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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0056 ある日のルンの街 補

「回収した魔石の数は三二一三三個か……ゴブリンのとはいえ、これはかなりな数だな。とてもルンの街だけで捌ききれる数じゃない」

ヒューはため息をついた。


アベルがゴブリンキングを倒した瞬間は、ガッツポーズまでしたヒューであったし、なんとか大海嘯を乗り切ったことについては素直に嬉しいと思っていた。


だが、ルンの街のギルドマスターとしての仕事は、まだ終わらない。

というよりも、これからが本番なのである。

誰にも代わってもらえない、という意味で。



国と辺境伯への報告。

さらに書類にしての提出。

定期的に起こる大海嘯に対して、国は対策費を積み立てているため、それを卸してもらう申請。

申請しても許可が下りるのは半年後になるため、それまでに冒険者たちへの報酬の立て替え。

矢を提供してくれた武器屋への補償。

犠牲になった者たちの遺族への見舞金。

今回参戦した者たちのギルド考査のプラス査定。

大海嘯で壊された設備、施設の復旧計画。

その資金の調達。

そして、ギルド職員たちへの一時金。

などなど……。



少し考えただけで次々に出てくる、誰にも代わってもらえない仕事……。



(それにしても……)

ヒューは、手元のゴブリンキングの魔石を見る。

握りこぶし半分ほどの、薄い緑色の魔石である。


(これでも、十分大きくて、相当に高い価値を持つ魔石だ。そう考えると、アベルたちが持ち込んだワイバーンの魔石はやはり、異常……というか、さすがワイバーンというべきか)

ワイバーンの魔石は、握りこぶし大で、濃い緑色であった。

長く生き、深い経験を積んでいたワイバーンたちだったのだろう。

『色が濃い』というのはそういうことである。


(今回のキングが、薄い色の魔石ということは、生まれてそれほど経っていないということだ。長らくダンジョンの奥で生きてきた魔物というわけではない、と)



大海嘯については、未だよくわかっていない。

分かっているのは、定期的に起こり、その時、増加する魔物の種類も一種類ということである。

「ああ、しまった……研究させろと学者たちが絶対やってくるよな……。大海嘯後一カ月はダンジョンは封鎖だ。その間に学者どもが来たらどうするか……」

ギルドマスターの苦悩は、まだ終わらない。




そんな悩めるギルドマスターのことなど誰も考えていない……ギルド食堂では宴会が開かれていた。

数年に一度の大海嘯を無事に乗り切ったのである。

しかも、記録されている中では最大規模の大海嘯をである。


これには、『アルコール絶対禁止』が明示されているギルド食堂も、今日だけは例外で酒が振る舞われていた。

今夜だけは、食べ物、飲み物全てギルド持ち……というか後で国の対策費の中から補填予定である。


どちらにしろ、今日の大海嘯に参加した冒険者も、様々な事情で参加できなかった冒険者も、あるいはそもそも大海嘯が起きていたことを知らなかった冒険者も、みんな参加の大宴会となっていた。



そんなところに、涼は図書館から帰ってきたのである。


元々は宿舎に直行しようとしたのだが、『アルコール絶対禁止』のはずのギルド食堂から、明らかに酔っ払いたちの声が聞こえてきたからだ。

こっそりと入り口から中を覗くと、案の定、大宴会の最中であった。


樽ごと買い込んできたらしく、好き勝手に酒樽から自分のジョッキに注いでいる。

そして厨房からは、次々と料理が運ばれていた。


そんな光景にあっけにとられていると、奥の方で涼に向かっておいでおいでをしている十号室の三人をみつけた。

涼は、大宴会の中央部を避け、隅の方を抜けて三人の元へ到達した。


「リョウ、おかえり」

お酒に弱いと以前言っていたエトは、半分眠りこけながら挨拶をする。


涼においでおいでをしていたアモンは、未成年ということでジュースを飲んでいるらしい。

「リョウさん、宴会間に合いましたね! 食べ放題、飲み放題らしいですよ! ギルド持ちで」

アモンは、嬉しそうに言うと、ビュッフェよろしく食べ物が並んだテーブルから、自分の皿に大量の食べ物を持って来ている様であった。

決して裕福ではない冒険者成りたての者にとっては、まさに天国であろう。


「リョウ、遅かったな。あそこの皿とジョッキを取って、好きなだけ飲み食いしていいそうだぞ」

ちょうど、自分の皿に山盛り載せて来たニルスが涼に説明した。


「これは……いったいなんの宴会なんですか?」

「ああ……やっぱ知らなかったのか。大海嘯だよ。今日、大海嘯が起きたんだ。ほら、初心者講習で習ったろ? 数年に一度起こる、あれ」

「なるほど……で、大海嘯を無事に乗り切ったから、大宴会と。まあ、まずは自分の分を取ってきますか」

「おお、取ってこい取ってこい。一週間分くらい食べておかないとな!」


そう言って、ニルスはひとしきり笑うと、猛烈な勢いで食べ始めた。

その横では、アモンも、地獄の餓鬼の食欲もかくやと言わんばかりに、十代の食欲を見せつけていた。




涼が、皿に山盛りの料理とジョッキにワインを注いで戻ってくると、ニルスもアモンもいちおう食べ終えていた。

もちろん「いちおう」であって、この後、再出撃するのであろうが。


「それにしてもアベルさん、凄かったんだぞ!」

ニルスは、大海嘯において、いかにアベルが大活躍だったかを説明した。

涼は食べながら耳を傾けた。


剣士でありながら、弓士顔負けの弓の腕前。

近接戦に移行した後は、全冒険者の先頭を切り拓く活躍。

そして最後はゴブリンキングをほぼ倒す大活躍。


「ほぼ?」


涼は食べながら小首をかしげるという器用なことをしている。

「ま、まあ、正確にはリンさんの魔法がとどめを刺したんだけど、でもアベルさんが剣を突き刺してキングの動きを止めていたからこそ、だからな。俺ごと撃ち抜け、って言った時はいろんな意味で鳥肌立ったわ」

その光景を思い出して、何度もにやけるニルス。

ちょっと不気味である。


男が男に惚れるというが、ニルスはちょっと惚れ過ぎな気もする。


「俺ごと撃ち抜け、って実際に撃ち抜いたら大変だったろうね。キングとか凄い硬そうだから、それを撃ち抜けるような風魔法でしょう?」

「ああ。なんか恐ろしく長い詠唱で、ほぼ戦場で使われることなどない、って聞いたぞ」

「あれは、風魔法の最上級魔法と言われる<バレットレイン>です」


バタン


それだけ言って、またエトは眠りについた。


「バレットレイン……弾丸の雨か……かっこいいね」

「数十もの不可視の刃が襲い掛かる魔法らしいぜ。ほんっと、アベルさんに当たらなくてよかったよな」

「あれは剣技でかわしたから当たらなかったんだぜ」

ニルスが驚いて振り返ると、そこにはジョッキ片手のアベルが立っていた。


今回は、人が多いうえに、食べることに夢中になっていて涼も気づかなかった。


「闘技じゃなくて、剣技?」

涼がアベルに尋ねる。

アベルは、涼との旅の途中でも一度剣技を放ったことがあるのだが、その時二人は離れていたために、涼は見ていないのである。


「ああ、剣技だ。闘技の上位、剣士専用の技だな。『剣技 絶影』。魔法を含めたあらゆる遠距離攻撃を回避する技だ」

「絶影……カッコいいネーミングですね!」

「リョウは、やっぱりそこかよ……」


その間、今まで以上に憧れの存在となってしまったアベルが突然やってきたので、ニルスは完全に固まったままである。

「ニルスが、アベルは凄かった凄かったって、もの凄く褒めてましたよ」

「よせやい、さすがに照れるわ。けど、ニルスたちだって、矢の補給で休む間もなく走り回ってくれてたんだ。そのおかげで最終的に勝てたんだからな。胸を張っていいんだぜ」


その言葉で、ようやく意識の戻ったニルスであったが、憧れの人に褒められたためにやはり固まってしまった。


「それにしても……リョウがいれば、もっと楽に勝てたんだぞ。いったいどこに行ってたんだ」

アベルが自分のジョッキの酒を飲みながら、涼に絡む。

「ええ、図書館に……」


さすがにちょっと申し訳なかったな、と涼も感じていた。

もちろん、涼には何の責任も無い。

だから、あの場に参加していない冒険者にも、なんらのペナルティも無いのである。

だが、ペナルティがないとしても、冒険者全員が駆り出されるような大ごとに参加しなかったというのは、心にひっかかってしまうのであった。

「ああ、図書館か……。じゃあしょうがないわな」

「アベルの大活躍の場を奪わなくてよかったです」

「ぬかせ!」

そういうとアベルは大声で笑った。



「ああ、アベル見つけた」

「ほらね、やっぱりリョウのところにいたでしょう?」

リンとリーヒャがアベルを探していたらしい。

「アベルはリョウの事が、大のお気に入りなのよね」

微妙に嫉妬が混ざっているような、ほんの少し危険な棘が含まれたリーヒャの言葉であった。


「いやお気に入りというわけではなくて……リョウがいればもっと楽だった、と文句を言っていたところだ」

そういうと、アベルはうんうんと、自分の発言に頷いた。


「まあいいわ。ギルドマスターから伝言よ。明日、辺境伯に報告に行くから、その時一緒に行ってくれ。お昼十二時の鐘までに、執務室に来るように、だそうよ」

「うげ……」

「大活躍したご褒美ですね」

最後の涼の皮肉に、一層顔をしかめるアベル。

「とどめを刺したの、俺じゃなくてリンなんだけど……」

「ああ、ダメよ、逃げようったって。そもそも私のバレットレインだって、アベルがキングのほぼ心臓に剣を刺してたから当たったようなものなんだから」

それを聞いて、顔をしかめるだけではなくて、さらに俯いてしまうアベルであった。



「そうだ、私、リョウに聞きたいことがあったのよ」

そういうと、リンは、アベルに向いてた身体を、勢いよく涼の方に向けた。

「うん?」

ようやく、大量に獲ってきた料理を食べ終えた涼は、ジョッキのワインを飲みながらリンに向き直った。


「アベルが言ってたんだけど、リョウって、アイスウォールを空中高いところに生成できるって本当?」

「ええ、出来ますよ。だいたい、四十メートルくらいの高さまでかな」

涼はその光景を思い浮かべながら答えた。

「ホントにできるんだ……」

「あれ、ものすごく難しくて、出来るようになるまでにかなり時間かかりましたけどね」


「いや、普通はできない……」

そう呟いたリンの言葉は、誰の耳にも届かなかった。


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