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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0532 ゆるやかな動き

「それは、災難だったな」

昼食を食べながら、涼の身に降りかかったトラブルを聞いて感想を述べるアベル。


「ええ、びっくりしました。すっごい長身の女性隊長さんなんですけど、抜剣速度、めっちゃ速かったですよ。アベルも速いですけど……うん、いい勝負かもしれませんね」

「公主の護衛隊長だよな、その女性隊長。以前、ミーファが話してくれたことがある。本来は王妃の親衛隊らしい。確か、その親衛隊の副隊長だ」

「なるほど。王妃様(きも)いりの人事でしたか」


涼はそう言って頷いた後、何か思い出したようにアベルをはっしと見て言った。


「アベル、気をつけてくださいね」

「何をだ?」

「いつものように、第一船に忍び込んで貴重品を盗んだりしていると、その隊長さんに斬られるかもしれませんから」

「うん、まず、いつものようにってのが変だよな。そして、俺は貴重品を盗んだりはしていないからな」

「つまり、貴重でない品を盗んでいると。一般的に宝石とかは貴重だと思うんです」

「そうだな、言い方を間違ったな。俺は忍び込んだりしていないし、盗んでもいない」

「その後、涼の予言は現実となるのであった……」

「不吉な事を言うな!」


言葉選びは慎重にしなければ誤解をまねく。




その夜。

イーリャンの街に、公主一行は宿泊した。

寄港からずっと、分刻みのスケジュールをこなしたシオ・フェン公主は、部屋で珍しい報告を受けていた。


「……つまり、ビジスは無関係の人を斬り殺してしまうところだった。でもその人は、ビジスの全力の打ち込みを、軽々と剣で受けた。そういうことね」

「はい、おっしゃる通りです。重ね重ね、私の不手際で……」

「まあ、その方には、公主として何か品物を贈りましょう。その場で、許してくださったのでしょう?」

「はい。職務を遂行しただけですからと」


報告をするビジスは、ずっと片膝をついたままうなだれている。

場合によっては、取り返しのつかないミスだっただけに、報告するのは気が滅入る。

だが、報告しないというのは、もっとまずい。



「ミーファ、どう思います?」

シオ・フェン公主は、部屋にいるただ一人の侍女に問うた。


この場にいるのは、公主とビジスとミーファだけだ。


「ビジス様の全力の打ち込みを受けたというのが……しかも魔法使いがというのは、驚きです。そして、そんなものすごい方が船団にいるというのは、気をつけるべきかと」

ミーファの言葉に、ビジスもハッとして頭を上げた。


「そうね。ビジスの剣の腕は私も知っています。その剣を軽々と? ミーファ、できますか?」

「いえ、私では難しいでしょう」

「そんなことはない。ミーファ殿の剣の腕はかなりのものだ」

ビジスが言う。


「ありがとうございます、ビジス様。ですが、もし受けられたとしても……少なくとも、軽々とはいきません。ですがその魔法使いの方は、軽々と受けられたのでしょう?」

「ああ。鼻歌でも歌うように」

ビジスの言葉に、無言となるミーファとシオ・フェン公主。



しばらくして、シオ・フェン公主が口を開いた。

「その魔法使いの方のお名前は……分からないのよね?」

「はい。お名前を答えられませんでした」

「その方の身分を保証されたのは?」

「第十船船長ラー・ウー殿です」

「そうですか。やはり気になります。ビジス、ラー・ウー船長に、その方のお話を伺ってきていただけますか」

「かしこまりました」

シオ・フェン公主の要望に、ビジス隊長は頷いた。


その時、涼がくしゃみを連発したとの記録は残っていない。

首のあたりが、うすら寒くなったという記録も残っていない。




「これまで、多くの襲撃(しゅうげき)を経験してきたアベルに聞きたいことがあります」

「何だ、襲撃を経験って」

「現役時代に、盗賊を襲撃した経験があるでしょう?」

「確かにあるが……誤解をまねく表現だから、盗賊討伐と言った方がいいと思うんだ」

「そうですか? では、盗賊討伐の経験から、もしこの一行を襲撃して公主の命を奪おうとするなら、アベルならどっちの時に狙いますか。上陸している時? それとも海上を移動中?」


涼が二択問題で問うと、アベルは顔をしかめた。

せっかく、盗賊討伐と言い直したのに、まだアベルは不満があるらしい。


「そもそも、その問いに不満がある」


言い方ではなく、もっと本質的な不満でした。


「襲撃……するか? ダーウェイの礼部だったか? そういう中央省庁直轄の護衛の下の輿(こし)()れだぞ」

「でも、ほら、次期皇帝位を狙う、なんとかな人たちからすれば……」

「それでも、現皇帝の権威への挑戦と受け取られないか?」

「なるほど……。次期皇帝位を狙う人たちであっても、現皇帝に(にら)まれるのはまずいですかね。しかも殺す相手は、皇帝位を争う相手ではなく、他の皇子でもなく、ただその妃になる人ってだけですもんね。そこまでのリスクを負う必要はない……」


涼も、アベルの言葉を受けて少し考えた。

ボスンター国内での襲撃とは、もはや事情が違う。

まあ、だからこそ、ボスンター国内にいる間に、あれほど大規模な襲撃を行ったのであろう。

輿入れがダーウェイ礼部直轄となれば、襲撃した場合の影響が大きくなりすぎるから。



「であるなら、シオ・フェン公主やミーファは、無事に帝都まで行けそうですね」

「そうだな、行って欲しいな」

アベルは、弟子の顔を思い浮かべて一つ頷く。


剣士として、現状で教えられる多くの事を教えた。

だが、人ひとりの力ではどうにもならない事が、現実には多く起きる。

そういったものに直面した時……どうなるか。


「アベルは過保護ですね」

「なんだ、突然」

「ミーファの事が心配なのでしょう?」

「弟子を心配するのは、師として当然だろう」

「僕なんて、商会の子たちは放任主義です」


涼は、ゲッコー商会に、五人の水属性魔法の弟子がいる。

その子たちの事を言っているのだ。


「インベリー公国の戦争に巻き込まれそうになった時に、助けにいったじゃないか」

「そ、それは当然です。戦争に巻き込まれたら危ないですから」

「襲撃に巻き込まれるのも変わらん」

涼が慌てて言い、アベルは小さく首を振りながら断定した。




シオ・フェン公主の輿入れには、多くの人間がかかわっている。

その中で、輿入れをする公主を除けば、最も役人としての地位が高く、最も責任があり、最も胃が痛くなるのは、ダーウェイ礼部婚儀責任次官スヌスであったろう。


彼はシオ・フェン公主が泊まる宿の、一階下に準備された彼の部屋で、バル秘書官からの報告を受けていた。

「次の寄港地、ボアゴーで、礼部からの応援八十人が到着します」

「明日ここを発って……ボアゴーへの寄港は四日後か。予定通りではあるか」

スヌス次官はそう言うと、小さくため息をついた。


予定通りであるはずなのに、バル秘書官から見て、スヌス次官のため息は悩み事を含んだため息のように感じた。


「次官閣下、どうかなさいましたか?」

「いや、応援が来るのはありがたいのだが……」

再び、スヌス次官がため息をつく。


「船長たちから要望があってな。冒険者を残してくれと」

「は? どういうことですか?」

「いや、正確には、二人の冒険者だったか。水属性の魔法使いとその相棒の剣士らしい」

「帝国公船の船長たちであっても、今回は礼部直轄の輿入れで、礼部の配下に入ってもらっているはずです。そんな横暴は聞けないでしょう」

「分かっている。それは船長たちも分かっている。だから、お願いという形なんだが……お願いという形ではあるが、その剣幕(けんまく)がな」



スヌス次官は、夕方の光景を思い出していた。



十人の船長たちの前で、次のボアゴーで礼部の応援が到着し、冒険者と交代すると報告した。

もろ手を挙げて喜んでもらえるとまでは思っていなかったが、安堵(あんど)はしてもらえると思っていたのだ。

正直、海のものとも山のものとも分からない冒険者たちを乗せているよりも、身元の確かな礼部所属護衛隊の方が安心できるのではないかと。


基本的には、船長たちは交代するのに反対ではなかった。

もちろん、それが当初の予定通りであったから。


だが、一点だけ、要望があった。

それが、「第十船の水属性の魔法使いは残して欲しい」であった。


なにやら、その水属性の魔法使いは、たった一人で、全船の真水(たる)を満杯にできるらしい。

それどころか、第一船船倉の浴槽すら満杯にしてしまう……。


これまで、何十人もの人間が、数時間かけて行っていた水関係の補給を、たった一人でやってくれる。

そのおかげで、他の荷運びに人員を回すことができて、労力、時間の短縮につながっているのだ。



そんな人材がいなくなるのは、船団にとって大きな痛手である。



「いや、しかし、冒険者はここで全員降りてもらう方が……」

「次官殿!」

スヌス次官の言葉を、食い気味に遮ったのは第一船船長ミュンであった。


「かの水属性の魔法使いの有用性は、驚くべきものがあります。冒険者全てを残せというのではありません。その魔法使いと相棒剣士、この二人だけを残して欲しいと言っているだけです」

ミュン船長が言うと、残りの九人の船長全員が大きく頷いた。


それも、十人の船長全員が、恐ろしいほどの迫力で。


スヌス次官も、若い頃からの軍人だ。

いくつもの戦場を行き来し、命の危機を覚える経験もしてきた。



だが、十人の公船船長の迫力は……。



元々、第一船のミュン船長は、ダーウェイ海軍の提督(ていとく)であった。

それも、数代続く船乗りの一族で、皇帝からの信頼もことのほか厚い。


他の船長たちも、海賊たちとの戦闘はもちろん、多くの死線をくぐってきた者たちばかり。

一番若い、第十船のラー・ウー船長ですらだ。


彼らの迫力は、スヌス次官にとっても、おおいに圧迫感のあるものであった。


「け、検討させてもらう……」

スヌス次官は、そう言うしかなかった。



それが、スヌス次官が夕方に経験した事である。



「確かに、船長たちは、いずれも猛者(もさ)ばかりですから……迫力がありそうですね」

バル秘書官は、その光景を思い浮かべて、首をすくめる。

少なくとも自分であれば、経験したくない。


「だろう? 第一船のミュン船長なんて、元々海軍提督だ。何十隻もの艦隊を率いて、海賊や反乱軍を撃ち破ってきた、皇帝陛下の覚えめでたい人物だからな。だからこそ、どんな時でも頼りになる人なんだが……それだけに敵に回したくない」

「とはいえ……礼部からの指示書では、『全冒険者』を降ろせとありましたよね」

「ああ。不確定要素はできる限り排除する……護衛の基本だからな。さて、どうしたものか……」



さらにその夜。第十船の甲板。

「ビジス隊長?」

「夜分遅くにすみません。ラー・ウー船長、少しお話ししたいことがありまして」


訪れたビジスを、船尾船長室に招き入れるラー・ウー船長。


「街の、第十船船員たちの宿に行ったら、船長は船だと聞いたもので」

ビジスは、出された緑茶に感謝しながら、ここにやってきた理由を話す。


それを聞いて、ラー・ウーは笑った。

「いつもなのです。公船の任務中は、夜も船です。どうも陸では眠りが浅くて」

生粋(きっすい)の船乗りなのですね」

ビジスは、うっすら微笑みながらそう言った。



しばらくお茶を(すす)る音だけが船長室に響く。


「実は、今日伺ったのは、公主様の指示によるものです」

「ふむ?」

切り出したのはビジス、ラー・ウーは表情を変えずにお茶を啜る。


「例の水属性の魔法使い……私が斬りつけてしまった方について、公主様が詳細を知りたがっておられます。それで、ラー・ウー船長からお聞かせいただきたいと思いまして、伺いました」

「なるほど」

ビジスが正直に言い、ラー・ウーはやはり表情を変えずに頷いた。


ラー・ウーは一口お茶を啜ってから答えた。


「ビジス隊長、おっしゃることは理解しました。ですが、私はその問いに答える事はできません」

「え? なぜですか?」

「私はただの船長です。そして、(くだん)の魔法使い殿から、自分の事をあまり公にして欲しくないと明確に言われております。そう、ある種の口止めですね」

「しかし……」

「隊長も、他の人が勝手に、隊長の情報をぺらぺらと話したりしたら嫌でしょう?」

ラー・ウーは表情を変えずに言う。


ビジスも、ラー・ウーが言うことが正論であることは理解できる。

まったくその通りだ。

まったくの正論だ。


だが……。


「それでも……知りたい場合はどうすればいいでしょうか?」

「もちろん、ご本人に問う以外にないでしょう」

ラー・ウーは答える。


確かに、それ以外にない。


「分かりました、ラー・ウー船長。直接お尋ねしたいと思います。先方にその事をお伝えして、場を設けていただけないでしょうか」

「かしこまりました。さすがに今夜は、もう遅いですので……かと言って、明日の出発も早いですから、そうですね、次の寄港地ボアゴーではどうでしょうか。明日出立して、ボアゴー到着は四日後。ボアゴーは二泊しますので、最初の夜に。もちろん、魔法使い殿が良いと言えばですが」

「はい、それでお願いします」


ラー・ウーの提案に、ビジスは頭を下げた。

確かに、すぐには情報が手に入らないが、これなら確実に手に入る。

しかも、どこにも波風を立てずに。


ビジスは、決して例の魔法使いと争いたいわけではない。

むしろ、色々と話を聞いてみたいと、興味をもったのだ。

魔法使いでありながら、あれほどの剣技……どうやって身に付けたのかは興味を惹かれる。



だが、ボアゴーで、その会合が開かれることはなかった……。


ラー・ウー船長は、あれだけ船長全員が強く要望すれば、涼たちは船に残してもらえると思ったのでしょうね。

ふふふふふ……。

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