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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0554 持つべきものは

港は、帝都民で埋め尽くされていた。

みんな、手を振ったり布を振ったりして、公主の到着を喜んでいる。


そんな群衆に向けて、シオ・フェン公主が和やかに微笑みながら手を振った。

その左後ろに侍女ミーファ、右後ろに公主護衛隊長ビジスが立っている。


シオ・フェン公主は、ビジスが少し首を傾げたのが目の端に入った。


「どうしました、ビジス」

「はっ。いえ……群衆の中に、白いローブが見えた気がしまして……」

「ダーウェイの民は、ほとんど東服ですよね? 前開きの服を帯で留める様式の」

シオ・フェン公主が問い、ビジスが答え、ミーファが確認する。


東服以外の者は、確かに目立つかもしれないが……。


「白いローブって、リョウ様の事よね?」

「は、はい……」

シオ・フェン公主の確認に、ビジスが(うつむ)いて答える。


「これが色恋ならめでたいのだけど、ビジスのは、剣を一手ご指南いただきたい……だものね」

小さくシオ・フェン公主がため息をついて、苦笑しながら言った。


なぜか涼は、戦いの相手として求められる運命らしい。


「ですが、公主様の輿(こし)()れの前後は、帝都には一般人は入ってこられないと聞きました」

「そうみたいね。アベル先生もだけど、リョウ様も、帝都に入られるのはまだ先になるのかもしれませんね」

ミーファの言葉に、シオ・フェン公主は頷いた。



「公主様、どうぞ」


船に舷梯(げんてい)が架けられた。

すでに、下船場所にもダーウェイ礼部の兵が並び、準備が整っている。


当然、公主の下船も式典の一部だ。


「では、行きましょう」

シオ・フェン公主が言うと、ミーファとビジスが頷いた。


ついに、シオ・フェン公主一行は、帝都ハンリンに到着したのであった。




「さすが公主様、堂々としていましたね! ミーファも立派に務めを果たしているようです」

「ああ。これからも、いろいろ大変だろうが、彼女たちなら大丈夫だろう」

涼がうんうんと何度も頷き、アベルも笑みを浮かべて、弟子もいる一行の下船を見守った。


ビジスが見た白いローブは、確かに涼だったのだ。



シオ・フェン公主一行が下船し、皇宮に移動していった。

その後、しばらくすると、群衆も減る。


船からは、荷下ろしが行われているため、まだ慌ただしいが……二人が探す人物は船から降り、部下たちの仕事を見守っているようだ。

しかも、隣にいる人も知った顔だ。


二人とも忙しくなさそうだし、これはチャンス!



「ミュン船長、ラー・ウー船長、お久しぶりです」

涼が挨拶したのは、公主船団第一船船長ミュン、第十船船長ラー・ウーだ。


「ん? おお、リョウ殿でしたな」

「リョウさん! アベルさんも。先に帝都に来ていたんですね」

ミュン船長もラー・ウー船長も、二人の事を覚えていた。


「あの時は申し訳なかった。礼部は融通が利かん」

「いえ、まあ、仕方ないかと」

ミュン船長は、涼とアベルを船団に残すように礼部のスヌス次官にかけあったのだが、上手くいかなかったことを謝ったのだ。

涼としても、官僚機構は融通が利かないものであることは分かっているので、特に何とも思っていない。


「ほんとに。あの後、やっぱり水の搬入が大変で、スヌス次官を見る船員たちの目が冷たかったのは、ちょっと可哀そうでしたね」

ラー・ウー船長は笑いながら言った。



「早速なのですが、ちょっと今大変なことになっていまして……」

涼はそう切り出すと、今涼とアベルが巻き込まれている事件について、二人に話した。



「それは困りましたね。マタン伯のフォン・ドボー殿は、公主様の饗応役ですよね。一年前から決まっていましたから私も知っていますが……。マタン伯が牢に入ったとなると、別の方が饗応役を担当することになるでしょう。そうなると、少なからず公主様一行に影響が出ます」

「今回の輿入れは、本当にいろいろあるな」

ラー・ウー船長が饗応役の変更に懸念を示し、ミュン船長が輿入れそのものにため息をつく。


多分、涼とアベルが船を降りてからも、色々あったに違いない。



「第六皇子リュン様は、優しげに見えて実は芯の通った、なかなかの人物です。ですので、その方の正妃ならば公主様はお似合いだと思っているのですが……」

「ミュン船長は、リュン皇子のことをよくご存じで?」

ミュン船長が呟き、涼が問う。


「ええ。以前……実は戦場でご一緒したことがありまして。その頃皇子は、まだ十代前半だったはずですが、味方を助けるために自らの隊を率いて突っ込んでいったのを覚えております。そのおかげで、戦線の崩壊が防がれましてな。その時、軍を率いていた第二皇子から、後に称賛されていました」

「ほっほぉ」

「ですが……リュン皇子が勇猛だとか、英邁(えいまい)であるとかいう話は、聞いたことがないのですが……」

ミュン船長と涼の会話を聞いて、ラー・ウー船長が首を傾げる。


「ああ。その少し後からだな。あえて、目立たぬように振る舞うようになられた。俺は、戦場の姿を知っていたから、ずっと見ていたのだが……あえて、愚鈍(ぐどん)にさえ見せるようになられて」

「それは……皇太子殿下の……」

「そうだ。殿下が亡くなられ、帝位継承問題が顕在化してくるのに前後してだったな。巻き込まれるのが嫌だったのだろう。リュン皇子のお母上は、皇太子母の侍女として皇宮に入られていた方で、身分は高くない。帝位継承に絡むと、母君にもいろいろあると思われたのやもしれん」


ミュン船長は、第六皇子リュンを、高く評価している。

だが、リュン皇子の母は身分が低いため……いろいろとあるようだ。



「おっと話が逸れた。二人が来たのは、マタン伯の件だったな。俺たち帝国公船の人間は、本来の所属は皇帝陛下直属だ。今回は礼部に借りだされているし、だいたいは海軍と共に行動するが、本来の所属は陛下直属となっている。夕方にでも、報告を兼ねて陛下にお会いするから、少し聞いてみるか」

「本当ですか!」

ミュン船長の提案に、驚く涼。


これは予想外だ。


「まあ、城内で斬りかかったのが事実なら、助命のようなものは無理だが、陛下の下にどんな話で伝わっているかくらいは分かるかもしれん。そうだな、また明日にでも聞きにきてくれ。そこにある公船部の建物にいるからな」


ミュン船長はそう言うと、港の傍らにある巨大な石造りの建物を指さした。

それが公船部の建物らしい。


「ありがとうございます!」

涼とアベルは感謝して、その場を去った。




「いやあ、持つべきものは、公船船長の知り合いですね!」

「普通、そんな知り合いいないからな」

二人の船長の下を辞し、涼とアベルは歩きながら話している。


今は、できるだけ多くの情報が欲しい。

ミュン船長は、皇帝の下にどう伝わっているかの情報を、明日教えてくれると。

これは、大きな収穫だ。


「でも、一発で問題解決、とはいかないですね」

「そりゃ、当然だろう」

「でもでも、ここでたとえば、皇帝陛下が襲撃されているところを助けたりすれば、お願いを聞いてもらってフォン・ドボーさんを助けることができるのですよ!」

「うん、いつものように、そんな事はあり得ないからな。だいたい、皇帝が襲撃されるということ自体ありえないし、俺たちが助けるまでもなく護衛が相手を打ち倒すだろうが」


涼の、ラノベ的王道展開の希望を、いつも通り完璧に否定するアベル。


「でも、どこかの王様は、帝国に伏兵を配置されて襲撃されたことがあるらしいですよ。自国内で」

涼が指摘しているのは、北部行でアベルが襲撃された事件だ。


「ああ、確かにそういう事もあったが……」

アベルは顔をしかめている。


「まったく、帝国程度の伏兵に後れを取るなんて、アベル王もたいしたことないですね!」

「いや、そう言われても……」

「帝国兵如き、小指の先でちょちょいとやるくらいで簡単に倒せないでどうするのですか! そんな事では世界征服なんて夢のまた夢です!」

「うん、世界征服なんて望んでない……」

「国王たるものの視座の問題です。目先のことばかりに囚われていては、国民を導く者としての力は発揮されません。現実に即した政策を。されども、理想を高く掲げた目標を。その二つを両立させてこその、国王なのです」

「あ、はい……」

「僕はアベルに期待しているのです。期待しているからこそ、厳しい言葉も言うわけです。失望させないでほしいものです」

「なんだろう、このモヤモヤとした気持ちは……」


涼も言いたくはないのだ。

だが、アベルは国王。

正面から苦言を呈す者はいない……だからこそ、筆頭公爵たる涼が言うのだ。


涼だって言いたくはない。

だが、国のためを思って仕方なく言うのだ……。


「クックック、仕方ないのです」

「なぜ笑いながら言っている」

「ハッ、しまったです。今のは気のせいです。なかったことにしてください」

「……」


隠そうとしても、つい漏れてしまうものが、この世界にはある……。



二人は、再び、報告のために待機所に戻ろうとしていたのだが……。


「十二人ほどが、待機所を監視しています」

「さっき、出てくるときまでは……いなかったよな?」

「ええ、いませんでした」

涼が<パッシブソナー>で確認すると、監視がいたのだ。


『月下宴亭』から戻っての報告の時にはいなかったので、彼らが港に行っている間に、待機所の監視が始まったらしい。



「う~ん、俺だと八人までしか探れん」

アベルが悔しそうに言う。


「ええ。多分アベルが探れない四人は、その道の専門家です。呼吸すら、他の八人と全然違って、落ち着いています」

「つまり、いくつかの組織が監視しているということだな」

「でしょうね。僕たちどうしましょう。入るべきか、入らざるべきか……」

「もしちゃんとした情報機関とかなら、俺たちがフォン・ドボー殿に雇われているのは、すでに把握しているだろ。三日も行き来の間に護衛していたわけだし」

「ああ、確かに。いまさら懸念しても無駄ですか」


アベルと涼は合意に達し、待機所に入っていった。



待機所の中にいたのは、ウェイ・フォンただ一人。

他は、全員情報収集に出ていったようだ。

本当は、ウェイ・フォンも行きたかったのだろうが……指揮を執る者は、簡単には動けない。


「ああ、二人とも。何か分かりましたか?」

「はい、いくつか」


涼はそう言うと、港でのことを説明した。

そして、この待機所が監視されていることも。


それを聞いて、ウェイ・フォンは頷いた。

薄々感じていたようだ。


「他の領主たちの供回りたちが、全員出ていきましたからね。そして、新たには誰も入ってこない」


確かに、待機所の中は、本当に三人だけだ。

どこからかの指示で、この待機所は避けるように言われたか。

あるいは、各領主独自の情報網からの判断か。



「情報収集の成果が上がれば上がるほど、ここを襲撃する可能性が高くなるんじゃないか?」

懸念を示したのはアベルだ。


ただの護衛や供回りたちであれば放置されただろうが、優秀で情報収集でも結果を上げ始めていると分かれば、知られたら都合のよくない者たちが動き出すかもしれない。


「確かに。ここの襲撃だけではなく、情報収集には一人で動いている者が多い。そっちを攻撃されると厳しいな」

ウェイ・フォンは、情報収集に出ている者たちが襲撃される可能性も考慮し始めた。


いろいろと厄介な状況だ。



「とりあえず、夜は全員で『龍泉邸』に戻る。守るなら、ここよりも宿の方がいい」

ウェイ・フォンは断言した。


当然その判断の中には、同じ『龍泉邸』に泊まる、他の大商人や地方領主たちの戦力も、防衛に使える可能性が高いという部分がある。

涼もアベルも、その事は理解していたが、非難するつもりはない。


もちろん、情報収集だけを考えるなら、皇宮のすぐそばの、この待機所が一番だ。

しかも、今回引き上げれば、次回以降、ここは使えない。

主たるマタン伯フォン・ドボーが重監獄に入れられている以上、その家臣であるウェイ・フォンらに、この待機所の使用許可は下りないだろうからだ。


今はまだ、追い出すほど命令が出されていないようなので、居座っているが……。


「夕方の五時、暗くなる前にここを引き払います」

「分かった。また情報収集に出る。それまでには戻るが、もし戻らなかったら、俺たちの事は無視して『龍泉邸』に戻ってくれ」

ウェイ・フォンの言葉に、アベルが答える。


「大丈夫か?」

「俺たち二人なら、だいたいなんとかなるからな」

アベルがそう言うと、涼も頷いた。


そう、この二人はけっこう強いのだ。

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