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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
545/930

0504 三つの戦い

その空間は、もはや涼にとってはおなじみとも言える空間。


「封廊……」

涼は呟いた。


アベル、ヘルブ公と分断された。


「アベル……死んでしまったら、ズルーマ書記官さんみたいに、ヘルブ公に『施術』してもらえば、生き返るかな?」

物騒な事を呟いているが、いちおう心配してはいるのだ。


だが、すぐに意識を戻し集中する。


目の前に、先ほどの眼鏡女性が現れた。



「幻人も、人族の剣士も共に珍しいが……お前は格別だね。なんなのだ、その体から溢れる雫は」

眼鏡女性が涼の頭の先から足の先まで、何度も何度も見ている。


さすがに、居心地が悪い。


「妖精の因子とか、妖精の雫とかいうやつですか」

「ああ、そうそう、それ。なんとも珍しいね。そんな珍しい者が、この東方諸国の海上にいるというのも……運命というのは恐ろしい」

「運命……」

「オレが実験をしていたところに現れたのだ。これを運命と呼ばずして何と言うの?」

眼鏡女性はそう言って、何度も頷く。


「別に来たくて来たわけではなくて……。この島というか、死竜が大陸南部に近付いてきているのは困るのです。それを排除するために来ました」

「ふむ。まあ、人としては困るであろう。だが仕方ないのだ。今回の実験には、いろいろと材料が入用でね。せっかく死竜を見つけたから、急遽やることにしたけど……巻き込まれる人たちには申し訳ないと謝っておこう」

「……どれくらいの人を巻き込む予定なのですか?」

「はっきりとは分からないけど……百万人くらい?」

眼鏡女性は、少し考えて答えた。


「困ります」

「うむ、それは分かるよ。だけど、大いなる結果を手に入れるためには、多くの犠牲が払われる……昔から変わらぬ真理なのだ。でも……」


眼鏡女性は、再び、涼を頭の上から足の先までじっくりと見回す。


「今、オレの目の前には、大いなる実験よりも興味深いものがある」

「いえ、ありません。僕のために、百万人の人に犠牲になってもらったほうがいい気がします……」

「薄情な事を言うなよ。そう、ほんの五十年ほど、オレの実験に付き合ってほしい」

「何ですかそれ」

「ただの解剖実験。その溢れる雫を……」

「お断りします!」

「世界の真理に近付くことができるかもしれないんだよ?」

「僕とは関係のない遠い世界で、世界の真理に近付いてください」


涼は、小さく首を振った。


「そうそう、オレの名前はパストラだ。お前の名前は何という?」

「……涼です」

「リョウか、いい名だな。解剖対象リョウ。うむ、気分が高揚するな」

「しません!」

「どうしてもというなら、麻酔をかけてから解剖しても良いぞ? 自然な反応が見られないから、オレは好きじゃないが……」

「いや、麻酔をかけないで解剖とか……痛いじゃないですか!」

「そう! 痛いのだ。ああ……リョウは、痛いのが嫌いなタイプか?」

「大嫌いです!」


世界は、色々と難しいらしい。


「どうしても、解剖実験に協力してはくれないのか?」

「しません!」

「こんなに頼んでも?」

「絶対嫌です!」

「そうなると、力づくでやることになるよ。殺してでも……」

「解剖されるよりはましです。……え? 殺してでも?」

「殺して、脳を中心に情報を吸い出して……」

「……」


パストラは、小さく首を振った。

涼は、呼吸を整える。



「やむを得ん。<石牢>」

「<アブレシブジェット2048>」


涼を捕らえるべく、周囲に発生した石の牢獄。

だが、氷研磨入りの水の線が、瞬時に切り刻む。


「なに!? 風? いや水? 水で石を切るとは面白いな。やはり解剖実験を……」

「お断りです!」

驚きから、嬉々(きき)とした表情に変わりながら、解剖実験に誘うパストラ。

当然、拒絶する涼。


「ならば力づくでも!」

「最初から力づくでしょう!」

「<石雨>」

「<アイスウォール20層パッケージ>」


降り注ぐ石の雨。

それを弾く氷の覆い。



だが……。



カキンッ。


いつの間にか生成した石の槍をパストラは持ち、突く。

石の雨は陽動だったのだ。


もちろん、その程度は涼の想定内。

村雨で受ける。


「何、その剣? 氷の剣? 面白いな、いやあ面白い。なんとしても解剖してみないと!」

「死んだら、解剖しても意味がないと思うんですが!」

「大丈夫大丈夫、うまくやるから」

「大丈夫だとは思えません!」


掛け合いのように言葉を交わしているが、繰り広げられる戦いは、驚くほど激しく鋭い。


「足を斬り飛ばそうとしています……」

「捕まえた後で縫ってあげるから大丈夫大丈夫」

「あなたにしろヘルブ公にしろ、人の足や首は、簡単に縫い付ければOKというものではありません……」

「縫ってちょちょ~いってやれば、大丈夫。見た目ばれないから」

「……それ、足は動くんですか?」

「もちろん、動かないよ?」

「勘弁してください……」



「<風炎槍>」

「<アイスウォール20層>」


炎を纏った風の槍を、氷の壁で弾く。

なかなかに幻想的な光景だ。



「う~ん、その氷の壁は厄介だね。それがあるだけで、魔法攻撃が弾かれる」

「もっと強い攻撃をしたらどうですか?」

「十分強いでしょ」

口をへの字にして不満そうに言うパストラ。


だが、涼は思う。

(多分、このパストラって人は悪魔なんだよね。レオノールやジャン・ジャックと似ているから。でも、魔法の威力はそれほどじゃない。レオノールの魔法なら、『積層』じゃないと防げないもんね……)


結論として、こう考えたのだ。

(魔法戦なら、いける?)



だが、そこに全知全能の存在がいれば、こう言ったであろう。

「それはフラグ」だと。



「決めた! 心を折って、解剖実験に協力してもらう! リョウは魔法使いだからね。魔法使いの心を折るなら、これでしょう。<簒奪(さんだつ)>」

パストラが唱えた瞬間、涼を守っていた氷の壁が取り除かれ、空中で消えた。


「え?」

さすがの涼も、何が起きたのか、一瞬理解できなかった。


「まさか……。<アイスウォール>」

「<簒奪>」

再び、氷の壁が取り除かれ、空中で消えた。


「<アイシクルランス4>」

「<簒奪>」

パストラに向かって飛んだ四本の氷の槍も、途中で軌道を変えて空に向かって飛び、空中で消えた。


「まさか魔法制御を奪われた?」

「ククク、どうかね、自らの魔法生成物を奪われる気持ちは。魔法と魔力を研究すれば、こんなことが可能になるのだよ」

驚く涼に対して、ニヤリと笑ってドヤ顔で言うパストラ。


「……かなり深く魔法を研究してきたのですね」

涼はそう言うと、うっすらと笑った。

そして、言葉を続ける。

「それ、僕もできるようになりたいんですが……」

「そう簡単にはいかんよ? オレらの仲間内でも、他にできる者はいない。二十万年くらいは研究をしないと……」

「長い……」

「研究とは時間のかかるものだ」

「そこは同意します」

涼は、ようやく同意できる部分があって、頷いた。


これまでの内容は、同意できる部分など全くなかったので。


「<簒奪>を見せれば、だいたい心は折れるのだが……リョウは折れぬか。だが、魔法のない魔法使いでは、そもそも戦えまい?」

「そうですか?」

涼は、少しだけ首を傾げる。


確かに、魔法が使えない状況はいろいろと難しい。


魔法無効空間での戦いを、これまでにも何度かやってきたが、いつも難しい戦いだった。


しかも今回は、相手は魔法を使い放題なのだ。

だが、こちらは使えない。



「とはいえ、まだ手はあります」

涼はそう言うと、村雨を、正眼に構えた。


涼が最も得意とし、最も基本となる構え。


難しい状況に陥ったら、基本に立ち返る。

人は、それで答えが見える場合があるのだ。


「剣でお相手します」

涼は、はっきりと言い切った。




『封廊』によって分断された中で、もしかしたら、アベルが最も相手と噛み合った戦いになっていたのかもしれない。


分断直後は、さすがに混乱した。

だが、それも三秒もすれば落ち着く。


その辺の有象無象とは、冒険者としての経験が違う。

涼が、スクウェイ会長に偉そうに語っていた冒険者としての知見のような、薄っぺらいものとは違うのだ。


「初めての空間だな。さっきまでいた場所とは、何か違う?」

涼にとっては『封廊』は、もはや慣れた空間だが、アベルは違う。


だが……。


「ダンジョン四十層に飛ばされた時と、少し似ているか?」

ルンの大海嘯(だいかいしょう)後の調査で、ダンジョンに潜った際に、四十層に強制転移されたことがあった。

その時の、四十層を覆っていた感じに似ていると認識した。


後に、涼が「できの悪い封廊」と評しただけあって、似ていたのかもしれない。



アベルは気配を探って、涼もヘルブ公も、近くにいない事は分かっていた。

同時に、死竜も傍らにいた女性もいないというのも、理解していた。


しかし、何もいないわけではない。


「前方から……何か来るな」

抜剣して構える。


正直、アベルは、剣さえあれば何とかなるだろうと考える事が多い。

まぎれもない脳筋思考なのだが……指摘されたら、否定するだろう。

だいたいにおいて、指摘してくる水属性の魔法使いも、脳筋思考であるため……どっちもどっちだ。



「おいおい……本当にダンジョン四十層を思い出させるじゃないか」

前方からやって来たのは、剣を携えたデビルの一団。


だが、ダンジョン四十層で見たものとは少し違う。


「こいつらも、ワイバーン同様に黒いな」


そう、黒いのだ。

目だけが赤い。


「ワイバーンみたいに、誰かに作られたか?」

アベルの問いに答える者は、もちろん誰もいない。



近付いてきたデビル。

先頭の一体だけが剣を抜いた。


「何だ? 一対一でもやってくれるのか?」

アベルは油断なく剣を構えたまま呟く。


剣を抜いた一体だけが進み出てきて、他の者たちは少し離れて見ている。


「ふん、こっちとしては、願ったりかなったりだが?」

アベルは薄っすらと笑った。



一番厄介なのは、数で押してくる相手だ。

自らの犠牲をいとわず、がむしゃらに。


囲まれれば、必ず隙が生まれ、そこを突かれる。

倒し続けても、いずれは疲労がたまり、不覚をとる。

数で勝るというのは、ただそれだけで、圧倒的に有利なのだ。



だが、目の前のデビルたちは、とりあえずは、数の優位を利用しないらしい。


「俺の手並みを見てみたいか?」

目の前で剣を構えたデビルに対して言ってみたのだが……もちろん返事はない。


「フンッ」


アベルは、大きく一歩踏み込んだ。膝が曲がる。

自然と、体が低い位置に落ちる。

そして、重心を前に移動しながら、後ろ足を引き付ける。膝が伸びていく。

自然と、低い位置にあった体が上がってくる……同時に振られる剣。


下から、デビルの左腕の付け根を斬り飛ばす。

間髪を容れずに体を回転させ、後ろから首を斬った。



まさに、瞬殺。



それを見て、他のデビルたちは動揺……はしなかったらしい。

むしろ嬉しそうに、次のデビルが前に出てくる。


「知っているか、お前さんたち。そういうのを、脳筋というらしいぞ」

アベルは、ニヤリと笑って、剣を構え、そう言い放った。




『封廊』によって分断された三人の中で、最も望み通りの結果になったのは、ヘルブ公であったろう。

なぜなら、目の前にはターゲットがいたからだ。


「クックック……死竜と一対一。これ以上の状況はないぞ」

禍々しい笑みを浮かべ、すでに人の大使としての仮面は脱ぎ捨てられている。


「リョウかアベル……あるいは両方が、あの女と対峙しているわけか。ワイバーンを生み出す女? ハッ。厄介極まりない。あんなのがいたら、死竜を倒すのが厄介になっていただろうが……この空間にはおらんようだな」

話し方は、完全に人ではないようだ。



「死竜、お前を葬る策は準備してきている。とはいえ、しばし時間がかかる。それまでおとなしく……」


ヘルブ公は横っ飛びで、飛んできた何かを避けた。


「黒い……針か? 死竜は動かず、自ら攻撃をすることもない……するのは攻撃された際の、反撃のみと聞いていたのだが……。それゆえに朽ちた竜だと。自ら攻撃してくるとは、我らが知る死竜とは少し違うようだな」

ヘルブ公は顔をしかめて呟く。


呟きながら、懐から黒い呪符を出した。

黒い紙に、白い文字で描かれている。


今回のための、特別製だ。


その黒い呪符に魔力を込めながら、死竜の周りを移動する。

移動しながら、黒い呪符を地面に設置していく。


地面に設置された黒い呪符には、死竜の攻撃は当たらない。

周りの空間が歪んでいるのか、死竜の黒い針がそれるのだ。


かつて、スージェー王国イリアジャ女王の即位式で、大謁見の間に貼られた呪符たちが、涼の攻撃を全てそらしたように……。


そのため、ヘルブ公は、自分が死竜の攻撃をよけることを中心に動いている。



「悪いな死竜。攻撃はできても、自分の体は動かんだろう? これは、<地縛>も織り込んだ魔法陣でな。もうすぐ完成するから、待ってろ」


ヘルブ公はそう告げながら、黒い呪符を置いていく。


その声は、最初にあった荒々しさは減り、むしろ憐れみを感じさせる声音となっていた。

元々、死竜自体に恨みはないのだ。

色々と時間が押している中、やるべき仕事が増えて厄介になった……という程度でしかない。


しかも、自由都市の併合を進める中で、強力な魔法使いと相棒剣士も出てきた。

全力で戦えば勝てるだろうが、それでも犠牲が大きく出る。


全力を出せる状態で、しかも全ての条件が整うか、逆にいろいろ終了すれば戦ってみたいとは思うのだが……。


少なくとも今は、戦いたくない。



そうしたら、向こうから面倒ごとの解決を手伝ってくれるときた。


それが、今だ。

ならば、さっさと済ませるに限る!


「待たせたな、死竜」


ヘルブ公は、最後の黒い呪符を地面に設置して、そう告げた。


その言葉への答えではないのだろうが、死竜が今までで最高本数の黒い針を飛ばす。

だが……。


全ての針が、ヘルブ公をよけて飛んでいった。

「おとなしく消滅しろ」

ヘルブ公はそう言うと、一度深い呼吸を行ってから、詠唱に入った。



「天の五芒 地の五芒 宙に満ち 大地に満ち 全てを引き裂く汝の空よ 塵よ 灰よ 赤き血を飲み干して 天に帰れ 地に潜れ 己が形を空に帰し あるべき姿に戻らせよ 朽ちるものは朽ち 移るものは移り 識るべきものは識れ 闇に迷いし塵の端よ 汝の刻は過ぎた 消滅し 新たなる刻を刻みたまえ <諸行変遷>」



唱え終えると、設置された黒い呪符全てが、稲妻を放った。

地面から空に向かって。


「ギョオアアアアアアアアアア」


死竜の、声が響く。

死竜は、声を出せないはずなのだが、確かに辺りに響き渡った。


それは、無いはずの心の叫びか。

抜け殻であり、朽ちるだけのものである死竜。

それでも、元のドラゴンの何かが残ってはいたのかもしれない。


ヘルブ公には知る由もない。



十秒近く続いた地からの稲妻が終わると、死竜は消滅していた。


「想定通りの相手に、想定内で最も恵まれた状況でしたからね。何の問題もなく終わりましたか」

声も喋り方も、人に戻った。


「しかし、死竜が消えたのに、この空間は消えない……」

ヘルブ公は、周りを見回して呟く。

未だ、いつもとは違う空間に囚われたままだ。


「黒いワイバーンを作った者が死なない限り、このままですかね。リョウ殿かアベル殿か……どちらかが倒すまで待ちましょう」


ヘルブ公は微笑んで、言葉を続けた。


「邪魔をしていた死竜の問題は片付きました。まあ、連邦と自由都市の併合そのものは、間に合いそうです……完全に飲み込むのは難しそうですね。南下してくる前に、対抗できるだけの国力を集めねばなりませんが……。兄上ですら、正確な時期は分からないとなると、かなり厄介です。そもそも、あれほど強力な者たちがいるというのが……世界の均衡から考えておかしい……。どれほど巨大な帝国であっても、人の身である以上、さしたる抵抗もできないでしょう」


ヘルブ公は、小さく首を振る。

どう考えても、素晴らしい未来は見えてこないからだ。


「もう十年、私が早く生まれていれば……」

小さくため息をつくのだった。


ついに、1億5千万PVに到達いたしました!

それもこれも、毎日読んでくださる読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


これからも、毎日投稿し続けていきますので、楽しく読んでいただけると嬉しいです!

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