0544 拝礼
涼が『圧』を解いて、ようやく白焔軍は立ち上がることができるようになった。
リーチュウ隊長が先に立って、涼とアベルを案内する。
二人は、アンダルシアとフェイワンを預けて門をくぐった。
そこは、広大な敷地に、いくつもの墳墓が並ぶ……ある種の公園のようであった。
「なるほど。荘厳という言葉がふさわしい陵ですね」
涼が一つ頷いて呟く。
もう圧は出していない。
言葉遣いも上位者としてのものではない。
それでも、隊長は息苦しさを感じているようだ。
無言のまま、深々と頭を下げた。
そのまま、二人の先に立って案内する。
その時、視線の先、整然と並ぶ墳墓の一角に、十人ほどの集団が見えた。
二十歳ほどの、青い服を着た中心にいる人物が、目を瞑り、頭を下げ、祈りを捧げているように見える。
「リーチュウ隊長」
「は、はい公爵閣下」
「先ほどあなたは、私たちを一般人と間違い、命を奪おうとしましたね」
「申し訳ありませんでした……」
「いえ、もう責めてはいません。つまり、ダーウェイの法によれば、一般人がこの陵に入ることはない、ということですね」
涼がそこまで言って、ようやくリーチュウ隊長は、その視線の先が何を捉えているのかを理解した。
「閣下のおっしゃる通りです。あの礼をとっていらっしゃる方は、第六皇子リュン様です」
「ほぉ、あれが……」
リーチュウ隊長の説明に、驚く涼。
後ろに並ぶアベルも驚いている。
それは当然だろう。
二人の既知の人物、シオ・フェン公主が輿入れする相手が、その第六皇子なのだから。
その人物に、まさか皇帝陵で遭遇するとはさすがに想像の外だ。
「皇子の皆様は、正妃との婚礼前に五日五晩の間、この陵に籠られます。ここに眠る先の皇帝陛下たちへのご報告のためです。第六皇子リュン様も本日が五日目、今夜まで陵で過ごされ、明日の朝発たれる予定です」
リーチュウ隊長の説明に、涼は無言のまま頷いた。
華美な装飾の無い、青い服を召し、一心に祈る様からは悪い印象は受けない。
リュン皇子は、一心に祈っているために気付かなかったが、その周りの者たちは、涼たちに気付いたようであった。
涼は、最初に案内された、先代皇帝の陵に頭を下げた。
この辺りは、国によって違いがあるので、特に文句は言われないはず……。
すぐ後ろでは、同じようにアベルも頭を下げている。
涼に合わせてくれているようだ。
さすがアベルは空気の読める男!
先代皇帝陵に拝礼して二人が戻ると、そこには人が増えていた。
青い服を着た人物を中心に十人ほど。
青い服を着た人物、第六皇子リュンが丁寧にお辞儀をする。
「私、ダーウェイ第六皇子のリュンと申します」
「これはご丁寧に。私は、中央諸国ナイトレイ王国筆頭公爵の地位をいただいております、ロンド公爵と申します。此度は、国王アベル一世の名代として、挨拶にまかり越しました」
涼も丁寧に答えた。
「中央諸国……それは遠い所から。眠られている皆様もお慶びになられましょう」
「お気遣い、感謝いたします」
第六皇子リュンと涼の初めての顔合わせは、和やかに行われた。
十分に離れてから、リュンの取り巻きたちが会話を始める。
「中央諸国から? あり得るか、そんなこと」
「ほとんど、伝承か吟遊詩人の歌でしか聞いたことのない場所じゃないか」
「だが、白焔軍が従っていたということは、身分証明がされたのだろう?」
「本当に……それは本物か?」
「やめよ!」
取り巻きたちの会話は、リュンの一言で打ち切られた。
「あれほど洗練された立ち居振る舞い、高貴な身分の方であるのは確かだ。礼を失するようなことを口にするでない」
「申し訳ありませんでした」
リュンの叱責に、一斉に頭を下げる取り巻きたち。
ただ一人、ずっと無言のままの男がいる。
二十代半ばであろうか。
取り巻きのほとんどが、リュンと同年齢十九歳であることを考えると、最年長だ。
「リンシュン、どう見る?」
無言のまま考えこんでいる最年長リンシュンに、リュン皇子が問う。
「なぜ、このタイミングなのかが疑問です」
リンシュンが落ち着いた声で答える。
「親王の誰かが呼んだと?」
リュンが訝しげに問う。
「いえ……現実的にはそれはあり得ないでしょう。ただ、殿下の正妃婚儀のこのタイミングで、遠い異国からの使者……それも国王の名代として筆頭公爵。国における第二の権力者が、これほど離れた地に、このタイミングで来ているというのを、偶然と考えるのは難しいかと」
「なるほど。誰かの、何かの思惑か」
リンシュンの仮説に、頷くリュン。
先ほどの筆頭公爵が、自分に敵対するものではなかったとしても、このタイミングでダーウェイに現れたことに関しては、別の誰かの思惑のせいと考える方が自然。
油断すべきではないだろう。
「まあそもそも、皇宮は油断できる場所ではないがな」
リュンは、皇宮の中を思い浮かべて苦笑する。
正直、あの常に陰謀が渦巻いている帝都よりも、清冽とも言えるこの皇帝陵にいる方が、心が休まっている……。
だが、明日にはここを離れ、帝都に戻らねばならない。
彼の正妃となる人が到着するのだ。
それを迎えるために。
「シオ・フェン公主には苦労をかけるな……」
「殿下……」
「分かっている。今さら引き返せん……いろいろとな」
リュンは小さく頷くと、再び歴代皇帝陵への拝礼へと戻っていった。
一時間後、涼とアベルの拝礼は終了した。
「リーチュウ隊長、ありがとうございました」
「い、いえ! 閣下をご案内できましたこと、リーチュウ一生の喜びにございます!」
白焔軍五十人が、一斉に片膝をついて、涼に礼をとった。
涼は、北の方を見る。
そこには南河が見え、一隻の巨大な船が係留されているが……。
「あの船は、第六皇子の船、ということですね」
涼がリーチュウ隊長に尋ねた。
ここから船で帝都まで行くなど何の冗談だと、言われたことは覚えている。
もちろん、皇子のような帝室に繋がる者は例外なのであろう。
「はい。申し訳ございません、閣下……」
「いえ、構いません。とはいえ、ずっと帝都まで陸路を行くのも疲れそうです。やはり、どこかで船を手に入れて、南河を下って帝都に行きたいのですが……現実的に、それは可能ですか?」
「可能にございます。このフェンムーから南河に沿って東に半日進みますと、河に面してボルヘンの街があります。ボルヘンの街は南河の水運を担う街の一つでもありますので、そこで船は調達できますでしょうが……」
リーチュウ隊長はそこで、言葉を切り、ちらりとアベルの方を見た。
再び言葉を続ける。
「閣下の供の方は……その、他には……」
「ええ、いません。そこの剣士だけです。彼一人で十分ですよ」
そこで涼はにっこりと微笑んで、言葉を続けた。
「私と彼がいれば、一国の大軍とも渡り合えますから」
その瞬間、白焔軍たちが生唾を飲み込んだ音が聞こえた気がした。
はったりなのだ。あるいは冗談なのだ。
それは分かるのだが……実際にやれそうな気がしてしまう……。
「ですから、そこの剣士を怒らせない方がいいですよ」
「はい……」
こうして、危機を乗り切った涼とアベルは、再び愛馬に乗り、南河沿いの道を東へ、ボルヘンの街に向かって進み始めたのであった。
この後、当然のように、白焔軍から帝都に報告されたのだが……その事を、二人は知らない……。




