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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0534 冒険者らしい

涼とアベルがボアゴーの街についた翌日。

二人はゆっくりと朝食を食べて、冒険者互助会のカウンターに向かった。


え? 公主一行が寄港している中、宿が取れたのか?

取れませんでしたよ?

公園で寝ましたよ?


「昨日は大変でした。全てアベルのせいです」

「いや、なんでだよ。やっぱりこの街も、公主寄港関係で宿が空いてなかっただけだろ」

「運良く、公園が空いてましたし、僕はローブ、アベルはマントがあったから良かったですけど……」

「冒険者が野宿するのは、普通じゃないか?」

「ええ……そうなんですよね。最近、宿屋ばかりでしたから、たるんでいますね。アベル、たるんでいます!」

「うん、リョウもな」

涼が鋭く指摘し、アベルに簡単に返された。



十時を回った冒険者互助会の中は、人が少なかった。


「うんうん、ギルドはこうあるべきです」

「リョウがギルドについて語るというのは、すごく奇妙だな」

「アベル、何か言いましたか?」

「いや、何も言ってないぞ」


王国にいた頃も、決して典型的な冒険者とは言えなかった涼が、ギルドのあるべき姿について語るのは、アベルでなくとも違和感を覚えたであろう。



そんな涼がにこやかに微笑みながら、窓口で尋ねた。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが、ここから帝都まで冒険者が利用できる馬車とかないでしょうか?」

涼の問いに、窓口のお兄さんは少し驚いたようであったが、すぐに平静に戻った。

この辺りは、さすがプロだ。


「直通はございません。いくつか馬車を乗りついでいただけば可能です」

「おぉ」

「ただ、時期によって、冒険者は制限があります」

「時期? 制限?」


窓口のお兄さんの言葉は、よく分からないものであったために、涼が首を傾げる。

後ろでは、アベルも首を傾げている。


「国家行事が行われる場合に、帝都ならびに周辺地域への出入りが制限されることがあるんです。今ですと、第六皇子様の婚礼行事がありますので、それが終了するまで八級以下の冒険者は入れません」

「なんですと……」

涼が呆然と呟く。


第六皇子というのは、それこそ、シオ・フェン公主の輿入れ相手だ。

そして、涼とアベルは八級冒険者だ。


「それは、いつまで制限される?」

アベルが横から尋ねる。

「そうですね……」

窓口のお兄さんは、いくつかの書類をめくって確認してから答えた。

「残り、約九カ月です」

「ながっ」

思わず言ってしまう涼。


九カ月も帝都に入られないのは驚きだ。


「お二方は、八級以下なのでしょうか?」

「ああ。すまん、これがカードだ」

アベルがカードを出す。


窓口のお兄さんがカードを何かにかざすと、机の上にデータが出力された。


「ああ、公主様の船団でお越しになったのですね。確かに八級ですね……船団の依頼であれば、そのまま入れたのでしょうが……」

お兄さんが顔をしかめている。


船を降りることになったのは、かなりの痛手だったらしい。


「あと……八級依頼を十個ほどこなせば、七級に上がる事ができますね」

「十個か……」

一日一個で十日。


そこで、お兄さんは何かを思い出したかのように横を向いた。

そこには、大きな紙が掲示(けいじ)されている。


「この山狩りに参加されますと、八級依頼十個分です」

「何?」

そこには、大きく書いてある。



『代官特別依頼 虎山(とらやま)山狩り 受付中』



「虎山?」

「山狩り?」

涼もアベルも首をひねる。


「虎山で、灰色ゴブリンの集団がみつかりまして、それの排除依頼です。三食出ますし、それぞれの級に応じた報酬も出ます。六級以上の、実際に前線で退治をする冒険者は揃ったのですが、七級以下の、本部と食料護衛をする冒険者をまだ募集しています。八級ですと前線に出ないので、報酬は高くないですが、互助会貢献度は高いです。明日出発となります」

「よし、それを受ける」

「え? アベル?」


お兄さんの説明に、アベルが勝手に受けてしまった。

それはとても珍しい事なので、涼が驚く。



二人は手続きを終えて、窓口を離れた。



「アベル! なんで勝手に受けたんですか!」

「いいだろ。受けたかったんだから」

涼が詰問(きつもん)し、アベルがスッと目を逸らす。


何かを探るような目で、アベルをじっと見る涼。


「元A級冒険者、アベル」

涼が、あえて重々しく言うと、アベルはビクッとした。


「八級というのが嫌なんですね。級を上げたいと。アベルは見栄(みえ)()りです」

「べ、別に……」

「アベルは見栄っ張りです」


再び繰り返される告発。


「ああ、そうだよ! 級を上げたいんだよ! 八級はないだろう、八級は!」

アベルは爆発した。


まあ、爆発とはいうが、プンスカしている様は、なんとなくかわいらしい。


「見栄っ張り剣士は……腹ペコ剣士に比べると、ゴロというかリズムがよくないですね」

「なんだそれは……」

「なので、見栄見栄(みえみえ)剣士にしておきましょう」

「は?」

「『そんなアベルは、見栄見栄剣士』。満腹剣士のさらなる続編ですね」

「……」



涼は、ふと思い出したように言う。

「山狩り、灰色ゴブリンの討伐(とうばつ)って言ってましたけど、この東方諸国にもゴブリンっているんですね」

「なんだそれは。ゴブリンは世界中にいるだろ」

「え? そうなんですか?」

「人間だって世界中にいるんだ。ゴブリンが世界中にいても不思議じゃないだろう?」

「そ、そう言われればそうなのですが」

涼はゴブリンが世界中にいる事を、知らなかったのだ。


「ロンドの森にはいなかったので……」

「ロンドが特殊なんだろ」

涼が言い、アベルが小さく首を振りながら答える。


ドラゴンやグリフォンがいるのだ。

確かに特殊な地域と言えるだろう。



「それにしてもゴブリン討伐とか、久しぶりに冒険者らしい依頼ですね」

涼が少しウキウキしている。

ゴブリンと言えば、なんといってもファンタジー魔物の定番だ。


その中でも、ゴブリン討伐は、物語の王道中の王道でもある。


だが、そんな涼を、アベルがジト目で見ている。

何か言いたいことがあるらしい。


「なんですか、アベル。その目は」

「いや、別に」

「言いたいことがあるなら、はっきり言うべきです」

「リョウって、ゴブリンを倒したことあるのか?」

「え?」


アベルの質問の意味が一瞬分からず、言葉が切れる涼。


「ゴブリンを倒したこと、あるに決まって……」

そう言いながら思い出す。


いつ、どこで倒したのかを。

いつ、どこで倒したのかを……。

いつ、どこで倒したのかを……思い出せない。


「あれ?」

涼が首を傾げる。


近場では、ルンのダンジョンにいるはずだが……ダンジョンの床をくりぬいて四十層まで行ったことはあるが、その時は魔物がいなかった。


他にも、ルンのダンジョンから魔物が溢れ出た大海嘯(だいかいしょう)で、目の前のアベルなどは、それこそ星の数ほどのゴブリンを倒したのだろうが……その時、涼はいなかった。


二度目の大海嘯で溢れ出たのは……オーガだった。


「あれれ?」

涼が、反対方向に首を傾げる。


それで、ようやく思い出した。


「ニルスの村で、ゴブリン退治をしました!」

「そこで、リョウは倒したのか?」

「<アイスバインド>で手足を縛って……それだけな気が……」


涼は、倒していない。

とどめを刺したのはニルスとアモン……。


「西方諸国のダンジョンで……」

「リョウが倒したのか?」

「ニルスやアモン、とかハロルドとかが倒した……」

多分、涼は、倒していない。



ここで、涼は両手両膝を地面についた。

絶望のポーズ。


「なんてこと……」



だが、すぐに頭を跳ね上げて叫んだ。

「見つけました!」


「うん?」

「王都中央神殿の地下ですよ。あそこで、<パーマフロスト>で氷漬けにしましたよ!」

「ああ、そういえばそうだな」

涼がようやく思い出したのを、アベルも認めた。


確かに、まとめて氷漬けにした。


「良かったです」

しみじみと言う涼。


「確かにな。かの白銀公爵は、ゴブリンを倒したことがないらしいとか、吟遊詩人が聞いたら真っ青になったろうな」

涼の二つ名をあげて笑うアベル。

それを聞いて、ぷっくりと頬を膨らます涼。



こうして、二人は翌日から、冒険者らしい依頼に臨むのであった。


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