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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0537 率いる者

ジュン・ローは、最後尾で切り結びながら退いている。


灰色ゴブリンたちは、棍棒を持ち振り回す。

ゴブリンの体長は人間の胸辺りまでなので、持っている棍棒も決して大きくない。

だから威力は強くない。


だが、何より数が多い。


常に複数を相手に戦い続けるのは、経験豊富なジュン・ローでも簡単ではない。

それでも、彼の左に剣士ロソ、右に斥候チュンクが陣取り、正面だけ対処すればいい状態になっている。

それでなんとかなっている。


そんな時、遠くに……ゴブリンたちの大群のさらに向こう側に、人が見えた。

……気がした。


「人?」


ジュン・ローの呟きが聞こえたのだろうか。

さすが斥候。チュンクも、ゴブリンの向こう側を見た。

「人に見える」


それだけ言うと、チュンクは再び戦闘に戻る。


本来、斥候であるため戦闘が本職ではない。

だから、戦闘をこなしながら観察する余裕はない。

とはいえ、斥候でありながら、多数のゴブリンをさばいている時点で、一流冒険者と言えるだろう。



そんな、ジュン・ロー、チュンク、ロソを殿(しんがり)に置き、側面にも広がって攻撃してくるゴブリンたちを倒しながら、一行は村を目指した。


「最後の坂だ」

ジュン・ローが、チュンクとロソに言う。


三人以外が、坂を走って下り始めた。


ちらりと見ると、村を囲うように立派な柵が作られている。

「二人とも行け! 柵の中に飛び込め」


ジュン・ローの合図で、チュンクとロソが走り出した。


それを確認して、ジュン・ローも駆けだす。


三人を追って、ゴブリンたちも坂を駆け下り始めた。



ジュン・ローは、ゴブリンたちを村まで連れてきてしまった事を後悔しながらも、割り切ってもいた。

山の中で戦うよりは、村で戦った方がいい。

自分たちが出てくる前に、柵を作る事になっていたから、迎撃はしやすい状況のはずだと。

実際に、立派な柵ができているのを見て、自分の判断が間違っていなかったことを知った。


それに、七級以下の班には、あの二人もいるはずだ。

正確な強さは分からないが……。


そこまで考えていたところで、ジュン・ローは石につまづいた。

右足首をひねったのは、瞬間的に理解した。


「しまった!」


だが後の祭り。


すぐに起き上がろうとするが、右足首に力が入らない。

そこに、ゴブリンが迫ってきているのが見え……。



「<アイシクルランス64>」


氷の槍がジュン・ローを飛び越え、彼に迫っていたゴブリンたちを貫く。

同時に、彼の元に黒いマントの剣士が来て、有無を言わさずに肩に担ぎあげた。


そのまま、何も言わずに村に向かって走り……柵の中に入った。



「うぉぉぉぉぉ!」


沸き上がる歓声。


歓声を上げていない者たちは、涙を流している。

ジュン・ローが助かった事も喜んでいるが、自分たちが助かったことも喜んでいる。


最も冷静だったのは、彼を担いで運んだ剣士だった。

ジュン・ローを地面に下ろすと、ポーションを渡してくる。


「ジュン・ローだったよな。見たところ、足首以外は大きな怪我はしていないようだが、あちこち打撲痕がある。ゴブリンたちの棍棒か……」

「ああ。アベルだったな。さすがに数が多すぎた。他の連中は……」

「多少、怪我をしている奴はいるが、全員帰還できた。いい指揮だったようだな」


ジュン・ローの問いに、アベルは頷きながら答えた。


そう、前線班六十人は、全員村への撤退に成功した。



アベルが、ジュン・ローをかついで柵の中に退避すると、ゴブリンたちは足を止めた。


追撃を続けるかどうかを逡巡(しゅんじゅん)しているのではない。

まるで、何かの、あるいは誰かの命令を待っているかのような……。


「あれは……?」

呟いたのはフー・テン副代官。

その視線は、ジュン・ローらが下ってきた坂に向いている。


そこには、ゴブリンではないものが……。


「人……?」

呟いたのは、アベルだ。


アベルのすぐ傍には、涼やフー・テン副代官がいる。

そのため、二人の耳には届いていた。


「人のように見えますけど、何か混ざった感じが……」

涼がアベルの呟きに答える。


「混ざった? どこかで聞いたな、その言葉」

アベルが首を傾げて思い出そうとする。


「ん? ああ! そうですよ、ヘルブ公ですよ!」

「そうか、ヘルブ公を見た時にも、リョウはそう言っていたな」

「ええ。そしてあの坂の人、ヘルブ公の感じに似ています。人と何かが混ざったような感じ」

涼は何度も頷く。



二人の会話を聞いて、チラリと見たフー・テン副代官が問う。

「あれが何か分かるのか?」

「確信はありません。もしかしたら、以前、似たような種族……というか、生き物……と会ったことがあるかなと」


涼が、微妙な表現で答える。

確信というほどではないので。


「どう見ても、灰色ゴブリンを操っているようだが……以前見たとかいうのも、操っていたか?」

「いえ、操ってはいませんでしたね」


フー・テンの問いに、首を振って否定する涼。

そして、提案してみた。


「問いかけて確認してみますか?」

「できるか?」

「多分……」

「やってくれ」

フー・テン副代官が許可した。



涼は鋭く息を吸い込み……。


「幻人よ! なにゆえ我らを攻撃するか!」


朗々(ろうろう)たる声が響き渡った。

涼が、剣道で培った、腹からの声を出したのだ。



はっきりと、坂の人が驚いているのが見える。


『幻人』というのは、青い島で会った悪魔パストラが、ヘルブ公の事をそう評したのだ。

涼は、ヘルブ公の種族か何かだと、勝手に解釈している。



「今一度問う! 幻人よ! なにゆえ我らを攻撃するか!」


再び響く涼の声。


坂の人は、聞き間違いではないと理解したのだろう。

ゆっくりと坂を下り始めた。


その前にいた灰色ゴブリンたちが、海が割れるように左右に広がっていく。


おそらく身長は涼より少し高いくらいの180センチ。

堂々たる体躯に、腰までありそうな長い白髪。

だが、せいぜい二十歳前後であろう、とても若く見える。

顔貌は整っており、洋の東西と問わずイケメンだと言われるに違いない。

ただし、気が強そうな、イケメン。


坂から下りてきた白髪イケメンは、ゴブリンの最前列をさらに越え、柵からほんの十メートルほどで止まった。



「おい、ローブ男、なぜ幻人だと分かった」

白髪イケメンは、涼を詰問した。上から目線で。


涼はその問いには答えず、傍らのフー・テンに(うやうや)しく一礼して言う。

「幻人、参りました」

「う、うむ」

突然報告されたフー・テンは、驚きつつも報告を受け入れた。


さすがにこの場で「幻人とは何だ」と問うのが悪手であるのは分かる。

せっかく、目の前の幻人とやらをおちょくっているわけだし……。



「質問に質問で返すのは愚かです。先ほど、私は問いました。なにゆえ我らを攻撃するのかと。その問いへの回答が先ではありませんか?」

幻人のある種乱暴な言葉に対して、逆に涼は慇懃無礼(いんぎんぶれい)といえる丁寧な言葉で対応する。


「何で俺が、お前らの質問に答え……」

「幻人よ! 私が知る幻人は、完璧な礼儀を身に付け、人を圧倒していました。敵ながらあっぱれと感心したものです。それに比べ、あなたは……本当に幻人なのですか? なんて見苦しい。まさに、こちなしなさけなしです。幻人であるなら、もっと(みやび)に振る舞うべきです」

「貴様……いや、待て。お前、他の幻人を知っているのか?」

「知っているから、あなたが幻人だと気付いたのですよ?」


幻人が驚いて問い、涼が鼻で笑う。


「俺以外にも? あのクソ首領、やっぱり他にもダーウェイに送ってんじゃねえか! 何がダーウェイ人の力を測ってこいだ、ふざけやがって」

幻人は何かを勘違いしたようで、首領に怒っているらしい。


それを聞いてアベルは心の中で首を振った。

(リョウの誘導尋問は、決してうまくなかったと思うんだが……目の前の幻人が、驚くほど馬鹿なのか? 多分そうなんだろうな、可哀そうなやつ)


ちゃんと情報を引き出したのに褒められない涼。

不憫(ふびん)である。



「まあ、いいです。幻人、私の名前はヘノヘノ・モヘジです。あなたの名前は何ですか?」

涼が堂々と偽名を使う。

アベルはかなりびっくりしたが、それは表情に出さないようにした。


「いいだろう、名乗ってやる。俺の名前はガリベチだ。覚えておけ、ヘノヘノ・モヘジ」

「覚えておきましょう、ガリベチ」



会談は終了した。


ガリベチは、襲撃した理由を答えないまま、灰色ゴブリンを率いて虎山に戻っていった。


こちなし:無作法だ、無骨だ、興ざめだ

なさけなし:風情がない、風流がない


重要古語です!

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