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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0057 お金で時間を買う

ゴールデンウィークなので、追加投稿です。

大海嘯が鎮圧されて五日後。

王都から冒険者ギルドに監察官が到着し、様々な検分が行われていた。

監察官一行の世話はギルド職員が行うため、ただでさえ忙しいギルド職員は、一人の例外も無く疲労困憊の極にいた。



ダンジョンが、最低でも一カ月封鎖されることは、ギルド内だけでなくルンの街全体に告知されている。

その間、冒険者は、地上依頼を引き受けるしかない。

ダンジョンが封鎖されているからと言って、ゆっくり休んでいられるのは、かなり蓄えのある冒険者くらいで、その数は決して多くはない。


いつもならば、掲示板に一つ二つは残る討伐依頼も、全く残っていない。

護衛依頼はなおさらである。



そもそもF級冒険者に回ってくる依頼など……常時貼り出してある薬草採取や、鉱物採取くらいのものである。

それなのに……。

「参ったなぁ……」

頭をガシガシ掻きながら、ニルスは掲示板から目を離した。

なんと、常時貼り出してあるはずの薬草採取、鉱物採取の依頼すら、依頼停止になっているのだ。


「ごめんなさいね、ニルスさん。昨日、一昨日でE級、F級の冒険者たちが、こぞって採集してきたらしくて……買取部門からストップがかかったの」

「は、はい! いえ、ニーナさんのせいじゃないですから! 悪いのは買取部門で、ででで……」

憧れの受付嬢ニーナがすぐ側に来ていたことに気付かず、ニルスはぼやいてしまったのだ。

それを、声を出さないでクスクスと笑っているエト。

その横で苦笑しているアモン。


三人とも、今日、明日の食い扶持も無いほど困窮している、というわけではない。

だが、最低でもダンジョンに潜れない状況が一カ月続くと宣言されている以上、蓄えはできるだけ切り崩したくはなかった。



そんな三人の元に、購買部から出てきた涼が通りかかる。

「あれ。三人とも、依頼は?」

「採取依頼すらも停止になってしまったみたい」

ニーナとお話しして、まだ固まったままで他の人に反応できていないニルスに代わって、エトが答えた。


「リョウは何か探し物? 購買部から出て来たみたいだけど」

「ええ。錬金術の練習に使う鉱石が売ってないか見に来たんですけど、売ってなくって……。街の雑貨屋にもないし、錬金工房はなんか閉まってるし……。ダンジョンに潜れば第五層で簡単に手に入る予定だったので重視してなかったのですが。困りました」

「第五層ってことは、魔銅鉱石?」

「ええ、それです」

涼は、うんうん頷いている。


「あれって、街中で売ってるの、かなり高いでしょ……」

「以前雑貨屋で見た時、握りこぶし大のやつで五十万フロリンでしたね」

「金貨五十枚……」

涼とエトのやり取りを横で聞いていたアモンが唖然とする。


「ダンジョン第五層で産出するんだけど、冒険者ギルドでは買取をしてくれないんだよね、あれ。街中の錬金術ギルドと仲が良くないからだとか言われてるけど。だから、ここの購買部にも置いてないし、街中でもびっくりする金額になるんだ」

エトが、高い理由を説明した。

それを聞いて、涼はなるほどと言って考え込んだ。



そして少し考えた後、口を開いた。

「三人で、僕の依頼を受けませんか?」

「え?」

未だ再起動しないニルスを除く二人が、異口同音に驚く。


「ダンジョン以外だと、この付近で魔銅鉱石が採れる可能性があるのって確か……」

「うん、ルンの街の西、歩いて半日の距離にあるルーセイ村の廃坑」

「一人金貨四枚、三人で金貨十二枚。これは採取できなくともお支払いします。握りこぶし大の魔銅鉱石一個当たり金貨二十五枚。大きければ割り増し、小さければ……まあその時に要相談。条件は、三人揃って無事にルンの街に戻ってくること。どうでしょうか?」

「よし、乗った!」

いつの間にか再起動していたニルスが答える。


「まあ、いい条件だけど、リョウはそれでいいの?」

「ええ。トータルでも金貨三七枚。街中で買うよりも安いです。しかも、今、品切れ中。ギルドを通さないので、成果にはならないですけど……」

「問題ない!」




三人は保存食を買い込むと、すぐに出発した。


涼が、自分で行っても良かったのだが、まあ金は天下の回り物である。

稼ぎが無い三人の横で、自分だけまともな食事をするのはさすがに気が引ける……。

かと言って、おごるのも……たまにならいいが、それが何日も続くとさすがにいかんでしょう、と涼も思うわけだ。

もちろん、お金を何の理由も無くあげるのは、もっとよくない……。

ルームメイトとしての越えてはならない一線の様な気がするのだ。


だが、きちんとした依頼であれば問題ない。

三人は働き、必要なものを採取してきて、涼が対価としてお金を渡す。


とても健全。


涼はワイバーン魔石のおかげで、かなり裕福。

『お金で時間を買う』

現代地球で、富裕層と呼ばれる人たちが実践していた行動である。

涼は、一ミリも触れたことはなかったが、『ファイ』において、現在のところはそれの意味するところを経験できていた。

三人が採取してきてくれる間に、調べものも出来るし、手近で購入できた材料で別の実験も出来る。


涼は涼で、有意義な時間を過ごせそうな予感がしていた。




十号室の三人がルンの街を出た頃、街の北側にある図書館に、リンはいた。

南図書館が一般向け、入門者向け書籍が充実しているのに比べて、北図書館は専門書ばかりが揃った図書館である。


その中でも、出入りが厳しく制限された場所。

『禁書庫』と呼ばれる区画。

辺境伯の特別の許可を受けた者、貴族、冒険者の場合はB級以上の者だけが閲覧を許される特別な区画。



そこには、一般人には見せない方が良いとされている様々な書籍、資料がある。

例えば、水属性魔法の上級魔法書、ならびに最上級魔法書。

リンが見ていたのは、それら通称『禁呪』と呼ばれる類のものが載った魔法書であった。


「やっぱり載ってない」

だが、望みの魔法を見つけることはできなかった。

もちろん、最初から無いだろうとは思っていたのだ。

自分から相当に離れた場所にアイスウォールを生成する魔法など……。



中央諸国において、魔法使いが使う魔法は、全て魔法書にまとめられている。

その魔法を発動する呪文と共に。


初級、中級、上級、そして最上級。


リンがゴブリンキングを倒すのに使用した『バレットレイン』も、風の最上級魔法書に載っている。およそ現実的ではない、長大な呪文と共に。

上級魔法や最上級魔法は、相当な魔力を持ち、魔法に身体が慣れた魔法使いでなければ使用できない。

力の足りない魔法使いが呪文を詠唱すれば、魔法が暴走するか、魔法使い自身が魔法に飲み込まれ消滅する。

それゆえに、上級、最上級の魔法書は、ここのような、一般人が見ることのない場所に置かれているのである。


その上級、最上級魔法の中にも、涼が使った(らしい)魔法は載っていない。

つまり、

「オリジナル魔法……」

魔法の本質的にありえないもの。



魔法というものは、決められた呪文を詠唱することによって、決められた魔法が発動、または生成され、現象が起こる。

魔法の適性がある人間であれば、自分に合った属性の呪文を唱えれば、誰でも決められた魔法を発動できるのである、初級魔法なら。


中級、上級と上がっていくと、身体が魔法に『慣れ』てくれば、発動できるようになる。

そういう風に、きちんと枠が決められているのが魔法である。


だがその枠外となるオリジナル魔法。

そもそも、詠唱以外でどうすれば魔法が生成されるのか不明なのに、オリジナルも何もあったものではない。


以前であれば、「何かの間違い」とリンも切って捨てていたであろう。

だが、現在の中央諸国には、オリジナル魔法らしきものを操る、有名な魔法使いがいる。

「まるで爆炎の魔法使いの水属性版ね……」

魔法使いたちが、見たことも聞いたこともない高威力の魔法を操る、火属性の魔法使い。

ついた二つ名が『爆炎の魔法使い』。



リンがため息をついた瞬間、声を掛けられた。


「あら、リン、お久しぶりね」

魔法書から顔を上げると、そこには絶世の美女がいた。


大きめの緑色の目、プラチナブロンドの髪、小さなリンより頭一つ以上大きい170センチほどの身長、そして抜群のプロポーション。

背中まであるプラチナブロンドの髪を後ろで束ねている関係で、特徴的な耳が露わになっている。

ほんの少しだけ先の尖った耳……エルフの特徴である。

彼女は、アベルが言うところの、ルン在住唯一のエルフ。


B級パーティー『風』の唯一のメンバー。

「こんにちは、セーラさん」



リンは、セーラがちょっと苦手であった。

特に何かされたわけではない。

ただ、セーラと相対すると、いろいろな劣等感を感じてしまうのである。


同じ風属性魔法使いとして。

同じB級冒険者として。

そして、同じ女性として。


「珍しいところで、珍しいものを見ているわね」

陰で、北図書館の主とすら呼ばれるほどに、セーラは本の虫である。

大閲覧室にいることもあれば、今日みたいに禁書庫にいることもある。

リンが見ているものが、水属性魔法の最上級魔法書であることも当然わかっていた。

「ちょっと調べものを。でも、結局みつかりませんでした」

「そう、それは残念ね」


一瞬だけ、リンはセーラに聞いてみたい誘惑に駆られた。

エルフの寿命は千年を超えると言われる。

セーラが何歳なのかは知らないが、少なくともリンよりも魔法について詳しい。

風の最上級魔法を詠唱できるリンよりも、詳しいのだ。


だが、リンは聞けなかった。

その理由が何なのかはわからないが、なんとなく聞きたくなかったのである。


聞いたのは別の事であった。

「セーラさん、王都での依頼で、ルンを離れていたんですよね」

「ええ。昨日ようやく帰ってきたの」

そういうと、セーラは少しだけ微笑んだ。

リンには、その笑顔が眩しい……。


「あ、ごめんなさい、私、司書の方を待たせているの。じゃあ、またね」

そう言うと、セーラは身を翻して大閲覧室の方へと歩いて行った。


リンは深いため息を一つつくと、本を返却し、図書館を出ていくのであった。


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