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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
551/930

0510 密林を抜けたら

「アベル……どうして僕たちは、ジャングル……密林の中を歩いているのでしょうか」

「……竜王の街が、密林の中にあったからだろうが。どうしようもないだろ」


涼とアベルは、再び、二人で密林の中を進んでいた。

理由は、アベルが言った通り……密林から抜け出るためだ。


「僕らって、魔人ガーウィンの魔法暴走に巻き込まれて飛ばされてから、ずっと密林を歩いている気がするんです」

「言われてみれば……最初の海岸からマニャミャの街に行った時も、密林の中を歩いて行ったか」

「懐かしいですね。もう、何年も昔の事のように思えます」



まだ半年も経っていない。



「時間が経つのはとても早いですね。すぐに竜王のヌールスさんには会えるのかもしれません」

「確かにな」

「アベルも、すぐにお爺ちゃんになってしまうかもしれませんね」

「え……。いくら時間が経つのが早くても、そこまではないだろう」

涼の言葉に反論するアベル。


「アベルは弓矢も扱えますね?」

「ああ、まあ、一通りは」


アベルは、かつてウィットナッシュの開港祭で、見事な弓の腕前を見せたことがある。

間違いなく、一流以上の腕だ。


光陰(こういん)矢の如し、という言葉があります。過ぎ行く時の流れは、矢のように早いということわざです。油断していると、何もなしえないうちにお爺ちゃんになってしまいますよ」

「そうか……。毎日を、一生懸命に生きろということだな」

「そういうことです」

アベルが何かを決意するかのように頷き、涼も同意した。



三十分後。

「アベル、今日の移動はこれくらいにしましょう。なんか、同じ景色ばかりで飽きちゃいました」

「おい……毎日を、一生懸命に生きろじゃなかったのか」


人の心とは、難しいものだ。



二人は、竜王ヌールスと別れてから六日後、密林を抜けた。


「ようやく抜けたな」

「草原が広がっていますね! いいですね、こういう景色を望んでいたのですよ!」


喜びに満ちた言葉を吐く涼を、ジト目で見るアベル。


「どうせ今度は、草原ばかりで景色の変化がないとか言うんだろう?」

「失敬な! 僕がそう言うのは、クリエイティブな時間の使い方をしたいからこそなのです!」

「くりえい……何?」

「ああ……創造的な思考……みたいなものです」


涼は慌てて説明したが、結局アベルには通じていないようだ。

首を傾げている。


「知っていますかアベル。人が、いろんな事を閃きやすい環境というのは、一千年も昔から知られているのです」

「ほっほぉ~」

(おう)陽脩(ようしゅう)という人が言いました。馬上(ばじょう)(ちん)上、()上の三上なのです」

「馬上は……馬の上ということか? それはなんとなく分かるな」

アベルが頷いている。

経験があるのかもしれない。


「そう、まさに今話題にしたいのは馬上です。馬に乗って移動している時もそうですが、移動、旅そのものも含むのです。旅先でも閃きやすいのですね。いつもと違う環境に身を置くと、いろいろと閃きやすいのです。だから、かつての文豪たちは、温泉旅館に(こも)って名作を書き上げたのですよ。常に、閃きブースト状態なわけですから、家で書くより凄いものができあがるのは道理です」

「後半はよく分からんが……だから、景色が変わった方がいいと?」

「ええ」

「リョウは何か閃きが必要な……小説を書いたりしているということか?」

「え? い、いえ……その……そう! 『腹ペコ剣士アベル』シリーズの続編を、いろいろ考えているのですよ」

「ほぉ~」

アベルの視線は、やはりジト目だ。


「何ですかその目は! 僕が言ったことを信じていないのですか!」

「馬上がどうこうというのは信じるが、リョウ自身を信じるのはちょっと……」

「ひどい……」



草原に入っても、北に向かって突き進む二人。


「なあ、リョウ」

「何ですか、アベル。ここには、ケーキはありませんよ?」

「うん、なぜ俺がケーキを欲しいなんて言うと思ったんだ?」

「もうそろそろ、夕方の三時です。三時のおやつの時間かなと思いまして……」

「密林の中を進んでいる間も、おやつなんて食わなかったよな?」

「密林は、空まで生い茂る木があったのであれですけど、ここは空が開けているじゃないですか? 空からケーキが降ってきてもいいと思うんです」

「ねーよ!」


世界は、甘くないらしい。


「やはり、このネタの展開は強引過ぎました。もう少し、スムーズに展開して、それでいて面白く……難しいですね。どんな分野でもそうですが、プロの人たちは凄いです」

「そうだな、リョウが何を言っているのか、俺には全く分からないわ」

涼が小さく首を振り、アベルは大きく首を振る。



結局その日、空からケーキは降ってこず……。


草原で狩ったウサギ……魔物ではなく普通の動物であるウサギが、塩とコショウで焼いて晩御飯となった。


平和に一日が過ぎる。



問題は、翌朝起きた。


「アベル、僕らは包囲されようとしています」

「何?」

朝食を食べ終えてゆっくりコーヒーを飲んでいる時に、涼がアベルに言った。


「完全ではないのですけど、包囲しつつある人たちの装備が、みんな統一されているっぽいので、盗賊とか山賊とかじゃないとは思うんです」

「冒険者でもないな。騎士や、街の守備隊あたりか」

「そろそろ、自由都市から持ってきた手持ちのコーヒー豆もなくなりそうなので、その調達もするべきだと思うんです。ただ……」


涼はそこで、言葉を切った。

視線は、ちらりと<台車>に向く。


「あれ、目立ちますよね」

「まあ……な」

小さめの<台車>だが、二人の財産が入っている。


大公国の船に乗船する時は、それぞれ他の荷物と一緒に抱えて運んだが、金貨なために、けっこうな重量がある。

一人ずつ持ったとしても、自然に歩くのは難しいだろう。

絶対に怪しまれてしまう。


「いっそ……届け出て、預けてしまうか?」




五分後、二人は包囲された。

「我々は、ミファソシの街の巡視隊である。職務上尋ねたいことがある」

「ああ、はいはい、お仕事、ご苦労様です。それでいったい、どのような事でしょうか?」


二十人の巡視隊が、涼とアベルを囲み、隊長と思われる一番立派な革鎧を着た人物が、そう切り出した。

涼が、必要以上に丁寧に答える。


ローブを着ていて決してゴツくなく、顔も優し気で柔らかな雰囲気を(かも)し出す涼が丁寧な口調で話すと、相手の口調もとげとげしくはなくなる。


自分から落ち着いた口調で話せば、相手も落ち着く。


会話、交渉の基本だ。



「うむ、殊勝(しゅしょう)である。私は隊長のソロンだ。街の狩人が、昨夕、この方面から煙が上がっているのが見えたと通報があった。そのため我々が出張ったのであるが、先ほども遠目に煙が見えた。どちらも、お前たちであるな?」

「はい、おそらくは我々だと思います」


隊長ソロンの問いに、涼は頷いて答える。

それも、できるだけ短く。

与える情報は最小限に。


「どこから来たのか。そして目的地がどこなのかを聞きたい」

「はい。我々は、自由都市……いえ、今は自治都市クベバサより参りました。品物を買い付け、北に運ぼうかと思っております」

「なるほど、商人か」

涼は決して嘘はついていない。隊長ソロンが、商人だと勝手に思っただけだ。


「ん? 今、クベバサを自治都市、と言ったか? 自由都市から訂正したな? どういうことだ」

「はい。自由都市クベバサは、隣国アティンジョ大公国に占領されました。正式に、政府より大公国の保護下に入るとの宣言も出されました。ですが、先日……大公国から自治権が認められ、自治都市クベバサと呼ばれることになりました」

「本当か!?」


涼が説明すると、隊長ソロンはかなり驚いた。

二人を包囲する巡視隊も、槍を構えたままだが、隣同士、小声で話している。


「お前たち……その件に関して、街の代官所で報告して欲しい」

「え?」


こうして、涼とアベルは、代官所に連行される事になった。

もちろん、捕縛されてはいない。

丁重にだ。



だが……。


「お前たちの荷物は……それだけか?」

隊長ソロンは、二人の足下にある、氷の箱を見た。

氷はくすんでいて、中に何が入っているのかは見えない。

二人で肩に担ぐように、箱から氷の棒が出ている……。


「はい、買い付け資金にございます。街に行くのは構いませんが、これを運ぶのに時間がかかりますが……」

「よい。それはこちらで運ばせよう」

隊長ソロンがそう言うと、巡視隊から、ひと際体の大きい二人が出てきて、氷の箱を担いだ。


「おお、さすがですね。では、よろしくお願いいたします」


こうして、涼とアベルは、街の代官所に向かうのであった。


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