側の席に、皇子らとその家族が座る。

入口から右側の席に、六部の高官らが座る。


六部、すなわち吏部、戸部、礼部、兵部、刑部、工部の政治を司る官庁の長、尚書(しょうしょ)らだ。

中央諸国風に言うなら大臣たちであろうか。

そう考えると、空いている席は大臣席。

その最上位。


大臣をまとめる丞相(じょうしょう)よりも、さらに上位。

現在、丞相の上には皇帝自身しかいない。


もちろん、ここに列席する者たちは、空いているその席が、本来は誰の席なのか知っている。


それは皇太子の席。


皇太子は、他の皇子、親王たちとは一線を画し、尚書らをまとめる立場ともなる。

そのため、皇子側ではなく六部の尚書らの上位席となるのだ。


しかしダーウェイにおいては、五年前を最後に皇太子は空位。

現在も、空位のまま。


そのため、その席が用意されている事に多くの者が首をひねるのであった。



例外的に、その席が準備されるとしたら、他国の王たちのため……それも、ただの王ではない。

皇帝ツーインとほぼ同等な国主……もちろん、東方諸国にそんな格を持つ国主などいない。

ある程度大きな国で、何十年も国主の地位にあり、人生の先達として敬意を払う相手……そんな者がいればありうるが……。


現在、それに該当する人物もいない。


そして、空席のまま皇帝ツーインが入室し、自席に着いた。

その、空席の隣に。


その時になって、初めて奇妙な空席に気づいた者たちもいた。

だが、もちろん、誰も質問したりはしない。


皇帝が何も言わないということは、全ては皇帝の意思なのだ。

空席も。

そのまま宴が始まったことも。




披露宴は(とどこお)りなく進み、外国使節団らの挨拶へと移っていた。

とはいえ、それとて列席の者たちにとっては、それほど面白いものでもない。


目の前に置かれた(ぜん)を食べ、酒を飲む。

それができる者たちは、だんだんと気分も良くなっている。


だが、それができない者、それが許されない者もいる。


まずは、正面に座る主役二人。

リュン皇子とシオ・フェン公主。

主役の二人であるが、食事どころかお酒にも手を付けていない。

どこの世界でもある、披露宴あるあるだろうか。


さらに、親王を含めた他の皇子たち。

多少(はし)はつけているが、好きなだけ食べる……というにはほど遠い。

皇子によっては、酒に全く手を付けていない者もいる。


そして、尚書など、ある程度高い地位にいる者たち。

彼らは、この場で馬鹿な言動をとれば首が飛ぶかもしれない。

それは、あまり高くない地位にいる者たちもそうなのだが、そんな者たちは、突然皇帝に話を振られたりはしないため、好きなだけ飲み食いしている……。


世界はいろいろと不公平なのだ。



そして、ついに……。



「最後になりました」

入口の方から、案内の声が響く。


その言葉に、皇帝ツーインは、手に持っていた杯を置いた。

そして、人知れず背中を伸ばす。



「最後は、中央諸国ナイトレイ王国」



その声が響くと、全ての声が消えた。


一瞬後、ざわめきが起きる。


「ナイトレイと言ったか?」

「それって、吟遊(ぎんゆう)詩人の?」

「いや、伝説だろ?」

そんな声が、特に酒に酔った者たちの間から聞こえる。



さらに、声が響く。

「ナイトレイ王国、アベル一世陛下の名代(みょうだい)、ロンド公爵様」


その声が響くと、完全に静寂(せいじゃく)が訪れた。

だが、数瞬後。

さきほどを上回るざわめきが広がる。


「おい、おいおいおい」

「アベル一世? やっぱりあれか?」

「いや、だって、ロンド公爵って言ったぞ?」

「ロンド公爵って、吟遊詩人の、あれだよな……」

「そう、ロンド公爵の歌……」


ざわめきは、高い地位にある者たちの間にも広がっていく。

皇子たちが、視線を交わし合う。

もちろん、そのどこにも確たる答えはない。


だが、皇子たちの家族らは無邪気だ。

奥方同士も……。

「まあ!」とか「本当?」などと言い合っている。



六部の尚書たちは、(ささや)くような声で交わし合う。

「なぜそんな人物が?」

「どうせたいしたことはない」

「いったい、誰が見つけてきたのやら……」



だがこの中で、最も驚いていたのは主役の一人だったのかもしれない。

「まさか、ロンド公爵がおみえに……」

第六皇子リュンの呟きは、隣に座るシオ・フェン公主にも聞こえた。


「リュン様は、ロンド公爵をご存じで?」

「え、あ、はい。フェンムー……皇帝陵でお会いする機会があって、ご挨拶をさせていただきました」

「まあ!」

リュン皇子の驚きの答えに、笑顔になるシオ・フェン公主。



そしてついに、扉が開いた。



その瞬間、多くの者たちの背中を、氷が滑り落ちた気がした。

武官たちは、思わず腰の剣に手を掛けた。


入ってくるのは、ローブ姿の一人の男。


速すぎず、遅すぎず。



その場にいる者は、強者であれば強者であるほど、ローブの男を見ることはできなかった。

目を向ける事ができなかったのだ。



本能が拒否する。



逆に、弱い者は目を()らすことができなかった。

逸らすだけの力が持てないのだ。


だが、歯がカチカチいっている。

そう、汗がダラダラ流れている。

それでも、目を逸らせない……。



中に数人、強者でありながら、本能を押し殺し、捻じ曲げ、物理的な痛みすら感じながら、歩くロンド公爵を見つめる者たちがいた。


その一人は、正面に座る今日の主役。

「まさか、これほどとは……」

リュン皇子が、呟く。


隣に座るもう一人の主役は。

「リョウ様?」

シオ・フェン公主の呟きは、隣に座るリュン皇子にも聞こえた。

リュン皇子は聞こえたのだが、この場で問いただす事はできない。

さすがに、それは無理だ。

視線を動かせない!



歩むロンド公爵。


(きざはし)の下まで進むと、優雅に一礼した。


国王の名代と発表されている。

それはこの場合、国王そのものとすら言える立場。

そのため、最敬礼をするのは難しい。


この辺りは、いろいろと国同士の関係や、格などが絡まってくる……。


なので、涼は優雅に一礼するだけにする。


それで文句を言うようなら……。



「ぶ、無礼であろう!」

左の方から声が聞こえた。

先に聞いておいた座り順だと、第四皇子ビン親王だろうか。


涼は無言のまま、(しぼ)っておいた圧を倍にして、ビン親王に浴びせた。


「か、かは……」


うまく呼吸できていないようだ。


それを確認して、にっこり笑う。

涼は、にっこりのつもりだったのだが、周りからは禍々(まがまが)しい笑みに見えている……。



「ロンド公、その辺で……」

今度は右の方から聞こえた。

それは、聞き覚えのある声。


「失礼しました、陛下」

再び、優雅に一礼する。

同時に、全ての『圧』が消えた。



辺りに音が戻る。



それは、居並ぶ者たちの呼吸の音。


涼の圧の中、呼吸すらままならなかった……。



「ロンド公の名は聞いておりますが、あまりに無礼。いえ、やりすぎです」

そう言ったのは、先ほどの第四皇子の隣。

第三皇子チューレイ親王。


「全ては、皇帝陛下の御意(ぎょい)

「なに?」

涼が笑顔で答え、第三皇子チューレイ親王が顔をしかめる。


「ふはは、そうだな。余が間違っておったわ。(たわむ)れに、ロンド公の全力を体験したいなどと言ったのが間違いであった」

皇帝ツーインはそう言うと、嬉しそうに笑った。


それを見て、多くの者が驚く。

皇帝ツーインが、これほど楽しそうに、嬉しそうに笑う姿は絶えて久しかったから。



そう、五年ぶりだろうか。



「戯れに付き合ってもらったゆえ、公の席を用意した。こちらで楽しんでいってくれ」

ツーインはそう言うと、自らの隣の席を指し示す。


開始以来空いていた席は、ロンド公爵のための席であった。


「陛下、感謝いたします」

涼は優雅に一礼する。


「ではその前に、婚礼の二人のための手土産を」

涼がそう言うと、いつの間にかその後ろに来ていたアベルが、布の懸かった盆を捧げ持った。



そして、涼が布をとる。



そこにあったのは、(こぶし)二個分の巨大な魔石。

青い、青い、本当に青い魔石。



「なんだ、あの宝石は……」

「いや、あれは魔石だ」

「馬鹿な! あんな魔石があるか!」

「青い魔石って、水の魔石? 水なら、爪の大きさの魔石ですら、伯の領地を買えるって……」

「あんな巨大な水の魔石を、いったいどこから……」


そんな言葉が飛び交う。


どうやら高価なものだと認識されているらしい。

それが分かって、涼もアベルも心の中で安堵(あんど)した。

実は、正確な価値は分からなかったので……。



「ロンド公……それは、魔石か?」

皇帝ツーインすら驚いている。

問いかける声が、少しだけ震えているようだ。


「はい陛下。皇子と公主の婚礼にふさわしい手土産として、これならばと思い持参いたしました」

涼が笑顔で答える。


「それほど巨大な水の魔石、聞いたことがないが……もしよければ、どの魔物から採取したのか教えてもらえるか」

「こちらは、クラーケンの魔石にございます、陛下」



その瞬間、宴がどよめいた。



そして、すぐに隣と話し始める出席者たち。


それは、皇子たちですら例外ではない。

反対側に座る、各尚書らも例外ではない。

例外などいない……皇帝と主賓の二人以外。


クラーケンの魔石を持っているということは、クラーケンを倒したということ。


そう考えるのが、最も自然だ。



だが、大きな問題がある。


「人が、クラーケンを倒せるのか?」

思わず皇帝ツーインの口から漏れた疑問。


涼はにっこり笑って答えた。

「それは、今は秘密です。後日、陛下にはお伝えいたしましょう」

「おぉ、そうか! 楽しみに待っておるぞ」

皇帝ツーインが嬉しそうに頷く。


その言葉で、皇子たちの言葉が封じられた。


おそらく、彼らは知りたかったはずだ。

クラーケンを倒せるのかと。

どうやって倒したのかと。


涼がはぐらかしても、「不敬だ!」とか言って追及しただろう。

だが、皇帝の言葉でそれができなくなった。


(クックック……)

思わず、涼の心の中で悪い笑みがこぼれた。




皇帝の隣の席に案内された涼。

その後ろに立ったまま控えるアベル。


それを見て、皇帝ツーインは問う。

「ロンド公、そちらの剣士は?」

「陛下、これは私の護衛、アルバートにございます」


涼が紹介すると、アベルは無言のまま一礼した。

ナイトレイ王国式の礼であるが、それは優雅さの中に剛毅(ごうき)さも含み、それでいて高貴な雰囲気も(まと)った……一流の礼。


「ほぉ……さすが公の護衛、見事ですな」

「お褒めにあずかり恐縮です」

ツーインが、アベルの礼を褒め、涼が笑顔で感謝する。



相手の教養を理解するには、受け取る側にも教養が必要だ。



これまで、二十年以上超大国ダーウェイを治めてきた皇帝ツーイン。

確かに、ここ五年は様々な部分に瑕疵(かし)が見られるが……決して愚鈍な君主ではない。

人を見る目も……少なくとも五年前までは称賛されていた。


だからこそ、アベルのただの一礼から、非凡なものを感じ取れたようだ。


「誰か。アルバート殿にも膳を用意せよ」

「ははっ」

ツーインが命じ、すぐに膳の準備が始まった。


「陛下、感謝いたします」

「なんの。素晴らしき一礼を見せてもらった御礼にすぎぬ」



ツーインと涼がそんな会話を交わしている間も、披露宴は進んでいる。


各国からの挨拶は終わり、踊り子たちが舞っていた。



皇帝ツーインは、配膳され、座ったアベルの左手に目を留めた。

「アルバート殿の左腕についておるのは、飛翔環か?」

「はい、陛下。アルバートがどうしても欲しいというので、買い与えました」

涼が苦笑しながら答える。

アベルも苦笑している。


「そうかそうか。吟遊詩人の歌となって世界に広がるナイトレイ王国ではあるが、飛翔の技術に関しては東方諸国の方が優れておると聞いたことがある。それは(まこと)かな?」

「はい陛下。我が王国では、まだこれほどに誰でも飛ぶ事ができる技術は開発されておりません」

悪びれることなく、卑屈(ひくつ)になることもなく、涼は飛翔に関する東方諸国の優位性を認めた。


「実は私も買い求め、いろいろと中身を研究させていただいております」

「なんと! ロンド公は錬金術も(たしな)まれておるのか」

「趣味にございます」

驚くツーイン、笑顔の涼。


「帝都は色々なものがあり、楽しく、また勉強になります」

涼はそう言うとにっこり微笑んだ。

アベルが、人たらしという、あの笑みだ。


「嬉しいことを言ってくださる。いつまでも滞在してくだされ」

そこまで言ったところで、ツーインは少し考える。


そして、言葉を続けた。

「公は、まだ『龍泉邸』にお泊りか?」

「はい」

「だが、フォン・ドボーは……」

「承知しております。フォン・ドボー殿の護衛契約は終了いたしました。ただ、このアルバートの飛翔の練習などをするのに、『龍泉邸』の広い訓練場は都合が良いものですから」

「なるほど」


涼の説明に、大きく頷くツーイン。



だが、ここで大きく話が転換される。

「時にロンド公は、リュン皇子とは面識があると聞いたが」

「はい。皇帝陵でご挨拶いたしました」


おそらく、白焔軍のリーチュウ隊長が報告したのだろう。


「どう見た? 忌憚(きたん)のない意見を聞かせてほしい」

皇帝ツーインは笑顔で言う。

だが、目の奥は笑っていない事を涼は見て取った。


真剣な問いなのだ。


(しん)の強い、しっかりとした性分、心根(こころね)も優しい人物と見ました。ただ、正直に言いますと……それらも含めて、猫をかぶっておいでかなと」

「猫をかぶる?」


おそらく、ダーウェイにはその表現はないのだろう。


「虎が猫のふりをしている……」

「なるほど」

涼の言い換えに、苦笑するツーイン。


「それは、超大国の皇子としては悪いことではないでしょう。また、心根の優しさなどは、私は好ましいと見ました。知り合いを嫁がせるには十分だと」

「知り合いを嫁がせる? ロンド公は……シオ・フェン公主とお知り合いか?」

「はい。ボスンター国で接する機会を得ました。公主の侍女ミーファ殿は、このアルバートの唯一の弟子でもあります」

涼がそう言うと、アベルは頭を下げた。


「なんとそれは……」


さすがに、シオ・フェン公主との関係は、想像外であったのだろう。

ツーインも言葉を失っている。



「ふむ……いや、ならば余計に都合がよいか?」

「はい?」

ツーインの呟きを捉える涼。


「ロンド公に贈り物をしたいと思うてな」

「贈り物、ですか?」

唐突な申し出に驚く涼。


「屋敷を貰ってほしい」

「……はい?」


想定外の言葉が行き交う会話。


「その屋敷なら、そちらの護衛殿の飛翔の練習も十分にできる広さだ。場所も、皇宮から少し離れており、気兼ねなく過ごしていただけると思う」

「いや、贈り物としてはあまりにも高価かと」

「何を言う。あの水の魔石に比べれば……。屋敷の百や二百では足りん」

「あれは皇子と公主への贈り物ですし……」

「子が返しきれないものを、親が代わりに返すのは変ではないだろう」

「え~っと……」


涼の視線が思わずアベルの方に向かう。

アベルは、小さく頷いた。


「分かりました、ありがたくいただきます」

「おぉ! 感謝する。実はその屋敷というのは、もうすぐ完成するリュンらの屋敷の隣にあってな」

「ああ、なるほど。私が、お二人と知り合いだからですね」

「その通りだ」



そこで一つ、ツーインは言葉を切ってから、続けた。



「それと、リュンの命を守って欲しいからでもある」

「え……」


皇帝ツーインの表情は笑顔のままだ。

そして、目の奥だけが笑っていない。

他の者が離れたところから見ても、皇帝が真剣なお願いをしているとは分からないだろう。


「この先、今まで以上に命を狙われるであろう。その時、近くにいたら助けてやってほしい」

「……近くにいなくて命を落としてしまったら?」

「それはリュンの運命。仕方なかったと受け入れる」


笑顔のまま語られる言葉。

当然、涼も笑顔のまま受け答えをしている。

傍から見て、真剣な話をしているようには見えないように。


アベルは聞き耳を立てているが、視線は二人には向けない。



「私は……ずっとダーウェイにいるわけではありません」

「承知している。中央諸国に戻られるのだろう? だが、この東方諸国から中央諸国に戻るにはダーウェイ北西にある『回廊』を抜けていかねばならぬ。ならぬのだが……あそこは常に通れるわけではない」

「ほぉ?」

「これは、市井(しせい)の民は知らぬ。シタイフ層ですらほとんど知らぬ。『回廊』は、見えざる壁によって通れぬ時期がある。今はその時期だ。正確にいつ開くのかは分からぬが……一年後であれば通れるであろう」

「その『壁』とやらは、一度開けば長く開いておりますので?」

「最低五年は開いておるという、前王朝時代の記録があったはずだ」


皇帝ツーインの話は、涼とアベルには驚くべきものであった。

簡単には、このダーウェイを抜けられないらしい。


「もしや、東方諸国と中央諸国との間にほとんど行き来が無いのも……」

「うむ、その壁のせいだ」

「なるほど」

涼は一つ頷いた。


それを見て、皇帝ツーインは言葉を続けた。

「どうであろうか。それまでの間リュンを……もちろん、常にとは言わぬ。守るべき場面に遭遇したら、という程度でよい。どうだろうか」


笑っていない目の奥には、とても真剣な光が宿っている。

リュンが、大きな問題に襲われるのが分かっているかのような。

もしかしたらそれは、目の前の皇帝自身が引き金になる何かなのか……。


「分かりました。いる間だけですが……そうですね、お隣さんとして、時々顔を出したりしてみましょう」

「おお、感謝する」

二人とも笑顔のまま。

目の奥だけの変化。



「そういえば、ロンド公爵の歌の中にある、十万人を一撃でというのは本当かな?」

「え?」

皇帝ツーインの、突然の話題転換についていきかねる涼。


おそらく、二人を見る視線に対しての対応なのだろうとは理解しているが。

なかなかに難しい。


「一撃ではないですね。同じ魔法を何回か斉射しました」

「ほっほぉ。それは、どんな魔法かな?」

「こういう……」

涼はそう言うと、右掌を上にして、その上に十センチ程度の<アイシクルランス>を生成してみせる。


「これの、もう少し大きいものを斉射しました」

「これは、氷の槍? なるほど見事……」

ツーインはそこまで言って言葉を切った。


「陛下?」

「いや、すまんロンド公。なぜ魔法を生成できる?」

「はい?」

ツーインの問いの意味が理解できずに、首を傾げる涼。


「皇宮内は……その中でもこの禁城内は特に、魔法の生成はできぬようになっておる。錬金術的にな。だが、公はできておる」

「そうですね、できますね」

「誰か!」

「陛下、ここに」

ツーインが呼んで傍に片膝をついたのは、白焔軍のリーチュウ隊長であった。


「リーチュウ、禁城内の魔法系の機構に異常がないか至急調べよ」

「かしこまりました」

そう言うと、リーチュウ隊長は足早に出ていった。


涼とアベルは無言のまま顔を見合わせる。

何か、大きな問題が起きているらしいことは分かるが……。

待つしかない。



その間も、披露宴は続いている。


出し物は、踊りから琴の演奏、さらに剣舞へと進んでいた。



五分後、リーチュウ隊長が戻ってきた。


「どうであった?」

「はい。陛下のおっしゃる通り、皇宮全体を守る『星辰網』に不具合が見つかりました。今、錬金術師たちが修復しております。もうしばらくすれば、復旧するとの事です」

「なんたる……」

リーチュウ隊長の報告に、小さく首を振る皇帝ツーイン。


涼は、無言のまま二人を見ている。


それに気付いたのだろう、ツーインが言う。

「ロンド公のおかげで、大変なことになる前に問題に気付けた。感謝する」

「いえ、お気になさらずに。先ほど、星辰網とかいうものに不具合が見つかったということですが、それが皇宮を守っている?」

「うむ。それのおかげで、禁城内では魔法が使えぬ。他にも、いろいろと複雑な防御機構があるのだが……その中心になっているのが星辰網でな。あれがうまく動かねば、防御全体に穴ができてしまう。だが、なぜそんなことに……」



次の瞬間、正林殿の屋根が弾けた。

バトルシーンでもないのに一万字超え。

披露宴なので仕方ないですね。あはははは……すいません。

そして、何やら起きましたね……。

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