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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
572/931

0530 集められた事情

時間は数時間さかのぼる。


「これで、ダーウェイ侵攻(しんこう)の準備は、全て整いました!」

「なんだよ侵攻って……」

涼の宣言に、小さく首を振るアベル。


表現に、納得いかない部分があるらしい。


「多くの困難を乗り越えて、我々はダーウェイの奥深くに突き進まねばなりません。これを侵攻と言わずして何と言うのですか!」

「普通に、進むとか行くとかでいいだろう?」

「分かっていませんね、アベル。この表現が、もののあはれなのです」

「出たな、もののあはれ」



二人は、乗ってきたスー・クー号船員さんたちの手伝いの下、信用状を書き換え、銀行カードを作成し、なんと冒険者互助会にまで登録する事ができたのだ。


「一番下は免れたが、八級からとはな。俺、これでも中央諸国ではA級まで上がったんだぞ?」

「仕方ないでしょう。中央諸国とは連携していないんですから。八級ということは、あの子たち、ほら『虎の牙』でしたっけ? あの子たちと同じですよ」

「言われてみればそうだな……。まあ、登録していても損はしないってことだから登録したが……八級冒険者ねぇ……」

「下から上がっていく楽しみがあるじゃないですか」


納得いかないアベルに比べて、嬉しそうな涼。


中央諸国の冒険者時代、多くの依頼をこなし、命の危険にさらされながらA級まで上がった記憶のあるアベルからすれば、不満があるのは仕方ないのかもしれない。



「船員さんたちには、お昼ご飯まで(おご)ってもらっちゃいましたし、懐も軽くなりましたからね」

「うん、今の言葉は、前後の繋がりだけ考えるとおかしいよな」


二人とも、ある程度は、手持ちでお金を持っているが、多くを銀行に預けた。

錬金術を使用したらしい銀行カードを使って、ダーウェイ国内どこからでもお金が降ろせるのだから、重いお金を持ち歩く必要はない。


せいぜい、重いのは、二人の数冊の本くらいだ。


「『そんなアベルは、腹ペコ剣士』も、ちゃんと読んでくださいね!」

「……時間があったらな」




「やはり、だいぶ服が違うな」

「服?」

アベルが、行き交う人たちの服を見ながら言う。


「中央諸国はもちろん、多島海地域や大陸南部も、ボタンで服の前を留めていたり、頭からかぶったやつなんかだった気がするんだが……」

「ああ、なるほど」

アベルが具体的に言って、涼はようやく得心がいった。


涼が気付かなかったのは、ある意味、見知った服装だったからかもしれない。

もちろん、この『ファイ』ではなく、地球にいた頃に。


体の前で左右から衣を重ね合わせ、ボタンを使わず、帯で締める。

上衣の長さは膝付近まである者もいる。

下衣もスカート状に広がるものもあれば、ズボンを穿いている者もいる……。


やはり、衣を重ねる部分が特徴的と言えるだろう。

御史台のボッシュからもらった資料に名前があったはずだ……。


「東服、と呼んでるらしいですよ。アベルは体格がいいですからね。多分、東服も上手に着こなせると思いますよ」

「そ、そうか?」

照れたのか、アベルの顔が少し赤くなっている。


やっぱりアベルは、褒められ慣れていないらしい。




そんな話をしながら、二人は冒険者互助会館に戻ってきた。


今日は、依頼を受ける気はないが、明日以降を考えて、どんな依頼があるかを確認しておこうと。

それに、今夜の宿泊場所なども斡旋(あっせん)してくれないかなと思って……。


だが、冒険者互助会館の中は、残っていた冒険者たちが一カ所に集まっていた。


お昼過ぎという時間帯、中央諸国だろうが東方諸国だろうが、冒険者が、建物内に残っていたとしても、人数などたかがしれている。



そんな、十数人程度の冒険者全員が、一カ所に集まっているとなれば、二人も興味がわく。



二人とも、新人である認識があるため、先輩冒険者たちの外から、こっそり覗き込んだ。


机があり、互助会館受付係のお兄さんが二人、椅子に座って説明をしている。


その横にある紙に、大きく書いてあった。

『帝都までの護衛依頼 募集』



「募集は本日だけです」

「明日の朝、出発します」

「船での護衛です」

「仕事内容には、荷物の運搬作業も含まれます」

「食事付き、一日当たり金貨一枚、つまり一万デンです」

「商船ではなく、公船です」


二人の、受付係のお兄さんたちがいろいろ説明した。


それを聞いて、集まった冒険者たちも質問をしている。


「食事付きで一日一万デンはいいけどよ、いつまでかかるかとか分かんねえんだろ?」

「帰って来られるのがいつになるか分からんと、とってる部屋やら家が、なあ……」

「船の護衛なら、山賊には襲われないね」

「そもそも、公船の護衛依頼を冒険者に出すとか、初めて聞いたぞ?」



この護衛依頼は、先輩冒険者たちの受けがあまりよくないらしい。



「終わりの見えない依頼ですからね」

「何だそれは……。帝都までの護衛だろ? 帝都に着けば終わりだろう?」

「お仕事で最も大切なのは、相手に、きちんとした見通しを持たせることです。この場合の相手というのは、依頼主であったり、お仕事を一緒にする仲間であったり、部下や募集した人員たちです。お仕事を回すのがへたっぴな上司さんは、たいてい、部下たちにこの見通しを持たせることに失敗しているのです。アベルも気をつけるがいいです!」

「あ、はい……」


なぜか注意されたアベルは、とりあえず涼の言葉を受け入れてみた。

正直、よく理解できていないが。


「最終的にいつ終了する。そこまでの道筋として、どの段階がいつまで、次の段階がいついつまで……。それに合わせて、周りが動いたり、自分自身のプライベートなスケジュールなども、頭の中で弾き出したりするのです。部下たちの頭の中に見通しを持たせてこそ、彼らはストレス無く仕事に邁進(まいしん)できます。アベルも頑張ってください」

「あ、うん……」


よく分かっていないが、アベルは頷いた。



十数人の先輩たちの内、依頼を受けたのは八人であった。


「まあ、あの依頼を受けられれば、帝都まで行けるんでしょうけどね」

「八級では無理だろ?」

「ですよね~」


アベルも涼も、現実主義者なのだ。


下から二番目の八級、しかも今日、冒険者に登録したばかりでは、護衛依頼など受けられない。

それくらいは分かる。


とりあえず、普通の窓口に行き、お勧めの宿を教えてもらった。

今夜、泊まる場所は確保しておかないと……。


そして、二人は、互助会お勧めの宿を四軒教えてもらい、互助会館を出るのであった。




「まさか、四軒とも泊まれないとは……」

「公主輿入れ関連……。そりゃあ内陸部から、有力者が公主お披露目にかこつけて、この沿岸部に来ることもあるわな」

「それにしても、四つ全部ですよ? 有力者たちが借り上げって……何人の随行員がついてきているんですか」

「知らん」


涼もアベルも、愚痴を言いながら互助会館に引き返した。


先ほど、互助会館を出てから二時間近く経っている。

だが……。


護衛依頼の名簿は、八人で止まったままであった。

受付の二人のお兄さんも、渋い表情で会話している。

「これはまずい」

「今日中に八十人とか、絶対無理……」

そんな悲愴(ひそう)な会話が聞こえてくる。


「アベル……」

「ああ、可哀そうだな」

「いや、そうじゃなくて。僕らでも、滑り込ませてくれたりするんじゃ?」

「うん? そうか。聞くだけ聞いてみるか」

「そうしましょう。聞くだけなら無料です」


そんな会話を交わして、涼とアベルは交渉に臨んだ。

困難な交渉になるであろうことは、想像に難くない。

だが成功すれば、帝都まで簡単に行けるのだ。

チャレンジするべき!

失敗しても、何も失うものは無い!



「あの、すいません。僕ら、八級なんですけど、その護衛依頼って申し込めないですよ……」

「問題ありません! 級の制限はありませんから! ぜひ!」

涼の問いかけに、受付のお兄さんは食い気味に答えた。


もちろん受付の二人も、八級冒険者では、実際の護衛としてはあまり役に立たないというのは理解している。

だが、今回の護衛依頼に級制限がついていないのも事実だ。


そして何よりも、申し込み人数が少なすぎる!

いくら、冒険者の少ない時間帯とはいえ……二時間で八人では、目標の八十人など夢のまた夢。

今回の冒険者集めは、互助会会長から最優先かつ最重要案件と言われて、二人に割り振られた仕事だ。

それは別の言葉で言うと、「失敗したら、二人ともクビ」である。


そもそも、会長自身にも、礼部の次官から持ち込まれた案件らしい。

それは、失敗すれば、会長も責任を取らされるということでもある。



何が何でも、八十人集めなければならない!



「俺ら、今日登録したばかりだが、それでも問題な……」

「大丈夫です! 何の問題もありません!」

アベルの確認にも、食い気味に答えるもう一人の受付のお兄さん。


そこで、涼とアベルは一度顔を見合わせてから頷いた。


「じゃあ、僕ら二人、その護衛依頼に申し込みます」

「ああ、ありがとうございます!」

受付のお兄さん二人は、泣きださんばかりの表情になって、頭を下げた……。




「そんなわけで、帝都までの移動手段を確保してしまいました」

「ああ、まあ、いいんじゃないか? 大丈夫かと、こちらからわざわざ確認したうえで、あっちが大丈夫だと言ったわけだし」

「こうやって、技術練度の低い職人が紛れ込んで、低品質の製品が市場に出回ってしまうのです。経営者は気を付けなければいけません!」

「練度の低い職人も仕事が欲しいからな……」


誰かが一方的に悪いわけではないのだ。

それぞれに、譲れない事情を抱えているだけだ。


そう、仕方ないのだ!



「でも、どんな船かとか、詳しい内容は夕食前の説明会で、雇用者側が行うって言ってましたけど……奴隷船に、奴隷として載せられるとかだったらどうします?」

「なんだよ奴隷船って……。互助会で募集していたんだから、さすがに大丈夫だろ? ん? そういえば、東方諸国は、奴隷がいるんだったか?」

「御史台のボッフォさんから貰った資料によると、犯罪奴隷がいるらしいですよ。気をつけてくださいね、アベル。いつもみたいに犯罪ばっかりやっていると、捕まって奴隷にされちゃいますから」

「人を犯罪常習者みたいに言うな! それにしても、御史台のボッフォ、なんかすげえな」

「ええ、ボッフォさんは優しい上に優秀みたいです。素晴らしいですよね」


涼が嬉しそうに頷いている。


涼は、自分が関わった人が褒められると、嬉しがるのだ。

とてもお人好しなのかもしれない。



いくつか、船旅に必要そうな道具を補充して、涼とアベルが夕食会場に到着したのは、説明が始まる五分前であった。

「良かったですね、間に合って」

「結構多いな。もしかして、八十人、ちゃんと集めたんじゃないか?」


アベルが言う通り、会場はいっぱいになっていた。

二人とも、会場に入る前にチェックを受けたため、今さら除外されることはないようだが……。


「僕らを入れて十人しかいなかった状況から、三時間くらいで七十人増やしたんですかね。受付のお兄さんたち、やり手ですね」

「あ~、あの隅の方の机で倒れている二人が、そうじゃないか?」

「確かに。疲労(ひろう)困憊(こんぱい)の極ってのは、ああいう状態に違いありません」


アベルが机の上に突っ伏している二人を見つけ、涼も同意した。


「冒険者がいそうな居酒屋などにも顔を出したのかもしれないな」

「なるほど。そういうのはありそうですね。努力が報われて良かったですね」

アベルも涼もそんな事を言っているが、事実はもっと壮絶であった。



二人は、街の外の森にまで出かけて、狩り中の冒険者たちにも声をかけて回ったのだ。


自分たちのクビがかかっていたために……。



涼とアベルが席に着いて五分後、説明が始まった。




説明会も終わり、夕食となる。

もちろん、雇用者側が全てお金を出しており、この食堂で好きなだけ食べていい。

今夜は、上階の宿泊施設に泊まることもできるため、お酒すらも許可が出ていた。


ただし、飲み過ぎて明日の朝、起きれなかった場合は、冒険者資格剝奪(はくだつ)となるという、厳しいお達しも出ている。


「国の意向で、冒険者資格を剝奪できるそうです。ダーウェイって怖いですね」

「まあ、中央諸国でも、冒険者ギルドと国は密接な関係にあるからな」

「言われてみればそうですね。お互い、ずぶずぶな関係です」

「何だよ、ずぶずぶな関係って……」


好きなものを取ってきて食べる、ビュッフェ形式なため、涼もアベルもかなり取ってきて食べながら話している。

肉体労働者である冒険者は、こういう『食べ放題』は大好きらしい。



「それにしても驚きました。この護衛依頼が、公主様の船団のやつだったなんて」

「詳しくは説明しなかったが、急遽(きゅうきょ)八十人も募集したってことは、突然問題が起きて、八十人が離脱したって事だろう? 首都ジョンジョンでもデザイとかによる襲撃事件があったが、シオ・フェン公主の輿入れは大変だな」

アベルはそう言うと、小さく首を振った。


輿入れ前から、大国の権謀に巻き込まれる不幸を慮ったのだ。


「この護衛を担当しているのは礼部で、中央省庁の直轄事業だから安心して欲しいとかも言っていましたけど……礼部って、輿入れの護衛もするんですね。祭祀(さいし)や外交を担当って書いてあって……ああ、外交でもありますか、なるほど」

「それは、例の『ボッフォさん情報』か?」

「ええ。ナイトレイ王国とかだと、外務省とか財務省みたいな感じですけど、ダーウェイは、六部といって、吏部、戸部、礼部、兵部、刑部、工部の六部が中央省庁らしいです。今回は、その中の礼部ですね」


涼が、『ボッフォさん情報』から、これから二人が(おもむ)くダーウェイの行政組織についてレクチャーする。


「やっぱり、中央諸国とは全然違うな」

「まあ、文化圏が違いますからね。世界中どこにでもある剣という武器ですら、文化圏が違うと形状が少し違いますもんね。両手か片手か、まっすぐか曲がっているかとか……」

「確かにな。組織であればなおさらか」


アベルが言うのを聞いて、ふと涼が首を傾げた。

それを見て、アベルが問う。


「どうした?」

「いえ、問題が一つあるなと」

「なんだ?」

「僕たち、ミーファを送り出しましたけど、また会うのって気恥ずかしいです」

「……」

「僕らの乗る船は最後尾の第十船だから、顔を合わせることはないんでしょうけどね」

「公主の船には近づかないようにしよう……」

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