0545 南河
「いやあ、それにしても危なかったですね」
「確かにな」
「アンダルシアを戦闘に巻き込みたくはありません。平和こそ、人の営みの中で最高のものです」
涼とアベルは、アンダルシアとフェイワンに乗って南河沿いの道を歩いている。
「アベルが身分証明を持ってきていなかったのが全ての始まり……」
「悪かったな! 何度も言っているが……リョウも、包囲されるまで気づかなかっただろう?」
「ぼ、僕のせいにするんですか! アベルだって本を読んでて、全然気づかなかったじゃないですか」
お互いに非難し合う剣士と魔法使い。
二人とも小さくため息をついて言った。
「馬に乗っている時は、本を読むのはやめましょう」
「油断してはいかんな」
二人は固く決意した。
十分後。
「この饅頭は美味しいですね!」
「ひき肉なんだが、肉汁も凄いな」
途中で買った肉まんらしきものを頬張る二人。
本を読んではいない!
油断してもいない!
でも、どうせだから、旅は楽しまないと。
そして、旅の楽しみは買い食いなのです!
ノモンの街からフェンムーへの道は、本当に何もなかったが、フェンムーからボルヘンへの道沿いには、店がある。
この道が、南河沿いの道だからというのが大きいだろう。
南河は、大河というだけあって、どこでも川幅は一キロ以上あるようだ。
そのため、大小行き交う船も多く、それを目当てにした店が多く軒を連ねている。
二人が恩恵を受けているのは、それらのお店のおかげ……。
「ノモンからの道では、近付いただけで死罪とか言われたのに……」
「こっちの道だって、店が出てきたのはフェンムーから一時間以上経ってからだ。やはりこの道も、フェンムー付近には、一般人は近付けないんじゃないか?」
「お墓参りもできないなんて、大変ですね」
アベルの推論に、涼が一般人的思考で答える。
「王家の墓もそうだが、埋葬品がいくつもあるからな。盗掘者を近づけるわけにはいかん」
「ああ、なるほど」
古今東西、王や皇帝の墓には高価な埋葬品が入れられる。
それは、死者が死後の世界でも不自由なく生きていけるように……という思いからの場合もあるが、盗掘者たちからすれば、ただもったいないということなのだろう。
「死んだやつらはどうせ使わないんだ。俺たちが有効活用してやるぜ」というやつだ。
「盗人猛々しいとはこのことですね!」
「まあ、そうだな……」
涼が憤り、アベルが苦笑する。
そう、アベルは国王陛下であり、いずれはそうやって埋葬品と共に墓に埋められる立場だ。
「アベルのお墓は、僕のゴーレムがずっと守り続けますからね!」
「お、おう……頼むわ」
もちろん、墓守をできるようなゴーレムを、涼はまだ製作できていない。
でき上がったら……人類が滅んでも、墓を守り続けるゴーレム……悲しい物語が生まれそうな気がする……。
「もっといい方法を思いつきました!」
「……なんとなく、聞かない方がいい気がするのは、なぜだろう」
「アベルの体を改造して、死なないようにしてしまえばいいんです!」
「うん、やっぱり聞くんじゃなかった……」
もちろん、アベルを不死にするような技術を、涼は持っていない。
「方法は、いろいろあると思うんです。アベルをヴァンパイアにするとか、アベルの魂を抜き出してゴーレムに貼り付けるとか。大丈夫です、技術の進歩は日進月歩。アベルが死ぬまでにはいろいろと開発されるに違いありません!」
「うん、ちょっと考えさせてくれ……」
マッドサイエンティスト涼、ここに誕生!
「そういえば、リョウの圧力を初めて感じたが……凄いんだな」
「圧力? ああ! 先王のロベルト・ピルロ陛下にも褒められましたけど、そうなんですかね。ロンドの森で、お隣の竜王さんから教えてもらったんですよ。やはり、『本物』な方からの直接指導ですから抜群ということでしょうか」
涼は嬉しそうに答える。
先王ロベルト・ピルロはハンダルー諸国連合を構成する国の先代王であり、西方諸国に一緒に行った際に圧の出し方を褒められたのだ。
竜王ルウィンは、涼の領地であるロンド公爵領に住んでいるドラゴンの王であり、時々味付けしたお肉やご飯を持っていっていた。
涼からすれば、お歳暮やお供え物の感覚だ。
それでいろいろ教えてもらえるのだから、お得だなと感じている。
「でも、アベルとか日常的に圧を出しているじゃないですか?」
「日常的? そうか?」
「なんというか……閲兵式とかそういうので」
「ああ……まあ、式典だからな。それは国王の仕事の一つだ。だがそれと比べても、リョウの圧力は半端なかったぞ」
「いやあ、それほどでも」
国王たるアベルに圧を褒められて、涼は照れている。
フェンムーでは、国王の名代として筆頭公爵の立場であったため、本人である国王に圧が認められたのはかなり嬉しいらしい。
その日の夕方、二人はボルヘンの街に到着した。
「リーチュウ隊長が、ボルヘンの街は南河の水運を担っていると言っていましたけど、けっこう大きいですね!」
「ああ。川が広いとこうなるのかもな」
川幅が最低でも一キロもあると、海用の船すら、そのまま上がって来られるのかもしれない。
「ここなら期待できますね!」
「いい船が見つかるだろう」
「違いますよ! そんなことではありません」
「そんなことって……そのためにここに来たんだろう?」
「このボルヘンの街で見つけるのは、美味しい食べ物です!」
「いや……うん……まあ……食べ過ぎないようにな」
二人は、いい感じの宿に入り、晩御飯を食べた。
そして、翌朝。
「だ、大丈夫です、移動できますから……」
「アンダルシアに乗っているからな」
「全然食べ過ぎてなんていませんから……」
「説得力、皆無だな」
涼は、見るからに大変そうだ。
もちろん、満腹のせいである。
晩御飯を食べ過ぎたからではない。
もちろん、晩御飯もかなり食べたのだが、そんなものは一晩寝れば大丈夫。
何も食べていないも同然だ。
今、問題になっているのは、朝食を食べ過ぎたことで……。
「まさか、あんなに美味しい白米があるなんて……」
「ああ、ライスか。ロンドの森でもそうだったが、リョウはライスが好きだよな」
そう、宿の朝食には、美味しい白米があったのだ!
大陸南部で食べた、少しパサついた感じのお米ではなく、『白米』と言われて日本人が思い描くのとまったく同じ、お米!
涼はパンももちろん嫌いではないが、白ご飯が大好きだ。
フェンムーを経由している間は、宿に泊まっていなかったので久しぶりのご飯だったし……。
「油断し過ぎました……」
「朝から食べ過ぎとか……」
「これは、アベルとアンダルシアへの信頼ゆえです。あとは任せました……」
「おい……」
使えない水属性の魔法使いを抱えながらも、アベルは船を手配することに成功した。
それは、貨物船のような形状だが、雨天時のために可動式の屋根はついているようだ。
もちろん、二頭の馬もいっしょに乗れる。
「帝都まで四日、飯付き二人と二頭で金貨四枚だ」
「安いですね。その程度でいいんですか?」
「一週間前までは、帝都行きの客はかなり多かったそうだ。公主の輿入れでお祭り騒ぎになるから、向こうに行って稼ぐ人が多かったそうだ。今からだと、輿入れギリギリのタイミングになるから、客がもういないらしいぞ」
「ああ、行きたい人は、もうみんな行った後ですか。僕らは気にしないので、逆にラッキーでしたね!」
二人は、銀行にそれなりの金額を預けてある。
そこから、手持ちに必要そうなお金を引き出してきているが、一人当たり、金貨二十枚は持ってきている。
それから考えると、全員で金貨四枚は安いと言っていいだろう。
「僕たち以外にも、お客さんはいますね」
「そうだな。あれは……兵士か?」
涼が、先に乗っている十人ほどの男女を見つけ、アベルが同意する。
貨物船であり、甲板はかなり広い。
単層甲板であり、甲板の下は船倉があるだけだ。
船倉には貨物が入っているため、客は甲板で過ごすらしい。
「狭くて暗い所よりも、陽の光の下の方が気持ちがいいです」
「夏や冬だったら大変だったろうがな」
二人は、甲板から川岸の景色を見ながら、船旅に身を委ねるのであった。




