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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
588/930

0546 魔力とは、余剰次元にある重力です

船旅は平和だった。


二人のほかにも、十人ほどの兵士の一団が乗っていたが、船自体がかなり広いため、特に衝突することもなく……。

アベルは本を読み、涼は氷の板に何かカリカリ書いていた。


そして、三日目の午後。


「フフフ……フフフ、フフフ……フッ」

「なんだ、不気味な笑いを……」

「上機嫌なので、アベルのその言葉も、今日は許してあげます。遂に完成したのですよ!」

「完成? 何がだ?」

「魔力理論(仮説)です!」

「……は?」


涼は浮かれ、アベルは首を傾げている。


「魔力理論って、何だ?」

「一言で言えば、魔力とは何か、です」

「……魔力とは、何なんだ?」


アベルは、涼が聞いて欲しい雰囲気を(かも)し出していたので、聞いてみることにした。

アベルはとっても善い奴なのだ。



「魔力とは、余剰(よじょう)次元にある重力です」



「……はい?」

アベルは首を傾げる。

全く意味が分からないから。


「フフフ、これで世界中、全ての魔力の説明がつきます。これまであらゆる場所で発表されてきたファンタジーな物語、『魔力』という言葉を使ってきた小説やコミック、アニメの類も、全て説明ができてしまうのですよ。きっと作者たちも知らないうちに、余剰次元の重力を魔力として使っていたのですよ……ふふふふふ。ファンタジーとSFの融合! SFF、サイエンスフィクションファンタジーという新たな分野を創造するのです!」


涼がとても興奮してしゃべり倒しているのだが、アベルには全く理解できていない。

よく分からない単語ばかりだが、今回問題になっている『魔力』という単語は分かるため、そこを尋ねてみることにした。


「リョウ、魔力とは何だ?」

「魔力とは、余剰次元にある重力です」

「うん、やっぱり、どっちも知らん言葉だ」

「で、ですよね……」



涼はようやく現実に引き戻された。

そして、考える。


アベルへの説明……無理じゃないか、と。



そもそも、涼の考えを理解してもらうためには、いくつもの前提知識が必要になる。


特に、物理学の知識が。

特に、理論物理学の知識が。

特に、(ちょう)(げん)理論の知識が。




まず物理学において、この世の中に存在する力、あるいは相互作用というものは、四つに分類される。


『重力』『電磁気力』『強い力』『弱い力』


この世界に存在する全ての力は、上記四つのどれかに入る。


いわゆる化学反応的な、例えば『物が燃える』みたいなものは、すべて電子の動きなので『電磁気力』になる。

物理学においては。



このうち、『強い力』と『弱い力』は、原子よりもさらに小さな、原子核ほどの大きさ、狭さでのみ働きかける事ができる力だ。

力そのものは強いが、人が認識できない極小の世界でのみ働いているため、一般的な生活の中ではまず認識することはない。


だから、ここでは考えない。



『重力』は、地球に生活している人なら、誰しもが知っている。

経験もしている。

「地球に引っ張られる」という経験をしている。

それが『重力』だ。


そんな『重力』、『強い力』、『弱い力』以外が、全て『電磁気力』……そんな認識でいいだろう。



さて、ここで物理学者が長年抱いている疑問がある。

それは……。


『なぜ重力は、これほどまでに弱いのか』



地球で生きる人たちにとってみれば、自分たちを常に引っ張っている地球の重力……弱いとは思わないかもしれない。

どれだけ力強くボールを投げても、どれだけ力強くボールを蹴り上げても、ボールは宇宙には出ていかずに必ず地面に戻ってくる……。


それは地球の重力に引っ張られるから。

そんな重力が弱いわけがない!



だが考えてみてほしい。

磁石を。

とてもとても小さな磁石でも、机の上に置いたクリップを吊り上げる事ができる。


重力に逆らって。


この磁石が引っ張る力は、先ほど出てきた電気と磁気の力、『電磁気力』だ。


約5,972,400,000,000,000,000,000 トンという地球が、引っ張る力を、わずか数十グラムの磁石が軽々と超越してしまう。


それが、『重力』と『電磁気力』の力の差。



『重力』以外の三つの力は、どれくらいの力関係なのか。


『強い力』=1 とすると、

『電磁気力』=0.01

『弱い力』=0.00001


『弱い力』もけっこう弱い?

では、同じように比べた場合、『重力』はどうなるか?


『重力』=0.0000000000000000000000000000000000000001


ざっとこうなる。



そう、弱すぎる!

圧倒的に、弱すぎる!

ほとんど誤差と思えるほどに、弱すぎる!


だから物理学者の中には、こう考える者たちがいる。

「誤差だ」

「本体から漏れ出ているだけだ」



誤差? 本体? なんぞや?



彼らは言う。

『重力』の本体は、我々がいるこの三次元には無いと。



ここで思い出してほしい。

これまでにも何度か出てきた『超弦理論』を。

超弦理論、あるいは超ひも理論。最先端の理論物理学。

前回は確か、教皇聖下を氷漬けした時に出てきたはずだ……。


さて、それによると、我々がいるこの世界は、九次元以上ある。

もちろん、我々が認識できるのは三次元だけ。

残りの六次元は……認識できない。


この六次元が、余剰次元と呼ばれている。


涼の魔力理論の肝は、この余剰次元だ。



『重力』は、唯一、全くのロス無しに、次元を超える事ができるものだ。


そして、理論物理学者たちの中には、この余剰次元に『重力』の本体があると考えている者たちがいる。


その余剰次元から、我々が認識できる三次元に、『重力』がちょっと漏れ出してきていると。

だから、三次元で認識できる『重力』は驚くほど小さいのだと、驚くほど弱いのだと。



つまり、余剰次元には、膨大な『重力』がある。



では、その余剰次元はどこにあるのか?


答え:どこにでもある


我々の目の前にも、目の後ろにも、頭の上にも、足の下にも。

お腹の中にも、心臓の中にも、もちろん、脳の隣にも。


涼は、人は九次元の中に存在していて認識できるのが三次元分だけ、とすら考えているのだ。

つまり、他の余剰次元と呼ばれる六次元分も、どこにでもある。

三次元に住む我々では、認識できないだけ。



だから、どこからでも繋がれる。


繋がって、利用する。

そうしなければ足りないから。



そう足りない。何もかもが足りない。



ふんぬっ、と気合を入れただけで魔力が満ちる?

魔法が生成される?

あり得ない。

足りなすぎる。



疑問は、ことの最初から湧いていた。

水の生成? 氷の生成?

空気中の水蒸気を使ったにしても、足りなすぎる。


では、足りない分はどこから来たのか?


E=mc²


Eはエネルギー。

mは質量。

cは光速。

エネルギーから物質を生み出すことができる……それを示唆するアインシュタインの公式。


そう、エネルギーから物質を生み出した。



だが、ここには大きな問題がある。


広島に落ちた原子爆弾、実際にエネルギーに転換された質量は0.7グラム程度であったと言われている。

つまり、あれだけのエネルギーを全て質量に転換できたとしても……たった0.7グラムの物質しか生成できない。


水の線? 氷の槍?

生成するには、膨大なエネルギーが必要だ。


魔力というエネルギーを使って?


生成するのに魔力を元に?

体内にある魔力?


足りるわけがない!


足りない分をどこからか持ってこないといけない……。


空気中を漂う魔力?

それが無いとは言うまい。

だが、そうであるなら……エネルギー保存の法則はどうする?

無視するのか?

破綻しているのか?


やはり足りないのだ。



物理学を扱う時、厳密に扱う時、必ず考えるべき言葉、そして枕詞のように付く言葉がある。


それは『系』だ。


閉じた系において……。

同じ系において……。


エネルギー保存の法則も、系においてがつく……。


ありとあらゆる……。


つまり、それらを突破するには、方法は一つしかないのだ。

『別の系から持ってくるしかない』


その別の系が、『余剰次元』なのだ。



だが『重力』はあくまで重力。


いわゆる魔法現象のほとんどは、『電磁気力』だ。


別物?


そうだが、『重力』も『電磁気力』も、本質は同じものだ。

究極的には、『ひも』の振動でしかない……それが超弦理論。


元々、宇宙創成の時は、『重力』も『電磁気力』も『強い力』も『弱い力』も、一つのものだった。

それが、時間が経ち、温度が下がり、圧力が減って四つの力に分かれていった。


そう考えると、『重力』を、『電磁気力』にすることは可能な気がしてくる……魔法なら。



「マーリンさんやガーウィンといった魔人は、重力を操ります。しかも、四つの属性魔法も操ります。でも、重力が魔力そのものだと考えれば、彼らが属性魔法を操れるのも説明がつく……気がなんとなくするのです」


涼は説明している口調だが、ただの独り言だ。

アベルは、一ミリも理解していないし、アベルに理解させようとも思っていないから。



「一度発現した魔法は、距離が開いてもずっと魔力線のようなものが繋がっていて、魔力が供給されている感じになるのです。たとえば<氷棺>など、かなり離れてもそのまま維持されます。でもこれは、とても不思議なことなのです。なぜ離れても、魔力が供給され続けるのか……? この疑問も、『魔力は余剰次元にある重力』と考えれば解決します。余剰次元は三次元ではありません。五次元、あるいは六次元かそれ以上です。僕らが『距離』と呼んでいるものは概念自体が違う可能性があるのです」


そう、『ファイ』に来て、魔法を使い始めた最初の頃から、涼は疑問を持ち、ある種の解答にすら近付いていたのかもしれないと……今ではそう思っている。


ほとんど無意識ではあったのだろうが。



距離が無視される物理現象として、『量子もつれ』という現象がある。

量子もつれ状態にあるペアの光子を作り、それぞれを引き離した状態にする。

だがどれだけ離しても、片方の光子が影響を受けると、「その瞬間に」もう片方の光子にも影響が生じる。


それが『量子もつれ』

そう、距離に関係なく「その瞬間に」だ。

もちろん、この現象は、21世紀初頭実験によって確かめられている。


涼は、なんとなくぼんやりとだが、この現象には余剰次元が関わっているのではないかと考えていた。


そう、21世紀の人類は、すでに余剰次元が関係する現象に、手を届かそうとしていたのだ!



「もちろん、僕たちの体内を流れる魔力はあると思うんです。もしかしたら、この空気中にも。それらが呼び水となって、余剰次元から魔力の元となる重力を呼び出してくる……?」


まだ完璧ではない。

いくつか当てはまらないピースがある。


だが……今は言い切ってしまっていいだろう。


「そういうわけで、魔力とは、余剰次元にある重力です」

「うん、すまん。全く分からん」

涼が結論を述べ、アベルは理解不能を宣言した。


「まあ、いいです。とりあえず王国に戻ったら、これを発表します!」

「発表……って何だ?」

涼が宣言し、アベルが首を傾げる。


「え? 論文を発表する場とかあるでしょう? ほら、以前ケネスが、融合魔法とか、魔石分割の長距離通信とかを発表してたじゃないですか。そういうところって……」

「あれか。あれは、王立学術協会員専用だな。ケネスや、イラリオンの爺さんも入っているが……リョウは入っていないだろう?」

「確かに、そんなのに入った覚えはありませんけど。なんですか、その名前からして閉鎖的な組織は」

「各分野の、一流と認められた研究者だけが入る事ができる協会だ。確か、現役の協会員二人の推薦と、二本の論文の提出が必要だろ。多分、リョウは無理……」


アベルの言葉を聞いて、涼はがっくりと首を垂れた。



だが、すぐに立ち直る。


「別にそんな所に出す必要はありません! 世間に公表してやります!」

「世間に公表?」

何かの暴露記事的なノリで宣言する涼。


「『そんなアベルは、腹ペコ剣士』の続きの中に書いてやります! これで、世界のファンタジー小説の潮流を変えてやるのです!」

「その腹ペコ剣士のアベルって、剣士なんだろう? その小説に、魔力理論を?」

「大丈夫です。アベルの上前をはねる、清廉潔白(せいれんけっぱく)善良魔法使いリョウが出てくるので、そこに書いてやります!」

「上前をはねるって段階で、清廉潔白で善良だとは思えないが……」


物語の行く末を案じたわけではないが、アベルは小さく首を振った。

可哀そうな、物語の中のアベル、などと思いながら。



はたして、涼の魔力理論は、ファンタジー小説の潮流を変えることができるのか……。


壮大な挑戦が、今、幕を開ける! ……かもしれない。

いつもの筆者の趣味です。

この魔力理論のために『水属性の魔法使い』は書かれたと言っても……いえ、それは言い過ぎ。


でも、いろんな小説とかアニメとか見ていて、E=mc²を考えた時に……

「物質生成するのに、魔力っていうエネルギーは少なすぎじゃない?」っていつも思っていたのですよ。


まあ、ファンタジーですって言われれば、それはそうなんですけどね。

あまり気にしないで、今日のも読んでください。

明日から、またいつも通りです。

あはははは。

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