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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0551 急転

フォン・ドボーは、朝八時に皇宮に入り、夕方六時に皇宮から出てくる。

襲撃されるまで、このペースで活動していたが、襲撃されて以降は『龍泉邸』に引き籠っていたらしい。

それが、涼とアベルの護衛がついたことによって、護衛兵を率いるウェイ・フォンから、元の活動スケジュールに戻す許可が下りたそうだ。


「ウェイ・フォンさんが、一番の権力者……」

「うん、リョウ、そういう事は思ったとしても口に出してはダメだ」

涼の言葉をたしなめるアベル。


「俺も、ハインライン侯がダメだと言ったら、させてもらえなかった……」

「それは宰相閣下の方が、アベルよりも立場が上なだけでしょう?」

「俺……国王だったんだが……」

「国王なんてただの神輿(みこし)です、担がれているだけなのです。勘違いしてはいけないと思います」

「そうか……勘違いか」


国王陛下も苦労していたらしい。



二人が護衛依頼を受けて三日目。

二人を含めた護衛一行は、皇宮の外にある待機所にいる。

簡単に言えば、主人が皇宮の中に入っている間、護衛や供の者たちが待っている場所だ。


下級官吏であれば、供の者などいないが、フォン・ドボーのような領主、あるいは上級官吏となるとそうではない。

いわゆる『シタイフ層』と呼ばれる者たちだ。

シタイフ層は、それなりの数がおり、供回りの者たちの数もかなりのものになる。


今回のような、皇子正妃の婚礼がある場合は、皇宮に詰める人数は激増する。

当然、皇宮の外で待つ者たちの数も激増する。


いろんな種類の待機所があるらしいが、今回、フォン・ドボー護衛一行が入っているのは、体育館のような広い空間に、複数の一行が待つタイプ。


フォン・ドボーの場合は、朝、皇宮に入って、夕方出てくるため長い時間待つことになるが、他の者はそこまで長くはいないらしい。

三十分程度で出ていった者たちもいるくらいだ。



わざとらしく、周囲に目を配る涼。

そして、ササッとリーダーであるウェイ・フォンの隣に座る。


「リョウさん、何か?」

ウェイ・フォンは、常に厳しい表情で仕事も妥協(だきょう)しないが、涼とアベルに対しての口調は丁寧だ。

名前も、必ずさん付けである。


「はい。実は、護衛をするうえで確認しておきたい点があります」

「なんでしょうか?」

涼の問いに、ウェイ・フォンが促す。


その間に、涼の横にアベルも来ている。

もしもの場合に、涼を止めるためである。


「次期皇帝位を巡って、三人の親王が争っているそうなのですが、フォン・ドボーさんは誰の派閥なのでしょうか?」

「おい、リョウ!」

涼の遠慮のなさすぎる問いに、アベルが声をあげる。


確かに、護衛のために知っておいた方がいいかもしれないが、雇われ護衛が尋ねていい質問とも思えない……。



ウェイ・フォンは、目を細めて涼を見る。


「ふむ」

一分ほど見た後、口を開いた。


「領主様は、誰の派閥にも入っておりません」

「え?」

ウェイ・フォンの答えに、驚く涼。


「現実的に……そんなことが可能なのでしょうか? いえ、なんというか、親王さんたちからの嫌がらせ的なものがあったりもすると思うのですが……それに対して、誰も守ってくれないことになるし、それは困るのではないかと……」

「リョウさんがおっしゃることは分かります。そして、ダーウェイ皇宮においては、それはよくあることです」

「そうであるなら……」

「だから、襲撃されたのです」

「ああ……なるほど……」


以前、フォン・ドボーは襲撃されたと言った。

もちろん、誰が襲撃させたのかは分かっていない。

だが、想像はつく。



皇位継承を争う三人の親王の誰か。

あるいは、その派閥の誰か。


誰の派閥にも入らないフォン・ドボーを襲撃し、脅すことによって引きこもうとしたのかもしれない。

あるいは、他の派閥に入っていない者たちへの見せしめかもしれない。


どちらにしろ、熾烈(しれつ)な派閥争いをしている場合、どこにも属しないというのは、最も危険なのだ。


もしもの時に、誰も守ってくれないから。

もしもの時に、むしろ見せしめにされるから。

もしもの時に……罪を着せられることすらある……。



「マタン伯の関係者の方! こちらにいらっしゃいませんか! マタン伯の関係者の方ー!」


マタン伯とは、フォン・ドボーの事だ。


「マタン伯の護衛の者だ!」

ウェイ・フォンが手を挙げて、大声をあげて立ち上がる。


涼とアベルだけでなく、他の九人の護衛兵も立ち上がった。


「大変です! 皇宮で、マタン伯が拘束されました!」

「なんだと!」



事態が急転した。




「どうだ、何か分かったか?」

「はい、いくらかは」

ウェイ・フォンの問いに答えたのは、皇宮に情報を探りに行っていた護衛兵の女性だ。

副隊長的ポジションで、名前はニュアン。


「領主様が、突然、バシュー伯に剣で打ちかかったそうです」

「……何を言っている? 領主様は剣を持っていない。短剣すら帯びていないだろう?」

ウェイ・フォンが、ニュアンの報告に顔をしかめて答える。


「はい。禁軍(きんぐん)から剣を奪って打ちかかったと。打ちかかった瞬間は、多くの方が目にしておられるとか……」

「馬鹿な……」

ウェイ・フォンが吐き捨てるように言う。


その後は、誰も喋らない。



口火を切ったのはアベルであった。

「領主……フォン・ドボー殿の、剣の腕は?」

「ああ、からっきしダメだ。領主様は、公正で清廉潔白(せいれんけっぱく)、努力も惜しまない方だが、剣や弓、魔法なども全然向いておられなくてな。それゆえ、我々が護衛しているのだが……」

「そんな人物が、禁軍から剣を奪った? 禁軍って、いわゆる近衛兵だろ?」

「ええ、アベルの認識で合ってます」

最後はアベルが涼に尋ねるように問い、涼は頷いた。


禁軍とは、皇帝直属の精鋭部隊だ。


「確かに……。たとえ隙をついても、領主様には不可能だ」

ウェイ・フォンが言うと、他の九人も頷いた。


よほど領主フォン・ドボーは、武に向いていないらしい。



「それで、拘束された領主様はどうなっている?」

「重監獄に連れて行かれたと」

「何がどうなっているんだ……」

護衛一行は、無言のまま考え始めた。


アベルは、涼がいろいろ首を傾げているのに気付いた。

「どうした、リョウ」

「僕の記憶が確かなら、犠牲になったバシュー伯って……」

「バシュー伯……バシュー……そうか! ロシュ・テン殿か!」


バシュー伯ロシュ・テンは、ボアゴー副代官フー・テンの甥だ。

二人は一緒に、ノモンの街に来ていた監察リー・ウー刺史に会いにいったことがある。

全く知らない相手ではない。



「二人は、バシュー伯を知っているのか?」

「ああ、少し前に世話になった」

「ロシュ・テンさんの領地バシューも、帝都からは離れていますから、僕らみたいに供の人とか護衛の人がどこか待機所にいたりしませんかね?」

ウェイ・フォンが問い、アベルが答え、涼がとっかかりを探す。


「バシュー伯は、怪我はされなかったそうです」

探ってきたニュアンが答える。


「打ちかかられたのであれば、さすがに動揺されただろう。今日は宿に下がられて、御史台(ぎょしだい)による聴取は明日以降に行われるか?」

「宿が分かれば、直接話を聞きに行ってみてはどうでしょうか?」


ウェイ・フォンの予測を元に、涼が提案する。


「そうだな。起きたことに関して、一番詳しいのは被害にあったバシュー伯であろうが……打ちかかってきた者の家臣たちに、会ってくれるだろうか?」

「そこは、僕らでなんとか……」

「行ってくれるか?」

「ええ、もちろんです」


ウェイ・フォンの問いに、涼は大きく頷いた。

横で、アベルも頷く。


確かに、まだ数日の付き合いではあるが、領主フォン・ドボーは二人の雇い主であるのは事実。

実際、何か侮辱(ぶじょく)されるようなことがあったとしても、禁軍の剣を奪って人に襲いかかるような人物ではないと思っている。


だからこそ、実際に何が起きたのか気になるのだ。

多くの人が見ていたと言うし……。


「よし、手分けして、バシュー伯が泊まっている宿を探る。探り出したら、二人に行ってもらう」

ウェイ・フォンが言い、涼とアベルは頷いた。

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