0539 馬
「リョウが疲れた姿、初めて見たな」
「べ、別に疲れてなんていませんよ! 慣れていない速さの騎乗で、驚くほど体力を使ったとかそんなことは全くありませんから! 今からでも、連続戦闘二十時間とか、余裕でこなせますから!」
「うん……そこで、なぜ強がる。普通、万全の状態でも戦闘を二十時間連続とか無理だろう」
涼が強がり、アベルは呆れた。
二人は、ボアゴー中央港にいる。
ここで代官が亡くなったために、フー・テン副代官は代官所に入る前に、直接この中央港に来たのだ。
フー・テン副代官は、いろんな人から話を聞いている。
「あ、そうだ、いい事を思いつきました」
涼が突然そう言うと、アベルが胡乱げな目で見た。
こういう場合、たいていろくでもない事を言うと知っているからだ。
そう、経験から知っている。
だが……。
「帝都まで陸路を行くんだったら、馬で行きましょう」
「馬?」
「ええ、馬を二頭買って、乗っていくのです。帝都に着いたら売ればいいでしょう。途中、騎乗の練習にもなります」
涼も、たまにはいい提案をするのだ。
「リョウにしては、いい提案だな」
正直すぎるアベルの感想。
「涼にしてはとはなんですか、涼にしてはとは。僕は、いつもいい提案しかしませんよ」
「うん、すぐにばれる嘘をつくなよな」
二人の耳にも、フー・テン副代官らの会話が聞こえてきた。
「まとめると、公主の船団が出航してすぐに、壇上の錬金道具が暴発した。その時刻は、本来なら公主が壇上にいる時間だったが、早朝に日程が早まったために、もういなかった。逆に、壇上から船を見送った代官が巻き込まれたと」
「はい、そうなります」
フー・テンの確認に、守備兵が答えている。
どうやら、捜査の責任者らしい。
「錬金道具って、暴発したら人が死ぬくらいやばいものなのか?」
アベルが、とても小さな声で涼に問う。
「僕がケネスから習った時に言われたのですけど、錬金道具に魔法陣や魔法式を記す場合は、必ず暴発防止の回路を組み込むように言われました。ちなみに、お店で売ってるレベルの魔法陣には、必ず組み込まれているらしいです」
「つまり、普通は暴発はしないようになっていると」
「そうですね。よほどの欠陥道具じゃない限りは。でも、こんな大舞台で使うやつなら、ちゃんとした道具でしょうから……」
「破壊工作か」
涼の説明から、アベルは結論付けた。
「公主を狙った破壊工作の可能性が高いか」
フー・テンが呟く。
守備兵と話したフー・テンも、同じ結論に至ったようだ。
「捜査を続けてくれ」
そう言うと、フー・テンは二人の元にやってきた。
「待たせたな。代官所に行こう」
ボアゴー代官所は、混乱していた。
だがフー・テン副代官が姿を見せると、それは急速に収束していく。
フー・テンの口から、矢継ぎ早に出される指示。
それは、傍目から見ても非常に的確に映った。
「何か、副代官さん凄いですね」
「そうだな。混乱した場を掌握して、すぐに収束させたな。出される指示も的確だ……なぜ、副代官なんだ?」
「ああ、やっぱりアベルもそう思いました?」
アベルの疑問に、涼も同調する。
フー・テンの動き、雰囲気は、組織を率いることに慣れた人物の動きなのだ。
代官ならまだ分かる。
だが、副代官というのは全く解せなかった。
「あんな優秀な人が副代官というのは、もったいないです」
「その通りだが、俺たちがどうにかできる事じゃないからな。それに、代官が亡くなった今は、彼がこの街のトップだ」
「まさか……公主暗殺に見せかけて、本命は代官殺害! それも、フー・テンさんをトップに据えるために街の有志が行った……」
「いや、ないだろ」
涼の大胆で想像力溢れるシナリオは、アベルによって却下された。
そんな二人を、フー・テンがおいでおいでをして呼んだ。
「すまんな、二人とも。さすがに今日は、領主様の所には行けそうにない。明日、連れて行けるようにするから、そうだな……明日の朝九時に、また来てくれ」
「承知した」
フー・テンの言葉に、アベルが答える。
後ろで、涼も頷いている。
「冒険者互助会には、この後、ちゃんと知らせておくから、夕方には七級に上がっているはずだ」
「おぉ」
「あと特別報酬だが……まだ正確には、私は副代官のままなので、代官所資産からは与えられん。ただ……ああ、馬にするか」
「馬?」
「この代官所の馬は、副代官の直轄なんだ。ボアゴーの西には、南部馬の伝統的な産地が広がっててな。ボアゴーは南部馬の中心地のひとつで、多くの馬が集まる。ここから、帝都に送られる馬も多いから、副代官が責任をもって直接管理することになっている。明日、私と一緒に、二人にもまた馬に乗って領主様のところに行ってもらうから、それぞれ乗っていく馬を選んでくれ」
フー・テンの言葉に、アベルが首を傾げる。
「今日乗ってきたやつじゃなくて?」
「ああ。あれは、馬車用だからな。兵士を送る時に、一緒に春村に戻す。明日乗って行くやつは、代官所厩舎から選んでくれ。選んだやつは、そのまま二人にやる」
「え!」
フー・テンの気前のいい言葉に、涼が驚きの声をあげる。
「互助会を通しての特別報酬だと、代官所の正式な手続きが必要になるから、まだ今は無理だが、馬なら大丈夫だ。どうせ明日の報告に必要だし、そのまま二人に渡しても法的に問題ない」
フー・テンは笑いながら言う。
自分の権限の及ぶ中で、いろいろと考えてくれたらしい。
「厩舎に話を通しておくから、午後には、選べるようになっているはずだ。それまで昼飯でもどっかで食べてきてくれ」
「はい!」
フー・テンの言葉に、元気よく答えたのはもちろん涼だ。
それはそれは嬉しそうに。
昼食後、午後一時。
二人は、代官所厩舎に来ていた。
そこは、代官所に隣接しているが、かなり広い訓練施設もある。
「こんなのがあるなんて、気付きませんでした」
「表からは見えにくくなっているな。慎重な設計だ」
涼が驚き、アベルが設計に感心する。
確かに、代官所として兵を抱える以上、指揮官や隊長クラスは騎乗することが多いだろう。
厩舎があるのも納得だ。
フー・テンが言った通り、話が通してあったのだろう。
二人は、丁寧に迎え入れられた。
責任者である厩舎長が二人を案内してくれる。
「副代官様からは、お二人が望む好きな馬をと言われております。人と馬には、やはり相性がありますので、見て回って、実際にふれあうのが一番です」
「はい!」
厩舎長が笑顔で言い、涼も笑顔で返事をした。
アベルは、小さく首を振っている。
「なんですか、アベル。アベルはどんな馬でも乗りこなせるから、相性なんてどうでもいいって言うんですか!」
「いや、そんな事は言ってないだろう。ただ、リョウが乗れる馬があるのかなと」
「失敬な! ちゃんと春村から駆けてきましたから!」
「苦戦しながらな」
「ぐぬぬ……」
二人の会話を、何も言わずに笑顔を浮かべたまま厩舎長は聞き流した。
そして二人は、厩舎長に連れられて、厩舎の中を一通り回った。
だが……。
「う~ん……」
涼が腕を組んで考え込んでいる。
「ピンとくる馬がいなかったか」
「候補はいるんです。候補はいるんですけど……」
アベルが笑いながら言い、涼が目を瞑り何度も首を傾げて考えている。
涼は、ふと目を開けた。
その視線の先には、広い芝生が……。
そのターフを駆ける一頭の馬が目に入る。
「あれは!」
思わず声が出る。
「ああ、今走らせている馬も何頭かいます。もちろんあちらでもよろしいですよ」
厩舎長がそう答えるや否や、涼は駆けだした。
そして、柵に到達。
その目の前には、先ほどターフを駆ける姿を見た馬がいる。
「白馬? いや、葦毛……」
涼が呟くと、その葦毛は涼の方を向いて、寄ってきた。
葦毛の馬は、いわば灰色に近い。
肌は黒っぽく、生えている毛が白いため、そう見えるのだ。
「ああ……光の当たり方によっては、青白くすら見えます」
その葦毛の姿に、涼は見惚れた。
近付いてきた葦毛は、一度、涼の目を見た後、頭を涼の胸にこすりつける。
「おぉ……」
驚きながらも、葦毛の頭をなでる涼。
葦毛も嬉しそうだ。
決断は、すぐに下された。
「この子にします」
涼は、近付いてきていたアベルと厩舎長に告げる。
「リョウ、その馬は……」
アベルが何か言いかける。
「アベル、この子は僕が選んだんです! アベルは別の子にしてください!」
「いや、俺は別に……」
涼は、アベルから葦毛を守るように、アベルと葦毛の間に体を入れる。
その時、厩舎長の少し困ったような表情が見えた。
「厩舎長さん? まさかこの子はダメとか?」
とても不安げな表情で問う涼。
心なしか、葦毛も不安そうだ。
「ああ、いえいえ、そんなことはありません」
厩舎長のその一言で、世界に平和が戻った。
「ただ、その子は、昨日こちらに来たばかりの組だと思います。我々も、まだ特徴などを把握していないのですよ」
「来たばかり? こう言っては何だが、リョウの騎乗はそれほど上手くない。大丈夫か?」
「失敬な! この子となら地獄にだってたどり着けます!」
厩舎長が説明し、アベルが不安の指摘し、涼が無謀なことを言う。
「その点は大丈夫です。調教地からこちらの厩舎に送られてくる時点で、問題なく騎乗できると判断された馬だけが来ますので」
厩舎長の説明に、涼は笑顔になり、再び葦毛の頭をなでる。
葦毛も、とても気持ちよさそうだ。
そして、涼は再びの決断をくだした。
「よし、君の名はアンダルシアです」
涼は、葦毛に名前を付けた。
アンダルシアは、さらに嬉しそうに頭をこすりつける。
「おぉ、喜んでくれましたか。アンダルシアはいい子ですね~」
「元々付けられている名前があるんじゃ……」
涼が嬉しそうに言い、アベルが懸念を表明する。
「この子の名前は、アンダルシアです。ねえ、アンダルシア」
涼が頑固にこだわる。
アンダルシアは嬉しそうに顔をすりよせる。
こうして、アンダルシアは涼の馬となった。
涼とアンダルシアの近くに、一頭の黒馬が寄ってきた。
「ほぉ、これは立派だな」
アベルが褒める。
国王として、それこそ何百、何千頭もの馬を見てきたアベルだが、その審美眼にかなう馬だ。
「そうでしょう? ただ気位の高い子でして……。もちろん、怒って人を乗せないとかそういうことはないのですが……この代官所の人間では、誰が乗っても全力を出してくれません」
厩舎長は苦笑しながら言う。
時々いるのだ。そういう馬が。
認めた相手でなければ……。
「ふむ」
アベルはそう呟くと、ひらりと柵を乗り越え、黒馬の元に歩く。
黒馬は、近付いてくるアベルをじっと見ている。
アベルも、近付いていく間、黒馬から視線を外さない。
そして、近付くと……。
黒馬は頭を下げ、アベルの胸にこすりつけた。
「おぉ……」
驚きの声をあげたのは厩舎長だ。
アベルは無言のまま、黒馬の頭をなでた。
「その子の名前は、黒々号ですね」
どこかの水属性魔法使いが茶々を入れる。
「もう少し何とかならんかったのか」
アベルが呆れたように答える。
「厩舎の者は、フェイワンと呼んでおります」
厩舎長は苦笑しながら告げた。
「ああ、いい響きだな。フェイワンでどうだ?」
アベルが、黒馬に問いかけながら頭をなでる。
黒馬は、アベルの胸に頭をつけた後、その顔をべろりと舐めた。
「ははは、気に入ったか。よし、ではお前のことは、フェイワンと呼ぼう」
アベルが言うと、再びフェイワンはぺろりと舐めた。
こうして、明日、二人が乗る馬が決定した。
この後、馬が人化したりというようなことはありません。




