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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
553/931

0512 二人について

二人が去った代官所、代官執務室。

「とても興味深かったです」

代官スー・クーはそう言うと、お茶を一口啜った。


彼女の前には、ソロン隊長が座り、同じようにお茶を啜っている。


「あの二人、『迷わずの森』の前にいたのですよね」

「はい。少なくとも、昨日の夕方から今日の朝までいたようです」

「自治都市クベバサから、ジョンジョンへ。船が沈んで陸路を進んだ……。そして『迷わずの森』の前にいた。素直に考えれば、『迷わずの森』を抜けてきた……」

「そうなります。ですが、それはありえない……」

「そう、ありえない。なぜなら、『迷わずの森』は、森の奥に入れないから」

代官スー・クーは、呟くように言った。



涼とアベルが抜けてきた密林、竜王の街があった密林は、かなり深く巨大であるということは知られているが、どれほどの広さか、そして中に何があるのかは、誰も知らない。

なぜなら、奥に入っていっても、いつの間にか入った場所に出てきてしまうからだ。

ずっと昔から。


奥に行く事ができず、迷いたくとも迷う事ができないためについた名前が『迷わずの森』。



だが、あの二人は、その森を抜けてきた可能性がある。

いったいどうやって?


その答えは分かるまい。

おそらくあの二人も、正確な事は知らないのであろう。


代官スー・クーは、一度小さく首を振って、別の事に思考を進めた。


「あの二人が、アティンジョ大公国辺りの密偵である可能性は……」

「低いでしょう」

代官スー・クーの問いに、ソロン隊長ははっきりと答えた。


「密偵であれば、もう少しうまくやるかと」

「そうね」

ソロン隊長は苦笑しながら言い、代官スー・クーも頷く。


ヘルブ公の紹介状が決定的だった。

自分たちから、ヘルブ公との深いつながりを示す書状を出すのは、密偵であればあまりにも不自然だ。



「ただ、あの剣士……アベルと言いましたか。あの者は、恐ろしい使い手です」

ソロン隊長は、真剣な表情に戻って言う。


「かつて、『国の剣』と呼ばれたあなたが、そこまで言うとは……」

「からかわれますな。昔の事です」

「密偵より、暗殺者の可能性?」

「いえ……暗殺者と言うにも、また目立ちすぎます」


ソロン隊長は、首を振る。そして、言葉を続ける。


「ですがスー様は、ローブの方に深い注意を払っているように見えました」

「さすが、良く気づきましたね」

代官スー・クーはそう言うと、顔をしかめて頷いた。


そして、言葉を続けた。


「あのローブの男、リョウ殿……あれは化物です」

「え?」

代官スー・クーの言葉に驚くソロン隊長。


「どういうことでしょうか?」

「彼は魔法使いです。呪法使いではなく魔法使い。二人とも、何か魔法を纏っていましたから、それは間違いありません。ですが……体から溢れる魔力を全く感じ取れませんでした」

「……スー様は、人から溢れる魔力を感じ取れる。そして、全ての人が、量は様々ですが魔力を体から発している」

「そう。ですがリョウ殿からは、全く出ていなかった」

「そんな事が可能なのですか?」

「もちろん不可能です。だから言ったのです。彼は、化物だと」



かつてロベルト・ピルロが護衛隊長グロウンに言い、マニャミャの蒼玉商会バンデルシュ会長が呟いた事を、代官スー・クーも呟いた。


一流は一流を知る。


その言葉は、技術だけでなく、人の器としても一流であるということなのかもしれない。


「巡視隊の中でも、ソロン隊長自身が率いる一番隊が行ってくれて助かりました。今回の宿での護衛のように、最精鋭にそのまま、あの二人のそばについてもらえますから。彼らが、敵にしろ味方にしろ、目を離していい相手ではないでしょう」

「スー様は……あの二人の処遇をどうお考えで?」

「正直、分かりません。何もないまま、街を出ていってもらうのが一番いい気はするのですが……そうはならない気がしています」

「それは、勘ですか?」

「ええ、勘です」

ソロン隊長は眉をひそめながら問い、代官スー・クーは肩をすくめながら答えた。


代官スー・クーの勘は、驚くほどよく当たる。


「情報部にも協力してもらいますので……」

「承知いたしました。情報部とも連携いたします」

「情報部のモゴック局長には、私から伝えておきます」




十分後、代官所内、情報部局長室。

「スー様、わざわざ来られたのは、例の二人組の件ですね?」

「ええ、おっしゃる通りですモゴック局長」

代官スー・クーを迎えたのは、色黒の肌、黒髪に半分ほどの白髪が入った五十歳ほどの男性、情報部局長モゴックだ。


ミファソシを拠点に、ボスンター国西半分の諜報活動を統括している人物である。

代官スー・クー同様に、ボスンター国の重鎮の一人と言えよう。


「なんといっても、『迷わずの森』から来た可能性があるということですから。情報部としても無視できる者たちではありません。しかも、剣士は、かなりの手練(てだ)れらしいとか」

「そこまで把握されているのなら話が早いです。『護衛』に、ソロン隊長の一番隊がついています。それと連携して、監視して欲しいのです」

「もちろん、それは構いませんが……。具体的にどのような情報が欲しいのですかな?」

「全てです」


モゴック局長の問いに、代官スー・クーは即答した。


「巡視隊の目が届かないところで、彼らが何をしているか、真の目的が何なのか……」

「なるほど。まあ、あくまで巡視隊の護衛は、部屋の外ですからな。承知いたしました。彼らが巡視隊の目を盗んで何をするか、逐一報告いたします」

「よろしくお願いいたします」


代官スー・クーはそう言うと、立ち上がった。

そのまま部屋を出ようと思ったのだが……。


「モゴック局長、大丈夫ですか?」

「え? 何がでしょうか?」

「疲労が顔に出ていますので」

「これは……お恥ずかしい」


モゴック局長は、情報部幹部というだけあって、細かな部分にも気を配り、自身の生活も含めて(あら)の少ない人物だ。

仕事中の表情にも、疲労がにじむなどめったにない。


確かに今の状態でも、多くの者が、その表情から疲労を感じ取ることはないであろう。

だが代官スー・クーは感じ取れる。

昔から、家同士の付き合いがあったこともあり、僅かな変化でも気付いてしまう。



「娘の……」

「……ミーファ?」

「はい……」


それだけで二人の間では通じてしまう。

モゴックの次女、ミーファの件だと。


「もうしばらくしたら、都に上がりますね」

「はい……」

モゴック局長はそこまで言うと、大きくため息をついた。


そして呟くように言葉を続ける。

「なぜ、あんな風に育ってしまったのか……」

「剣に生きるのは悪い事では……」

自らも、その生涯の多くを魔法に費やした代官スー・クーは、少し苦笑しながら言う。


一つの事に一生懸命すぎると、周りの者たちは心配になるらしい。

それは、自分の経験で嫌というほど知っていた。



「それに、あれほどの剣の腕だからこそ、シオ・フェン公主もミーファを侍女に指名したのでしょう? まあ、元々、あの二人は姉妹のように仲良く育ったけど」

「ええ、それは分かっております。分かっておりますし、親としても光栄です……。ミーファが、公主様に捧げるために剣の道に励んできたのも、我が娘ながら一途に育って嬉しいと思うのですが……。侍女としてついていく以上、剣ができるだけでは困るのです……」

「ええ、そうね……」


代官スー・クーも、理解している。

モゴック局長が、なぜ悩んでいるのかは。

同時に、これ以上となれば、気持ちの問題である事も……理解できていた。




翌日。

涼とアベルは、午前中から服屋に向かっていた。

もちろん、巡視隊による護衛が二人、後ろからついてきている。


「アベル、やっぱり街の人の視線を一身に集めています。さっそく、アベルのマントを買いに行く決断をして良かったですね。マントさえ着れば……」

「本当に、マントを着ればこの視線、受けなくなると思うか?」

アベルはそう答え、ちらりと後ろからついてくる巡視隊の護衛を見た。


「可能性は、あると思うんです。一パーセントくらい」

「だよな。この街の人の視線は、巡視隊がついてきているからだよな」

「そうですけど、仕方ないじゃないですか。アベルのような凶悪剣士は、護衛と称して監視しないと危ないですよ」

「俺だけじゃなくて、リョウもな。気のせいじゃなければ、後ろの二人以外にも、監視してる奴がいるだろう?」

「いつもの、気配が! ってやつですね。僕の魔法によると、四人一組で監視されています。巡視隊の人たちと違って、諜報部とか情報部とか、そういう隠れてコソコソ監視する人たちですよ」


涼は、西方諸国などでの経験から、監視される経験が結構多いのだ。


「まあ、しょうがないか」

「ええ、しょうがないです」

アベルも涼も、いろいろと諦めていた。


少なくとも、監視は同時に護衛でもあるはずだ。


「悪い人たちが、僕らを襲ってくるのは防いでくれるでしょう」

「護衛と監視をしている連中が、その悪い人たちにならないといいな」


大丈夫、平和な導入部です。


名前を一部変更しました。

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