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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
582/930

0540 領主

「ほう、すでに(なつ)いているじゃないか」

翌日、涼とアベルが、それぞれアンダルシアとフェイワンを撫でていると、厩舎(きゅうしゃ)にやってきたフー・テン副代官が感心したように言う。


「僕とアンダルシアは、一心同体(いっしんどうたい)です!」

涼が自信満々に言うと、アンダルシアは顔を()り寄せた。


「そうか、それは良かった。南部馬はとても賢く、持久力もあるし頑丈だ。確かに、最高速度は北部馬や北方騎馬民族の馬に一歩譲るかもしれんが、そんなもの数分しか出せん。総合的に見て、南部馬こそ最高だぞ」

「おぉ! 確かにアンダルシアは賢いです」

涼は嬉しそうにそう言うと、一層愛おしそうに頭を撫でる。



だがフー・テンはしっかりとアンダルシアを見た後、首を傾げた。

そして、傍らの厩舎長に小さな声で問いかける。

「あんな葦毛(あしげ)、いたか?」

「実は、一昨日入ってきたばかりでして」

「我々が虎山に行っている間に? なら見た記憶がないのも当然か」


フー・テンは厩舎長の説明に一つ頷くと、今度は、アベルとフェイワンの方に歩いていった。


「ただ、私を含めて厩務員(きゅうむいん)の誰も、あの葦毛を受け取った覚えがないらしいのですが……」

そんな厩舎長の言葉は、誰にも聞こえなかった。



「あのフェイワンを手懐ける者がいるとは思わなかったぞ」

アベルの顔を舐める黒馬フェイワンを見て、フー・テンは笑いながら言う。


「なんとか、認めてはくれたようだ」

アベルが苦笑しながら答える。


そして、言葉を続けた。


「本当にいいのか? こんな素晴らしい馬を貰ってしまって」

国王であるアベルの目から見ても、目の前の黒馬はかなり立派な馬だ。

皇帝への献上品となってもおかしくないほどに。


「構わん。どうせ、帝都の人間では全力を引き出せん。フェイワンも、それでは寂しかろうさ」

「俺が全力を引き出せるかどうか……」

「昨日の騎乗を見た限り、小さい頃から馬に乗り慣れているのは分かった。大丈夫だろう」

アベルの言葉を、フー・テンは笑いながら打ち消した。


フー・テンの馬が引きだされてくる。

「よし、では領主様の元に行くか」



昨日とほぼ同じ、一時間の早駆け。


だが、その結果は大きく違った。


「リョウ、全然疲れていないな」

「当然です。アンダルシアと一緒ですからね」

アベルは、涼が全く疲れていないことに気付いた。


確かに、(くら)(あぶみ)など装具もきちんとしたものだ。

だがそれにしても、涼の疲労度は昨日とあまりにも違う。


「人が騎乗する用にきちんと訓練された馬たちだからな、馬車を引く馬とは全く違う」

馬から降りながらフー・テンが言う。


「いや、まあ、そうなんだが……」

アベルもそれは知っているが、それにしてもあまりにも違い過ぎる……特に涼が。



フー・テン、アベル、涼の三人は、領主館に着くとすぐに奥に通された。

フー・テンに対する館の衛兵たちの礼は、決しておざなりなものではない。

まるで、昔から知っているかのような……。


館の造りは、今まで涼やアベルが見てきたものとは全く違う……。


平屋の建物が複雑に繋がり、ところどころに中庭のような部分や、小さな池、あるいは東屋(あずまや)すらもある。


「なんというか、東洋チックです」

「東方じゃなくて、東洋?」

「ひ、独り言です」

アベルが訝しげに問い、涼はごまかした。



三人が通されたのは、いわば執務室であった。

中央諸国の執務室などとは違い、応接セットのようなものはない。

執務机の周りに、椅子(いす)が並べられている。


「ああ、叔父上、よく来てくださいました」

そう言って、立ち上がって三人を迎えたのは、三十代後半の上品な雰囲気を纏う男性。


「ロシュ様、ご無沙汰いたしております」

フー・テンは深々と頭を下げた。


「叔父上、そのような礼は……」

「いえ。私は、今は一介の副代官。ご領主様に対して礼を尽くすのは当然です」

「叔父上……」


領主であるロシュ・テンの方が、悲しげな表情になる。

フー・テン副代官には、何やら深い事情があるらしい。



領主ロシュ・テンは小さく首を振ると、視線を二人に向けた。

「後ろの方が、連絡のあったお二人ですね」

「はい。アベルとリョウです。見ての通り異国人ですが、信頼していい人物です」

「アベルさん、リョウさん、私がバシュー伯のロシュ・テンです」

ロシュ・テンが微笑みながら自己紹介をした。


「テン?」

そう呟いたのはアベルだ。


ぶしつけにならない程度に、だが気になる点を呟きに似せて言う。

こうすれば、相手は、問題ない場合には答えてくれる。

会話のとっかかりとして。


「ええ。二人を連れてきてくれたフー・テン副代官は、私の叔父です」

「なるほど」

ロシュ・テンの答えに、アベルは頷く。

領主の一族……混乱した代官所を掌握(しょうあく)した手腕は、やはり偶然などではなかったのだ。


「叔父上もかつて、バシューのさらに南部、バロー伯に封じられた領主でした」

「ロシュ様……」

「いいえ、言わせてください。私は未だに納得いきません! あれは絶対に、叔父上の落ち度ではない! 確かに、皇太子殿下が亡くなられたのは悲しい事です。ですが、その責任を、当日の警備責任者の叔父上に着せるなど……」

「ロシュ様!」


フー・テンの、大きくはない、だが鋭い呼びかけに、ロシュは口をつぐんだ。



しばらく、無言の時間が続く。



それを破ったのは、この場の最上位者であった。


「申し訳ありませんでした。とりあえず、今回の問題への対処に移りましょう」

領主ロシュ・テンはそう言うと、三人に椅子をすすめた。


自分も、執務机の向こう側に座ると、先に準備されていた書類をめくる。


「昨日連絡があったので、資料に目を通しました。虎山の件は、私が帝都から戻ってくる直前に、家老のボウゾが対処を命じたようです。対処が遅いと私が怒るからでしょう……申し訳ありませんでした」

「いえ、本来は、問題への速やかな対処は褒められるべきものです。ただ、今回は時期が悪かった……」

「ええ、輿(こし)()れと被ってしまいました。しかも、代官が輿入れの破壊工作に巻き込まれるなど……」

ロシュ・テンはやるせない表情で首を振る。


「ロシュ様も、魔物の襲撃が国内各地で起きているのはご存じですね」

「噂くらいですが聞いています。一般には、まだ、まったく出回っていない情報ですよね」


そこでフー・テンに促されて、涼が春村で起きたことと、話したことを、もう一度ここで話した。



聞き終わって、ロシュ・テンが考え込む。



しばらくしてから、ロシュ・テンが口を開いた。

「リョウさんとアベルさんが、以前会った幻人というのが誰なのかというのは、聞いても大丈夫ですか?」

「ああ……」

涼は判断がつかず、アベルを見る。


アベルは少し考えてから、答えた。

「ここだけの話にしてほしい。それが約束されるなら……」

「分かりました。約束しましょう」

「俺たちが会ったのは、ヘルブ公という人物だ。知っているか?」

「いや……」

「わしも知らん」

アベルの問いに、ロシュ・テンもフー・テンも首を横に振る。


ダーウェイは超大国であるゆえに、上流階級であっても近隣諸国の情勢には疎いのかもしれない。

そもそも、その国は隣接国ではないし、大陸南部の国だが……。



「大陸南部にあるアティンジョ大公国の大公弟だ。アティンジョ大公国は、ボスンター国のさらに南にある」

「ボスンター国はさすがに知っています。その更に南……」

「ボスンター国の南と言うと、自由都市クベバサなどがあったか?」

アベルの説明に、ロシュが答え、フー・テンがさらに問う。


「クベバサのまさに隣接国だ。そして、先日、クベバサを併合した」

「なるほど」

アベルが言うと、フー・テンが頷いた。


「大陸南部には、他にゲギッシュ・ルー連邦という国もあるが、そこもアティンジョ大公国が飲み込むだろうと言われている。まあ、それがダーウェイに関係してくるかどうか分からんが、そういうことだ」

「そんな強力な国の国主の弟が……」

ロシュ・テンの呟きに、涼の視線が動いている。


「リョウ?」

「へ、ヘルブ公の事を言っちゃうなら、お兄さんの事まで言っちゃっても変わらない気が……」

「そうだったな!」

アベルが思い出したように少し大きめな声をあげると、ロシュ・テンもフー・テンもアベルを見た。


「俺たちは会っていないが、ヘルブ公が言うには、彼の兄、つまりアティンジョ大公も同じ種族らしい」

「つまり、幻人……。人ならざる者が支配する国ということか」

フー・テンは小さく首を振った。



大陸南部が全て統一されても、ダーウェイとは比べものにならない国力だ。

だがそれでも、人ならざる者が支配する国が存在すると言われれば、心穏やかにとは正直いかないだろう。


「とはいえ、先ほど約束した通り、アティンジョ大公国に関してはここだけの話にしておきましょう。間にボスンター国がありますので、あまり大きく騒ぎたくないというのもあります」

ロシュ・テンがそう言うと、フー・テンも同意して頷いた。


「ただ、各地での魔物による襲撃に関しては……後ろから操っている者がいる可能性がある以上、そこはどうにか手を打ちたいですね。本来なら中央政府の、しかるべき部所……たとえば兵部が動いて欲しいのですが、私には後ろ盾がありません」

「すまぬ」

ロシュ・テンの愚痴に、フー・テンが苦しそうな表情で頭を下げた。


「いえ、叔父上のせいではありません! 失言でした……。そういえば、監察として各地を回っておられるリー・ウー刺史(しし)が、隣のノモンの街に来られます。あの方に相談してみるのはどうでしょうか?」

「いいと思います。他の刺史と違って、リー・ウー刺史は気骨のある人物。国、民のためであれば力になってくれるでしょう」

ロシュ・テンの言葉に、フー・テンも頷いた。


「ではそうしましょう。ところで、ものは相談なのですが……」

ロシュ・テンはそう言うと、涼とアベルを見た。



フー・テン副代官は、会談が終わると、すぐにボアゴーの街に帰っていった。

代官がいない以上、ボアゴーを長く空けているわけにはいかないからだ。



そして、二人は……。


「領主様と一緒に、ノモンの街とやらに行くことになってしまいました」

「仕方ないだろう。報酬を出すと言ってくれたしな」

涼が小さく首を振りながら言い、アベルが鷹揚(おうよう)に頷く。


「アベルの狙いはそれじゃないでしょう!」

「何だ、狙いって」

「領主権限で、六級冒険者に上がる実績を上乗せしてやるって言われたからでしょ!」

「まあ、否定はしない」

「偉い人の一存で簡単に級が上がるなんて……」

アベルが糾弾を受け入れ、涼が公平性の点から嘆く。


「じゃあ、リョウは七級のままで、真面目に依頼をこなせばいいんじゃないか?」

「お断りです! アベルだけ六級に上がるなんてずるいです!」

「受け入れたリョウも同罪だな」

「うぅ……」


もちろん、有力者の承認によって冒険者の級が上がるのは不正ではない。

それも、最大で五級までと制限も設けられているのだが……もちろん、二人はそんな細かい事は知らないのであった。


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