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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
577/930

0535 春村

翌朝六時半。

涼とアベルは、冒険者互助会の裏庭にいた。


七時集合だが、三十分前行動なのだ。

昨夜も宿は空いておらず、すぐ近くの公園で野宿したので……。


「二日連続野宿でしたよ」

「今日から山狩りということは?」

「三日連続以上が確定……」

アベルが笑いながら無慈悲に問い、涼がうなだれながら答えた。



三十分前行動の二人だが、それより早く集まっている者たちもいる。

すでに二十人ほどいる。


その中の一人が、二人を見つけて歩み寄ってきた。


「山狩りに参加する冒険者だな。俺はジュン・ロー、三級冒険者だ。いちおう、今回の冒険者側のまとめ役だ」

「アベル、八級冒険者だ」

「涼です、同じく八級冒険者です」

二人がそう言って、握手をすると、ジュン・ローは目を見張った。


「どうした?」

(いぶか)しげにアベルが問う。


「いや、すまん。二人は、どう見ても強いだろ。それなのに八級と言われたから驚いてしまったのだ」

「ああ、冒険者登録したばかりだからな」

ジュン・ローの言葉に、アベルが肩をすくめながら答えた。


「なるほど、そういう事か。いや、あんたたちほどの強者が参加してくれるのは心強い。よろしく頼む」

ジュン・ローはそう言うと、新たにやってきた別のパーティーの所に挨拶するために去っていった。



「強者らしいですよ」

「そうらしいな」

涼が言うと、アベルは少し顔を赤くしている。

まんざらでもないようだ。


「良かったですね。見る人が見れば分かるのですよ」

「そうだな。だが、今のジュン・ローとかいう奴も、けっこう強いだろ」

「ですね。あれで三級ということは、一級冒険者とか、どれほど強いんでしょうね」

涼は、まだ見ぬ一級冒険者に思いを馳せ、嬉しそうに笑った。



自分のパーティーに戻ったジュン・ロー。

すぐ横に、参謀役の魔法使いバリリが来た。

「ジュン、あの二人組、どうでした? 思った通りでしたか?」

「ああ、強い。どっちも異国の人間だが、相当な修羅場(しゅらば)をくぐってきているぞ」

バリリの問いに、ジュン・ローは頷いて答えた。


遠くから見ただけで強者だと分かったが、実際にすぐそばに行ってみて確信した。


「あの魔法使いが着ているのは、ローブというやつですね。ダーウェイでは、ほとんど見かけませんが」

「どうだバリリ、魔法使いの方の魔力は」

「異常です」

「異常?」

「魔力が、体から全く()れていません」

バリリは断言した。


ジュン・ローには、あえて笑顔を浮かべて会話しているバリリが、ほんの少しだけ震えているのが分かった。


バリリは、魔法使いから漏れる魔力を見る事ができる。

それによって、どれほどの魔法使いなのかを認識できるのだ。

強力な魔法使いは、それこそ、目が(くら)むほどの魔力を(まと)って見える。


だが……。


「魔力が漏れていないってのは、あのローブは魔法使いじゃない?」

「いえ、魔法使いでしょう。確かに、魔法使いの杖も持っていませんが……魔法使いであることはなんとなく感じます」

「だが、魔力が漏れていないんだろ? 弱いのか?」

「逆でしょう。信じられない事ですが、漏れないほどに、魔力を完全に制御下に置いている」

「そんな事が可能なのか?」

「今までは不可能だと思っていましたけど、目の前で見せられたら可能なのだと……思うしかありません」

バリリは苦笑した。


「つまり……あの二人は、やはり強者ということだな」

「はい。杜撰(ずさん)な、今回の山狩り計画の中では、数少ない喜ばしい事です」

ジュン・ローが頷きながら言い、バリリも頷きながら同意した。



七時。

冒険者互助会の裏庭には、かなりの人数が揃っていた。


前の方では、白髭(しろひげ)の老人が演説をしている。

フー・テンという名の副代官で、この山狩りの責任者らしい。


「演説から、この山狩りが嫌そうなのがヒシヒシと伝わってきます」

「決定を下した人間に、何か恨みがあるみたいだな」

涼もアベルも、フー・テン副代官の演説から、その感情をくみ取った。


とはいえ、山狩りをしないわけにはいかないらしいというのも理解できた。

すでに、(ふもと)のいくつかの村が襲われて被害が出ているからだ。


白髭副代官が言いたいのは、本来なら三倍の規模での山狩りを提案したのだが、縮小されてしまったということらしい。

誰かがお金をケチったようだ。


「いつも、政治の犠牲になるのは、罪のない民衆です!」

「お、おう……(きも)(めい)じておく」

筆頭公爵の直言に、国王陛下は頷いた。



それでも、冒険者五十人、代官所兵士三十人と、合計八十人の戦力が投入される。

他にも、料理人や記録係や副代官の供周りなどもいるようで、まあまあの規模だと思えるが……。


「これの三倍が想定されたということは……」

「それだけ厄介な相手なのかもな」

涼とアベルが、さらにひそひそと言葉を交わす。


「灰色ゴブリンって強いんですか?」

「知らん」

「知らんって……」

「ゴブリンは世界中にいるが、場所によってけっこういろいろいるらしいぞ。亜種というか進化種というか。灰色ゴブリンなるやつは、少なくとも中央諸国にはいないから、俺は強さを知らん」

「……アベルは、中央諸国ではA級でも、やっぱりここでは八級です」

「下から一つ一つ上がっていくさ!」



八級冒険者である涼とアベルは、七級以下の班だ。

すなわち、本部と食料の警備にあたることになる。

これは、代官所兵士十人と、冒険者十人の任務となるらしい。

だが、まずは、全員で一日かけて虎山まで移動となる。


一行は、街を出発した。



六級以上の冒険者と、七級以下の冒険者は、別れて移動している。


「アベル、この七級以下の班は……」

「ああ、俺たち以外、若いな」


涼とアベル以外に、八人が七級以下の班だ。

四人ずつのパーティーのようだが、全員が成人である十八歳以下に見える。


「アベルは年寄りです」

「否定はしない」

そんな会話をしている二人の所に、七級以下の班の一人が寄ってきた。

男性……というより男の子剣士だ。


「お、俺はジェイ、七級冒険者だ。二人は、八級冒険者だと聞いたのだが……」

ジェイは、かなり緊張しているようだが、自分の方が上位であるため、頑張っているらしい。

涼は、優しい目でジェイを見守る。


「俺はアベル、こっちはリョウ。確かに、二人とも八級だ」

アベルが答えた。


「ふ、二人の方が年上だとは思うが、到着したら、上位冒険者である俺の指示に従ってもらう」

「そうか、分かった」

ジェイは、涼とアベルにどう接したらいいか、正直迷っているようだ。

そこを、アベルが大人の余裕で答えている。



「ああ、ジェイと言ったか。少し質問があるんだがいいか?」

「ん? ああ、何だ?」

「見てわかると思うが、元々、俺たちは異国の人間だ。それで、この辺りの魔物については詳しくない。それで、灰色ゴブリンについて教えてほしい」


アベルは、必死に頑張るジェイの顔を立てて、丁寧に尋ねる。

涼は小さく頷いた。大人の余裕とは素晴らしいと。


「そう、そうだな……灰色は、ゴブリン種の中では強い方だが、賢くはない。七級以上なら、一対一で負けることはないだろう。あんたたちがどうなのかは分からんが……」

「ふむ。だが副代官が言うには、本来、この計画は三倍の人数を投入するはずだったんだろう? たいしたことない相手なら、なぜそこまで?」

「さあな。代官所の人間は、あんまり詳しくないんじゃないか? 俺は、これだけの人数がいれば十分すぎると思うけどな」

ジェイはそう言うと、仲間のパーティーの元に去っていった。



「灰色ゴブリンは、たいしたことないそうです」

「ああ……そう言ったが……」

「若いうちは、危険度を低く見積もる場合があります」

「リョウが言いたいことは分かる。……だがもしかしたら、副代官を含めた代官所は、俺たちに知らされていない情報を持っているのかもしれんな」


涼もアベルも、議論するには情報が不足していることは理解している。

結局のところ、気を引き締めて頑張ろうと言うしかない。



夕方、一行はようやく虎山の麓に到着した。



麓の春村の広場に本部が置かれ、その脇にある元村長家に食料が保管された。


春村は、数カ月前に灰色ゴブリンに襲撃された。

生き残った者たちは村を去り、現在は無人だ。


それはつまり、自由に使える家があるということで……。


「まさか、山狩りに来て、雨露(あまつゆ)をしのげる家で寝る事ができるとは思いませんでした」

「街にいる時の方が野宿だったからな」

涼とアベルは、空いていた家で眠った。

二十軒ほどの集落であったが、納屋なども使うと全員が建物の中で寝る事ができた。




翌朝から、山狩りが開始された。


「山狩りの目的は、灰色ゴブリンの集落を見つける事らしいですけど……大変ですよね」

「ああ。けっこう大きい山だな」


二人は七級以下の班であるため、春村の広場にいる。

六級以上の冒険者四十人と、代官所兵士のうちの二十人が、すでに山に入っていた。


とりあえず初日は、山の麓近くを見て回ることになるらしい。

日を追うごとに奥に進む。

そのため、野宿する場合も出てくるそうだ。


「最前線は大変ですね」

「だから、俺たちよりも高い報酬なんだろ」

この山狩りの報酬は、級ごとで違う。

実際に山に登る六級以上は、七級以下と比べてかなり高額になるらしい。


仕事内容を考えれば当然だろう。



本部に残ったのは、二人を含めた七級以下の冒険者十人、代官所兵士十人。

フー・テン副代官と供周り十人と、料理人や荷運び人たち二十人の五十人だ。


もっとも、副代官の供周りや荷運び人たちは戦えないため、冒険者と兵士合計二十人で、周辺の警備を行っている。


だが……。


「暇ですね」

「まあ……な」

涼もアベルも、交代での歩哨(ほしょう)的業務はこなしている。

決して油断しているわけではない。


それでも、暇であることは否定できない。


「とはいえ、ここが忙しくなっても困るがな」

「……確かに」

アベルの指摘に、涼も頷くしかなかった。


ここが忙しくなるということは……ここが襲撃されるという事だから。

涼とアベルはともかく、他は決して強いとは言えないメンバー……。




その夜、戻ってきた山狩りメンバーと共に、全員参加の報告会が広場で行われた。


「今日探索した範囲の、一番山際で、複数のゴブリンのものと思われる足跡を発見した」

「おぉ」

三級冒険者のジュン・ローが報告すると、歓声にも似た声があがった。


正直、ほとんどの冒険者が、初日から成果が出るとは思っていなかったからだ。

だが、嬉しい誤算だ。


しかも発見したのは、三級冒険者。

一行の中では最上位であり、ジュン・ローらは経験豊富な冒険者としても知られている。

そのために、冒険者側のまとめ役になっているのだ。



「では、予定通り、その足跡を追って明日からは深く入ってください」

「承知した」

フー・テン副代官の下知がくだり、ジュン・ローが頷く。


だが、ジュン・ローは言いたいことがあったらしい。

「俺たちが深く入るのはいいが、それはつまり、この本部から離れるということだ。本部に異変があって気付いたとしても、戻るのに時間がかかる」


つまり、本部が灰色ゴブリンに襲撃される可能性に言及したのだ。


山は広く深い。

彼らが深く入るのと入れ違いに、ゴブリンが麓に下りてくる可能性もある。

そうなった場合、大変なことになる。

入っていった六級以上の冒険者や兵士たちも、食料を失うことになるわけで……。


「柵を作りましょう」

フー・テン副代官が、極めてまともな提案をする。

知能の低いゴブリンは、それほど高くない柵であっても、乗り越えるよりも横に回って避けて進もうとする。

つまり、柵の設置の仕方によって、ゴブリンたちを望んだ場所に誘い込めるということである。


対ゴブリン防御として、柵の設置は非常に有効なのだ。


「明日から、本部に残る者たちで、柵を設置します」

フー・テン副代官が言うと、アベルと涼はもちろん、七級冒険者ジェイたちも頷いた。


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