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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0555 御史台

「どうしてもとなったら、シオ・フェン公主を頼るしかないのか?」

「そうなのかもしれませんけど……嫁いできたばかりの公主様を頼るのも……」

待機所を出たアベルと涼は、そんな事を話し合いながら歩いている。


特に目的地があるわけではない。

だが、二人が待機所にいてもしょうがないわけで……。


皇宮近くの待機所と『龍泉邸』を除けば、知っている場所など限られている。



「フォン・ドボーさんがいる重監獄って、御史台(ぎょしだい)にあるんですよね?」

「そう言ってたな。御史台とかの政府施設みたいなところって、皇宮に隣接しているんだろ? ちょっと行ってみるか」


涼にもアベルにも、行って何かしようとか、手掛かりがつかめるだろうとか、そんな見通しがあったわけではない。



御史台は、大通りに面していた。

通りを通る人はけっこう多いが、誰も御史台の方を見ない。

あえて見ないようにして通り過ぎているようだ。


「恐ろしい場所のようです」

「まあ、誰しも関わりたくはないだろうな」

涼とアベルは、その様子を見て感想を言い合った。



御史台自体は、固く門を閉ざして……は、いない。

むしろ、門は大きく開いており、門の所にも誰も立っていない。


「守衛さんみたいな人とかいないんですね」

涼の言葉に、無言のままアベルは頷く。


門の中を(のぞ)くと、奥に、もう一つの門があるのが見えた。

それはしっかりと閉まっている。

そして、その途中に……。

「すごく大きな太鼓(たいこ)があります」

「あれを叩いて呼べ、ということか?」


人の身長を超える太鼓が置かれているのだ。



「この建物というか部署の圧迫感が凄いですね」

「何も罪を犯していなくても、息が詰まるな」

アベルがそう言うと、それを涼が横目に見る。


ものすごく、何か言いたそうだ。


「何も言わなくていいからな」

機先を制すアベル。


「せっかく、アベルが犯した百八の罪を並べようとしたのですが……」

「そんなに罪は犯していない」

「そんなに、ってことは、百七くらいは自覚があるんですね!」

「ねーよ!」


二人がそんな会話をしていたからだろうか。

いや、多分そうではないのだろう……通りからやってきた人物が、声をかけた。



「ロンド公爵?」

「はい?」


声をかけた人物は、四十代、壮年という年齢だろうか。

(すね)まである長い草色の東服を着て、髪をしっかりと結い上げ小さな冠で留めている。

帯も派手ではないが、上品さを感じさせる仕立てだ。

左手に持った剣も、装飾はほとんどないが、握りの部分の変色から、使い込まれた剣であることが分かる。

後ろに成人したばかりくらいの男性二人がついてきており、大きな荷物を持たされている。


涼は声をかけてきた男性の顔を見たが思い出せない。


だが、『ロンド公爵』と呼び掛けてきた。

彼がロンド公爵の身分を明かしたのは、皇帝陵(こうていりょう)のあるフェンムーでだけ。

あそこで会ったのは第六皇子リュンらと……。


白焔(はくえん)軍のリーチュウ隊長?」

「ああ、やはり公爵閣下でしたか」

慌てて膝をついて礼をとろうとするリーチュウ隊長を止める涼。


「いえ、リーチュウ隊長、あまりに目立ちますので……」

「これは失礼いたしました」

しっかりと立って、頭だけ下げるリーチュウ隊長。



皇帝陵を守る、皇帝守墓白焔軍のリーチュウ隊長だ。

皇帝守墓の名の通り、以前会った時には皇帝陵を守っていたはずだが、なぜ帝都にいるのだろうか?


「皇帝陵の守墓は、四つの守墓軍が百日ずつ交代で行います。我ら白焔軍による守墓は、公爵閣下にお会いした二日後に終了いたしました。そのため、現在は帝都に戻ってきております」

「なるほど」


百日働き、三百日休む。


羨ましいな、ではない。

その百日の間は、恐ろしいほどに仕事に集中しなければならないということだ。

だから、その三倍の休みが設定されているのだろう。



帝都にいる三百日が休みだとは、誰も言っていないのだが……。



目の前のリーチュウ隊長はもちろん、白焔軍の面々は非常に鍛えられていた。


読書に集中していたとはいえ、涼が気付いた時には包囲されていたのだから。

それだけでも、優秀で鍛えられた部隊であり、集中して守墓を行っているというのがわかるというものだ。



「公爵閣下は、なぜ御史台の前に?」

「え~っと……リーチュウ隊長は、マタン伯の件はお聞きになられていますか?」

「はい。午前中に、皇宮内で起きた事件ですね。公爵閣下のお耳にも、もう入っていましたか……」

「実は、マタン伯には少しお世話になりまして。今は重監獄にいるとかで、気になってここまで来てしまったのですが……面会とか、できませんよね?」

「面会は……さすがに難しいかと」


涼の言葉に、申し訳なさそうな表情で答えるリーチュウ隊長。


だが、少し首を傾げて問うた。

「ですが、マタン伯が公爵閣下とお知り合いだったというのは、初めて聞きました」

「いえ、実は……ロンド公爵であることは、まだ公にしていないのですよ」

「え? それはなぜ……」

「なんというか……自由に帝都の中を見て歩きたいというか……」


涼は苦笑しながら答えた。


その表情を見て、リーチュウ隊長は驚いた表情になった。

おそらく、フェンムーで涼の圧にさらされた記憶がまだあったのだろう。


リーチュウ隊長の中では、涼は怖い人物だったのだ。

だが、今の苦笑で、怖い人物だとの印象が少し弱まったようにみえる。


一つ大きく頷いて言う。

「分かります。常にみられていると……露店で買い食いなどもできませんからね」

「そう! そうなのですよ! リーチュウ隊長はよくお分かりで」

そう言うと、二人は笑い合った。


「出たな、リョウの人たらし」

アベルの呟きは、誰にも聞こえなかった。



ひとしきり笑うと、リーチュウ隊長は御史台の方を見て言った。


「さすがに、マタン伯にお会いするのは難しいでしょうけど、責任者にお会いすることならできるかもしれません」

「本当ですか!」

リーチュウ隊長の思わぬ提案に驚く涼。

後ろで、アベルも驚いている。


「御史台の責任者は御史大夫(たいふ)様なのですが、ほとんどこちらにはいらっしゃいません。実質的に調査、聴取、弾劾(だんがい)を取り仕切っておいでなのは司空(しくう)でいらっしゃる、シャウ様です。ロンド公爵の身分は明かしていただくことになりますが、そうであればご紹介することが可能です」

「おぉ!」

「実は、昨日、シャウ司空様に頼まれた物を持ってきたのです。それをお届けする際に、ご紹介いたしましょう。もちろん、調査内容を全てお話はしてくださらないでしょうが……そう、マタン伯の家臣たちの暴発を防ぐためと言えば、多少は協力いただけるのではないでしょうか」

「ありがとうございます!」


リーチュウ隊長の言葉に、涼は嬉しそうに何度も頷くのであった。



リーチュウ隊長を先頭に、ついていく涼とアベル。

リーチュウ隊長は、太鼓は叩かずに、門の端にある人ひとりが通れる扉を叩いた。

中から扉が開き、一行は中に導かれた。


「太鼓の役目はいったい……」

そんな涼の呟きが聞こえたのだろう。

リーチュウ隊長が笑いながら答える。

「あれは、御史台に訴えのある者が叩くのです。普通に訪れるだけの場合は叩きません」




「リーチュウ、昨日頼んだ物、持ってきてくれたようじゃな」

シャウ司空は、おそらく七十歳は超えているであろう。だが、『矍鑠(かくしゃく)たる』という言葉がぴったりな、カカカという笑い方が似合いそうな老人であった。


「それで、後ろの……驚くべき御方はどなたかな?」

その視線は力強い。


「中央諸国ナイトレイ王国のロンド公爵閣下です」

「初めまして。ナイトレイ王国のロンド公爵です」

「ほぉ……ナイトレイ王国のロンド公爵……」


涼の挨拶を受けて、シャウ司空は目を細めた。


「公爵閣下、いちおう身分を証明するものを見せていただけますかな。失礼とは存じますが、なにせ御史台に勤めておると、いろいろ調べるのが性分(しょうぶん)と申しますか何と言いますか……」

「ええ、もちろん。どうぞ」

涼はネックレスを渡す。


シャウ司空は、部下が持ってきた錬金道具に、そのネックレスをかざした。


浮き上がった文字を確認する。


「いや、ありがとうございました。確かに、ナイトレイ王国の筆頭公爵。しかし、ナイトレイ王国のロンド公爵と言えば……」

そこで言葉を切って、意味深(いみしん)な表情でリーチュウ隊長を見る。


その視線を受けて、リーチュウ隊長は頷いて言葉を続けた。

「はい。司空様の想像通りかと」

「なんとまあ……これほどに恐ろしい方とは。いや、歌の通りなら当然か」


シャウ司空は小さく首を振りながら呟く。


二人のやりとりの意味は、涼にもアベルにもよく分からない。

涼もアベルも、吟遊詩人の歌を知らないので。



「して、それほど高貴なお方が見えられた理由はいったいなんでしょう?」

「実は、マタン伯の件でして」


涼はそう言うと、かいつまんで、自分とアベルがやってきた理由、マタン伯にはお世話になっているなどという話をした。



「なるほど。確かに、マタン伯の家臣たちが暴発するのは困りますな。特に今は、第六皇子リュン様の婚礼を控えた時期。公爵閣下が、彼らを抑えてくれるというのであれば、助かりますが」

「できるだけの協力はしたいと思っています」

「ですが、マタン伯にお会いになったり、聴取に立ち会ったりというのはできませぬ。ここは御史台です。法を逸脱(いつだつ)した行為は、どれほど偉い方でも認められませんゆえ」


シャウ司空は笑いながら言うが、目は笑っていない。


「もちろんです。ただ聴取の際に、特にお願いしたいことが二つございます」

「伺いましょう」

「一つは、どうやって禁軍兵士から剣を奪ったのか。マタン伯は武に関してはからっきしダメだと家臣たちは言っておりますので。もう一つは、服の内側はどうなっているか」


涼がそう言うと、シャウ司空は目を細めて問う。


「一つ目の点は、わしも聞いた時に疑問に思いましたわい。仮にも禁軍の兵士が剣を奪われるなどあり得ない話。実は、奪われた兵士も御史台で拘束しております。今、部下たちが聴取しておりますが……。ですが、二つ目のマタン伯の服の内側とは?」

「斬りかかった際に、服の内側から甘い匂いがしたという証言がありまして。服の内側や……もしかしたら胸に何かないかと。呪法的な何かが」


涼はそこまで言うと、これまでと違って、力強い視線でシャウ司空を見つめた。

その視線は、シャウ司空が何者か分かっているぞと言わんばかりに。



しばらくその視線を受けた後、シャウ司空の方から視線を外した。

苦笑しながら。


「誰からの証言かも気になりますが……それ以上に、恐ろしいですのぉ。公爵閣下は、わしが呪法使いであることが分かっておるようで」

「はい。何人かの呪法使いを知っていますが、同じような感じがしました」

シャウ司空の言葉に頷く涼。


「胸に呪法的な何かというのは……『傀儡(くぐつ)』の事を言っておるのじゃろうが……。あれは秘法中の秘法。半分伝説的なもので、わしすらも知識としては知っておっても、やれんし見たこともない。多くの者は、胸の上に刻む事すら知らん。それを、なぜ魔法使いの、それも呪法が無いと言われる中央諸国の公爵閣下が知っているのか、教えてもらえますかの?」

「簡単なことです。目の前で、似たような呪法を見ましたから。星形の魔法陣を胸に刻んだ呪法を」


涼が見たのは、ヘルブ公だ。


「まさか使い手がおったとは……。それはこのダーウェイで、ですかな?」

「いいえ、ここではありません」

「そうですか。それは喜ばしい事か、それともダーウェイを超える呪法使いがおるのを嘆くべきか……」


小さく首を振るシャウ司空。



少し考えた後で口を開いた。


「甘い匂い、というものにも心当たりはありますな。体に擦り込むことによって、意識をもうろうとさせる術が。それ自体は呪法使いとは関係ないのじゃが、『操る』という部分から考えると、今回の件にはうってつけかもしれませぬ」

「なるほど」

「実は、マタン伯への一度目の聴取はすでに行われておりましてな。しかしながら、マタン伯は気を失ったままであったため、体周りを調べただけじゃが……。その時には、『甘い匂い』などはなかった。そんな消えやすい匂いという点でも、おそらくはボーランタの毒であろうかと」


顔をしかめたまま、推測を言うシャウ司空。

本格的な聴取は、明日からになるようだ。


しかしながら、部外者に、そんな情報を言ってしまっていいのかと、涼とアベルは少し不安に思っている。

とはいえ、ありがたい情報なので、相槌を打ちながら聞いている。



「というのは、もちろんわしの独り言じゃ。少し大きすぎて誰かに聞こえた可能性はあるが、わしが言っていたと言われても、全力で否定するに違いない」

「承知いたしました」

シャウ司空が呟き、リーチュウ隊長が頷いた。


涼とアベルは無言のまま頷く。


独り言はよくあることだ。

うん、それは仕方ない。



そうして、涼とアベルは御史台を出た。

リーチュウ隊長は、もう少しシャウ司空と話していくらしい。

監視されているだろうから、時間をずらそうというのかもしれない……。



残されたシャウ司空とリーチュウ隊長。

「リーチュウ、まったく……なんて恐ろしい方と知り合いなのだ……」

「申し訳ございません。お二人を、皇帝陵への拝礼でご案内しましたので……」

苦笑しながら言うシャウ司空、こちらも苦笑しながら答えるリーチュウ隊長。


本気で責めているわけではないのは当然だ。


「吟遊詩人の歌はわしも聞いたことがある。吟遊詩人らしい、大げさな表現と思ったが……。あれは化物ぞ」

「それほどですか?」

「魔力を見る事ができる者なら、全員わしと同じ意見になるわい。体から、まったく魔力が漏れていない魔法使いなど、あり得ん存在じゃからな」


シャウ司空は、熟練の呪法使いだ。

そして、魔力を見る事ができる……。

これは訓練の結果だ。


実は、ダーウェイ御史台には、魔力を感知する訓練メニューがある。

そのため、数年という時間はかかるが、魔力を見る事ができるようになる者は、それなりにいる。



常識として、魔法使いなのに魔力が漏れていないというのは、ありえない。


だから、そんな者がいるのだとしたら、それは常識外の存在。

つまり化物となる。


「まあ……マタン伯の調査に関しては、いろいろと興味深い情報を得られたから良しとしよう。わしが感じた恐怖くらい、安いもの……そう思うしかあるまいな」

「なんというか……いや、それほどとは思いませんでした」


シャウ司空の感じた恐怖は、リーチュウ隊長には分からない。


「魔力が見えるのはかなり便利なのじゃよ。相手が隠れておっても見えるからの。御史台に勤めておると、この恩恵は計り知れん。じゃが、今回は……今回ほど、魔力が見えるために肝をつぶしたことはないわい」

「正直、司空様がそれほど驚いているようには見えませんでしたが……」

「あたりまえじゃ。あれほどの人物に悪感情を抱かせるなど、悪手の中の悪手じゃろうが。ほれ、今になって冷や汗が出てきおったわ」

シャウ司空はそう言うと、小さく首を振る。


「それにしても……今回の件、極めて厄介なことになったのぉ……」

シャウ司空の呟きは、リーチュウ隊長にも届かなかった。

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