0531 水くみ
「ダーウェイ側の護衛八十人が離脱し、代わりに冒険者を募集したそうです」
「冒険者?」
ミーファの説明に、シオ・フェン公主は一度首を傾げた。
だが、すぐに頷く。
「普通なら先ほどの街、ランダの代官辺りに兵を出してもらうのでしょうけど。その兵の中に、あらかじめ破壊工作を行う人が混じっている可能性が高いと判断したのね。それで冒険者というのは……慎重なのか大胆なのか」
シオ・フェン公主はそう言うと、うっすら笑った。
ミーファも同意して小さく頷いてから言う。
「それで、スヌス次官は、配置転換を願われていたようです。新たに雇用された冒険者の方々は、九番船と十番船に乗っているそうです」
「冒険者と言えば、アベル先生とリョウ様は、後からついてきていた商船に乗られていたのでしょう? ランダの街で降りられたの?」
「そうみたいです。スー・クー号から降りた後、船員たちと銀行の方に歩いて行くのがみえました」
「そう。どうせ冒険者を雇うのであれば、お二方が良かったわね」
シオ・フェン公主が笑いながら言い、ミーファも苦笑した。
件の二人が、同じ船団にいることは、まだ知らない……。
涼とアベルは、第一甲板の隅で、涼製の氷の椅子に座っている。
アベルは氷の机の上に本を広げて読み、涼は何か氷の板に氷のペンで書いている。
最初は、アベルも集中して本を読んでいたのだが、涼が何を書いているのかが少し気になりだし……ついに声をかけた。
「リョウ、何を書いているんだ?」
涼は、すぐに体で氷の板を隠す。
「なぜ隠す……」
「べ、別に隠してなんかいませんよ」
「いや、隠しただろう」
涼はアベルと視線を合わせないまま、何かの間違いだと指摘する。
もちろん、一ミリも説得力がない。
「別に、ちょっと気になっただけなんだが」
「アベルとは、秘密保持契約を結んでいないので見せられません」
「何だ、その契約は」
「アベルから情報が流出したら困るので……」
涼が疑いの目でアベルを見る。
もちろん、アベルが過去に、情報を流出させたという事実はない。
涼の勝手な、いつもの思い込みだ。
「まあ、ちょっと気になっただけだ。悪かったな、作業を続けてくれ」
「これは作業ではなく、研究論文を書いているのです」
「研究?」
「はい。もうすぐ書き上がりますので、書き上がったらアベルにも教えてあげますよ」
涼が、ニヤリと笑って言う。
「何だろう……ろくでもない気が……」
「失敬な! これは、世界の理を変える……かもしれない……可能性がある……気がしないでもない、とても画期的な仮説を含む論文です」
「すでに、今の内容で、あれな気が……」
「大丈夫です。アベルの生態記録研究とか、そういうのではありませんから」
「うん、それは全く想定していなかった」
少なくとも、船上で、二人ともそんな事を話すだけの余裕がある。
「荷物運びも依頼内容に入っているということでしたけど、やっぱり船の上だと、作業には余裕がありますね」
「荷物運びって、港についてから、食べ物とかを船に運ぶんだろ。そりゃあ、船の上では暇だわな」
ちなみに、二人がいるこの場所は、涼が船員らと交渉して確保したスペースなのだ。
どの船も、四十人ほどの船員たちが船を動かしている。
そんな、行き交う船員たちが、涼に片手をあげて挨拶していく。
「リョウって、ホント人たらしだよな」
「そんなことはないですよ。人付き合いは苦手です。うお座のO型なので、優しく見えるだけに違いありません」
「ウオザ……? まあよく分からんが、船員たちが嬉しそうだぞ」
「そう、あれは賄賂のおかげです」
「賄賂? 金でも渡したのか?」
「いいえ、もっといいものを」
涼はそう言うと、再びニヤリと笑った。
悪ぶっている、とてもわざとらしいニヤリだ。
「制限なしの、甲板シャワー権です」
「それはつまり、好きなだけ、降ってくる水を浴びれる権利か」
「そうです。船では、真水は貴重ですからね。湯船はもちろん、布で体を拭くのすら制限付きです。でも、僕ならいくらでも水を降らせられますよ、皆さんまとめてシャワー浴びられますよと言って、やってみせたのです。そしたら、人気者になりました」
「見事だな」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
アベルの称賛に、恭しく頭を下げてみせる涼。
いちおうこの二人、国王陛下と公爵閣下なのだ。
「船倉はもちろん、第二甲板とかも広くはないですからね。一番いい場所を確保しないと」
「そうだな。空の開けた甲板で過ごせるのは素晴らしいな」
涼もアベルも、昼間、第一甲板で過ごせるのは非常に満足していた。
この十番船には、船を動かすための船員四十人、護衛として雇われた冒険者四十人の、合計八十人が乗っている。
かなり大きめな船ではあるものの、船倉には公主の輿入れ道具や、ボスンター国からの祝いの品なども積んでいるため、船員や冒険者たちに、それほど広い住空間が与えられているわけではない。
それでも、第一甲板……船によっては露天甲板や上甲板と呼ばれる、太陽の光が降り注ぐ一番上の甲板には、そんな品は置いていない。
もちろん、マストや船が動くための道具が置いてあるため、冒険者四十人が休むスペースは……無いわけではないが、いると、船員たちから邪魔そうな目で見られる……。
そのため、寝床……というよりハンモック的な布、のある第二甲板や船倉で、賭け事をして時間を潰している冒険者が多かった。
「あ、リョウさん、ちょっといいかな」
「船長さん、どうされました?」
涼が書き物、アベルが本を読んでいると、第十船船長ラー・ウーが話しかけてきた。
「リョウさんは、いくらでも水を出せる、とおっしゃっていましたけど、『いくらでも』というのは、本当にいくらでも?」
「えっと……多分、その『いくらでも』です」
「例えば、十隻全部の真水分も?」
「正確な量は分かりませんけど、多分大丈夫ですよ」
ラー・ウー船長の問いに、涼は笑顔で答える。
こういう時は、自信ありげに答えておいた方が、相手は高く評価してくれるはずなのだ。
「おぉ! 実は、寄港の度に真水の入った樽を船に運び入れるんですが、むしろ船に乗せたままの樽に、リョウさんが入れて回る方が早いのではと。そうすれば、荷物運びの方にもっと人を回せるので、全員の負担も減るのではないかと船長会議で提案しようと思いまして……」
「なるほど! いい考えだと思います」
だが、そこまで言って、涼はあることに思い至った。
「あ、すいません船長さん、提案自体は全然いいのですけど、僕の名前を出すのは避けてもらえませんか?」
「え? 何か問題でも?」
「いえ、他の船に知り合いが乗っているんですけど、なんというか知られると気恥ずかしいというか……」
「あ~、では、『うちの船の水属性魔法使い』って感じで提案しますね。水を入れてもらうのも、ほとんどの者が上陸している時になるので、その知り合いさんとかには、会わないと思いますよ」
涼の変わった提案に、ちょっとだけ首を傾げたが、すぐに折衷案を出すラー・ウー船長。
優秀である。
さすが、三十歳で公船の船長に任命されるだけのことはあるのだ。
「ありがとうございます!」
涼は笑顔で答えた。
みんなが幸せになる提案。それこそが、最も素晴らしい提案である。
船団は、次の寄港地イーリャンに到着した。
ここにも、一泊二日の予定で寄港する。
第一船と第二船に乗る、シオ・フェン公主と侍女や護衛隊は早速上陸して、歓迎会など予定をこなしていった。
他の船の文官たちも上陸して仕事をこなし、ダーウェイ側の護衛兵や冒険者たちは、船員らと協力して荷物の積み込みを行う。
ただ涼だけは、第十船船長ラー・ウーと一緒に、各船に水の補充に回っていた。
「それにしても、リョウさんの水属性魔法は凄いですね」
「いやあ、それほどでも」
ラー・ウー船長が称賛し、涼が照れる。
「ほとんど一瞬で、樽が水で満たされるじゃないですか。これなら、第一船のやつも、全部リョウさんにお願いした方がいいですね」
「はい?」
ラー・ウー船長が小さく頷きながら言い、涼はよく分からないために首を傾げる。
「実は、第一船には、お風呂があるんですよ」
「お風呂! 船に……ああ、公主様が入るためですね」
「ええ。ほら、公主様と侍女の方々は、上陸してすぐに街の有力者と会談だの、歓迎会だのに出なきゃいけないでしょう? 上陸して湯あみをして……という余裕すらないですから、船から降りる段階で完璧に準備を整えて降りるのですよ」
「なるほど。偉い立場になると、いろいろ大変ですね」
「まったくです」
涼が小さく首を振り、ラー・ウー船長が苦笑する。
実務さえこなしておけばいい……立場が上がると、そうはいかなくなる。
実務以外の部分で、価値を測られてしまうのだ。
しかも、一方的に。
弁明の機会など当然なく。
何千年も昔から、世界中で、人はそんな営みを送ってきた。
そう簡単には変わらない……。
第一船は、他の船に比べて大きかった。
「他の船より、大きいですよね」
「ええ、大きいです。三割増しだったはずです。できるだけ、主賓と供周りの方に快適に過ごしてもらうためですね。他の船には積んでいる婚礼の品々も、この第一船には積んでおりません。その分、居住区を広く取ってあるんです」
「なるほど」
ラー・ウー船長の説明に、涼は大きく頷いた。
基本的に、船は大きい方が揺れは小さい。
今回の輿入れは、沿岸付近を北上するとはいえ、海の上である以上、どうしても船は揺れる。
外海ほどではなくとも、揺れる。
揺れれば酔いやすくなる。
他の船も、できるだけ揺れが小さくなるような設計らしいが、第一船は特に揺れないようだ。
「他の船も、これくらい揺れないといいのでしょうけど、全船やるのは莫大なお金がかかるらしいです」
ラー・ウー船長は笑いながら説明した。
船員たちは揺れには慣れているのだろうが、公船は海に慣れていない人、それも偉い人たちを乗せることが多い。
彼らが、揺れのせいで気分が悪くなるのを何度も見てきているのだろう。
乗り物酔いは、気合でどうにかなるものではない……。
ラー・ウー船長は、第一船の船倉に案内する。
そこには、木で作られた二メートル四方の浴槽があった。
「これは、立派ですね。船の中に、こんな立派な浴槽があるなんて」
「でしょう? 水が入ると結構な重量になるために、船倉に設置されているので景色は楽しめませんが、船で入浴できるのはいいですよね。周りが海に囲まれて、溢れるほどの水があるのにそれが全て塩水というのは、なんとも皮肉です」
ラー・ウー船長は笑いながら言う。
涼は、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「これ、水を入れてくれということでしたけど……公主様とか、水風呂で入るわけではないですよね?」
「ああ、はい、違います。その壁の向こう側に、水をお湯に沸かすための錬金道具が設置されているんです。その辺りも、お金がかかっているんですよ」
「なるほど……」
錬金術がこんな所にも活かされていることを知って、涼はちょっとだけ嬉しくなったのであった。
最後に、二人は第一甲板に置いてある真水樽の所に着いた。
「お? ラー・ウーか。ああ、例の水属性魔法使いの冒険者さんですな」
そう声をかけてきたのは、逞しい体格でありながら、どこか上品さも感じさせる四十代後半の男性である。
「紹介します。こちらが、船長会議でお話しした冒険者のリョウさんです。リョウさん、こちらが、この第一船のミュン船長です」
「涼です。よろしくお願いします」
涼が丁寧に頭を下げた。
「ほぉ~、リョウ殿の礼は綺麗ですな」
ミュン船長は感心したように言う。
「いえ、それほどでも」
いつものように照れる涼。
たとえそれが社交辞令であったとしても、褒められれば嬉しいものだ。
「あ、そうだった、ラー・ウー、すまんがちょっと意見を聞かせて欲しいことがある。すぐに済むから、ちょっと船長室に来てくれるか」
「了解です。リョウさん、その真水樽に水を溜めたら、ちょっと待っててもらえますか。お昼ご飯は、冒険者たちは港のお店が準備されているのでそっちに行くのですが……リョウさんもそこにお連れしますので」
「分かりました」
そして、ラー・ウー船長とミュン船長は、その場を離れた。
涼は予定通り、十個の真水樽を水で満たす。
とはいえ、十秒足らずで完了。
すぐに暇になってしまった。
第一甲板には、他には誰もいない。
先ほど、船倉の浴槽に水を入れていた時は、荷物の積み込みで結構な声や音が聞こえてきていたのだが、全て積み込み終わったのか、あるいはたまたまなのか、誰もいなかった。
そこに、港の桟橋から人が上がってきた。
その人物は、白いマントに、白い鎧を着けた女性で、一目で公主護衛の一人であることが分かる。
「おい! 貴様、何をしている!」
「え?」
白い護衛が誰何し、涼はびっくりして返答が滞った。
白い護衛の頭に、何かが思い出されたのだろう。
ハッと気づいた表情になる。
「まさか、毒を入れに……」
最初の寄港地ランダで、ダーウェイ側護衛八十人が離脱したことが、頭をよぎったのだ。
目の前のローブの男が、少なくともこの第一船の船員でも、護衛隊の人間でもないのは分かる。
つまり、この場にいるはずのない人物。
それは、不審人物である。
白い護衛……ビジス公主護衛隊長の決断は早かった。
そして、行動も速かった。
一気に踏み込み、そのまま抜剣一閃。
カキンッ。
だが、その一撃は弾かれた。
首への、息の根をとめるための一撃ではなく、腹を斬り裂いて重傷を負わせて逃がさないための一撃ではあったものの、速度はいつも通りだ。
最速の一撃。
生きてさえいれば、治癒師に治してもらえばいい……そんな計算の下に放たれた一撃。
だが、目の前のローブ男は、それを剣で受けた。
見るからに魔法使いであるのだが、なんという動き……。
いや、魔法使いが、剣で受けた?
ビジス隊長は、自分の剣を受けた魔法使いの剣を見る。
「青い剣? なんだそれは……」
初めて見る……聞いたこともない……青い剣。
「あの、すいません……」
青い剣を握ったローブ男が何か話そうとしている。
初めて声を聞いたが、あまり怖そうではない……。
「僕は、その樽に水を溜めるように言われて、溜めていただけです」
「水を溜める? まさか、それに毒を……」
「いやいや、僕はただの人畜無害な水属性の魔法使いです。あ、そうそう、ここのミュン船長に確認してください。さっき、船長室に行かれましたから」
「貴様が言っていることが事実だとしても、この場を離れて船長室に確認には行けん」
「確かに……そう、困りましたね」
二人の剣は、ぶつかりあったままだ。
「じゃあ、こうしましょう。うちの船長とミュン船長は、もうすぐ戻ってくるはずなので、それまでこのままで待ちましょう」
「何?」
変わった提案である事をビジス隊長は認識したが、ある意味、合理的である事も理解した。
止まったままなら、どちらも怪我はしない。
だが、剣を振り合えば、自分が死ぬ可能性も出てくる。
目の前のローブ男が、見た目とは裏腹に、剣の腕も尋常ならざる者である事は、理解していた。
「いいだろう。私は、公主護衛隊長ビジスと言う。貴様の名前は?」
「な、名前は……ちょっと……」
涼は、名乗るのを躊躇した。
公主護衛隊長ということは、シオ・フェン公主の最も近くで護衛する者たちの隊長だ。
そんな人物に名前を伝えれば……絶対、自分とアベルが船団にいることをシオ・フェン公主や侍女であるミーファに知られる。
それは、気恥ずかしい。
「なぜ名乗れぬ! やはり怪しい奴!」
「いえいえ、そうではなくて、ちょっと恥ずかしい……」
「は?」
涼の気持ちは、ビジス隊長には分かってもらえなさそうだ。
実はビジス隊長としても、どうすべきか悩んでいた。
少なくとも、このローブ男は、第一船のミュン船長の名前を知っている。
しかも、剣を打ち合ったままの状態を保って、戻ってくるのを待ちましょう、などという普通だったら絶対にしない提案をしてくる。
変だ。
とても変だ。
確かに、いきなり打ち込んだ自分も、ここまでくると変な気がするが……。
最初は、傷を負わせて捕まえればいいと考えていた。
死にさえしなければ、治癒師がなんとかしてくれる。
だが、想像以上に、このローブ男の剣の腕は立つ。
一合打ち合っただけだが分かる。
剣の扱い、体の動き、そして余裕。
嫌でも、強さを感じさせられる。
水を溜めていた、水属性の魔法使いだと言ったが、魔法使いでこれほどの剣の腕など、ちょっと信じられない。
信じられないのだが……水属性の魔法使いであるというのは、なぜかしっくりくる。
いろいろ考えるうちに、ビジス隊長は思い切った手を打てなくなっていた。
目の前のローブ男は、ミュン船長が戻ってくると言った。
もし、それが本当なら、このままの状態を維持すればいいと思う。
だが、それが嘘なら?
ビジス隊長は小さく首を振る。
たとえ嘘だとしても、打てる手がない事を認識したのだ。
それほど経たずに……。
「お待たせしました。ちょっと手間取りまし……」
船長室から戻ってきたラー・ウー船長が、驚きで言葉を紡げなくなった。
その後ろからついてきていた、この第一船のミュン船長も目を見開いて驚いたが、すぐに我に返った。
「ビジス隊長、何があったのですか!」
ミュン船長は、ビジス隊長の事は知っている。
まだ一緒に航海して二日程度だが、真面目で職務に忠実であると。
そのため、彼女が何の理由もなく、先ほど紹介された水属性魔法使いに剣を浴びせているとは思わなかった。
「ミュン船長、この人物の事を知っているか?」
「はい。先ほど、このラー・ウー、彼は第十船の船長ですが、彼から紹介されました。無尽蔵に水を生成できるということで、全ての船に真水を補給してもらっているのですが……」
ミュン船長が言った瞬間、ビジス隊長は剣を引き、思いっきり頭を下げた。
「申し訳なかった!」
そのあまりの変わりように、涼はもちろん、二人の船長も驚いている。
頭を下げて、数秒経つが、ずっと下げたまま。
この場合、涼が口を開かねば事態が進まない……。
「ああ、え~っと、誤解が解けて良かったです」
涼はそう言うと、にっこり笑った。
実際、怪我をしたわけでもなく、誰かが傷ついたわけでもないため、責任を追求する気はない。
「隊長さんも、職務を遂行しただけでしょうから、気にしないでください。自分が守るべき人の船に、見知らぬ人物がいれば誰何するのは当然です」
「だが、私は剣まで……」
「そう、それは確かにやり過ぎな気もしますから……次からは、誰何だけに、あるいは剣も寸止めとかにする方がいいと思います。確かに、殺すための剣の軌道ではなかったので、あくまで怪我をさせての足止めが狙いだったのでしょうけど、斬られたらやっぱり痛いですからね」
「……肝に銘じる」
ビジス隊長はそう言うと、もう一度、深々と頭を下げた。
「ミュン船長、水は入れ終わりました。ラー・ウー船長、上陸しましょう。お昼ご飯のお店に連れて行ってくれるのでしょう?」
涼の言葉で、問題は終息した。
ラー・ウー船長に連れられて歩いていく涼を、ビジス隊長は甲板から見つめて呟いた。
「なんたる失態……。公主様に……どう報告すればいいのか……」
深いため息をつき、ビジス隊長は小さく首を振るのだった。
うん、いきなり剣で斬りつけたりしたらいけませんね。
いくら、何度も襲撃された公主様の護衛であっても。




