0547 腕輪を求めて
「恐ろしく巨大な吊り橋です……」
「川幅が広いというのもあるだろうが、どんな船が通ってもいいようにか? 凄いな」
帝都ハンリン西の郊外にかかるという大橋は、かなり離れた川面からも見えた。
帝都付近になると、南河の川幅は二キロ弱にもなるらしく、そこにかかる橋は信じられないくらい大きい。
しばらくすると、二人が乗った船は橋の下に差し掛かった。
「川面からも、かなり高いです……」
「ああ、凄い規模の橋だな」
「アベル、国威発揚のために王国にも……」
「いらん!」
「なぜ!」
「王国に、こんなでかい川はない」
アベルのとてもまともな答えに、反論できない涼。
別の提案をすることにした。
「仕方ありません。全長百メートルのアベル像を造りましょう!」
「……は?」
「王国民がそれを見て、誇りを持てるような!」
「いらん……」
「なぜ!」
「……恥ずかしすぎる」
アベルは、そういうのは苦手なのだ。
「多くの国で、偉大な指導者の巨大な像はよく造られますよ? 解放者にして英雄たるアベル王の像があってもいいと思うのです」
「俺……そういうのいらない……」
「国王陛下たるもの、その程度の恥辱に耐えられなくてどうするのですか!」
「やっぱり! リョウ自身が恥辱って言ってるだろうが!」
「しまった! アベルの罠にかかってしまいました」
「絶対わざとだろう……」
国王陛下も、いろいろと大変らしい。
二人が乗った船は、巨大な港のような船着き場に入っていった。
係留される場所は決まっているらしい。
一緒に乗っていた十人ほどの兵士たちは先に降り、さっさと奥に歩いていく。
二人が下船すると、すぐに検査官のような人物が二人の元にやってきた。
先ほどの兵士たちとは扱いが違うようだ。
「知らないうちに僕らの手配書が配布されている可能性が……」
「もしそうだったらどうする?」
「もちろん……」
「うん、俺は犠牲になりたくないぞ」
「先手を打たれた!」
「下船手続きをお願いします。身分を証明する物を見せていただけますか」
検査官が丁寧に尋ねる。
二人を危険人物とみているわけではなさそうだ。
「検査官さん、助かりましたね」
「実力行使する気だったのか」
涼とアベルの不穏な会話……。
二人とも冒険者カードを提示する。
フェンムーでは、アンダルシアを戦闘に巻き込まないためにロンド公爵の身分を明かしたが、ここでそれはしたくない。
何といっても、帝都での第一の目的は『空飛ぶ腕輪』の入手だ。
それまでは、行動の自由を縛る行為は極力避けたい……。
「はい、六級冒険者アベル殿と、同じくリョウ殿ですね。確認いたしました。ようこそ帝都へ」
検査官はそう言うと、にこやかに微笑んだ。
二人への下船手続きも、通常行われているものだったようだ。
涼はわざとらしく胸をなでおろした。
それをジト目で見るアベル。
何はともあれ、二人は帝都ハンリンに降り立ったのであった。
「今、午前十時です。お昼ご飯には、さすがに早いですね」
「当たり前だろうが。さっき、船の上で朝飯を食べたろう」
「何か川魚の塩焼きでしたよね。あれはあれで、とても美味しかったです」
「昼飯の前に腕輪を買いに行くぞ!」
「やはりアベルが……ものすごく逸っています」
涼は小さく首を振る。
アベルは、先ほどの検査官の所に行き、何やら尋ねている。
何やらと言ったが、何を尋ねているのかはあまりにも明らかだ。
腕輪がどこで手に入るのか。
製造の帝都中央工房の場所はどこかだろう。
そう思っているとアベルが戻ってきた。
「帝都中央工房の敷地内にある、販売店で売っているそうだ」
「で、その場所も聞いたんでしょう?」
「もちろんだ。いくぞ!」
アベルはそう言うと歩き出した。
人通りが多いため、二人とも愛馬から降りて、一緒に歩く。
涼は、やれやれと小さく首を振る。
だが、表情は嬉しそうだ。
アベルがここまで欲しがる物というのは、そう多くない事を知っている。
それを求めて楽しそうに歩いていくアベルの姿は、相棒として涼も嬉しくなるのだ。
「アベル、気をつけて歩かないと人に当たりますよ」
「おう、分かって……」
ドンッ。
横の通りから出てきた男とぶつかった。
「言わんこっちゃないです」
涼が呟く。
「あ、わりぃ」
アベルは軽く謝罪する。
実際、肩がちょっと当たっただけであるし、むしろ出てきた男が全然違う方を見ていたために当たったわけで……
だが……。
「おい、待て!」
出てきた男は、ドスの利いた低い声を出した。
体の前で左右から衣を重ね合わせ、ボタンを使わず、帯で締める、ダーウェイでよく見る服装だ。
いわゆる東服と呼ばれているもの。
ズボンを穿いており、赤っぽい上衣の長さは膝付近まであり、左腰に剣を吊り下げている。
冒険者やならず者ではなく、武官系の政府関係といった感じだ。
涼は勝手にそう思った。
「うん?」
立ち去ろうとしていたアベルは、全く気負わずに振り返る。
「魂たる剣にぶつかっておいて、その態度は何だ!」
「魂だったら、ちゃんと両手で抱えておけばいいだろう?」
赤服の男の言葉に、アベルがめんどくさげに答える。
「貴様!」
「悪いが俺は急いでいるんだ。戦いたいなら、また今度な!」
「ふざけるな! だが、俺も今は時間がない。正午だ!」
「ん?」
「正午に、聖帝広場に来い! そこで決着をつけてやる!」
「ああ……はいはい、じゃあな」
「絶対に来いよ!」
叫ぶ赤服の男。
軽く手を振りながら去ってゆくアベル。
ワクワクしながらアベルの横を歩く涼。
「おめでとう、アベル!」
「何だ?」
涼が称賛し、アベルが顔をしかめて問い返す。
「ラノベ王道展開、ばったりぶつかって喧嘩に発展ストーリーをコンプリートしましたよ!」
「意味が分からん」
なぜか興奮する涼を、顔をしかめたまま言い捨てるアベル。
「聖帝広場でさっきの赤服を倒した後、実は彼は偉い人の部下で、後にアベルが襲撃されるんですよ! その展開が見えます!」
「何だその展開は。だいたい、その展開にはならんぞ」
「何でですか?」
「俺は広場に行かないからだ」
「え……」
アベルの言葉に、表情が凍りつく涼。
その間もアベルの横を歩き続けている光景は、シュールだ。
「いや、ちゃんと広場に行ってあげないと……彼、ずっと待っているかもしれませんよ?」
「別にいいだろ。あっちが勝手に指定しただけだ。俺は行くとは言ってない」
「アベル……なんて卑怯な……」
「あんなの、付き合っていられるか」
涼が展開の終結を嘆き、アベルが至極もっともなことを言う。
確かに、付き合っていられないだろう。
二人は、帝都中央工房に向かって歩いていく。
かなり大きな広場を横切っている。
「そう、左手に大きな時計台を見ながら広場を横切って、と言っていたな」
「確かに、おっきな時計台があります」
文字盤の直径は、涼三人分くらいあるだろうか。
それが、地上から二十メートルほどの高さの建物の上部に設置されている様子は、なかなか迫力がある。
「なかなか人も多い……」
アベルが言いかけると……。
「どけどけどけー!」
顔くらいの箱を持った男が、前方から叫びながら走ってきて……。
シュッ……ドンガラガッシャーン。
アベルに少しだけ当たって、派手に転んだ。
箱の中身を盛大にぶちまける。
どうも、鶏の卵が入っていたらしい。
「あちゃぁ……」
涼の残念そうな呟き。
当然、多くの卵が割れた。
もちろん、アベルはチラリと一瞥しただけで、そのままフェイワンと一緒に去ろうとしている。
「おい、こら、待て!」
転んだ男が叫ぶ。
アベルは歩き続け、涼も歩き続ける。
「待てつってんだろうが!」
転んだ男がアベルの前に走ってきて、行く手を塞いだ。
「なんだ? 俺か?」
「俺にぶち当たって卵をダメにしたんだ。お前に決まっているだろうが!」
「卵を持っているのに走るからだろう。それに、俺とはあんまり当たっていないぞ」
「なんだと!」
「俺は今、急いでいるんだ」
「ふざけるな!」
アベルが手を振り、しっしとやると、転んだ男が激高した。
転んだ男は、体の前で左右から衣を重ね合わせ、ボタンを使わず、帯で締める、ダーウェイでよく見る服装。
いわゆる東服と呼ばれているもの。
ズボンを穿いており、黄色っぽい上衣の長さは膝付近まであり、左腰に剣を吊り下げている。
冒険者やならず者ではなく、武官系の政府関係といった感じだ。
「ああ、しょうがないな。戦いたいなら、後でな」
「おい!」
「ああ、そうだ! 正午に聖帝広場に来い。そしたら相手してやるから」
「……は?」
アベルが言うと、黄服の男は驚いた表情になる。
「なんだ、嫌なのか? 嫌なら別に構わんが?」
「いや……あ、ああ、分かった……」
アベルの言葉に、首を傾げながらも受け入れる黄服の男。
そして、二頭と二人は、その場を去っていった。
アベルは気付いた。
横を歩く涼が、もの凄くキラキラとした目でアベルを見ていることに。
「何だ、リョウ?」
「いえ、僕は感動しているのです!」
訝しげに問うアベルに、キラキラした目に、清々しい笑顔も浮かべ、その感動を表現する涼。
「……は?」
「ラノベ王道展開、ばったりぶつかって喧嘩に発展ストーリーに、二連続で遭遇するなんて! そんなの、小説の中でしか聞いたことないですよ! アベル、凄すぎます」
「うん、全く意味が分からん」
「僕なんて、生まれてこの方一度もないのに……アベルは、この短時間で二回! 間違いなく、選ばれし民ですよ」
「え、あ、はあ……」
感動する涼。意味が分からないアベル。
涼は、転生してからずっと、そんな王道展開に遭遇したいと思っているのだが、なかなかないのだ。
だからこそ、違いを見せつけるアベルに感動していた。
「僕はアベルに謝らなければなりません」
「何だ、急に?」
「さっき、赤服の挑戦から逃げた時に卑怯だと言いましたが、黄服に聖帝広場に来いと言ったのは、そこでまとめて倒してやるということですよね。さすがはアベルです」
「いや、行かないぞ?」
「え……」
アベルの言葉に、再び表情が固まる涼。
もちろん、シュールに歩き続けている。
首から下は、別の意識の支配下にあるのかもしれない。
「いや、ちゃんと広場に行ってあげないと……彼ら、ずっと待っているかもしれませんよ?」
「別にいいだろ。どっちも向こうからぶつかってきて、迷惑をこうむったのはこっちだ。フェイワンもびっくりしたよなぁ」
アベルがそう言って、フェイワンの首筋を撫でると、嬉しそうにアベルの顔をぺろりと舐める愛馬。
「アベル……なんて卑怯な……」
「あんなやつら、付き合っていられるか」
涼は幻滅して小さく首を振り、アベルは肩を竦めた。
「確か、この辺のはずなんだが……」
「この辺も、けっこう人が多いですね」
アベルと涼は、二頭の愛馬を従えて目当ての店を探している。
「お、あれだな」
アベルが見つけて声をあげる。
涼もその方向を見る。
視線の先には、かなり立派な門構えの入口がある。
その瞬間だった。
横の店から男が飛び出してきて……。
ドテンッ。
転んだ。
アベルには一切当たっていない。
転びそうになった時に、男はアベルを掴もうとしたが、アベルが華麗にかわしたからだ。
一切触れていない。
だから、当然のように、アベルはそのまま歩き続けて、目的の店、帝都中央工房に向かう。
夢にまで見た腕輪の販売店が、もう目の前にあるのだ。
些事になど構っていられるわけがない。
そう見えないが、心は急いている。
だから……。
転んだ男が叫んでも……。
「おい、お前、ちょっと待て!」
「正午に、聖帝広場に来い!」
それだけ告げて、後ろも振り向かずに工房の門をくぐっていった……。
転んだ男は、体の前で左右から衣を重ね合わせ、ボタンを使わず、帯で締める、ダーウェイでよく見る服装。
いわゆる東服と呼ばれているもの。
ズボンを穿いており、青色っぽい上衣の長さは膝付近まであり、左腰に剣を吊り下げている。
冒険者やならず者ではなく、武官系の政府関係といった感じの男は……言葉を失って取り残されてしまった。
無事に、帝都中央工房の門をくぐった二人。
すぐに看板が目に入る。
『販売所はこちら』
その大きな看板を認識しながらも、涼はアベルに一言言うことにした。
「アベル……三回連続は異常です」
「なんだ?」
「ラノベ王道展開、ばったりぶつかって喧嘩に発展ストーリーが三回もなんて……もう、アベルの命が尽きてしまうのではないかと」
「おう、腕輪が手に入ればそれで構わんぞ」
「あ、はい……」
涼は悟った。
今、アベルに何を言っても意味がないと。
受け答えはするが、心ここにあらずだと。
二人は愛馬を販売店前に繋ぐと、中に入っていった。
「いらっしゃいませ」
三人の、上品そうなお姉さんたちが、一斉に頭を下げる。
それだけで、この店の客層が、上流である事が分かる。
「すまん、腕輪……空を飛ぶ腕輪が欲しいのだが」
「はい、『飛翔環』ですね」
アベルが問うと、お姉さんの一人が笑顔で答え、壁に掛けてある空飛ぶ腕輪を示す。
薄緑色の物が並んでいる。
色は一色しかないらしい。
「ああ、それだ!」
アベルが嬉しそうに答える。
「色は一色しかございませんが、意匠が二十四種類から選択可能です。どうぞこちらへ」
そして、涼とアベルは、腕輪の選定にかかるのであった。
三人と……。
アベルも大変ですね。




