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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
552/930

0511 ミファソシ代官

ミファソシの街。

木製の建物が並ぶ、けっこう広い街である。


「中央諸国はもちろん、多島海地域や自治都市クベバサとも、かなり違いますね」

「そうだな。見事に、石造りの建物がないな。だが、人口は多いぞ。数万人規模、といったところか」

涼とアベルは、かなりの小声で話している。


もちろん二人の周囲を囲む巡視隊は、二人の会話内容は分からないが、話しているのは分かる。

とはいえ、捕縛しているわけではないため、会話を禁止されているわけでもない。

むしろこの後、代官所に貴重な情報を提供する、協力者なのだ。

へりくだる必要はないだろうが、居丈高(いたけだか)に接するのもまた違うと思っているのだろう。



二人は、極めて丁寧に連行された。


街の人たちの、好奇の視線にさらされながら……。




ミファソシの街、代官所前。

「アベルのせいで、街の人たちの視線が痛かったです」

「俺のせいかよ!」

「アベルの革鎧……カッコいいですけど、東方諸国ではけっこう浮きますよね」

「それは……俺もそう思っていた。どこかで、マントでも買おう……」


実は、アベルの恰好だけではなく、涼の綺麗と言ってもいい妖精王のローブも、街の人の視線を引き付けた理由なのだが……。

知らぬは本人ばかりなり。



二人は、応接室のようなところに通され、待たされた。

少なくとも、拘束室のような場所ではない。


とはいえ、コーヒーやお茶は出てこない。

そして、扉の前には、巡視隊の二人が槍を持って立っている。

間違いなく、外からの何かを警戒してではなく、涼とアベルがどこにもいかないように……であろう。



アベルは、部屋に通される前から、ある事に気付いていた。


そして、椅子に座ってから、小さな声で涼に聞いた。

「リョウ、俺の体に、被せたか?」

「ええ、<アイスアーマー ミスト>です。突然、攻撃されても大丈夫なように、僕らにかけてあります」

<アイスアーマー ミスト>は、涼がスージェー王国のイリアジャ女王のために改良した、見えにくい氷の鎧だ。


「慎重だな」

「経験が、僕を賢くしたのです」

涼は一度頷いた。


そして、言葉を続ける。


「アベル、僕は以前、似たような状況に置かれたことがあります」

「ん? そうなのか? 西方諸国でか?」

「ええ。人助けをして、こんな風に待っていたのです。称賛されるかなと思って。ああ、あの時は、ちゃんとコーヒーも出ていました。しかし、助けた人たちの上司が兵隊さんを連れて入ってきて、僕を逮捕しようとしました」

「それは……大変だったな」


涼は、西方諸国マファルダ共和国の、諜報特務庁で起きた事を思い出して話した。

あの時は、先方が入手していた情報が間違っていて起きた事だった。

そして、入ってきた兵隊たちも、まず涼を遠巻きに囲んだ。

だが、あれで、いきなり攻撃をしてきていたら……。



それら全てを考えて、今回は先に手を打っておく!



五分後、扉が開かれ二人の人物が入ってきた。

一人は、巡視隊の隊長ソロン。

もう一人は、六十歳前後の女性。


「クベバサに関する情報を提供していただけると聞きました。間違いありませんか?」

「我々の知っている範囲であれば」

女性が問うと、涼は丁寧に答えた。

少し微笑みすら浮かべて。


だが、涼が心の中で考えていたのは別の事だ。

(この女性は……ちょっと困りました)

すぐにシナリオの変更を行う。


「私は、ミファソシの代官、スー・クーです」

代官スー・クーは、丁寧にあいさつした。


「中央諸国ナイトレイ王国の涼と申します。自治都市クベバサから参りました」

「……同じくナイトレイ王国のアベル」


涼の説明に少し驚いた表情を浮かべた後、アベルも同じように自己紹介した。

まさか、ナイトレイ王国の名を出すとは思わなかったのだ。


「中央諸国? それはまた遠い所から。ソロン隊長からの報告にはありませんでしたが」

「申し訳ございません。その部分をお伝えするのを忘れておりました」

代官スー・クーの問いに、笑顔で答える涼。


そう、うっすら微笑みから、笑顔に変えた。

邪気の無い……つまり、無邪気な笑顔に。



代官スー・クーは、少しの間、無言であったが、それ以上は問わずに、本題に入った。


「お二人に、代官所までご足労いただいた理由は、ソロン隊長がお伝えした通りです。クベバサに関して、さらに大公国に関しての情報をお持ちであれば、お伝えいただきたいと思ってのことです」

「なるほど」

代官スー・クーが問い、涼は一度頷いた。


頷いたが、口を開こうとしない。

もちろん、笑顔のままだ。


代官スー・クーが、何か言うのを待っている。

アベルは、そう見て取った。



はたして……。



「もちろん、ただとは言いません。相応の情報には、相応の対価を支払う準備があります」

「ありがとうございます」

代官スー・クーが言い、涼はすぐに感謝して頭を下げた。


そして、言葉を続けた。

「とはいえ、情報が多いですので……知りたい情報をお尋ねいただければ、それにお答えする。そのような形でいかがでしょうか?」

「構いません。では最初は……」



そして、代官スー・クーが尋ね、涼が答える、という質疑応答がしばらく続いた。



涼は、基本的に、クベバサに住んでいる人なら知っている情報を、正直に答えた。


つまり、ヘルブ公の正体や、青い島の事などは触れずに。

政府広報や、発表された事は、知る限り詳細に。



結果、一時間以上、質疑応答が行われ、代官スー・クーは満足したようであった。



「ありがとうございました。このミファソシに、まだ届いていない情報を得る事ができましたこと、感謝いたします」

代官スー・クーは、頭を下げて感謝を表した。


「いえいえ。お役に立てたようで何よりです」

涼は、説明中も基本笑顔で、今も笑顔のまま小さく頷く。



そうして、代官スー・クーは、話題を変えた。


「お二人は、ソロン隊長に、クベバサから来て、北に向かう予定だと伝えたとか」

「はい。より正確に言えば、ボスンター国のジョンジョンにです」

「そうですか、ジョンジョンに。このミファソシが、ボスンター国の街であることは……」

「正直知りませんでした。我々は、船でジョンジョンに向かっていたのですが、沈んでしまいまして。なんとか陸地に辿り着いて、そこを北に進んでいたら、このミファソシの巡視隊の方々に見つけていただきましたので」

「なるほど」

涼が説明し、代官スー・クーは頷いた。


だが、一瞬だけその視線が鋭くなった事に、アベルは気付く。



「お二人がもたらしてくれた情報には感謝しています。ですが……誰でも彼でも、首都ジョンジョンに向かわせるわけにはいきません。お二人の身分を保証する物などは、何かありませんか?」

「でしたら……」

涼はそう言うと、(かばん)の中から、一通の封筒を差し出した。


「こちらに、アティンジョ大公国のヘルブ公よりいただいた紹介状がございます。ジョンジョンで役に立ててくれといただいたものです」

涼はそう言うと、封筒を代官スー・クーに渡した。


封筒から書状を出し、スー・クーは、一読する。


「なるほど。ヘルブ公と言えば、大公の弟であり、強力な呪法使いとしても知られているお方。そんな大物直々に紹介状を出すとは……お二人は重要人物なのですね」

「いえいえ。ヘルブ公は大使として、クベバサに赴任してこられまして……。そこで運よく知遇を得て、紹介状を書いていただいただけです。いや、本当に気さくな方でした」


代官スー・クーの追及を、笑顔でかわす涼。



代官スー・クーは、涼をしばらく見た後、手元の書状にもう一度目を落とした。


「疑うわけではないのですが、この書状、本物かどうか確認したいので、しばらくお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「……ええ、もちろんです。預かり証をいただければ、問題ありません」

代官スー・クーの申し出に、一瞬だけ返答が遅れた涼。

だが、すぐに切り返した。


「預かり証?」

「はい。ヘルブ公の紹介状をお預かりしました、みたいに一筆入った書類をいただければ大丈夫です」

「分かりました。後ほど、発行させましょう」

「ありがとうございます」


(預かり証なんて、聞いたことない……)

アベルは心の中でそう思った。



多分、涼以外の人間は、同じことを思ったであろう……。



「お二人が宿泊される宿は、こちらで手配させていただきます。情報をいただいたお礼と、この紹介状をお借りするためです。巡視隊の者も付けますので、何か入用があれはお申し付けください」

「ありがとうございます」

代官スー・クーの申し出に、涼は深々と頭を下げた。


もちろん、監視下に置かれるのだということは認識している。

巡視隊も、監視で付くのだというのも理解している。


とはいえ、それは仕方ないとも思っている……。



だが、打てる手は、打っておくべきだろう。



「そうそう、実はこのアベルに、マントを買ってやりたいと思っております。今のままですと、いろいろと目立ちますので。お勧めの服屋さんなど、ありましたらご紹介いただけると助かります」

「服屋?」

「はい。そういう所に、買い出しというか、買い付けに行きたいと思っておりますので……。あ、もちろん、その際にも、巡視隊の方に護衛していただけると心強いです」

「分かりました」

代官スー・クーはそう言うと、後ろをチラリと見た。


そこには、巡視隊のソロン隊長がおり、視線を受けて頷いた。



そして、涼とアベルは、ようやく代官所を出ることができた。


もちろん、巡視隊の『護衛』付きで。




護衛付きで、宿に向かう二人。

巡視隊は、前と後ろに二人ずつで、涼とアベルを挟んでいる。


とはいえ、歩きながら小さい声であれば、聞こえなさそうだ。


「なあ、リョウ。何でさっきの代官には、いろいろ正直に話したんだ?」

「それは……あの代官さん、連合のロベルト・ピルロ陛下を思い出させる感じがあったからです」


連合十大国の一つ、カピトーネ王国の先王ロベルト・ピルロ。

涼とは、西方諸国への使節団で一緒であった。


齢七十五歳を数えているが、強い魔法使いとはこういうもの……そう、涼に感じさせた人物である。

実際、十三年前に起きた、王国と連合の全面戦争『大戦』において、連合の魔法使いとして最前線で戦ったこともあるのだ。

当時、現役の国王だったのに。


対抗した王国のイラリオン・バラハやアーサー・ベラシスといった歴戦の魔法使いたちですら、苦戦したという。


そんなロベルト・ピルロは、魔力や魔法を感じ取る事ができる。


これは、涼などであれば当然できるが、詠唱に頼っている中央諸国の魔法使いは、できない者がけっこう多い。



代官スー・クーを見て、熟練の魔法使い、あるいは呪法使いだと、涼は瞬時に感じ取った。

そして、多くの経験を積み、広い見識を持った人物であるとも。

涼やアベルの恰好を見て、東方諸国の者ではないという認識すら持つかもしれないと。


ロベルト・ピルロに似た空気とは、そういうことだ。


「なるほど。で……どうなると思う?」

「どうなると言われても……待つしかないんですよね」

「ふむ」

「紹介状が人質……まあ、人じゃないですけど、向こうの手にありますからね」

「あれ、無くても大丈夫ではあるだろ?」

「もちろん、大丈夫です。でも、あの人たち、まだ僕らを敵とは認定していないじゃないですか? であるなら、わざわざこちらから敵になる必要もないかなと。あわよくば、首都への移動も手伝ってもらえないかなと思ったのです」

涼はニヤリと笑った。


悪ぶった笑み……そう、三流役者のような……。


「そうだな……また、密林抜けるのは嫌だからな」

「確かに……」

アベルも涼も、小さなため息をついた。


だが、一般的な冒険者が、二人の密林での動きを見て、今のセリフを聞いたら激怒するかもしれない。

なぜなら、一般の冒険者からすれば、二人はまったく苦労していないからだ!


密林の移動は、本当は、もっともっと大変なものなのだ……。


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