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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
561/930

0520 スー・クー

騎乗練習の決意を宣言した涼であったが、翌日は、ちょっと出かけた。

それは、前日の夕方に、知り合いから手紙が届いたからだ。


「リョウさんが興味をもってらした中で、ダーウェイの行政組織関連の資料が見つかりました。スー・クー様が後見人となっているリョウさんに対してであれば、<転写>したものを渡しても問題ないと上司の許可が下りました。明日、午前中であれば、私は御史台におります」


そんなお手紙だ。

内容から分かる通り、先日、涼の聴取を担当した御史台の人物からの手紙。



「わざわざお手紙をくださるなんて、ボッフォさんはいい人です」

「いや、聴取の中で、リョウはいったい何を話したんだよ……」


御史台で、聴取を担当したボッフォから<転写>した資料を受け取り、嬉しそうに歩く涼。

その横で、なぜかついてきて、呆れているアベル。


「ボッフォさんは、すごくいい人で、話しやすかったんですよ。で、雑談の中で、興味のある内容とかを話して……。ダーウェイの行政組織関連はその中の一つです。ほら、僕ら、どうしてもダーウェイを抜けないと中央諸国に戻れないでしょう? このボスンター国もそうですけど、中央諸国や西方諸国とは、行政関係の名前ってけっこう違うじゃないですか。例えば、御史台なんて無かったでしょう?」

「まあ、確かに違うが……。聴取の最中に、そんな雑談、しないだろう……」


そこまで言って、アベルはふと思いついた。


そこまで含めて、ボッフォという人物の聴取なのではないかと。

聴取対象の興味から、どういう部分への干渉、情報窃盗の可能性があるのかを推測する……。

そう考えると、ボッフォという人物は、驚くほど優秀なのかもしれないと。


そもそも、聴取対象から、「すごくいい人」という印象を持たれているのだ。

少なくとも無能ではない。


確かに、さっき御史台で涼の元に資料を持ってきた外見は、とても人のよさそうな人物に見えたが……。


「人は見た目によらない」

アベルは、そう呟いた。




代官スー・クーは、馬車に乗ってカン公の屋敷に向かっていた。


首都ジョンジョンに到着したその日から、カン公に面会の申し込みをしているのだが、ろくな返事がない。


体調を崩しているので面会できない……その日、馬で遠乗りに出かけたのは知っている。だから嘘。

王宮に上がるために会えない……そんな予定がない事は調べてある。だから嘘。


つまり、どうしても会いたくない理由があるということだけは分かる。


「行くしかあるまいな」

代官スー・クーはため息をつきながら、馬車に乗ったのであった。



カン公は、先代国王の弟。

現国王の叔父。


ボスンター国内でも、非常に高い身分だ。

見方によっては、現国王の次に高い身分であろう。


そこに押し掛けるのは、さすがにスー・クーであってもやりたくはないが……仕方ない。

それこそ、他の者では絶対に無理だからこそ、ある意味、スー・クーにしかできない。


義姉であるスー・クーにしか。



「それにしても……本当に馬車は乗りにくい」

馬車の中で、スー・クーは何度目かの呟きを発した。


さすがに現国王の叔父の屋敷に押し掛けるのだ。

馬車に乗って、行く必要がある。

それが、相手への礼儀だから。


いつもは、ミファソシの中の移動でも、歩きでなければ馬に乗って移動しているスー・クーとしては、乗り心地の悪い馬車は大嫌いであった。

そもそも馬車は、外の景色が見えない。


つまらない。


そして、何かが起きた時の反応が鈍る。



そもそも、首都ジョンジョンのそれなりの大通りを進んでいるのだ。

天下の往来。

そうそう、問題が起きるとは思わない……そんな油断もあった……。


「うぐっ」

「なっ……」

「あ……」


馬車の中のスー・クーが気付いた時には、すでに供の者たちが倒された後であった。

「こんな場所で、白昼堂々襲撃?」


しかも……。

「魔法封じの呪符陣だと……」


それは、魔封じの呪符を複数配置することによって、馬車ごと魔法を封じる。

もちろん、魔法無効化というわけではなく、スー・クーほどの魔法使いであれば、強引に魔法を発動させる事はできる。

だが、どうしても時間がかかり、威力も弱くなる。


普段なら一秒で発動できる魔法が、三秒。威力が半分になる、といった具合だ。


相手によっては、それでも問題ない場合があるが、今回は敵が多い。


すでに、二十人ほどの襲撃者たちが剣を構え、馬車の周りを取り囲んでいた。



「スー・クー殿、馬車から出てこられよ」

襲撃者の指揮官らしき者が叫ぶ。


襲撃者と言ってはいるが、全員同じ鎧と武器を身に着けている。

盗賊や野党の類ではない。

そもそも、そんな者たちが、真っ昼間、首都の往来で騒ぎを起こせるわけがない。


当然のように、遠巻きに、野次馬が集まってきていた。


遠からず、首都の官兵も出てくるだろうが……この襲撃者が、スー・クーが想像した相手であれば、手を出せないだろう。


(探りを入れるか?)



「カン公の元に案内してくれるのか?」

スー・クーは馬車から降りながら、はっきりと周囲に聞こえる声で問うた。


指揮官の表情は全く変わらなかったが、襲撃者の数人の表情が、幾分強張った。

(カン公の手の者。あるいは、その側近デザイか)

スー・クーは、心の中で頷く。


「案内してくれるにしても、供の者を殺す必要はなかったであろう?」


もちろん分かっている。

素直に案内してくれるわけではないと。

カン公邸の牢獄か……あるいは、人知れず殺すか。


馬車から降りながら考える。

(さすがにこのまま行くのはまずい。カン公の元に行くにしても、一度仕切りなおして、万全の状態で向かわねば……。それにしても、ここまでやるとはな。見立てが甘かったか? 平和なミファソシに長くいすぎて、私も呆けてしまったらしい)



自嘲(じちょう)気味(ぎみ)にうっすら笑う。



そこで、遠巻きに騒ぎを見ている群衆の中に、見覚えのある顔を、二人みつけた。

一人は剣士。もう一人は魔法使い。


しかも、視線を交わした魔法使いの方は、何か問いたげだ。


スー・クーは一つ小さく頷いた。

すると、その魔法使いも頷いた。



今まで以上に、大きな声でスー・クーは言った。


「供の者たちが亡くなったために、私は一度屋敷に戻る。カン公には、日を改めて出直すとお伝えいただきたい」

これで、スー・クーが、この場を脱して屋敷に戻りたいと思っていることは、群衆に伝わったはずだ。

もちろん、その中にいる二人にも。


「いいえ、スー・クー殿には、このまま来ていただきます」

襲撃隊の隊長は告げた。

そして、周りの者に目配せする。


馬車から降りたスー・クーを掴むために、両脇から襲撃者が近づこうと、一歩踏み出した。



ツルッ。ツルッ。



滑って転倒した。



「なっ! スー・クー殿、抵抗するな!」

「いや、私は何もしておらんぞ。見れば分かるだろう」

隊長が叫び、スー・クーは両手を広げて何もしていないアピールをする。


実際、スー・クーも驚いているのだ。


群衆の中にいる魔法使い……涼が何かするだろうとは思っていたが……。



そして、転んだ二人が立ち上がろうとする。

だが、当然のように……。


ツルッ。ツルッ。


再び滑って転んだ。



「何をやっている! 他のやつが捕まえろ!」

隊長が叫び、見るだけだった他の襲撃者が一歩踏み出した。


ツルッ。


まったく同じ光景が生み出された。



ただ一歩、踏み出しただけで……。



そして、一度転んだ者は、滑り続け、立ち上がることができない。


その被害は、瞬く間に広がり、襲撃隊の半数、十人が起き上がれなくなっていた。



そして、隊長を含めた残りの十人は、一歩も動けない……。


「何なのだ、これは」


隊長の口から、絞り出すように漏れたその言葉に、的確に答えられる者はいない。


必死に打開策を考えた隊長は、すぐにいい案を思いついた。

「呪法使い! 遠距離で封じろ!」


隊長の命令で、皆と同じように呆けていた三人の呪法使いが我に返った。


すぐに、懐に入れていた呪符を、スー・クーに向かって飛ばす。

いや、飛ばそうとした。


「こ、凍った?」


飛ばそうとした瞬間、呪符が凍り、地面に落ちたのだ。


初めての経験に呆然とする、三人の呪法使い。



その光景を見て、群衆の中にいた水属性の魔法使いがニヤリ笑ったことに気付いたのは、隣にいた剣士だけであった。


その剣士アベルは呟いた。

「リョウの悪だくみが成功したらしい」



「おい、何をやっている!」

「呪符が、凍りました」


隊長の怒鳴り声に、小さい声で返す呪法使いたち。


「は? 呪符が凍るわけない……」

隊長はそう言ったが、凍りついて地面に落ちた呪符を見てしまえば、受け入れるしかない。


「そんな馬鹿なことがあるか……。呪符は魔法を弾き返すだろうが」

「はい……」

怒気と混乱とを含んだ声が隊長から絞り出され、それに弱々しく答えるしかない呪法使いたち。



「呪符が使えないなら、魔法で足止めしろ!」

「あ! はい!」

隊長の命令で、再び我に返る呪法使いたち。


そう、呪法使いは、呪符を使うだけではなく、魔法も使えるのだ。


「<風縛陣>」


三人の呪法使いの手許から、魔法が奔る。


魔法は放たれた。

ただし、彼らの目の前三十センチまで。



そこで、全ての魔法が凍りついた。



「魔法まで……」

「凍りついた……」

「何が起きているんだ」

呪法使いたちは理解できない何かが起きていると感じていた。


歯がカチカチ鳴り始める。

そのカチカチは体全体に及び……。

体が恐怖に震え始めた。


結果、三人とも、座り込んでしまった。



呪法使いたちの魔法が、全て凍りつき、三人が座り込んだのも隊長から見えていた。


「どういうことだ……。スー・クーが使うのは、風属性魔法。どこかに、水属性の魔法使いがいるのか。だが、地面から立ち上がれないのは土属性魔法だろ。二属性? いや、複数の魔法使いか?」

隊長はそう呟くと、周りを見回した。


だが、すぐに、隊長の知る魔法では説明のつかない事が多すぎることに気付く。



事態は、待ってくれなかった。



「先ほど言った通り、カン公には後日、日を改めて伺うとお伝えいただこう。では、失礼する」

そう言うと、スー・クーがさっさと歩きだしたのだ。


「おい、待て!」

叫ぶ隊長。



そして、スー・クーを捕まえようと、思わず一歩を踏み出してしまった部下たち……。



ツルッ。ツルッ。


滑って転んだ。


再び起きる転倒の連鎖。



座り込んだ呪法使いたちを含めて、新たに起き上がれなくなった部下……。

立っているのは、隊長ただ一人。


その隊長も動けない。

一歩でも踏み出せば、自分も転倒するであろう。


すでに、スー・クーは群衆の方に歩き始めている。

このままでは逃がしてしまう。


隊長がデザイから指示されたのは、スー・クーを連れてくること。

その際、多少の怪我はやむを得ない。



多少の怪我はやむを得ないと言われているが、スー・クーがカン公の義理の姉であることは知っている。

ボスンター国第二の都市ミファソシの代官であり、先代国王と近しい関係であったことから、現国王からの信頼が厚いことも知っている。


一言で言えば国の重鎮だ。

それを、公衆の面前で怪我させるのはあまりよろしくない。


供回りを殺して連れて行こうとしている時点で、どうかとは思うが、スー・クー本人を傷つけるのに比べれば、何とでも言い訳がたつ。


だが……。


「やむを得ん」

隊長はそう呟くと、腰に差した投げナイフを二本抜き、こちらに背を向けているスー・クーの足に向けて放った。


カランッ。


隊長から三十センチ飛んだところで、投げナイフは二本とも凍りつき、地面に落ちた。

先ほどの、呪法使いたちの魔法と同じように。


「何なのだ……いったい……」

隊長は、呆然と呟いた。



スー・クーは、悠々と歩き去ったのであった。


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