0522 それぞれの動き
二日後、カン公からスー・クー宛に、謝罪文が届いた。
「誤解があった、申し訳ないだと。誤解で供回りを死なせるなどあり得んわ」
「明日、来てほしいと書いてありますね」
スー・クーから渡された文を見て、ミーファは確認する。
「うむ。ちと行ってくる。ミーファも、確か明日はシオ・フェン公主の離宮に行くのであったな?」
「はい。前回、公主様もおっしゃっていましたので、アベル先生と一緒に伺います」
「そうだな、それなら安心だ。一個小隊くらい連れて行くといい。私も、大隊規模、全員完全武装で行く」
「……何があっても大丈夫なようにですか」
「ああ。その場で戦争になっても大丈夫なようにな」
ミーファが驚きながら言い、スー・クーは、完全に冗談とも言えない表情で言い切った。
実際、スー・クーの心の中では、武力衝突が起きる可能性も考えているのだ。
そして、そんな衝突が起きても勝てるだけの戦力を連れて行こうと。
王都でそんな武力を動かせば、後日、国王から叱責されるのは間違いないが……手を抜いて、死ぬよりはましだ。
翌日。
「よし、行くかミーファ」
「はい、師匠」
二人が屋敷の扉を出ると、そこには整列した部隊が揃っていた。
ソロン隊長の第一巡視隊を中心とした護衛二十人と、王都でスー・クーが動員できる最大戦力、二百人である。
「戦争にでも行くのか……」
「スー様は、戦争になってもいい戦力を整えるとおっしゃっていました……」
思わずアベルは呟き、ミーファは昨日の会話を思い出して答えた。
整列した部隊は、全員が完全武装。
本拠地であるミファソシの街であれば、この数十倍の戦力を動員できるのだろうが……。
それでもこの王都で、国王以外が動員できる戦力としてはかなり大きなものなのだ。
スー・クーの力の大きさが表れている。
アベルとミーファがその前を通ると、横から八人の護衛が出てきた。
「アベル様、ミーファ様の護衛を仰せつかりました。第七護衛小隊、隊長のミランです」
「俺とリョウの騎乗訓練、手伝ってくれたよな。今日もよろしく頼む」
ミラン隊長が挨拶し、アベルが応じた。
ミーファは、アベルの横で頭を下げた。
アベル、ミーファ、第七護衛小隊の合計十人は、全員騎乗して、シオ・フェン公主の離宮に向かった。
歩きでなく馬に乗っての移動の理由は、もしもの場合の撤退速度が、馬の場合は圧倒的に速いからだ。
屋敷に戻るにも、離宮に駆け込むにも、速い方がいいに決まっている。
「屋敷の馬小屋以外にも、スー・クー殿の馬がいるということか」
「はい。スー様は、王都郊外に牧場をお持ちです。もちろん、ミファソシにもありますが……。おそらく、王室を除けば、最も多くの馬を飼っていらっしゃるのではないかと」
「凄いな」
アベルは、素直に驚いた。
「そういえば、今日は、リョウさんは?」
「御史台に呼ばれていった」
「え? 何か面倒ごとに巻き込まれたのですか?」
ミーファは心配そうに問う。
御史台は、王都内での問題を取り締まったり、巡察を行ったりという、警察機構的な役割を多く担っている。
同時に、検察機構的な側面も持っているなど、普通の人はあまり近寄らない場所というイメージを持たれていた。
そのため、「御史台が来たぞ!」という声が上がると、悪い事をしている自覚のある者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていくらしい。
現代地球における、「警察だ!」に匹敵する言葉なのかもしれない。
「いや……先日の、御史台の聴取の際に、いくつか見たい資料の請求をしていたらしいんだが、その一つが見つかったそうだ……」
「え~っと……?」
「そうだよな、意味が分からんよな。俺も意味が分からん」
ミーファが首を傾げているのを見て、アベルも大きく頷いて同感である事を告げる。
「まあ、それがリョウだ。リョウだから仕方ない」
とはいえ、涼だから、という言葉一つで解決してしまうあたり、アベルとしてはもうある程度は慣れてしまった。
涼は、そういうものだと。
「ああ、よく来てくださいました。アベル先生ですね。私、フェン公主の地位を賜っております、シオと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「ミーファより伺っております、シオ・フェン公主。ナイトレイ王国のアベルです。よろしくお願いします」
シオ・フェン公主とアベルは挨拶を交わした。
そして、和やかに三人のお茶会は進んだ。
ある瞬間まで。
明らかに、この優美な離宮では聞こえる事のない、慌てた足音が響いた。
そして、守備兵らしき人物が飛び込んできて叫ぶ。
「大変です、公主様! 離宮が襲撃されました!」
「え……」
絶句するシオ・フェン公主。
ミーファも言葉が出ない。
アベルは、耳を澄ます。
かすかに、本当にかすかに剣戟の音が聞こえる。
門から、この公主の部屋まではかなりの距離がある。
まだ、門を破られていないのであれば、かすかな音であることは理解できる。
「襲撃者は誰ですか? 紋章はありますか?」
「紋章は、『山より昇る朝日』! カン公の手勢です」
「……そうですか」
守備兵の答えに、顔をしかめるシオ・フェン公主。
「シオ様、どうかお逃げください」
ミーファが提案する。
だが、それに対して首を振るシオ・フェン公主。
「無理よ、ミーファ」
「なぜですか」
「この離宮には、三本の地下通路があります。秘密の脱出路。でも、おそらく全て押さえられているでしょう。出口には、兵が伏せてあるはず」
シオ・フェン公主は、確信があるのだろう。
はっきりと、そう言い切った。
「なぜ、そう言い切れる?」
アベルが問う。
「この離宮は、先代国王陛下の時代、カン公が入っていらっしゃいました。当時の王弟でしたから。この離宮の構造は、地下通路も含めて、全て知っているはずです」
「その地下通路を通って、今回の襲撃者がやって来ることは?」
「それはないでしょう。私がここに入ることになった時に、地下通路の『錬金鍵』は、私の体で開くように変更されましたので」
シオ・フェン公主は答えた。
そんなことを話していると、新たな守備兵が飛び込んできて報告を始めた。
「正門、裏門とも襲撃されております! 裏門は、道も狭く大軍を展開しにくいですが、正門が破られるのは時間の問題です!」
「分かりました」
シオ・フェン公主はそう答えると、少しだけ考えて口を開いた。
「申し訳ありません、アベル先生、ミーファ。どうか、お手伝いいただけないでしょうか」
「もちろんだ。何でも言ってくれ」
アベルは力強く頷いた。
「正門にご加勢ください」
「承知した。ミーファは、ここで公主を守れ」
「え? 私も正門に……」
「ダメだ。公主を一人にするな」
アベルは、反論を許さない厳然たる口調で言う。
「ミーファは、公主を守るために剣を鍛えているのだろう? 今がその時だ」
「ですが……」
「俺が敵の指揮官なら、何らかの方法で一気に本陣を叩く。この場合、本陣はシオ・フェン公主自身だ」
「では……正門への攻撃は陽動だと?」
「ああ。もちろん、破れれば一気に趨勢が決するため、放置はできん。だから俺が向かう。だが、奴らの狙いは公主の命だろう。誰かが、ここで守らねばならない。それは誰だ?」
「……私です。私がシオ様の命をお守りします」
アベルの問いに、ミーファははっきりと言い切った。
その表情に迷いはない。
断固たる決意。
その意思が、みなぎっていた。
「そういうわけで公主、ミーファがお守りします」
「はい。ミーファ、お願いします」
「お任せください、シオ様。師匠、ご武運を!」
「ああ、行ってくる」
こうして、離宮防衛戦の幕が切って落とされた。
怒涛の展開!
様々な理由は、後の方で解説される書き方……に違いありません。