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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0054 ある日のルンの街 中

ゴールデンウィークなので、追加投稿します。

翌火曜日、九時過ぎ。

涼は、ダメもとで悪魔についての資料を求めて、南図書館に行った。



涼と朝食を食べた後、十号室の三人はギルドの掲示板の前にいた。

ニルス、エトは、火曜は地上依頼をこなす日だ。

アモンもそれに乗っかることにした。

地上依頼もこなしていかないと、E級に上がるのが相当に遅くなってしまうのだ。


それに、ダンジョンに二日連続で潜るのは、精神的な意味で推奨されていない。

まあそういうわけで、地上依頼をこなそうとギルドの依頼掲示板を見に来たのだが……。


「ダンジョンに潜るの禁止、って書いてありますよね、あの注意書き」

アモンが、依頼掲示板の端に貼ってある注意書きを読んだ。

「ああ……書いてあるな……」

昨日、受付嬢のニーナは、「ゴブリンアーチャーが第五層で発見されたので注意を」という注意書きを貼ると言っていたのだが……なぜかダンジョン禁止になっているのだ。

「あの後、何か追加で情報が入って来たのでしょうかね」

エトも首をひねった。




同じ頃、ルンの街中央部にあるダンジョン。

その地上入り口前に、赤き剣四名、白の旅団二十名が揃っていた。


「こんにちはフェルプスくん。二十名とは、旅団の半分じゃないか。残り半分は潜らないのか?」

「おはようアベル。今回の二十名は、全員C級以上の冒険者です。危険なことが分かっている場所に、D級冒険者を連れていくことはできませんよ」


白の旅団は、全四十名から成るパーティーというか、一種の『クラン』あるいは『互助会』のようなものだ。

ただし誰でも入れるわけではなく、D級以上の冒険者で、なおかつフェルプスが人格的に問題無しと認めた者だけが、所属を許される組織。


その中でも、団長フェルプス、副団長シェナを中心とした最精鋭六名が、ヒューからは『核心部隊』と呼ばれている、全員B級で構成されたB級パーティーであった。

その核心部隊は、もちろん揃っている。



「お、もう赤も白も揃ってるな」

たいていギルド本部に詰めているヒューが、出張所から出てきた。


「珍しいな、ギルマスがこっちの出張所にいるとか」

アベルが非常に珍しいものを見た、という顔でヒューを見ている。

「お前さんたちが戻ってきたら、すぐ判断しなきゃいかんからな。今日はこっちの出張所に詰めておく。昨日言った通りだ。じゃあ、潜ってもらおうか」

そういうと、ヒューは門番に扉を開ける指示を出そうとした。


「待て、ギルマス」

「ん? どうしたアベル」

「ちょっと嫌な予感がする。リン、風魔法の<探査>で第一層を探ってくれ」

「りょうか~い」

そういうと、リンは扉の前に立って詠唱した。


「命の鼓動と存在を 我が元に運びたまえ <探査>」


リンから探査の波動が拡がっていく。

扉の向こう、百段の階段を下りた先、第一層の大広間に波動がついたとき、リンの顔色が変わった。


「第一層大広間に、反応多数。数百ではすまない数だよ」

「すでに大海嘯がそこまで来ているか」

リンの報告に、アベルが顔をしかめる。


「くそったれ。全員退避! 第一防壁の上に退避だ。騎士団本部、ギルド本部に連絡。大海嘯がすでに起きている。魔物が出てくるぞ」

ヒューが、指示を飛ばす。


出張所の職員を含めて、防壁内の階段に向かう。

騎士団本部に連絡する者は防壁に上がらず、大通りに出て北にある騎士団本部に向かった。

ギルド本部に連絡する者は南へ。




「マスター、全員防壁内に避難完了。防壁入口封鎖完了しました」

その報告をした瞬間、ダンジョン入り口の扉が吹き飛んだ。

「来たな……」


元々、地球においては、『大海嘯』とはアマゾン川の大規模な逆流ポロロッカを指すことが多い。

それは、何か多くの生き物が同時に川をさかのぼっていくかの様な、雄大で恐ろしい光景である。


この『ファイ』のルンの街における大海嘯も、恐ろしさではひけを取らない。

あるいはおぞましさでは圧倒しているであろう。


ダンジョン入り口付近、防壁で囲まれた場所は決して狭くない。

陸上競技場の四百メートルトラック程度はあるのだ。

縦一五〇メートル、横七五メートル程度の楕円に近い形状。

だが、そこ一面に魔物が溢れつつあった。



立錐の余地も無いとは正にこのこと。

あまりの数に、赤き剣も白の旅団も、誰一人声を発しない。


そしてそれは、前回の大海嘯を実際に見たはずのギルドマスター、ヒュー・マクグラスも同様であった。

(何だこの数は……前回はここまではなかったぞ。しかも、まだ奥で詰まっていやがる)

想定以上の魔物の多さに、ヒューの背中を嫌な汗が伝った。


とは言え、やることは決まっている。

魔物の殲滅。

それが出来なければ、この魔物が街に溢れ、ルンの街は壊滅するのだ。


「出来る限り遠距離攻撃で削る。魔法と弓矢で攻撃しろ。前衛は、やつらから飛んでくる矢を斬り落として魔法使いと弓士を守れ」

冒険者を引退して九年、ほとんどを書類との格闘に明け暮れているとはいえ、腐っても元A級冒険者である。

潜ってきた修羅場の数は、ここにいる誰よりも多い。


赤き剣も白の旅団も優秀な集まりだが、明確な序列があるわけではない。

そうなると、やはり『ギルドマスター』が指揮をとるのが、最も混乱が少ないであろうというのは確かであった。

指揮系統の一本化、それは戦うためには絶対に必要なプロトコルである。




ヒューの号令の元、戦闘が始まった。

とはいえ、戦闘と言うより、一方的な虐殺。


十メートルはあろうかという防壁の上から、赤き剣と白の旅団が、魔法と矢で攻撃する。

散発的な反撃もあった。

大多数のゴブリンの中に、わずかにゴブリンアーチャーが混じっている。

だが、その矢のほとんどは防壁の上まで届かなかった。

また、届いたとしても、剣士や盾使い達が完全にはじき返していた。



赤き剣と白の旅団が陣取っているのは、南側の防壁。

それは北側には、別の者たちが防衛に当たる予定だったからだ。



そして戦闘開始から十分後、北の防壁に待ちに待った援軍が現れた。

ルン辺境伯領騎士団である。


「遠距離攻撃で出来るだけ数を減らせ」

基本プランは冒険者たちと同じだ。

もちろん、ギルドマスターであるヒューが、騎士団長ネヴィル・ブラックと前日に打ち合わせておいたからだ。


(忙しかったが、昨日のうちにやっておいてよかった……)

ヒューはしみじみと思った。

騎士の栄誉とかでいきなり突撃されて、味方の数が減ったりしたら大変なことになっていたからだ。

(もっとも、ネヴィルはあんまりそういう執着は無いみたいだがな)




ほんの少しだけ時間を遡る。



ダンジョン入り口の異変が、冒険者ギルドに伝わった時、ギルドにはけっこうな人数の冒険者がいた。


今日、ダンジョンに潜ろうと思っていた者たち。

今日、地上依頼を受けようと思っていた者たち。


どちらも、異常な何かが起きているということは感じていた。

他のパーティーと話し合ったり、情報の交換を行っている。

情報の重要性は、A級冒険者だろうがF級冒険者だろうが知っているのだ。

もっとも現在、ルンの街にはA級冒険者はいないが……。



そんな中に、伝令が駆け込んできて叫んだ。

「大海嘯発生! 魔物が地上に出てくる」


その言葉だけで、躊躇なく動けたのは、C級、D級冒険者たちであった。

すぐに武器を持って、ダンジョン入り口に向かって走った。


残されたE級、F級冒険者たちも、長く迷う必要はなかった。

ギルド職員の声が響き渡ったからだ。

「大海嘯はダンジョンから魔物が溢れ出てくる現象です。これは最重要緊急クエストです。皆さんも、ダンジョン入り口周囲にある防壁の上からの攻撃なら出来るはずです。急いで向かってください」

どうすればいいか迷っていた冒険者たちも、それを聞いて一斉に動き出した。


ギルドで情報交換をしていたニルス、エト、アモンたちもダンジョン入り口に向かうのであった。



防壁入口では、ギルドが備蓄している弓と矢が配られた。

ギルド本部に置いておいても、かなりな量の為、先に移動しておいたのだ。

それが、今、ここで効いていた。


とりあえず、矢が尽きることを心配せずに放つことができる。

これは精神的にも非常に大きかった。

なぜなら、どれだけ倒しても、魔物が尽きる様子が見られなかったから……。



「くそ、全然減らねえな」

アベルは愚痴を言いつつも手を休めずに矢を放ち続けた。

本来、剣士のアベルだが、このレベルの冒険者ともなると、近距離、中距離、遠距離全てにおいて、それなりの攻撃手段を持っているものだ。

当然、アベルの弓も平均をはるかに超えたレベルであった。


またその隣では、神官のリーヒャも同様に矢を放っている。

アベルには劣るが、そう遠くない位置にいるゴブリンを狙い撃っている。


「持久戦ね。でも、このゴブリンたちを倒さないと、大物は出てこないでしょ?」

大物……今回の大海嘯はゴブリンが中心らしい……ということは、最終的にはゴブリンジェネラルを倒せば終わると思われるのだ。

逆に言うと、まだダンジョンから出てこないジェネラルを倒さない限り、終わらない。


「リン、まだまだ先があるからな。最後は、俺らや『旅団』が突っ込んで倒しに行くことになるだろうから、魔力は温存しとけよ」

「りょうか~い」

「とはいえ、こいつらを一撃で一掃できる魔法があるなら、やっちゃってもいいぞ?」

「あるわけないでしょ! わかってるのに言わないで!」

風属性魔法使いのリンは、座り込んで魔力の回復に専念していた。

この状況では、どうしても弓矢に比べれば、継戦能力で大きく劣ってしまう。



赤き剣から少し離れた場所では、槍士である白の旅団の団長フェルプスが、こちらも当然のように矢を放っている。

その横でも、魔法使いの副団長シェナが矢を放っている。


後から合流した旅団員二十名も揃って、全四十名が防壁の一角に陣取って、遠距離攻撃を仕掛けていた。

そのうちの三十名ほどが矢を放っていた。

本職の弓士は五名だけだが、今は質より量が必要な場面なのである。


「各自、水分補給は怠るなよ。ゴブリンと、わずかなゴブリンアーチャーしか出てきていないんだ、先は長いぞ」

矢を放つ手を止めることなく、的確な指示を出していくフェルプス。

旅団員の中には、さすがに数十分も矢を放ち続けたためか、弦を引きしぼるのが困難になってきている者も出てきていた。

本職の弓士ではないため、やはり余計な力が変なところに入っているためであろう。

それを、神官が回復魔法で治癒して、また前線に戻していく。


だが……まだまだ終わりは見えなかった。



ヒューは指揮を執りながら、報告を待っていた。

(うちの優秀な職員たちなら、そろそろ戻ってくるはずだが……)


「マスター!」

防壁の外、街路からヒューを呼ぶ声が聞こえた。

「来たか!」

「街、南側にある全ての武器屋から、矢を調達してきました。その数、およそ八万」

「おぉ~」

ヒューの周りにいたギルド職員と、冒険者たちから感嘆の声が上がる。


「よし。さっそく冒険者たちに配ってくれ」

「マスター、北側の調達部隊も七万近い矢を調達。今、騎士団の元へ運んでいるとの報告が来ました」

「よしよし! まだしばらくは遠距離だけで戦えるな」



この間、ニルス、エト、アモンの三人は何をしていたのか?

エトは、神官として防壁上のパーティーの間を動き回り、回復して回っていた。

そしてニルスとアモンは、矢を各パーティーに届けて回っていた。


「アベルさん、街の武器屋から調達した矢です」

ニルスは樽いっぱいの矢を二樽、赤き剣の元へ運んできた。

「おお、ニルスか。助かるわ。そろそろ矢が尽きかけていたからな」

アベルは、僅かにニルスの方を振り向いて頷いた。


「あと、ギルドマスターからの伝言です。赤き剣は、最後に突っ込んでもらうからそのつもりで、だそうです」

それを聞いてアベルは大きく笑った。

「だろうな。了解している、とギルマスに伝えてくれ」

「はい。では、ご武運を」

そういうと、ニルスは踵を返し、ヒューにアベルの返答を伝えるために走って行った。


「ほんっと、補給の大切さってのを、嫌でも考えさせられるぜ」


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