0059 魔法使いに絡む剣士
ゴールデンウィークなので、追加投稿です。
「珍しいな、一人で夕食とは」
ギルド食堂で、一人静かに夕食を食べている水属性魔法使いに絡む、B級冒険者の剣士がいた。
「ええ、三人とも、依頼で西の村にある廃坑に行ってるので」
絡んだ剣士は、そのまま魔法使いの前の席に座った。
「そんなところに座っても、奢りませんよ?」
「後輩に奢ってもらおうなんて思ってねぇよ!」
さすがに自分の分は、きちんとお金を出すつもりな剣士アベル。
「先輩は、いつでも後輩に奢ってあげていいんですよ?」
「金持ちの後輩に奢るつもりもねぇよ!」
そういうと、アベルは日替わり定食を頼んだ。
「世知辛い世の中です……」
「このタイミングでいうセリフか……」
「そういえば、アベルこそ珍しいですね。こんな時間にギルド食堂で夕食とか。他のメンバーは?」
「俺は、ここの飯、好きだからよく食べてるぞ?」
確かに、アベルは出てきた日替わり定食を美味しそうに食べている。
「いや、まあ、確かに美味しいですが……」
「パーティーメンバーだからといって、いつも一緒にいるわけじゃないからな」
きちんと飲み込んで、口の中にご飯が入っていない時にだけ、喋っているアベル。
なんとも器用である。
「ははぁ~、アベルがこんな時間に一人で出歩いている理由、わかりましたよ」
「うん?」
「ここで腹ごしらえをした後、花街とかに出かけるつもりですね」
「ば、ばか!」
そういうと、アベルは慌てて涼の口を両手でふさぎ、周りを見回す。
そのことを、知られてはいけない人がいるらしい。
「どこで誰が聞いてるか、わかったもんじゃないんだぞ」
「壁に耳あり障子にメアリーですね」
「壁に耳ありはわかるが、ショウ・ジニー・メアリーって誰だよ……」
とにかく、聞かれてはならない人には聞かれていない、それを確認してアベルは安心した。
「別に花街に行くわけじゃねえよ」
「まさか特定の女性が……」
「ばか。それもちげぇ」
「アベル……リンに手を出すのは小児性愛者と言ってですね……」
「おい、こら、リンはウォーレンが……」
そこまで言って、アベルはハッと気づいた。
「今のは無かったことに……」
「すごいデコボココンビですね」
かたや2メートルを超える巨漢、かたや150センチ程度のちびっ子。
「まあ、愛があれば身長なんて……」
うんうん頷きながら、食べ終えた日替わり定食を寂しげに見るアベル。
「つまり、アベルはリーヒャと……」
「ば、ばか、そんなんじゃねえって」
顔を真っ赤にして否定するアベル。
中学生か!
(エトは、告白する前に失恋してしまったようです……残念です)
しかし……涼はふと自分を振り返って思う。
『ファイ』に来て以降、いわゆる性欲というものが全くなくなってしまった。
それはつまり、女性にも男性にも、そういう方面で魅かれることがなくなっているのである。
特にそれで困ることも無いので問題ないのだが……。
真っ赤に照れたアベルや、ニルス、エトなどを思い浮かべると、眩しく見えてしまう涼であった。
「アベル、一食で足りなければ二食食べてもいいのですよ?」
「いや、晩飯で二食分食べたら、さすがにちょっと……」
「食べた分、動けばいいのです」
「え?」
「夜のお仕事をすればいいだけです」
涼が重々しく頷きながら言う。
「夜の仕事ってのは、あれか? 花街の客引きとかそういうのか?」
「いいえ。悪徳商人のところに忍び込んで、不正に蓄財したお金を奪って、貧しい人たちに配り歩く、あのお仕事です!」
「うん、リョウ、それって、盗賊だからな。義賊とか言っても、結局盗賊だからな」
「アベルが、エセ正義の味方面をしている……」
「エセとか言うな」
涼の表情は絶望で染まり、アベルは心外なことを言われて反論していた。
「アベル、そんなことより、ちょっと聞きたいことがあったんです」
「そんなことって……リョウが振ったんだろうが。まあいいか、なんだ?」
「南図書館では埒が明かなくて、北図書館に行きたいんですけど、利用制限とかあったりします?」
涼は、北図書館は普通の人は入れないという噂を聞いたのだ。
どうせ明日行ってみるつもりだったとはいえ、アベルが知ってれば余計な手間をかけずに済む。
「ああ、南図書館と違って制限があるな。冒険者ギルドに所属していれば、D級以上なら利用できる。受付でギルドカードを見せると、入館証を渡されるから、中にいる間はそれをずっと胸の辺りに着けていないといけなかったはず。冒険者の入館証は真っ黒いやつだったぞ、確か」
アベルは上を見ながら、思い出しながら答えた。
「それなら僕も入れますね」
「ただ、禁書庫にはB級以上じゃないと入れないぞ」
「禁書庫!」
なんとも胸躍る言葉である。
とはいえ、『悪魔』と『錬金術』に関して何か資料があればいいな、という程度なので、今回は禁書庫まで行くことは無いだろう。
「な? D級冒険者になっておいてよかっただろう?」
「ええ、そこは、アベルに感謝してますよ」
「うんうん、それでいいんだそれで」
アベルは満足そうに頷いた。
「アベルも、たまにはいいことしますよね」
「いや、だいたいいつもいいことしてるだろ?」
「でも大海嘯の宴会で、リョウがいればもっと楽だったって、ものすごく触れ回っていたと聞きました……困ったものです」
「なぜそれを知っている!」
答え:フェルプスが言ったから。
涼に事実を告げたフェルプスは、街中のお気に入りの店で夕食を食べ、白の旅団の本拠地にゆっくりと帰っている所であった。
供も連れずに。一人で。
それを、店からずっとつけている影が五つ。
もし、昼間ギルド宿舎の中庭にいた者がいれば、つけている五つの影は、騎士たちであることに気付いたであろう。
この状況……昼間の借りを返すために五人でフェルプスを襲う……フェルプスを亡き者にしようとしている、それ以外には解釈のしようがなかった。
そして状況は、人通りがほとんどいなくなった場所に差し掛かった時に動いた。
五人が、ほぼ同時に剣を抜いてフェルプスを後ろから襲おうとしたその時……五人全員の身体が硬直した。
「な、なにが……」
「身体が動かない」
「むぐ……」
「何か刺さっている」
「針……」
五人の聞こえるギリギリ可聴域内に女性の声が聞こえた。
「せっかくフェルプス様が見逃してくださったのに……愚か者どもが。ゴミは燃えてしまえ」
聞こえたのはそこまでであった。
呪文詠唱は五人には聞き取れないほど小さく、だが確実に紡がれていく。
それは、五人にとっては死の宣告に等しい、そして恐怖を味わう長い長い時間でもあった。
「<インフェルノ>」
トリガーワードが聞こえた瞬間、業火が吹き上がり、騎士たちを燃やし尽くした。
街の人間が集まってきたとき、そこにあったのは、ただの五つの灰の塊であった。
「ごくろうさま、シェナ」
フェルプスは後ろも見ずに、だが少しだけ微笑んで言った。
それを確認すると、白の旅団副団長シェナは、一礼して闇に消えた。




