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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0553 ロシュ・テンの説明

「どうして、お二人が?」

突然入ってきた涼とアベルに席を勧めた後で、ロシュ・テンは問うた。


当然だろう。


ノモンの街で別れた二人が、帝都で、しかも自分が泊まっている宿にひょっこり顔を出したのだから。

しかも、案内が誰も伝えに来なかったのに……。


「えっと、いちおう、お見舞いに」

涼が答える。


それは嘘ではない。

もちろん、それだけでもないが。


「そうですか……お二人の耳にも入ってしまいましたか。いや、でもほんの数時間前ですよ? さすがに早すぎるでしょう?」

ロシュ・テンは、穏やかと言ってもいい人物だが、決して愚鈍(ぐどん)ではない。


「その通りだ。実は今、マタン伯フォン・ドボー殿に護衛として雇われている」

アベルが正直に言うと、ロシュ・テンは目を見張った。

かなり驚いたようだ。



だが、それもわずかな時間。


すぐに頷いた。


「なるほど。それなら分かります。マタン伯の家臣の方々も、情報を集めておいででしょうから。お二人がここに来られたのも、その一環ですね?」

「ああ。あんなことがあったばかりで、しかも斬りつけてきた人物に雇われている者がというのは……いろいろ申し訳ないが」

「いえ、構いません。むしろ、戻ったら家臣の方々に伝えてほしいです」

「伝える? 何をだ?」

軽挙妄動(けいきょもうどう)を慎むようにと」


ロシュ・テンの表情は、真剣そのものであった。


「分かった、約束しよう。そのためにも……」

「ええ、私がお話しできることは全てお話いたします」

ロシュ・テンは、頷いた。


「とは言っても、それほど多くはないのです」



そう言って、ロシュ・テンが話した内容をまとめると以下の通りになる。



ロシュ・テンは、今回の第六皇子リュン婚礼後の、新居設営の相談役となっている。

そのため、皇宮に上がることが多いが、今回の事件のあった南廊下は久しぶりであった。


そこを歩いていると、後ろから叫び声が聞こえた。


振り向くと、尻もちをついた禁軍兵士が一人と、剣を振りかざしてこちらに走ってくるマタン伯が見えた。

周りにも人がいるのは見えたが、誰も動けていなかった。


マタン伯が剣を大きく振りかぶって打ちかかってきたためよけた。

そのまま大きくよろめいたマタン伯は、近くにいた官吏たちや他の領主たちが覆いかぶさるようになったため、それ以上は動けず、取り押さえられた。


ロシュ・テンは、すぐに別の部屋に移動させられたため、それ以上は分からないと。


「私も武芸に秀でてはいませんが、マタン伯はもっと、そちら方面には向いていらっしゃいませんでしたから」

ロシュ・テンは、小さく首を振りながらそう言い、説明を締めくくった。



「ロシュ・テン殿は、マタン伯……フォン・ドボー殿と親しいのか?」

「いえ……。もちろん存じ上げてはおりますが、これまで共に仕事をしたことはありません。お互い、ほとんど面識は無いはずです」

「ふむ」

「マタン伯は、確かに武の人ではありませんが、気骨(きこつ)のある人物だというのは私も存じ上げております。どの派閥にも属さず、各皇子はもちろん、親王たちに対してすら筋を通す人物だと。ですから、そんな人物が皇宮の中で斬りつける……。対象が私でなかったら、話を聞いても信じられなかったでしょう」

ロシュ・テンはそう言うと、残っていたお茶を飲み干した。


「その……何か気づいたことはなかったか。いつもと違うこととか、あるいはマタン伯の様子に関してもだが……」

「そうですね……はっきり言って、いつもと違うことだらけですが……。斬りかかられた時に思ったのが二つ。一つは、マタン伯が打ちかかってきた時、目を閉じていたこと」

「……打ちかかってきた時に、目を閉じていた?」

「ええ。変でしょう? どんな剣豪でも、目を閉じていては剣を当てる事はできません。それと、これは一瞬だったのですが、マタン伯の体から、何か……甘い匂いが漂ってきたのです」

「甘い匂い……」

「あまり嗅いだことのない匂いが……多分、服の内側から。そういうのが、何かの役に立つのかは分かりませんが、とても記憶に残っていまして」

「いや、ありがたい」


ロシュ・テンの言葉に、アベルは頷いた。



ずっと黙ったままだった涼が口を開いた。


「マタン伯フォン・ドボーさんが今回やっていたお仕事って、何だったかご存じですか?」

「ええ。マタン伯は公主饗応(きょうおう)役でした。つまり、第六皇子リュン様の正妃として輿入れなさる、シオ・フェン公主の身の回りのお世話から、道具、婚礼までの仮の住まいの設営などの担当ですね。もっとも、実務面は官吏たちが行いますので、我ら伯はあくまで責任者としているだけです。顔は出しますし、先方との連絡は良く取り合いますが……。マタン伯の饗応役も、問題なく進んでいると聞いていました」


ロシュ・テンは小さく首を振った。

なぜ今回の事が起きたか、本当に理解できないのだ。


「いちおう、今聞いた話をマタン伯の家臣たちに伝えに行く」

「はい、よろしくお願いします。それと、婚礼関連が終わらない限りは、処刑などは行われません。まだ時間はありますので、マタン伯の家臣たちにはくれぐれも……」

「ああ、軽挙妄動しないように伝えておく」


そうして、涼とアベルは『月下宴亭』を、やはり裏口から出た。




「加害者も被害者も、今回の婚礼関係です」

「ああ、やはりリョウも気付いたか」


第六皇子リュンとシオ・フェン公主が、結婚する。

打ちかかられたバシュー伯ロシュ・テンは、第六皇子リュンの新居設営相談役。

打ちかかったマタン伯フォン・ドボーは、シオ・フェン公主の饗応役。


「どう考えても、無関係じゃないですよね」

「そうだよな……」

アベルは答えると、少し考えてから、言葉を続けた。

「とりあえずは、報告だ」



ダーウェイ帝室は、第一皇子で皇太子だった人物はすでに死亡。

バシュー伯ロシュ・テンは、いわゆる皇太子派であった。現在は無派閥。


第二皇子、第三皇子、第四皇子が、親王となっている。

親王は、ただの皇子よりも明確に序列が上で、帝位継承はこの三人の親王で争われる。


第六皇子リュンは親王ではなく、次期皇帝位争いにも加わっていない。

涼とアベルが皇帝陵であるフェンムーで会ったのは、このリュンだ。

シオ・フェン公主は、このリュンに嫁ぐ。



まとめると、こういう事になるらしい。




二人は約束通り、ウェイ・フォンらに報告した。

もちろん、ロシュ・テンの伝言、軽挙妄動を慎むようにというのも。



「ウェイ・フォンさん、帝都に来ている者たちは抑えられるって言ってましたけど……」

「ああ。領地にこの話が伝わると、どうなるか分からないって言ったな。恐らく、家は取り潰しになるだろうから……」

「それを唯々諾々(いいだくだく)と受け入れる者はいないだろうって……」

アベルと涼は、盛大にため息をついた。


もちろん、二人はフォン・ドボーの家臣ではなく、雇われた冒険者であるため、深刻な損害はない。

せいぜい、報酬を貰えない程度だろう。


だが、ウェイ・フォンをはじめとした家臣たちは、その家族もろとも路頭に迷うことになる可能性が高いのだ。

二人がため息をつくのも仕方あるまい。



「さて……俺たちには、さらに情報を集めてきて欲しいということだったが……」

「ええ、確かに待機所に籠っていても仕方ないですしね。さて、どこに行きましょうかね」


アベルと涼が、今後の行動を考えていると、街中から声が聞こえてきた。


「公主様が到着されるぞー!」

「リュン様のお妃さまの船が入ってくるってさ」

「港に行けば、一目見られるかねぇ」

「とりあえず、行ってみようぜ!」


「アベル、シオ・フェン公主さんたち一行が着いたみたいですよ」

「俺らもけっこう時間かかったが、公主たちも遅かったな」

「まあ、いろんな街によってお披露目(ひろめ)しながらでしたからね。大変ですよね」

アベルも涼も、一行の船団にお世話になったのは数日であったが、その苦労を(おもんぱか)った。


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