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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
546/930

0505 死闘

涼の体はボロボロだった。

顔を含め、あちこちに裂傷、打撲の跡がみえる。

ローブの下は外からは見えないが、実はかなりの箇所が内出血していた。


致命傷こそないが、継戦能力はじわじわと削り取られている。



全て、パストラの魔法攻撃による傷だ。



涼のローブは、妖精王のローブである。

そのため、魔法攻撃を弾く。


パストラは、放った火属性の攻撃魔法がローブで弾かれたのを見た後、すぐに土属性のみでの攻撃に切り替えた。

(いし)(つぶて)による飽和(ほうわ)攻撃。


数十本、数百本の攻撃魔法なら、村雨で切り捨てる事ができる涼だが、さすがに浴びせ続けられる石礫全てを切り捨てる、あるいはよけ続けるのは不可能だ。


王都の城壁を使って、自身の<アイシクルランス>を反射させて、向かってきたものを村雨で斬る……そんな訓練をしていた涼であるが、それでも完全には防げていない。

いや、そんな非常識な訓練をした経験があったからこそ、決定的なダメージを受けないで立ち続けられているのかもしれない。



主に、目へのダメージはなんとかして避け続けているが……。



確かに妖精王のローブは、魔法を弾く。

だがローブで弾かれはしても、物理的ダメージはなくならない。

つまり、ローブを貫くことはなくとも、当たったら痛い。

服の上からでも、投げつけられた石が当たったら痛いであろう?

そういうことだ。


石礫の何度かの斉射……とはいえ、放たれたのは数万本の石だが……でこの状況。


その結果が、あちこちの内出血となっているのだ。



「フフフ、リョウ、そろそろ諦めて実験に協力する気にならんか?」

「なるわけないでしょう」

「ここで痛い思いをするよりも、実験で痛い思いをする方が、研究の役に立つぞ」

「意味が分かりませんね」


パストラの言葉を、はっきりと拒否する涼。


村雨を構えているが、体はボロボロ。

傷一つついていない村雨と、ローブが、逆に際立って見える。



もちろん、涼は諦めていない。



客観的に見れば、絶望的な状況だ。


魔法は使えず、パストラは常に距離をとって近接戦に持ち込めず。



もちろん、正確には魔法が使えないわけではない。

だが、魔法を使っても、すぐに魔法制御を奪われてしまうのだ。

理屈では、パストラが魔法攻撃を仕掛けてきたタイミングで、例えば<アイスウォール>を発生させて攻撃を弾く……ということが考えられる。


だが、攻撃は一瞬で終わるわけではない。


最初の数百個、数千個の石礫を弾けても、魔法制御を奪われた瞬間から、再び<アイスウォール>を張るまでの間に、数多の石礫が当たってしまう……。


<アイシクルランス>は、生成した途端に魔法制御を奪われる……飛ばす事すらできない。



そして、再び……。



「<石雨>」

「<アイスウォール20層>」


石礫を一秒受けたあたりで、<アイスウォール>が消滅する。


「<アイスウォール20層>」

再び張りなおすが、その間に、ダメージが蓄積された。



だが、今回は、今までとは違う。


「<積層アイスウォール20層>」

氷の壁を常に分厚くし続ける。


パストラに迫る氷の壁。



「ぬるい! <簒奪(さんだつ)複写>」


パストラが叫んだ瞬間、積層で増えていた氷の壁が、全て、一瞬で消滅した。


「馬鹿な……」

さすがに呆然とする涼。


一枚ずつ制御を奪われるのなら、奪われる以上に作ればいい……そう考えて積層に重ねていったのだが……。



「フフフ、いい考えだったが、無駄。一個ずつ奪い取るのは面倒だから、丸ごと奪ってあげたのよ。同じ氷の壁だからね、できるの」

パストラは楽しそうに笑う。


涼の『積層』のような技法に対しても、対策が準備してあったのだ。


「さあ、今度こそ、オレの実験に……」

「まだです! <ウォータージェットスラスタ>」

涼は、叫ぶと同時に、パストラに向かって飛んだ。


「<石壁>」

パストラが、石の壁を生成してリョウの突進を阻む。


だが、すぐに村雨によって斬り裂かれる。



「<石壁>」

再び、パストラが、石の壁を生成してリョウの突進を阻む。


再び、村雨によって斬り裂かれる。



「<石壁>」

三度、パストラが、石の壁を生成……しようとした……。

「<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)>」

石の壁が生成される空間に、涼が水蒸気機雷を混ぜ込む。


その結果、石の壁の生成は失敗した。


「なっ……」

驚くパストラ。


<ウォータージェットスラスタ>で、完全に村雨の間合いに入った涼。



カキンッ。



涼の必殺の一撃は、突然、パストラの手に生じた剣によって弾かれた。



「くっ……」

「まさか、剣を持つことになるとは……なんたる屈辱」

顔をしかめる涼、顔を歪めるパストラ。


二人とも、とても悔しそうだ。


「剣も強い……」

「剣など野蛮な道具……持たされるとは……。許さぬぞ、リョウ。実験では、あえて苦痛の多い方を選択してやる!」

「結局、何も変わらないと思うのです……」


涼はため息をついた。



乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃は届かなかった。



だが、涼は絶望しない。

なぜなら、初めて、相手の想定を上回ったのだ。


想定を上回って、初めて、相手の余裕を奪い取れる。

余裕を奪い取らねば、策は通じない。


自分を上回る相手に勝つには、策にはめなければならない。

そのためには、相手が冷静ではダメだ。



この戦いにおいて、涼は初めて、パストラの冷静さを奪い取ることに成功した。



そうなれば、いくつか使える手段が出てくる。


「<アイシクルランス16>」

(<アイシクルランス256>)


正面から、あえての十六本の氷の槍。

「<簒奪>」

当然、魔法制御を奪われ、消される。


無音の、上方からの二百五十六本の氷の槍自由落下。

「<簒奪>」

これも、魔法制御を奪われ、消される。



だが、パストラの意識は、正面、上と動かされた。

当然、パストラも、すぐに、次の攻撃が周囲から来るのではないかと身構える。


しかし、違う。


(<氷筍2>)

地面から、パストラの両足の甲を貫いての、氷のつらら!


「うぎゃ」

さすがに、想定外の痛みに声をあげるパストラ。


もちろん、ダメージはたいしたことない。

痛いだろうが……それだけだ。


別に構わない。

狙いはそこではない。

狙いは、文字通りの足止め。動けなくすること。


「出でよ、ニール・アンダーセン!」

その涼の声によって、ナイフの(さや)が淡く光った。

錬金術の光だ。


現れたのは潜水艦、ロンド級二番艦ニール・アンダーセン。



「なんだ……それは……」


パストラの驚きの声は、とても小さい。

心底驚いているからこその、小ささ。



「この戦いに終止符を打つものです! マーク256魚雷、32本、前部砲門解放。発射!」



涼の声に応じて、ニール・アンダーセン号の前部砲門が開き、魚雷が発射される。

もちろん、ここは水中ではないが、攻撃目標であるパストラは、すぐ目の前だ。

<ウォータージェットスラスタ>で進む魚雷であるため、水中でなくとも問題ない。


「くっ、<石壁>」

足を縫い付けられ、動けないパストラは石の壁を生成して魚雷を防ぐ。

同時に、響くキーン、キーンという小さいが甲高い音。


錬金術で生成されたものの、魔法制御を奪おうとすると響く音。


パストラは、目の前に現れた存在感のある『ニール・アンダーセン号』の魔法制御を奪おうとしている……。

そして、失敗している。


もちろん、彼女の正解は、自分の足を縫い付けている氷のつららの制御を奪って、行動の自由を回復することだ。

だが、それをしなかった。


それが、冷静さを奪っておいた策。


どうしても、目の前に現れた存在感があり、攻撃をしてくるものを排除しようとする……人でなくとも悪魔であっても、それが当たり前なのだ。



捕獲腕(マニュピレーター)起動!」


捕獲腕が、魚雷で傷ついた石壁を突き破る。

クラーケンすら捕まえる剛腕だ。


ニール・アンダーセン号から伸びた、そんな六本の剛腕が、パストラの両手両足を拘束した。

同時に、村雨の切っ先を、パストラの喉元に突き付ける。


その上で、涼ははっきりと宣言した。

「僕の勝ちです」



パストラは、驚き、目を大きく見開き……だがすぐに怒りが表情に現れ、ほとんど同時に悔しさから歯を食いしばる。



もちろん涼は知っている。

目の前のパストラは、多分悪魔だ。

そして、悪魔であるのなら、首を斬り飛ばしても死なない。

だから、四肢を拘束し、喉元に村雨を突き付けても、勝ちと言っていいのかどうか正直分からない。


だが、同時に、悪魔のプライドの高さも知っている。

そして、ある種の潔さも。


いや、まあ、負けても、何度も戦おうとしてくる者たちでもあるのだが……。



「分かった……オレの負けだ」

パストラは、目を瞑り、一度大きく息をついてからはっきりと言った。


その瞬間、捕獲腕(マニュピレーター)による拘束も解かれた。


それを見て苦笑するパストラ。

「お人好しだな。騙して、リョウを倒そうとするかもしれんぞ」

「僕の知る悪魔は、そういうことはしません」


涼はポーションを飲んでから、はっきりと言い切った。


それを聞いて、パストラは再び大きく目を見開いて驚く。


「悪魔……我らが何者か知っているのか? 以前、誰かに会ったか? なぜ、そやつはリョウを殺していない?」

「え、いや……殺されたら困るのですが」

「ああ、すまん、なんというか……人の場合、『悪魔』という言葉を知っているだけで、排除の対象であるゆえな」

「そういえば、最初、そんな事を言われた記憶があります」


涼は、初めてルンでレオノールと対峙した時に、そんな事を言われたことを思い出していた。



「誰だ? 誰に会った?」

「……レオノール」

涼の答えに、パストラは文字通り飛び上がった。


「レオノール……あの化物、いやレオノールは、寝ておるのではなかったか? あれ?」

「そういえば、目覚めたばかりだ、みたいな話を聞きましたね。別の人も言っていました」

「目覚めたのか……二百年くらいは会っておらんから……ん? 別の人? レオノール以外にも会ったのか? 誰だ?」

「……ジャン・ジャック」

「ジャン・ジャック……あの()れ者、いやジャン・ジャックは、まあ、その通りの者か」


化物と言われるレオノール、痴れ者と言われるジャン・ジャック。

涼は、ちょっとだけ二人の事を不憫(ふびん)に思い、小さく首を振った。



パストラは、一度目を瞑ると、大きなため息をついた。


そのため息で、自分の感情を整理したようだ。



「オレの負けだ。どうすればいい? 何が望みだ? 世界の覇権か? 富か? 名誉か? もしや、オレの心と体……」

「あ、いえ、どれもいりませんから」

最後は、顔を赤らめながら問うパストラ。

涼は、全てを拒否した。


なんとなく、以前にも似たようなことを言われた気がする……レオノールに。



「勝っておいて、何もいらんはないであろう。世界の覇権は、さすがにちと時間はかかるが、他はすぐにやれるぞ?」

「いや、まずはこの封廊を……」

「ああ、これは似ておるが封廊ではないのだ。まあ、効果は同じものだが、オレが自分専用に編み出した魔法でな」

パストラは胸を反らしてそう言った。


「そういえば、僕の魔法制御を奪ったりもしましたよね。クラーケンとか海の魔物には奪われたことがありましたけど……あれ? 幽霊船にも? なんか最近、魔法制御を奪われてばかり……」

なぜか落ち込む涼。


「クラーケンなどは、本能でできるからな。オレは研究の成果だ。ん? そういえばリョウも、オレの石の壁を、魔法で妨害したであろう? なかなか面白かったぞ」

「あれは、以前、僕が似た感じの事をやられたことがあったんです。魔法の生成を妨害されました」

パストラの言葉に、涼は懐かしそうにそう言った。



かつて戦った、暗殺教団の首領『ハサン』にやられた技だ。



「おっと、では空間を元に戻すか」

パストラがそう言うと、唐突に、元の世界に戻った。



「うぉ?」


涼の耳に、懐かしい声が聞こえた。

どこかの王様剣士が、突然空間が戻って、驚いたらしい。


「もう少しで、魔王子を倒せそうだったのに」

アベルの呟きは、涼にも聞こえた。


涼は小さく首を振って言った。

「知っていますか、アベル。そういうのを、脳筋というのです」

「むぐ……」


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