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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
564/930

0523 離宮防衛戦

「退くな! ここで退けば、一気に押し込まれるぞ!」

戦線を維持するために叫ぶのは、スー・クー第七護衛小隊のミラン隊長だ。


襲撃隊による第一波攻撃によって、離宮守備兵の隊長が倒された。

そのため、生き残った離宮守備兵と協力して、仮の指揮官として正門の防衛にあたっている。


あたっているが……。

(数が多すぎる)

辛うじて、言葉には出さない。


だが、圧倒的に劣勢であった。


一人ひとりの強さは、離宮守備兵や護衛小隊の方が強いが、いかんせん数が違い過ぎる。

複数の敵に囲まれて、倒されていく……。


ミラン隊長も、戦いながらの指揮。

すでに、体中に切り傷を負っていた。

だが、ポーションを飲んで回復する余裕もない。


「まだ、魔法や呪法が出てきていないからもっているが……」

純粋に、前衛同士の戦いだ。


魔法使いも呪法使いも、魔力という戦闘限界要素がある。


魔力が切れれば戦えなくなる。

そのため、ボスンター国では、一気に勝負を決するタイミングで投入されることが多い。

それまでは温存。


逆に言うと、それは、予備戦力がまだあるということでもある。

魔法使いや呪法使いを引きずり出さねば、本当の勝利とはならない。

だが、彼らが出てくれば、一気に戦線を食い破られる可能性もある。



集団戦というのは、いろいろと難しいのだ。



とはいえ、ここまで乱戦になれば、気にしなくていいものがある。

それは弓矢による遠距離攻撃。

もちろん、乱戦中でも魔法による遠距離攻撃は、目標に当たるのだが、先述した通り予備戦力として、魔法使いは出てこない。

つまり、遠距離攻撃で気にするべきは、弓矢による攻撃。

だが、乱戦の中では矢は放ちにくい……のだが……。


「うぐっ」


その時、ミラン隊長の左肩に、一本の矢が深々と突き刺さった。


「隊長!」

「来るな! 戦線を維持しろ!」


第七小隊の部下が、驚いて声をあげる。

だが、ミラン隊長は怒鳴り声をあげて、自分の元に来そうになるのを止める。


現状、どこもギリギリの数で戦っている。

一人でも自分の元に来れば、その一人が抜けた箇所から崩壊する可能性が出てくる。



ミラン隊長は、自分に矢を突き立てた人物をはっきりと認識した。

それは、正門に攻め寄せる襲撃隊の指揮官。

王都で、武に関わる者なら、その名は、一度は耳にしたことのある男。


「フェオ・シュー将軍……あなたほどの男まで、なぜ……」


もちろん頭では理解している。

フェオ・シュー将軍は、カン公の盟友であり、第一線を退いたとはいえ、現在でもカン公軍の相談役だ。


だが、元々は先代国王の下で、『国の盾』とも呼ばれた有能な将軍だった。

そんな男まで、こんな暴挙に加わっているとは。



ミラン隊長の顔が怒気(どき)(ゆが)む。


理解はしても、認められない。

たとえ、実績があり有能といわれる将軍であっても、こんな暴挙に加わっている時点で、敬意を払うに値しない。


「ふんっ」


右手に握った剣で、左肩に突き刺さったままの矢を切断する。

もちろん、(やじり)は肩に残ったままだ。

後で、抜きにくくなるが仕方ない。


突き刺さった長い矢は、剣を振るうのに邪魔すぎる。



左腕はほとんど使いものにならなくなった。

だが、関係ない。

絶対に、ここを突破されるわけにはいかない。

死んでも守り抜く。


ミラン隊長の決意と行動は、正門を守る第七護衛小隊はもちろん、離宮守備兵にも新たな決意をみなぎらせていった。



だが、その決意を潰す、更なる矢。



「うぐっ」



乱戦の中、的確に守備側の戦力を削いでいく強弓は……。


「フェオ・シュー将軍……」

ミラン隊長の口から、悔しさと共に再び漏れる名前。


ミラン隊長が、フェオ・シュー将軍の放つ矢を注意し始めたことに気付いたからであろう。

フェオ・シュー将軍は、別の者を狙い始めたのだ。


一射一倒。

殺されずとも、戦闘力を奪われる矢。


「これ以上は、まずい」

辺りを見回して、呟くミラン隊長。


わずか数分で、半数が戦線離脱を余儀なくされている。

さすがに、これ以上離脱すれば、戦線は崩壊し、正門は突破される。


攻め手側もそれを理解したのだろう。


「突撃ー!」

「おぉー!」


大攻勢が始まった。


「守り切れ! ここが正念場ぞ!」

ミラン隊長も叫ぶ。


第七護衛小隊も離宮守備兵も、決死の覚悟で剣を振るう。

囲まれないように、動き続け……だが、そのたびに傷も増え……。


「まずい!」


守備兵の最右翼が崩れたのが、ミラン隊長にも見えた。

左翼からも中央からも、誰も人は割けない。

ミランも戦っている。



(突破される!)

ミラン隊長が覚悟した瞬間。




鮮血が舞った。




次々と倒れていく襲撃隊。


駆け抜ける赤。

舞う血しぶき。



ミラン隊長にも、何かが駆け抜けていくのは、辛うじて分かったが、何なのかは分からない。


あっという間に、十人の襲撃隊が打ち倒される。

その時になって、ようやく、ミラン隊長にも見えた。


「アベル殿!」

「おう、待たせたな!」


そこには、赤く輝く魔剣を持った、ミーファの師匠アベルがいた。


叫び返しながら、アベルは斬り続けている。

ほとんどの敵と、一合も剣を合わせることなく、一振りで一人ずつ、戦闘能力を奪っていく。


「なんという剣。さすが、ミーファ様の師匠……」



ただ一人で、形勢を逆転する。


魔法使いなら、あり得なくはない。

だが、アベルは剣士だ。

ただ一人の剣士が、破綻寸前の防衛戦を救い、わずかな時間で、何十人もの敵を戦闘不能に追いやる。



だが、襲撃隊もそのまま指をくわえて見てはいなかった。



カキンッ。


実に久しぶりに、アベルの剣が、相手の剣と打ち合った。



「襲撃隊の指揮官か」

「公主の周りに、お前のような剣士がいるという話は、聞いたことがない」


アベルに打ちかかってきたのは、フェオ・シュー将軍。

老いたとはいえ、かつては『国の盾』と呼ばれた男だ。

有象無象(うぞうむぞう)の剣とは違う。


「たまたま、公主のお茶会に呼ばれて来てたのさ。ついてなかったな」

「名を何という」

「知っているか、襲撃者。相手に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが万国共通の礼儀らしいぞ」

軽口で返すアベル。


その言い草は、どこかの水属性の魔法使いに似てきている……。

以前の知り合いたちがいれば、そう言うに違いない。


「カン公軍相談役、フェオ・シュー」

「そうか。俺は、ナイトレイ王国のアベルだ」

「中央諸国のナイトレイ? 吟遊(ぎんゆう)詩人(しじん)が歌い歩く? 赤く輝く魔剣を持った国王の剣技は、一国に冠絶(かんぜつ)すると聞いたことがある。国王の名前は、アベル一世……」


フェオ・シュー将軍は、顔をしかめて呟く。


「それが俺だったらどうする? 降伏するか?」

「否! すでにその道は断たれた」

「ならば、剣士がやるべきことは一つだな」

「ああ、剣に問うのみ!」



一層の激しさを増して打ち合わされる剣。



髪も(ひげ)も真っ白のフェオ・シュー将軍は、初老というより老齢と言うべき年齢だ。

だが、その剣も眼光も未だ力強い。


アベルとの打ち合いも、決して力負けしていない。



(なるほど、強い。(よわい)七十に届こうかという歳だろうが、これだけの剣を振るえるとは……。純粋な剣士の剣ではない。指揮官か? 指揮官の剣というべきか……突っ込んで、相手を切り倒していく剣ではなく、指揮官たる自分が、絶対に倒されないようにするための剣。俺も国王なんだから、そうあるべきな気もするんだが)

最後は自嘲(じちょう)気味に、うっすら笑ってしまうアベル。


国王になってから、王国騎士団長ドンタンに何度も苦言を呈せられたことを思い出したのだ。

最高指揮官は絶対に倒されてはいけない。

そうである以上、先頭に立って敵陣に突撃するのはやめて欲しい……ドンタンが言うのはもっともだ。



(強い。強すぎる。わしの全盛期よりも遥かに……。吟遊詩人の歌など大げさだと思っていたが、確かにこの剣は、一国に冠絶する。本物のアベル王か? なぜ、東方諸国にいるのかは知らんが……いかんな。我が身を犠牲にしてでも止める必要がある……これほどの相手との相打ちであれば、悪くない。いや、むしろ光栄か……)

フェオ・シュー将軍も、自嘲気味に、うっすら笑った。



その、ほんのわずかな決意は、アベルも感じ取った。


何か仕掛けてくる。


だが、それはアベルにとっては願ったり。

大技を仕掛けてくるのだろう。

そうであれば、そこにカウンターを合わせるのは、アベルのような剣士にとっては、ほとんど本能のようなものだ。


実際、あまり時間をかけている余裕はない。



(来た!)

アベルが思った瞬間、フェオ・シュー将軍が一気に間合いを詰めて、勢いよく打ち下ろす。

しっかりと打ち下ろしを受け、鍔迫(つばぜ)り合いに移行した。


その瞬間。


襲撃隊から魔法が放たれた。


鍔迫り合いで、一塊(ひとかたまり)になっているアベルとフェオ・シュー将軍に向かって!


意図は明白。

フェオ・シュー将軍もろとも、アベルを魔法の餌食にする。


切札として、最初から企図されていたのだろう。

アベルですら気付かないほどの小さな合図を、フェオ・シュー将軍が送り、躊躇(ちゅうちょ)なく実行された作戦。


その瞬間、アベルは、フェオ・シュー将軍が目を閉じたのが見えた。

それは死の覚悟か。



「剣技:絶影(ぜつえい)



だが、アベルにやられる気はない。


発動したのは剣技:絶影。

全ての遠距離攻撃をかわす剣技。

実は、剣技の中でも、最上位クラスの技である。

その効果を考えれば、当然かもしれない。



十を超える攻撃魔法。

アベルはかわし、フェオ・シュー将軍の体は貫かれた。


崩れ落ちるフェオ・シュー将軍。

それを捨て置き、アベルは襲撃隊中央に突っ込む。



魔法を放ってきた者たちは、把握している。



制圧するのに、わずか一分。


全ての魔法使いと呪法使いは打ち倒された。


ほとんど同じタイミングで、ミラン隊長率いる第七護衛小隊と守備兵たちも、対峙していた襲撃隊を打ち倒した。



全ての状況を確認して、アベルは倒れたままのフェオ・シュー将軍の元に戻った。


「……殺せ」

口から血を吐きながら、弱々しい声でとどめを刺せというフェオ・シュー将軍。


「いいや、殺さない。後のことを考えて捕虜になってもらう」

はっきりと告げるアベル。


「生き恥を晒せと?」

「生きて責任を取れ。カン公とその周辺を止められなかった責任を」

呟くように言うフェオ・シュー将軍、内容は厳しいが口調は決して弾劾的ではないアベル。



「ミラン隊長!」

「はい、アベル殿!」

「このフェオ・シュー殿は捕虜にする。絶対に死なせるな」

「承知いたしました!」

アベルの言葉に、頷くミラン隊長。


すぐに、自らが持つポーションを飲ませ始める。


「俺は、すぐに公主の元に戻る。後を頼んだぞ!」

アベルはそう言うと、駆けだした。



今となっては確信がある。

別動隊が、公主を直撃すると。


そう考えれば、フェオ・シューが自らを犠牲にしてでもアベルを止めようとした事の説明がつく。


あの時点で、フェオ・シューが死ねば、襲撃隊は指揮官を失うのだ。

目の前に立ちはだかるアベルを排除したとしても、目的は離宮の奥にいるシオ・フェン公主の命。

そこに手が届いていない状態で、攻め手の指揮官が自らの命を賭けてまで、自爆をするわけがない。


だが、別動隊がおり、自分が死んでも別動隊が目的を達成するのであれば……。


だから、アベルは走った。

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