0505 死闘
涼の体はボロボロだった。
顔を含め、あちこちに裂傷、打撲の跡がみえる。
ローブの下は外からは見えないが、実はかなりの箇所が内出血していた。
致命傷こそないが、継戦能力はじわじわと削り取られている。
全て、パストラの魔法攻撃による傷だ。
涼のローブは、妖精王のローブである。
そのため、魔法攻撃を弾く。
パストラは、放った火属性の攻撃魔法がローブで弾かれたのを見た後、すぐに土属性のみでの攻撃に切り替えた。
石礫による飽和攻撃。
数十本、数百本の攻撃魔法なら、村雨で切り捨てる事ができる涼だが、さすがに浴びせ続けられる石礫全てを切り捨てる、あるいはよけ続けるのは不可能だ。
王都の城壁を使って、自身の<アイシクルランス>を反射させて、向かってきたものを村雨で斬る……そんな訓練をしていた涼であるが、それでも完全には防げていない。
いや、そんな非常識な訓練をした経験があったからこそ、決定的なダメージを受けないで立ち続けられているのかもしれない。
主に、目へのダメージはなんとかして避け続けているが……。
確かに妖精王のローブは、魔法を弾く。
だがローブで弾かれはしても、物理的ダメージはなくならない。
つまり、ローブを貫くことはなくとも、当たったら痛い。
服の上からでも、投げつけられた石が当たったら痛いであろう?
そういうことだ。
石礫の何度かの斉射……とはいえ、放たれたのは数万本の石だが……でこの状況。
その結果が、あちこちの内出血となっているのだ。
「フフフ、リョウ、そろそろ諦めて実験に協力する気にならんか?」
「なるわけないでしょう」
「ここで痛い思いをするよりも、実験で痛い思いをする方が、研究の役に立つぞ」
「意味が分かりませんね」
パストラの言葉を、はっきりと拒否する涼。
村雨を構えているが、体はボロボロ。
傷一つついていない村雨と、ローブが、逆に際立って見える。
もちろん、涼は諦めていない。
客観的に見れば、絶望的な状況だ。
魔法は使えず、パストラは常に距離をとって近接戦に持ち込めず。
もちろん、正確には魔法が使えないわけではない。
だが、魔法を使っても、すぐに魔法制御を奪われてしまうのだ。
理屈では、パストラが魔法攻撃を仕掛けてきたタイミングで、例えば<アイスウォール>を発生させて攻撃を弾く……ということが考えられる。
だが、攻撃は一瞬で終わるわけではない。
最初の数百個、数千個の石礫を弾けても、魔法制御を奪われた瞬間から、再び<アイスウォール>を張るまでの間に、数多の石礫が当たってしまう……。
<アイシクルランス>は、生成した途端に魔法制御を奪われる……飛ばす事すらできない。
そして、再び……。
「<石雨>」
「<アイスウォール20層>」
石礫を一秒受けたあたりで、<アイスウォール>が消滅する。
「<アイスウォール20層>」
再び張りなおすが、その間に、ダメージが蓄積された。
だが、今回は、今までとは違う。
「<積層アイスウォール20層>」
氷の壁を常に分厚くし続ける。
パストラに迫る氷の壁。
「ぬるい! <簒奪複写>」
パストラが叫んだ瞬間、積層で増えていた氷の壁が、全て、一瞬で消滅した。
「馬鹿な……」
さすがに呆然とする涼。
一枚ずつ制御を奪われるのなら、奪われる以上に作ればいい……そう考えて積層に重ねていったのだが……。
「フフフ、いい考えだったが、無駄。一個ずつ奪い取るのは面倒だから、丸ごと奪ってあげたのよ。同じ氷の壁だからね、できるの」
パストラは楽しそうに笑う。
涼の『積層』のような技法に対しても、対策が準備してあったのだ。
「さあ、今度こそ、オレの実験に……」
「まだです! <ウォータージェットスラスタ>」
涼は、叫ぶと同時に、パストラに向かって飛んだ。
「<石壁>」
パストラが、石の壁を生成してリョウの突進を阻む。
だが、すぐに村雨によって斬り裂かれる。
「<石壁>」
再び、パストラが、石の壁を生成してリョウの突進を阻む。
再び、村雨によって斬り裂かれる。
「<石壁>」
三度、パストラが、石の壁を生成……しようとした……。
「<動的水蒸気機雷>」
石の壁が生成される空間に、涼が水蒸気機雷を混ぜ込む。
その結果、石の壁の生成は失敗した。
「なっ……」
驚くパストラ。
<ウォータージェットスラスタ>で、完全に村雨の間合いに入った涼。
カキンッ。
涼の必殺の一撃は、突然、パストラの手に生じた剣によって弾かれた。
「くっ……」
「まさか、剣を持つことになるとは……なんたる屈辱」
顔をしかめる涼、顔を歪めるパストラ。
二人とも、とても悔しそうだ。
「剣も強い……」
「剣など野蛮な道具……持たされるとは……。許さぬぞ、リョウ。実験では、あえて苦痛の多い方を選択してやる!」
「結局、何も変わらないと思うのです……」
涼はため息をついた。
乾坤一擲の一撃は届かなかった。
だが、涼は絶望しない。
なぜなら、初めて、相手の想定を上回ったのだ。
想定を上回って、初めて、相手の余裕を奪い取れる。
余裕を奪い取らねば、策は通じない。
自分を上回る相手に勝つには、策にはめなければならない。
そのためには、相手が冷静ではダメだ。
この戦いにおいて、涼は初めて、パストラの冷静さを奪い取ることに成功した。
そうなれば、いくつか使える手段が出てくる。
「<アイシクルランス16>」
(<アイシクルランス256>)
正面から、あえての十六本の氷の槍。
「<簒奪>」
当然、魔法制御を奪われ、消される。
無音の、上方からの二百五十六本の氷の槍自由落下。
「<簒奪>」
これも、魔法制御を奪われ、消される。
だが、パストラの意識は、正面、上と動かされた。
当然、パストラも、すぐに、次の攻撃が周囲から来るのではないかと身構える。
しかし、違う。
(<氷筍2>)
地面から、パストラの両足の甲を貫いての、氷のつらら!
「うぎゃ」
さすがに、想定外の痛みに声をあげるパストラ。
もちろん、ダメージはたいしたことない。
痛いだろうが……それだけだ。
別に構わない。
狙いはそこではない。
狙いは、文字通りの足止め。動けなくすること。
「出でよ、ニール・アンダーセン!」
その涼の声によって、ナイフの鞘が淡く光った。
錬金術の光だ。
現れたのは潜水艦、ロンド級二番艦ニール・アンダーセン。
「なんだ……それは……」
パストラの驚きの声は、とても小さい。
心底驚いているからこその、小ささ。
「この戦いに終止符を打つものです! マーク256魚雷、32本、前部砲門解放。発射!」
涼の声に応じて、ニール・アンダーセン号の前部砲門が開き、魚雷が発射される。
もちろん、ここは水中ではないが、攻撃目標であるパストラは、すぐ目の前だ。
<ウォータージェットスラスタ>で進む魚雷であるため、水中でなくとも問題ない。
「くっ、<石壁>」
足を縫い付けられ、動けないパストラは石の壁を生成して魚雷を防ぐ。
同時に、響くキーン、キーンという小さいが甲高い音。
錬金術で生成されたものの、魔法制御を奪おうとすると響く音。
パストラは、目の前に現れた存在感のある『ニール・アンダーセン号』の魔法制御を奪おうとしている……。
そして、失敗している。
もちろん、彼女の正解は、自分の足を縫い付けている氷のつららの制御を奪って、行動の自由を回復することだ。
だが、それをしなかった。
それが、冷静さを奪っておいた策。
どうしても、目の前に現れた存在感があり、攻撃をしてくるものを排除しようとする……人でなくとも悪魔であっても、それが当たり前なのだ。
「捕獲腕起動!」
捕獲腕が、魚雷で傷ついた石壁を突き破る。
クラーケンすら捕まえる剛腕だ。
ニール・アンダーセン号から伸びた、そんな六本の剛腕が、パストラの両手両足を拘束した。
同時に、村雨の切っ先を、パストラの喉元に突き付ける。
その上で、涼ははっきりと宣言した。
「僕の勝ちです」
パストラは、驚き、目を大きく見開き……だがすぐに怒りが表情に現れ、ほとんど同時に悔しさから歯を食いしばる。
もちろん涼は知っている。
目の前のパストラは、多分悪魔だ。
そして、悪魔であるのなら、首を斬り飛ばしても死なない。
だから、四肢を拘束し、喉元に村雨を突き付けても、勝ちと言っていいのかどうか正直分からない。
だが、同時に、悪魔のプライドの高さも知っている。
そして、ある種の潔さも。
いや、まあ、負けても、何度も戦おうとしてくる者たちでもあるのだが……。
「分かった……オレの負けだ」
パストラは、目を瞑り、一度大きく息をついてからはっきりと言った。
その瞬間、捕獲腕による拘束も解かれた。
それを見て苦笑するパストラ。
「お人好しだな。騙して、リョウを倒そうとするかもしれんぞ」
「僕の知る悪魔は、そういうことはしません」
涼はポーションを飲んでから、はっきりと言い切った。
それを聞いて、パストラは再び大きく目を見開いて驚く。
「悪魔……我らが何者か知っているのか? 以前、誰かに会ったか? なぜ、そやつはリョウを殺していない?」
「え、いや……殺されたら困るのですが」
「ああ、すまん、なんというか……人の場合、『悪魔』という言葉を知っているだけで、排除の対象であるゆえな」
「そういえば、最初、そんな事を言われた記憶があります」
涼は、初めてルンでレオノールと対峙した時に、そんな事を言われたことを思い出していた。
「誰だ? 誰に会った?」
「……レオノール」
涼の答えに、パストラは文字通り飛び上がった。
「レオノール……あの化物、いやレオノールは、寝ておるのではなかったか? あれ?」
「そういえば、目覚めたばかりだ、みたいな話を聞きましたね。別の人も言っていました」
「目覚めたのか……二百年くらいは会っておらんから……ん? 別の人? レオノール以外にも会ったのか? 誰だ?」
「……ジャン・ジャック」
「ジャン・ジャック……あの痴れ者、いやジャン・ジャックは、まあ、その通りの者か」
化物と言われるレオノール、痴れ者と言われるジャン・ジャック。
涼は、ちょっとだけ二人の事を不憫に思い、小さく首を振った。
パストラは、一度目を瞑ると、大きなため息をついた。
そのため息で、自分の感情を整理したようだ。
「オレの負けだ。どうすればいい? 何が望みだ? 世界の覇権か? 富か? 名誉か? もしや、オレの心と体……」
「あ、いえ、どれもいりませんから」
最後は、顔を赤らめながら問うパストラ。
涼は、全てを拒否した。
なんとなく、以前にも似たようなことを言われた気がする……レオノールに。
「勝っておいて、何もいらんはないであろう。世界の覇権は、さすがにちと時間はかかるが、他はすぐにやれるぞ?」
「いや、まずはこの封廊を……」
「ああ、これは似ておるが封廊ではないのだ。まあ、効果は同じものだが、オレが自分専用に編み出した魔法でな」
パストラは胸を反らしてそう言った。
「そういえば、僕の魔法制御を奪ったりもしましたよね。クラーケンとか海の魔物には奪われたことがありましたけど……あれ? 幽霊船にも? なんか最近、魔法制御を奪われてばかり……」
なぜか落ち込む涼。
「クラーケンなどは、本能でできるからな。オレは研究の成果だ。ん? そういえばリョウも、オレの石の壁を、魔法で妨害したであろう? なかなか面白かったぞ」
「あれは、以前、僕が似た感じの事をやられたことがあったんです。魔法の生成を妨害されました」
パストラの言葉に、涼は懐かしそうにそう言った。
かつて戦った、暗殺教団の首領『ハサン』にやられた技だ。
「おっと、では空間を元に戻すか」
パストラがそう言うと、唐突に、元の世界に戻った。
「うぉ?」
涼の耳に、懐かしい声が聞こえた。
どこかの王様剣士が、突然空間が戻って、驚いたらしい。
「もう少しで、魔王子を倒せそうだったのに」
アベルの呟きは、涼にも聞こえた。
涼は小さく首を振って言った。
「知っていますか、アベル。そういうのを、脳筋というのです」
「むぐ……」




