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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
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0521 騎乗訓練

スー・クーが去った後も、涼とアベルはしばらく群衆の中にとどまっていた。


立ち上がろうとしている襲撃者たちの足下に、リアルタイムで<アイスバーン>を発生させて足止めを続けるために。


性懲(しょうこ)りもなく立ち上がろうとし続けています」

「あ、うん……性懲りもなくという言葉は、彼らにはちょっと可哀そうだよな」

涼が小さく首を振りながら呟き、隣にいるアベルはその度に転倒し続ける襲撃者たちを、ちょっとだけ(あわ)れんだ。


「でも彼らは何の罪もない代官さんを、真っ昼間、天下の往来(おうらい)で襲った極悪人たちですよ? 自分たちの悪行を振り返って、深く反省するべきだと思うのです」

「そうだな。リョウが言っている内容はもっともだ」


涼の言った内容については、アベルとしても全くその通りだと思うので同意して頷いた。


「ただ……そういう命令を受けたんだろうけどな」

「命令されれば何でもするんですか? ダメですよ、そんなのは。主体性がなさすぎます。部下を使い捨ての道具みたいに扱う上司も、世の中にはいるのです。自分の身は自分で守らないと」

「まったくその通り、いちいちもっともだな」

涼は襲撃者たちの主体性の無さを嘆き、アベルは涼の主張を受け入れる。



襲撃者にも、主体性が求められる時代なのかもしれない。



「そういえばさっきの、魔法や投げナイフが凍りついたのって……」

「ええ、僕の<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>です。彼らの前方に、敷設(ふせつ)しておきました」

アベルの問いに、嬉しそうに答える涼。

どうせ、魔法などで遠距離攻撃をするだろうと想定済みだったのだ。


ちなみに、こうして話している間も、立ち上がろうとしている襲撃者の下に、<アイスバーン>を生成し続けている。



「隣で見ていても、リョウが魔法を使っているというのは全く分からんな」

「そうでしょう、そうでしょう。これからの魔法使いには、隠密性(おんみつせい)が要求される時代が来るかもしれませんからね。時代の先取りをして練習しましたよ」

「隠密性……」

「以前、ルンのギルド宿舎にいた時に、今回みたいに隠れてこっそり<アイスバーン>を生成したことがあったのですけど、フェルプスさんに見破られたんですよね」


涼は、調査団の一行を()らしめるために、宿舎の窓から覗きながら<アイスバーン>を生成し続けたのを思い出していた。

懲らしめて、人が去った後に、フェルプスが窓までやって来て挨拶したのだ……。


「ああ、あいつは魔法は使えんが、副団長のシェナが二属性使えるからな。魔法の発動というか、魔力の流れというか、その辺には敏感だよな」

「二属性持ち! 確かにシェナさん、凄く強いだろうなと感じたおぼえがあります」

「元暗殺者だからな。強いぞ」

「フェルプスさん、何でそんな人を手元に置いているんですか……」

「強いからだろ? 元々、フェルプスを暗殺しようとして失敗して……それからフェルプスに心酔(しんすい)したんだよな」

「なんですか、その主人公周りエピソード……」


主人公の暗殺に失敗して、逆に主人公に仕えるようになる……それは物語の王道展開の一つだ。

だが、それはあくまで『主人公』周りの王道展開なのだが……。


「実は、フェルプスさんが物語の主人公……」

「さあ、どうだろうな。顔は良いし、頭も良いし、めちゃくちゃ強いし、人気もあって、侯爵家の跡取りだし、人望も厚い。その程度だけどな」

「ええ、間違いなく主人公ですね」


アベルは顔をしかめながらフェルプスの特徴を列挙し、涼は小さく首を振って事実を受け入れた。


「世の中は不公平です」

「そうだな。不公平なのが世の中だ」



しばらくすると、群衆も解散を始めた。


スー・クーが去った後も、立ち上がろうとする襲撃者たちが、転倒し続けるのを面白そうに見続けていたのだが、さすがに飽きてきたらしい。

さらに、襲撃者たちもほとんどの者が立ち上がる事を諦めて、動かなくなったのも関係したのだろう。


そんな群衆の解散に合わせて、涼とアベルもその場を去った。



「転ばせ続けるために、ずっとあの場に張り付いておかなければならなかったのは、面倒でしたね」

「まあ、そうだが、仕方ないだろう。そろそろ、スー・クー殿も屋敷についているだろうが……」

「生成される魔法はシンプルなのです。荷重(かじゅう)がかかった瞬間だけ、<アイスバーン>が生成される。滑って荷重がかからなくなれば、<アイスバーン>は消える。その二つを繰り返すだけなのですから……錬金術で再現できるような気がするのです」

「え……」


涼の呟きに、アベルが驚く。


「あれをやる錬金道具を作ろうという話か?」

「そうですね。そうすれば、僕があの場に張り付いていなくてもいい気が……」

「その錬金道具は、ああいう場に置かれることになるんだろう?」

「はい。ああ……その錬金道具を盗まれたら、大変なことになりますね!」

「だよな……」

涼が欠陥に気付き、アベルが同意する。


だがすぐに、涼は何かを閃いたのか、右手をグーにして、左手をパーにした掌に打ち付けた。

思いついた! を行動に表したつもりらしい。


「いい解決方法を見つけましたよ!」

「……なぜだろう、あまり聞きたいと思わないのは」

「アベルが、その錬金道具を監視しておいて、最後に回収すればいいのです」

「うん、やっぱり聞かない方が良かったな」


『装置の回収』というのは、どんな物語の中においても難題の一つらしい……。



二人がスー・クーの屋敷に到着すると、門の辺りもすでに物々しくなっていた。

具体的には、門がしっかり閉められているだけでなく、槍を持った門番が四人立っていた。


「朝、出てきた時には……」

「門番なんていなかったし、そもそも門も開いてたよな」

涼もアベルも、その変化に驚いた。


だが、もちろん理解もしている。

街の真ん中で襲撃してきたのだ。

屋敷を襲ってこない保証はない。


「小さな全面戦争……」

「言いたいことは分かるが、それは正しい表現なのか……」

涼の呟きに、アベルは小さく首を振る。



当然、二人はスムーズに門をくぐって中に入れた。


「ああ、良かったです。お二人とも無事で」

二人を迎えたスー・クーは、にっこり微笑んでそう言った。


そして、改まって頭を下げて感謝した。


「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

「いえいえ、たまたま通りかかったのですが、運が良かったです」

涼が慌てて顔をあげるように言う。


「だが、昼間に街中での襲撃とは……失礼だが、このジョンジョンという街ではそんなことがまかり通るのか?」

「まさか。あんな事、私も聞いたことがありません」

アベルの直球の問いに、スー・クーは大きく首を振って否定する。


いくらカン公の権力が強いとはいえ、あんなことをすれば、さすがにお(とが)めなしとはいかない。


「なぜ、あれほど派手にやったんでしょうね」

「派手?」

「ええ。あんな風にしなくても、もっと静かに拉致(らち)する方法なんて、いくらでもあるじゃないですか。何というか、わざとらしいです」

涼には、わざとらしく映ったらしい。


「わざとだというのなら、何か別の狙いがあるんだろう」

「さて、その狙いとはいったい何なのか……」

アベルもスー・クーも、顔をしかめて考える。



だが、考えても、答えは出てこない。


「何か思いついたら教えてもらえると助かります」

スー・クーのその言葉に、アベルと涼は頷いた。




「なんとなくですが、とても大変なことが起こりそうな気がします」

「……ああ」

「アベルも、気をつけて行動してくださいね」

「……そうだな」

「そういうピンチに陥った時こそ、常日頃の努力が自分を救うのです」

涼は、キリっとした表情のまま言い切る。


だがアベルはジト目だ。


「アベル、何ですかその目は」

「いや……馬に乗りながらそういう事を言われても、真剣みがないなと」

「失敬な!」



そう、二人は、スー・クー邸の裏庭で、馬に乗っている。



先日の宣言通り、涼は騎乗訓練をしているのだ。

もちろん、スー・クーの許可は得ている。


しかもこの王都の、スー・クー屋敷の護衛隊が協力してくれている……。


そんな涼の隣で、アベルもなんとなく馬に乗っている。

アベルの場合は、小さな頃から王城で馬に乗ってきたし、そもそも馬を駆けさせるのも好きなので今さらではある。

ストレスの発散らしい。


「さすがアベル……騎乗する姿、様になっていますね」

「まあな。馬に乗るのは好きだからな。それにこの馬、よく調教されていて乗りやすい」

「ああ、僕の馬もそうですけど、おとなしくて乗りやすい馬を回してくださったそうです。第七護衛小隊のミラン隊長が言っていました」

「その第七護衛小隊が、あの馬小屋のところにいる……?」

「ええ、そうですそうです。とっても善い人たちですよ。ミラン隊長なんて、この屋敷の中でも馬に関してはトップクラスらしいですからね。僕は運がいいです」

涼は嬉しそうにそう言った。



裏庭の中を、涼のゆっくりとした騎乗に合わせて、二人でぐるぐる回っていると、この屋敷に逗留しているミーファがやってきた。


「お二人とも、何をされているのですか?」

「僕は騎乗訓練です。アベルに、その巧みさを見せつけられています」

「おい……」

ミーファの問いに、涼が答え、アベルが小さく首を振る。


「確かに……師匠、お上手ですね。私の目から見ても、人馬一体という感じがします」

「あはは……」

ミーファの絶賛に、むしろ苦笑いをするアベル。


「やっぱり高貴な身分の……」

ミーファが、シオ・フェン公主との会話を思い出して呟いたその言葉は、二人には聞こえなかった。



「スー様がおっしゃるには、しばらくはこの厳戒態勢を続けるとの事でした」

「承知した」

ミーファが、馬から降りたアベルに報告し、アベルは頷いた。


ちなみに涼は、まだ馬に乗っている。


「リョウさんは、まだ乗っているのでしょうか」

「馬上で本が読めるようになりたいそうだ。だからしばらくは、馬を替えながらずっと乗り続けると思うぞ」

「え……」

「あいつはそういう奴だ。目標に向かってやり続けることを、全く苦にしない」

「それは……凄いですね」

「すぐ近くに、ああいう人物がいると、こっちもやろうって気になるよな」

驚くミーファと、笑いながら言うアベル。


馬上の涼は、馬の首をなでながら、その馬に何か話しかけている。

当然、人と馬なので会話が成立するはずはないのだが……。

なぜか、時々笑っている。


「あれは、馬との会話とか、成立していないですよね……?」

「していないはずだが……リョウだからな、俺も自信を持って言い切れない」



世界は不思議に満ちているのだ。

本日、コミックス第7話(後半)が、コロナEXで更新されました!

ベヒちゃんの雄姿が!

https://to-corona-ex.com/episodes/53408055509211


『水属性の魔法使い』の総合評価が30万ポイントに到達しました!

これもひとえに、いつも読んでくださり、応援してくださる読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!


まだまだこれからも投稿を続けていきます!

皆様に楽しく読んでもらえると嬉しいです。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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