0521 騎乗訓練
スー・クーが去った後も、涼とアベルはしばらく群衆の中にとどまっていた。
立ち上がろうとしている襲撃者たちの足下に、リアルタイムで<アイスバーン>を発生させて足止めを続けるために。
「性懲りもなく立ち上がろうとし続けています」
「あ、うん……性懲りもなくという言葉は、彼らにはちょっと可哀そうだよな」
涼が小さく首を振りながら呟き、隣にいるアベルはその度に転倒し続ける襲撃者たちを、ちょっとだけ憐れんだ。
「でも彼らは何の罪もない代官さんを、真っ昼間、天下の往来で襲った極悪人たちですよ? 自分たちの悪行を振り返って、深く反省するべきだと思うのです」
「そうだな。リョウが言っている内容はもっともだ」
涼の言った内容については、アベルとしても全くその通りだと思うので同意して頷いた。
「ただ……そういう命令を受けたんだろうけどな」
「命令されれば何でもするんですか? ダメですよ、そんなのは。主体性がなさすぎます。部下を使い捨ての道具みたいに扱う上司も、世の中にはいるのです。自分の身は自分で守らないと」
「まったくその通り、いちいちもっともだな」
涼は襲撃者たちの主体性の無さを嘆き、アベルは涼の主張を受け入れる。
襲撃者にも、主体性が求められる時代なのかもしれない。
「そういえばさっきの、魔法や投げナイフが凍りついたのって……」
「ええ、僕の<動的水蒸気機雷Ⅱ>です。彼らの前方に、敷設しておきました」
アベルの問いに、嬉しそうに答える涼。
どうせ、魔法などで遠距離攻撃をするだろうと想定済みだったのだ。
ちなみに、こうして話している間も、立ち上がろうとしている襲撃者の下に、<アイスバーン>を生成し続けている。
「隣で見ていても、リョウが魔法を使っているというのは全く分からんな」
「そうでしょう、そうでしょう。これからの魔法使いには、隠密性が要求される時代が来るかもしれませんからね。時代の先取りをして練習しましたよ」
「隠密性……」
「以前、ルンのギルド宿舎にいた時に、今回みたいに隠れてこっそり<アイスバーン>を生成したことがあったのですけど、フェルプスさんに見破られたんですよね」
涼は、調査団の一行を懲らしめるために、宿舎の窓から覗きながら<アイスバーン>を生成し続けたのを思い出していた。
懲らしめて、人が去った後に、フェルプスが窓までやって来て挨拶したのだ……。
「ああ、あいつは魔法は使えんが、副団長のシェナが二属性使えるからな。魔法の発動というか、魔力の流れというか、その辺には敏感だよな」
「二属性持ち! 確かにシェナさん、凄く強いだろうなと感じたおぼえがあります」
「元暗殺者だからな。強いぞ」
「フェルプスさん、何でそんな人を手元に置いているんですか……」
「強いからだろ? 元々、フェルプスを暗殺しようとして失敗して……それからフェルプスに心酔したんだよな」
「なんですか、その主人公周りエピソード……」
主人公の暗殺に失敗して、逆に主人公に仕えるようになる……それは物語の王道展開の一つだ。
だが、それはあくまで『主人公』周りの王道展開なのだが……。
「実は、フェルプスさんが物語の主人公……」
「さあ、どうだろうな。顔は良いし、頭も良いし、めちゃくちゃ強いし、人気もあって、侯爵家の跡取りだし、人望も厚い。その程度だけどな」
「ええ、間違いなく主人公ですね」
アベルは顔をしかめながらフェルプスの特徴を列挙し、涼は小さく首を振って事実を受け入れた。
「世の中は不公平です」
「そうだな。不公平なのが世の中だ」
しばらくすると、群衆も解散を始めた。
スー・クーが去った後も、立ち上がろうとする襲撃者たちが、転倒し続けるのを面白そうに見続けていたのだが、さすがに飽きてきたらしい。
さらに、襲撃者たちもほとんどの者が立ち上がる事を諦めて、動かなくなったのも関係したのだろう。
そんな群衆の解散に合わせて、涼とアベルもその場を去った。
「転ばせ続けるために、ずっとあの場に張り付いておかなければならなかったのは、面倒でしたね」
「まあ、そうだが、仕方ないだろう。そろそろ、スー・クー殿も屋敷についているだろうが……」
「生成される魔法はシンプルなのです。荷重がかかった瞬間だけ、<アイスバーン>が生成される。滑って荷重がかからなくなれば、<アイスバーン>は消える。その二つを繰り返すだけなのですから……錬金術で再現できるような気がするのです」
「え……」
涼の呟きに、アベルが驚く。
「あれをやる錬金道具を作ろうという話か?」
「そうですね。そうすれば、僕があの場に張り付いていなくてもいい気が……」
「その錬金道具は、ああいう場に置かれることになるんだろう?」
「はい。ああ……その錬金道具を盗まれたら、大変なことになりますね!」
「だよな……」
涼が欠陥に気付き、アベルが同意する。
だがすぐに、涼は何かを閃いたのか、右手をグーにして、左手をパーにした掌に打ち付けた。
思いついた! を行動に表したつもりらしい。
「いい解決方法を見つけましたよ!」
「……なぜだろう、あまり聞きたいと思わないのは」
「アベルが、その錬金道具を監視しておいて、最後に回収すればいいのです」
「うん、やっぱり聞かない方が良かったな」
『装置の回収』というのは、どんな物語の中においても難題の一つらしい……。
二人がスー・クーの屋敷に到着すると、門の辺りもすでに物々しくなっていた。
具体的には、門がしっかり閉められているだけでなく、槍を持った門番が四人立っていた。
「朝、出てきた時には……」
「門番なんていなかったし、そもそも門も開いてたよな」
涼もアベルも、その変化に驚いた。
だが、もちろん理解もしている。
街の真ん中で襲撃してきたのだ。
屋敷を襲ってこない保証はない。
「小さな全面戦争……」
「言いたいことは分かるが、それは正しい表現なのか……」
涼の呟きに、アベルは小さく首を振る。
当然、二人はスムーズに門をくぐって中に入れた。
「ああ、良かったです。お二人とも無事で」
二人を迎えたスー・クーは、にっこり微笑んでそう言った。
そして、改まって頭を下げて感謝した。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、たまたま通りかかったのですが、運が良かったです」
涼が慌てて顔をあげるように言う。
「だが、昼間に街中での襲撃とは……失礼だが、このジョンジョンという街ではそんなことがまかり通るのか?」
「まさか。あんな事、私も聞いたことがありません」
アベルの直球の問いに、スー・クーは大きく首を振って否定する。
いくらカン公の権力が強いとはいえ、あんなことをすれば、さすがにお咎めなしとはいかない。
「なぜ、あれほど派手にやったんでしょうね」
「派手?」
「ええ。あんな風にしなくても、もっと静かに拉致する方法なんて、いくらでもあるじゃないですか。何というか、わざとらしいです」
涼には、わざとらしく映ったらしい。
「わざとだというのなら、何か別の狙いがあるんだろう」
「さて、その狙いとはいったい何なのか……」
アベルもスー・クーも、顔をしかめて考える。
だが、考えても、答えは出てこない。
「何か思いついたら教えてもらえると助かります」
スー・クーのその言葉に、アベルと涼は頷いた。
「なんとなくですが、とても大変なことが起こりそうな気がします」
「……ああ」
「アベルも、気をつけて行動してくださいね」
「……そうだな」
「そういうピンチに陥った時こそ、常日頃の努力が自分を救うのです」
涼は、キリっとした表情のまま言い切る。
だがアベルはジト目だ。
「アベル、何ですかその目は」
「いや……馬に乗りながらそういう事を言われても、真剣みがないなと」
「失敬な!」
そう、二人は、スー・クー邸の裏庭で、馬に乗っている。
先日の宣言通り、涼は騎乗訓練をしているのだ。
もちろん、スー・クーの許可は得ている。
しかもこの王都の、スー・クー屋敷の護衛隊が協力してくれている……。
そんな涼の隣で、アベルもなんとなく馬に乗っている。
アベルの場合は、小さな頃から王城で馬に乗ってきたし、そもそも馬を駆けさせるのも好きなので今さらではある。
ストレスの発散らしい。
「さすがアベル……騎乗する姿、様になっていますね」
「まあな。馬に乗るのは好きだからな。それにこの馬、よく調教されていて乗りやすい」
「ああ、僕の馬もそうですけど、おとなしくて乗りやすい馬を回してくださったそうです。第七護衛小隊のミラン隊長が言っていました」
「その第七護衛小隊が、あの馬小屋のところにいる……?」
「ええ、そうですそうです。とっても善い人たちですよ。ミラン隊長なんて、この屋敷の中でも馬に関してはトップクラスらしいですからね。僕は運がいいです」
涼は嬉しそうにそう言った。
裏庭の中を、涼のゆっくりとした騎乗に合わせて、二人でぐるぐる回っていると、この屋敷に逗留しているミーファがやってきた。
「お二人とも、何をされているのですか?」
「僕は騎乗訓練です。アベルに、その巧みさを見せつけられています」
「おい……」
ミーファの問いに、涼が答え、アベルが小さく首を振る。
「確かに……師匠、お上手ですね。私の目から見ても、人馬一体という感じがします」
「あはは……」
ミーファの絶賛に、むしろ苦笑いをするアベル。
「やっぱり高貴な身分の……」
ミーファが、シオ・フェン公主との会話を思い出して呟いたその言葉は、二人には聞こえなかった。
「スー様がおっしゃるには、しばらくはこの厳戒態勢を続けるとの事でした」
「承知した」
ミーファが、馬から降りたアベルに報告し、アベルは頷いた。
ちなみに涼は、まだ馬に乗っている。
「リョウさんは、まだ乗っているのでしょうか」
「馬上で本が読めるようになりたいそうだ。だからしばらくは、馬を替えながらずっと乗り続けると思うぞ」
「え……」
「あいつはそういう奴だ。目標に向かってやり続けることを、全く苦にしない」
「それは……凄いですね」
「すぐ近くに、ああいう人物がいると、こっちもやろうって気になるよな」
驚くミーファと、笑いながら言うアベル。
馬上の涼は、馬の首をなでながら、その馬に何か話しかけている。
当然、人と馬なので会話が成立するはずはないのだが……。
なぜか、時々笑っている。
「あれは、馬との会話とか、成立していないですよね……?」
「していないはずだが……リョウだからな、俺も自信を持って言い切れない」
世界は不思議に満ちているのだ。
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ベヒちゃんの雄姿が!
https://to-corona-ex.com/episodes/53408055509211
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