0534 冒険者らしい
涼とアベルがボアゴーの街についた翌日。
二人はゆっくりと朝食を食べて、冒険者互助会のカウンターに向かった。
え? 公主一行が寄港している中、宿が取れたのか?
取れませんでしたよ?
公園で寝ましたよ?
「昨日は大変でした。全てアベルのせいです」
「いや、なんでだよ。やっぱりこの街も、公主寄港関係で宿が空いてなかっただけだろ」
「運良く、公園が空いてましたし、僕はローブ、アベルはマントがあったから良かったですけど……」
「冒険者が野宿するのは、普通じゃないか?」
「ええ……そうなんですよね。最近、宿屋ばかりでしたから、たるんでいますね。アベル、たるんでいます!」
「うん、リョウもな」
涼が鋭く指摘し、アベルに簡単に返された。
十時を回った冒険者互助会の中は、人が少なかった。
「うんうん、ギルドはこうあるべきです」
「リョウがギルドについて語るというのは、すごく奇妙だな」
「アベル、何か言いましたか?」
「いや、何も言ってないぞ」
王国にいた頃も、決して典型的な冒険者とは言えなかった涼が、ギルドのあるべき姿について語るのは、アベルでなくとも違和感を覚えたであろう。
そんな涼がにこやかに微笑みながら、窓口で尋ねた。
「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが、ここから帝都まで冒険者が利用できる馬車とかないでしょうか?」
涼の問いに、窓口のお兄さんは少し驚いたようであったが、すぐに平静に戻った。
この辺りは、さすがプロだ。
「直通はございません。いくつか馬車を乗りついでいただけば可能です」
「おぉ」
「ただ、時期によって、冒険者は制限があります」
「時期? 制限?」
窓口のお兄さんの言葉は、よく分からないものであったために、涼が首を傾げる。
後ろでは、アベルも首を傾げている。
「国家行事が行われる場合に、帝都ならびに周辺地域への出入りが制限されることがあるんです。今ですと、第六皇子様の婚礼行事がありますので、それが終了するまで八級以下の冒険者は入れません」
「なんですと……」
涼が呆然と呟く。
第六皇子というのは、それこそ、シオ・フェン公主の輿入れ相手だ。
そして、涼とアベルは八級冒険者だ。
「それは、いつまで制限される?」
アベルが横から尋ねる。
「そうですね……」
窓口のお兄さんは、いくつかの書類をめくって確認してから答えた。
「残り、約九カ月です」
「ながっ」
思わず言ってしまう涼。
九カ月も帝都に入られないのは驚きだ。
「お二方は、八級以下なのでしょうか?」
「ああ。すまん、これがカードだ」
アベルがカードを出す。
窓口のお兄さんがカードを何かにかざすと、机の上にデータが出力された。
「ああ、公主様の船団でお越しになったのですね。確かに八級ですね……船団の依頼であれば、そのまま入れたのでしょうが……」
お兄さんが顔をしかめている。
船を降りることになったのは、かなりの痛手だったらしい。
「あと……八級依頼を十個ほどこなせば、七級に上がる事ができますね」
「十個か……」
一日一個で十日。
そこで、お兄さんは何かを思い出したかのように横を向いた。
そこには、大きな紙が掲示されている。
「この山狩りに参加されますと、八級依頼十個分です」
「何?」
そこには、大きく書いてある。
『代官特別依頼 虎山山狩り 受付中』
「虎山?」
「山狩り?」
涼もアベルも首をひねる。
「虎山で、灰色ゴブリンの集団がみつかりまして、それの排除依頼です。三食出ますし、それぞれの級に応じた報酬も出ます。六級以上の、実際に前線で退治をする冒険者は揃ったのですが、七級以下の、本部と食料護衛をする冒険者をまだ募集しています。八級ですと前線に出ないので、報酬は高くないですが、互助会貢献度は高いです。明日出発となります」
「よし、それを受ける」
「え? アベル?」
お兄さんの説明に、アベルが勝手に受けてしまった。
それはとても珍しい事なので、涼が驚く。
二人は手続きを終えて、窓口を離れた。
「アベル! なんで勝手に受けたんですか!」
「いいだろ。受けたかったんだから」
涼が詰問し、アベルがスッと目を逸らす。
何かを探るような目で、アベルをじっと見る涼。
「元A級冒険者、アベル」
涼が、あえて重々しく言うと、アベルはビクッとした。
「八級というのが嫌なんですね。級を上げたいと。アベルは見栄っ張りです」
「べ、別に……」
「アベルは見栄っ張りです」
再び繰り返される告発。
「ああ、そうだよ! 級を上げたいんだよ! 八級はないだろう、八級は!」
アベルは爆発した。
まあ、爆発とはいうが、プンスカしている様は、なんとなくかわいらしい。
「見栄っ張り剣士は……腹ペコ剣士に比べると、ゴロというかリズムがよくないですね」
「なんだそれは……」
「なので、見栄見栄剣士にしておきましょう」
「は?」
「『そんなアベルは、見栄見栄剣士』。満腹剣士のさらなる続編ですね」
「……」
涼は、ふと思い出したように言う。
「山狩り、灰色ゴブリンの討伐って言ってましたけど、この東方諸国にもゴブリンっているんですね」
「なんだそれは。ゴブリンは世界中にいるだろ」
「え? そうなんですか?」
「人間だって世界中にいるんだ。ゴブリンが世界中にいても不思議じゃないだろう?」
「そ、そう言われればそうなのですが」
涼はゴブリンが世界中にいる事を、知らなかったのだ。
「ロンドの森にはいなかったので……」
「ロンドが特殊なんだろ」
涼が言い、アベルが小さく首を振りながら答える。
ドラゴンやグリフォンがいるのだ。
確かに特殊な地域と言えるだろう。
「それにしてもゴブリン討伐とか、久しぶりに冒険者らしい依頼ですね」
涼が少しウキウキしている。
ゴブリンと言えば、なんといってもファンタジー魔物の定番だ。
その中でも、ゴブリン討伐は、物語の王道中の王道でもある。
だが、そんな涼を、アベルがジト目で見ている。
何か言いたいことがあるらしい。
「なんですか、アベル。その目は」
「いや、別に」
「言いたいことがあるなら、はっきり言うべきです」
「リョウって、ゴブリンを倒したことあるのか?」
「え?」
アベルの質問の意味が一瞬分からず、言葉が切れる涼。
「ゴブリンを倒したこと、あるに決まって……」
そう言いながら思い出す。
いつ、どこで倒したのかを。
いつ、どこで倒したのかを……。
いつ、どこで倒したのかを……思い出せない。
「あれ?」
涼が首を傾げる。
近場では、ルンのダンジョンにいるはずだが……ダンジョンの床をくりぬいて四十層まで行ったことはあるが、その時は魔物がいなかった。
他にも、ルンのダンジョンから魔物が溢れ出た大海嘯で、目の前のアベルなどは、それこそ星の数ほどのゴブリンを倒したのだろうが……その時、涼はいなかった。
二度目の大海嘯で溢れ出たのは……オーガだった。
「あれれ?」
涼が、反対方向に首を傾げる。
それで、ようやく思い出した。
「ニルスの村で、ゴブリン退治をしました!」
「そこで、リョウは倒したのか?」
「<アイスバインド>で手足を縛って……それだけな気が……」
涼は、倒していない。
とどめを刺したのはニルスとアモン……。
「西方諸国のダンジョンで……」
「リョウが倒したのか?」
「ニルスやアモン、とかハロルドとかが倒した……」
多分、涼は、倒していない。
ここで、涼は両手両膝を地面についた。
絶望のポーズ。
「なんてこと……」
だが、すぐに頭を跳ね上げて叫んだ。
「見つけました!」
「うん?」
「王都中央神殿の地下ですよ。あそこで、<パーマフロスト>で氷漬けにしましたよ!」
「ああ、そういえばそうだな」
涼がようやく思い出したのを、アベルも認めた。
確かに、まとめて氷漬けにした。
「良かったです」
しみじみと言う涼。
「確かにな。かの白銀公爵は、ゴブリンを倒したことがないらしいとか、吟遊詩人が聞いたら真っ青になったろうな」
涼の二つ名をあげて笑うアベル。
それを聞いて、ぷっくりと頬を膨らます涼。
こうして、二人は翌日から、冒険者らしい依頼に臨むのであった。




