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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
556/935

0515 剣

二人は、三時ちょうどに屋敷に到着した。

話が通っていたらしく、屋敷の中に案内される。


先に立つ召使らしき人が、扉をノックし、二人は中に入った。


「ああ、ようこそおいでくださいました」

二人を迎えたのは、色黒の肌、黒髪に半分ほどの白髪が入った五十歳ほどの男性であった。

仕事をしていたのだろう。

彼がいる執務机の上には、いくつもの書類が置かれてある。


二人を応接セットに導くと、男性も座った。


「私は、ボーガー・ウォン・モゴックと申します。この度は、娘がぶしつけなお願いをしまして……」

「いや……。私の名はアベル、中央諸国ナイトレイ王国の者だ」

「同じく涼です」

「ええ、よく存じ上げております」

「……よく?」

アベルは首を傾げる。


「実は私、なんと言いますか……国の諜報活動に携わっておりまして。西方統括局長という地位を賜っております」

「なるほど。潜んで彼女を守っていたのは、諜報の人間たちだったか」

モゴック局長の言葉に、アベルは頷いて答えた。


そこにノックの音が響く。

そして、一人の女性が、四人分のお茶を持ってきた。

その女性は、あの少女であった。


(しと)やかに、カップを置いていく。


そして、置き終わると、一礼した。

「ボーガー・ウォン・モゴックの娘、ミーファと申します。よろしくお願いいたします」

「ナイトレイ王国のアベルだ。立ち居振る舞いも見事だ」

「ありがとうございます」

ミーファは少し照れながらそう言うと、モゴック局長の隣に座った。



「実は、ミーファは数か月後、公主様付きの侍女となります。そのために、色々と作法に関しても訓練を積んでおりまして」

「なるほど。もしや、剣が強くなりたいというのも、それと関連が?」

「はい。公主様をお守りするのが、私の役目です」

アベルの問いに、ミーファははっきりと言い切った。


「ふむ……。その辺りについては、おいおい聞かせてもらうとしよう」

アベルはそこまで言うと、少し顔をしかめて言葉を続けた。


「弟子にするとは言ったものの、恥ずかしながら、今まで弟子をとったことがない。しかも、この街にもいつまでいるか分からないし、どこまで行動の自由を認められているのかも分からん」

そう言いながら、チラリとモゴック局長を見る。


そして言葉を続けた。

「剣筋はもちろん、剣の理も俺が身に付けているものとは違うだろう。だから、型を含めた訓練は、今まで通り続けて欲しい」

「はい」

「俺からは、実戦を通して色々伝えられればと思う。だから、模擬戦を行い、そこで気付いたことを伝える。そういう形式で、とりあえずは始めたいと思うが、どうだろうか」

「はい! よろしくお願いします!」

ミーファは立ち上がって、思い切り頭を下げた。



それの様子を、横から微笑みながら見ていたモゴック局長が、口を開いた。


「今、お二方は宿に泊まられていらっしゃいますが、どうかこの屋敷に逗留(とうりゅう)ください。その方が、ミーファの稽古(けいこ)も付けやすいでしょう?」

「お父様! ありがとうございます!」

モゴック局長の申し出に、ミーファが嬉しそうに言う。


「いいのか?」

「もちろんです。我が家だと思って気兼ねなく」


そこで、アベルは何かに気付いたように、小さく、あっと言い、さらに言葉を重ねた。


「この……リョウもお邪魔していいのか?」

「もちろんです。実は、代官のスー様からは、もしアベル殿が望むならという条件付きですが、お二人を屋敷で過ごしていただく許可を貰っております。ですので、どうぞ」

「ありがとうございます」

ここで、初めて涼は口を開き、頭を下げた。


涼は、基本的に、初めて会う人の前ではあまり(しゃべ)らない。

自分が喋るしかない状況ならともかく、今回のように主役ですらない場合は、ちょこんと座って静かに飲み物を飲んでいることが多い。


空気の読める魔法使いなのだ。



モゴック局長の前を退室した二人を、ミーファが案内している。


「お母様に、お二人が逗留されることをお伝えします。ついてきてください」

笑顔でそう言って。


そんなミーファの後ろからついていく、涼とアベル。


涼が心配そうな顔で、本当に小さな声でアベルに囁いた。

「アベル、ミーファのお父さんは理解のある方でしたけど、きっとお母さんが、烈火のごとく怒って、僕たちは窮地(きゅうち)(おちい)るのです」

「は?」

涼の言葉に、()頓狂(とんきょう)な声で答えるアベル。


涼は、そんなアベルを無視して言葉を続けた。


「きっとお母さんは、ミーファがおままごともせず、剣ばかりにのめり込んでいること自体を嫌っていて、それに加担するアベルを憎んで……そう、食べ物に毒を入れたりする可能性もあります」

「……別に、女の子が剣の道に励んでもいいだろう?」

「甘いですね! 世界にはいろんな人がいるのです。親と子の考え方に違いがある家庭だってあります。ここがそうである可能性もあるので、気をつけておいてください」

涼はアベルの注意を喚起する。


事が起きてからでは遅いのだ。


「リョウが、そう思う根拠は?」

「それこそが、王道展開だからです!」

「あ、うん……多分、その辺の事を言うと思っていたが、本当にそうだったか」

物語的王道展開の可能性を指摘する涼に対して、アベルは小さく首を振った。



そんな事を話している間に、三人はミーファの母の部屋に着いた。


「お母様! 師匠が屋敷に逗留してくださるそうです!」

「まあ! それは良かったわね、ミーファ。もっと強くなれるわね」

ミーファが嬉しそうに言うと、机に並べられた石を灯にかざして、何かを比べていた女性が微笑んで答えた。


「ああ、アベル先生にリョウ様ですね。この度は、娘のぶしつけなお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます」

「いや、これも何かの(えん)。しばらく屋敷に間借りさせていただくことになりました。何分、故国とは勝手が違う故、ご迷惑をおかけすると思うがご容赦いただきたい」

「どうかそんな事はお気になさらずに。我が家と思ってくつろいでください」

アベルの言葉に、モゴック夫人は笑顔で答えた。


(善い人で良かったです)

アベルの後ろで、涼はホッと胸をなでおろしていた。

物語的王道展開の可能性を説いたものの、決して、そうなって欲しかったわけではない。

実際にそうなったら、いろいろと大変だったろうからだ。



……もちろん、なったらなったで、ちょっと感動した可能性も否定はできないが。




涼とアベルが、ミーファに連れられて部屋を出た後、すぐにモゴック局長も屋敷を出た。



向かった先は、代官スー・クーの執務室。


「スー様、アベル殿とリョウ殿は、我が屋敷に逗留することになりました」

「そうですか。ミーファの剣の先生になってもらえたのは良かったですね。少しでも強くなることがミーファの、ひいてはシオ・フェン公主の命を長らえることに繋がるかもしれませんからね。やれることはやってから、送り出したいです」

「はい……」


代官スー・クーは微笑みながら言ったのだが、それに対してのモゴック局長の返事は、少し暗い。


「局長?」

「いえ……今まで以上に、剣にだけ集中しそうで……」

「ああ……」

モゴック局長の懸念は、代官スー・クーにも理解できた。



公主の侍女としてついていく以上、多くのものが求められる。

知識、作法に関しては、ミーファは完璧といってもいい。

元々、努力することを苦としない性格なうえ、小さな頃からの大切な友人でもあるシオ・フェン公主のためだ。

問題はない。


だが……。


「『あの国』においては、高い演奏技術が求められると聞きます。高ければ高いほどいい……」

「その部分は、別の侍女に任せる、でしたか。以前ミーファが言っていたのは」


実は、楽器演奏に関しても、ミーファは求められるレベルは超えている。


だからこそ、ミーファとしては、公主の命に直結する剣の腕をさらに磨きたいと考えている……それも、二人は理解できる。


ミーファも、周囲の懸念は理解してはいるのだ。

だが、剣も音楽もと……両方とも手に入れるのは難しい。

だから、他の侍女では代わりがきかない剣を。

絶対に、公主を守り切れる剣を。


それが、ミーファの決意である。


「ミーファの気持ちも分かるだけに、難しいですね」

「はい……」

二人は、大きくため息をつくのであった。


弟子をとる王道展開!

でも、ほら、これ「水属性の魔法使い」ですから……、ねぇ……。


やっぱり、涼(主役)とアベル(準主役)の物語ですよ。ふふふ。

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