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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0561 お土産

第六皇子リュンとシオ・フェン公主の婚礼の儀が行われた翌日。

今日は、公式行事はない。


だが、皇宮全体は動いている。

明日は、帝都民へのお披露目(ひろめ)披露宴(ひろうえん)が行われるため、その準備が行われている。



そんな皇宮に隣接するある場所の前には人が集まり、その時を今か今かと待ちわびていた。

そんな、ある場所というのは、御史台(ぎょしだい)

集まっている人は、ウェイ・フォンら、マタン伯フォン・ドボーの家臣と、涼、アベルだ。


もちろん、今日恩赦(おんしゃ)が下るのはフォン・ドボーだけではない。

だが、恩赦を待つ者たちの中では、ウェイ・フォンらの熱気が一番であった。



そして、午前十時。


御史台の奥の門が開く。

最初に出てきたのは……。


「領主様!」

一斉に(ひざまず)くウェイ・フォンら。

涼とアベルも頭を下げる。


「心配をかけたな」

多少、やつれてはいるが、足取りもしっかりと、そして笑顔を浮かべる元気もあるマタン伯フォン・ドボー。


奥の門では、シャウ司空らが見守っている。

涼とアベルは、シャウ司空に向かって頭を下げた。

シャウ司空も片手を軽く上げ、笑顔を向ける。


そこには、幸せがあった。




一行は『龍泉邸』に戻った。

風呂に入り、軽く食事を摂り、落ち着いたフォン・ドボーに呼ばれて、涼とアベルは部屋に入る。


「お二人がいろいろと動いてくださったこと、聞きました。本当にありがとうございました」

深々と頭を下げるフォン・ドボー。


「気にするな」

「雇われた者として当然の事をしたまでですから」

アベルも涼も、笑顔で答える。


自分たちが努力した結果が多少なりとも実を結び、今の状況に至ったと考えれば自然と笑顔にもなろうというものだ。



「それで、今後の事なのですが……」

フォン・ドボーは、そうやって切り出した。


「例の事件については、これからも御史台による調査を続けるとの事です。ですので、しばらくは帝都を離れないでほしいと言われました」

フォン・ドボーの言葉に、涼とアベルは頷いた。

当然、そう言われるであろう。


「ですが、私が陛下に命じられておりました公主饗応役は、婚礼の儀までの役割ですので……皇宮に上がることはなくなりました」

事件の事もあり、完全に嫌疑が晴れるまでは上がりにくいであろう。


それくらいは、涼でも分かる。


「御史台からの調査も、向こうから人が来られて、この『龍泉邸』で話を聞かれるそうなので……実は、お二人に護衛していただく必要がなくなってしまったのです」

「ああ……」

まあ、当然といえば当然の流れだ。


「いえ、だから『龍泉邸』の宿泊費を払わないとか、そういうことではありません。私が無事に戻ってこれたのは、お二人に動いていただいたからだと思っております。ただ、私の護衛は終わったので、お二人は好きなように動いてもらって構わないとお伝えしたかっただけです」

「承知した」

フォン・ドボーの言葉に、アベルは頷いた。


「もちろん、『龍泉邸』に宿泊されている間の宿泊費は、全て私どもが持ちますし、お礼と言っては失礼かもしれませんが……そう、特別報酬を出させていただきたいと思いまして」

フォン・ドボーはそう言うと、机の上に、二つの革袋を置く。


置く瞬間、ズシリと重い音がした。


「百万ジャン、金貨百枚ずつございます。これ以外に、直接お二人の銀行口座の方に、四百万ジャンずつ振り込ませていただく予定です。どうか、お納めください」

「合計で、金貨五百枚? いいんですか、そんなにいただいて……」

「私の気持ちです。どうか……」

「分かった、ありがたくいただこう」


最終的に、アベルが頷いた。

こういう時の決断は、アベルが早い。涼より早い。


「『龍泉邸』の宿泊も、しばらくは世話になろうと思う」

「はい、ありがとうございます」

アベルが言い、フォン・ドボーは笑顔で頷くのであった。




「アベルは、お金の受け取りが早いです」

「なんだ、それは?」

「こう、もう少し……いや、それは。いやいや、どうか。しかし、それは。ぜひに、どうか……とか、そういうやりとりの後に、受け取った方が……」

「無駄だ。突き返す方が失礼だろう? であるなら、結局は受け取ることになる。余計な手間を省いた方がいい」

(みやび)さに欠けると思うのです……」

「意味が分からん」


小さく首を振る涼に、肩をすくめるアベル。


涼は、何かを思い出したように、言葉を続けた。


「宿泊費の件もです。もう少し……」

「無駄だ」

再び言い切るアベル。


そして補足した。


「しばらく泊まるから頼むと言った方が、相手の心の負担を除くことになる」

「うぐ……それは、そうなのですが……そこに至るまでに、もう少し時間を……」

「そんな事より、いいのか、動かなくて?」

「え? 動く?」


アベルの意図が分からずに首を傾げる涼。


「フォン・ドボー殿が解放されたのだ。いつものリョウなら、世話になった人たちに感謝してまわるんじゃないか?」

「確かに! 司空のシャウさん、リーチュウ隊長、あとミュン船長たちですね! ロシュ・テンさんにも言いたいのですけど、まださすがに忙しいでしょうから、別の日にしましょうか。さあアベル、油を売っている暇はありませんよ! さっさと動きましょう」

「……なぜ俺が言われているんだ?」


笑顔の涼、肩をすくめながらも笑っているアベル。

懸案が解決した人々の笑みは、素晴らしいものになるのだ。




だが、世界には、素晴らしくない笑みを浮かべる者たちもいる……。

あるいは、笑みを浮かべることもできない者たちもというべきか……。



第四皇子ビン親王のビン王府。

王府の主ビン親王は、顔をしかめて書類を読んでいる。


そこに、ビン親王の片腕と目されているリンスイが入ってきた。


四十代半ばに見えるリンスイは、いくつかの紙束(かみたば)を持っている。

入ってくると同時に、完全な人払いをさせ、全ての扉を閉めさせた。

それだけで、人に聞かれてはいけない案件の話だと分かる。


「殿下、昨日の件、概要ができ上がりました」

リンスイはそう言うと、手に持った紙束をビン親王の机に置く。


「昨日? もしやリュンのか?」

ビン親王は声を潜めて問う。

さすがに、皇子殺しの(はかりごと)は人に知られてはまずい。


リンスイは無言のまま、ただ頷く。



ビン親王は、机に置かれた紙束を、順に見ていった。



「明日の披露宴で? は、早くないか?」

「殿下、リュン皇子の周辺が固まる前に動かねば。体制ができあがれば、襲撃すら不可能になります。リュン皇子が真っ先に襲うのは、狙いやすい殿下ですぞ」


ここに注意深い者がいれば、リンスイの言葉が必ずしも論理的ではなく、むしろビン親王の感情を煽っていることに気付いたであろう。

いや、注意深くなくとも気付くほどに、あからさまであるが……。


未だ第六皇子リュンは親王に進んでいないのだ。

そもそも、親王に封じられるかどうかも分からない。

ただ、正妃と結婚しただけ。


そう考えると、リンスイの言葉が過剰である事は誰でも気付きそうだが……。



「確かに、私は兄上二人らに比べればはるかに弱い。基盤も脆弱(ぜいじゃく)。真っ先に狙われるのはわかる。だが、座して死を待ちはしないぞ! こちらから動く!」

「さすがは殿下。それでこそ、我々が皇帝位を継ぐにふさわしいと見込んだお方です」

「よし、リンスイ、この計画を進めよ」

「かしこまりました」


深々と頭を下げるリンスイ。

ビン親王の視線から隠れて、顔に浮かぶ禍々(まがまが)しい笑み。



それはどう見ても、自分の主に向ける笑みではなかった……。




「いやあ、無事、お世話になった方々の元を回れてよかったです」

「よく、土産に酒を持っていこうなんて言い出したな。確かに、みんな喜んでいたが」


涼が、ちょっと高級なお酒をお土産に持っていきましょうと提案し、持っていったら喜ばれたのだ。

アベルは当初、よく分かっていなかったが……。


「感謝の念を表すのに、お酒を持っていくのは定番ですよ。ルンの街にいた頃、ヒューさんも、騎士団長のネヴィル・ブラックさんのところによくお酒を持っていってたそうですし」

「……そうなのか」


どこでどんな情報、経験が身を助けるのか分からない。

世の中には、いろんなコツが転がっているのだ……。


ちなみに持っていったのは、シャウ司空、とミュン船長、あと同じ公船部のラー・ウー船長だ。


お酒の似合いそうな矍鑠(かくしゃく)たる老人シャウ司空。

海の男と言えば酒、という涼の独断と偏見にさらされたミュン船長とラー・ウー船長。


とりあえず、涼の見立ては当たり、三人ともお酒が大好きであった。



「問題は、今日は忙しいらしいリーチュウ隊長です」

「シャウ司空が言ってたな。今日、明日は忙しくて、皇宮からは出てこられないだろうと」

「皇帝守墓白焔軍……帝都にお墓はないのに、大変そうですね」


名前以上のお仕事を割り振られる……優秀な人材あるあるだろうか。


そんなリーチュウ隊長だが、大きな問題がある。

シャウ司空情報によると、リーチュウ隊長は、ほとんどお酒は飲まないらしいのだ。

そういう人には……。


「お菓子ですね」

「そ、そうなのか?」

涼が自信満々に断言し、アベルが信用していない表情で見る。


「五十人の部下を抱えていますから、百個入りくらいの日持ちのする焼き菓子などを……」

「白焔軍って、リーチュウ隊長を入れて五十人か? 入れなくて五十人か?」

「え?」

「入れなくて五十人だと、隊長を入れて五十一人。一人二個ずつでリョウは計算したんだろうが……」

「あ……百二個必要に……」


百個入りでは足りない。


「お菓子を巡って、白焔軍の中で血で血を洗う争いが……」

「そうはならんだろうがな」


食べ物の恨みは恐ろしいのだ。気をつけなければ!



とりあえず今日は、他に用事もないために、二人は宿である『龍泉邸』に向かって歩き始めた。

昨日のように護衛されるのならば、アンダルシアとフェイワンの背に揺られるのが楽なのであるが、そうでないと……帝都は人が多すぎる。

アンダルシアとフェイワンはお留守番だが、訓練場のある『龍泉邸』には、当然のように馬を走らせる芝生もある。

そこで二頭は、のんびり放牧されている。


「そういえばリョウ、一番重要な土産を手に入れてないよな?」

「え? ですからリーチュウ隊長の焼き菓子は……」

「いや、そうじゃなくて、明日のやつだ」

「明日の?」


アベルが何を言っているのか分からないため、涼は首を傾げる。

明日の予定は、お昼くらいの皇子と公主のお披露目を見て、夕方からの披露宴に出て……。


「はて?」

「いや、披露宴に呼ばれているだろう?」

「ええ、呼ばれていますよ?」

「手ぶらで行くつもりか?」

「え……」

「ナイトレイ王国国王、つまり俺の名代(みょうだい)だろう? 国を代表して、皇子の披露宴に……皇帝をはじめ列国の使節団や大使たちもいるだろうに、そこに手ぶらか?」

「言われてみれば……」


確かに、地球にいた頃に見た王や騎士たちを撮った映画やドラマでも、国を代表して来ていた者たちは、もの凄い土産を持ってきて献上(けんじょう)していた……。


涼の顔が青くなっていく。

それは、水属性の魔法使いだからではないはずだ。

そんな高価な、あるいは大量の土産、どうやって手に入れれば……。


「アベル、なんで今頃言うんですか! もっと早く……いや、皇帝陛下に誘われた時に、一緒に断ってくれれば……」

「そう言われても……俺も、今思いついたしな」

涼の非難に、アベルもバツが悪そうだ。


「多分、僕らの手持ちのお金で買えるものなんて、献上品としては笑われるに違いありません」

「まあな……」

涼とアベルはため息をつく。



だが、そこで、涼は良いものを見つけた。

それは、アベルの背中にある!


「その魔剣を提供してもらいます!」

「は? いや、おい、それはダメだ」

「何でですか! 僕らの窮地(きゅうち)を救うには、それしかありません。名前も知らない魔剣でも、まあまあ格好(かっこう)はつくはずです。アベル、速やかに提供してください!」

「ダメだ、断る」


アベルは(かたく)なに拒絶する。

それも当然であろう。

アベルにとっては、最も大切な相棒だ。

二人の命が懸かっているとかならともかく……。


「アベル、提供してもらえないのなら力ずくでも……」

「リョウの……そのローブのほうがいいんじゃないか?」

「はい?」

「そのローブだ。妖精王のローブとかだろう? 俺の魔剣なんかより、はるかに希少だろう。そう、それがいいぞ」

「なんてことを言うんですか! これは師匠が僕にくれたものですよ! これを出すくらいなら、ダーウェイ全土を氷漬けにして、全てを無かったことにした方がましです!」

「うん、そういう過激なことはするな……」



二人とも、とっても希少なレア装備を持っているのだ。

だが、当然のように出したくないと言う。


「ならば仕方ありません……。皇帝への献上品としての価値はあると、皆が判断したあれしかありません」

「なに? そんなものがあったか?」

「はい……僕も、楽しそうに芝生の上を走っているのに、献上品になれと言うのは心苦しいのですが……」

「芝生? まさか……」

「全てはアベルのせいです。アベルの愛馬、フェイワンを……」

「却下だ」

「なぜ!」

「俺の馬だからだ」

「なんたる横暴……」


涼の提案は却下された。

しかも、逆提案がなされる。


「リョウのアンダルシアも、皇帝への献上品としては十分……」

「却下です!」

「おい……」

「アンダルシアを献上するくらいなら、皇帝陛下を亡き者にして全てをうやむやにします!」

「うん、絶対するなよ……」


王国筆頭公爵が皇帝弑逆(しいぎゃく)……。

遠すぎて戦争にはならないだろうが、さすがにやるべきではないだろう。


「困りましたね……」

「ああ、困ったな……」

涼もアベルもほとほと困った。


アベルは、ふと、自分の指にある、青い小さな魔石の填まった指輪を見る。

そして、涼の左耳の『魂の響』を見る。

その二つは、対になるものだ。


青い、水の魔石を分割した……。


「リョウ、いい土産を見つけたぞ」

「はい?」

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