0501 島について
涼とアベルは、スージェー王国大使館の馬車に乗って、首相官邸に到着した。
簡単に中を確認されただけで、馬車回しに案内される。
二人が馬車から降りると、二十人以上の守備隊に出迎えられた。
『出迎え』といっても、もちろん文字通りの意味ではない。
二人が危険人物であると知られているのだろう。
守備隊の者たちは、全員緊張している。
そして、二人を囲んだまま、全員で移動し始めた。
「首相官邸の守備隊にも、アベルの凶悪さは伝わっているようです」
「俺じゃなくて、ローブの魔法使いに気をつけろと言われているんじゃないか?」
「僕は、どこからどう見ても、人畜無害の優しい魔法使いですよ? アベルのような、見るからに恐ろしい、恐怖を振りまく剣士と一緒にしないで欲しいですね」
「時々思うんだ。よくそこまで、適当な事が言えるなと。それは一種の才能だな」
「失敬な! 常に考えているからこそ、とっさに出てくるのです。これは、努力の賜物なのです」
「なんという無駄な努力だ……」
二人の会話は、もちろん、周りを囲む守備隊員にも聞こえている。
だが、誰も口を開かない。
「でも事実を知らないって怖いですよね」
「何の事だ?」
涼が、少し音量を上げて、普通の会話の声の大きさで言う。
アベルは訝しげに問う。
「だって、守備隊の人たち、恐怖の剣士アベルの剣閃の範囲内ですよ? 抜剣一閃で、二十人の首が飛ぶ光景は、さすがに怖いです」
「おい……」
涼が言った瞬間、守備隊員たちの顔が強張るのが見えた。
アベルは呆れた声を出したが、同時に二人の周りを囲んだまま移動している守備隊員たちの幾人かが、剣に手を伸ばしそうになっているのが目に入る。
涼とアベルは、かなり凶悪な人物、あるいは要注意人物として知られているらしい。
「そう心配するな。さすがに一太刀で二十人は斬れん」
アベルが安心させるように言う。
だが、もちろん、守備隊員たちは安心しなかった。
むしろ、先ほどよりも顔が強張っているようだ。
理由が分からずに首を傾げるアベル。
それを見て、涼は小さく首を振ってから口を開いた。
「余計に怖がらせてどうするんですか」
「いや、安心させてやろうと……」
「一太刀で二十人は斬れんの、どこが安心させる言葉なのか……」
「そうか?」
「彼らは知っているのです。アベルが、剣を使わずに人を殺せるということを」
涼の言葉に、いよいよ、横を歩く守備隊員がチラリと二人を見始めた。
「う~ん……でもここまで言っても、逃げ出さないとは。この人たち、かなり鍛えられていますね」
「まあ、首相官邸の守備隊だからな。王国で言えば、近衛連隊みたいなものだろう? 国の最精鋭というやつだ」
「そんな人たちを言葉でいじめるなんて……」
「情報収集は必要だろうが。どれほど鍛えられているかは、知っておかないとな」
あえて、二十人全員に聞こえるように言う二人。
そう、決して意地悪で会話していたのではないのだ。
情報収集の一環だったのだ。
……多分。
しばらく歩いて、彼らは、大きな扉の前に着いた。
扉が開かれ、入るように促される。
「アベル殿、リョウ殿が到着されました」
守備隊の隊長らしき人物が、部屋の中に告げた。
「ああ、どうぞ、中へ」
聞いたことのある声だ。
広い部屋の中には、三人の男性がいた。
そのうちの二人は、涼もアベルも知っている人物。
一人は、目的のヘルブ公。
もう一人は、大公国大使館にいたズルーマ二等書記官。
「あ、あれ? あの書記官の人って、アベルが殺しませんでしたっけ?」
「ああ」
「首を斬り飛ばして、手足も斬り飛ばして、心臓も突きましたよね」
「首を斬り飛ばして、手足も斬り飛ばして、心臓も突いたな」
二人は、ただ一人ヘルブ公だけが座るソファーの前に進んだ。
「貴様らは、また性懲りもなく閣下の前に現れおって!」
いろいろ斬り飛ばされたはずのズルーマ二等書記官が、怒った口調で詰問する。
涼は、じっとその首を見た。
そして、大きく頷いて言った。
「首を、糸で繋いだみたいな痕があります」
「くふっ」
涼が言った瞬間、ヘルブ公の口から笑いが漏れた。
「え~っと……」
「ああ、失礼。リョウ殿、その件はちょっとここでは差し控えてもらえませんかね。私の施術なのだが、昨日の今日では、さすがに痕は消えないのですよ」
「施術……」
ヘルブ公が笑いながら説明し、涼は言葉を続けられなかった。
「二人にご紹介しましょう。私自身とズルーマはいいですね。もう一人、そちらに立っていらっしゃるのが、この自由都市の首相でいらっしゃる、ノソン首相です」
ヘルブ公は、座ったまま紹介した。
ノソン首相は無言のまま、表情も変えずに、ただ頭を下げる。
「首相も、呪法で操っているのか?」
「いいえ、正常ですよ」
アベルが問い、ヘルブ公が答えた。
「しかし、呪法で操るというのは……よく分かりましたね。他の大臣方は、確かにそうしましたが。なぜ、その結論に?」
「ただの勘だ」
ヘルブ公の問いに、面白くもなさそうに答えるアベル。
「勘ですか……」
「剣士の勘は、恐ろしいです」
「確かに」
アベルがぶっきらぼうに答え、涼が重々しく頷き、ヘルブ公も同意した。
「さて、ではそろそろ、お二人がやってきた理由をお伺いしましょうか。島に関することだと聞きましたが」
ヘルブ公は、向かいのソファーを二人に勧めてから、促した。
「あの島が、あなたが港湾副大臣に言った『青い島』だな?」
「ええ、その通りです」
「その島には何がある?」
アベルの問いに、ヘルブ公は即答しなかった。
しばらく、何か考えた後で口を開く。
「それを聞いて、どうするのです?」
「ものによっては、俺とリョウが退治する」
アベルははっきりと言い切った。
涼も無言で頷く。
ヘルブ公は、大きく目を見開いた。
その答えに、驚いているようだ。
「確かに……お二人は強い。人間の中では、かなり強いと言えるでしょう。ですが……」
「何がいるのかを教えてはもらえないのか?」
「そうですね……いくつかの可能性があるのです。ですが、確実にいるのは、まず死竜」
「死竜?」
涼とアベルが異口同音に言う。
二人とも、初めて聞く言葉だ。
「文字通り、死んだドラゴンです」
「ドラゴンって死ぬのですか?」
「そう、ドラゴンは数十万年、あるいは数百万年を生きます。ですが、生あるものである以上、いずれは死にます。しかし、死しても、その魂は新たに生まれる体に宿る。そのため、永遠に生きるといっても、あながち間違いではありません」
ヘルブ公の説明に、誰も口を差し挟まない。
「本来は、魂が抜け、肉体は滅びるのですが、それに失敗するドラゴンがいます。魂の一部が、滅びるべき肉体に残ったままのドラゴン。簡単に言えば、それが死竜です」
「そんな事が……」
「魂の一部というより、『魂の幻』の方が近いらしいです。つまり、抜けた魂は、すでに新たな体に収まっている。死竜は抜け殻のようなもの……そういう言い方もできるようです。ですので、ドラゴンたちにしてみれば、抜け殻、ただのゴミ。いずれは死竜も朽ちてなくなる……気にする必要もないもの」
「だが、人にしてみれば……」
「ええ、大きな影響を受けます。時間にしろ力にしろ、巨大なドラゴンたちからすれば、とるに足らないものでしょうが……こちらとしては困る。いずれ朽ちるとはいっても、数百年かかる個体もいます」
アベルもヘルブ公も、顔をしかめながらの会話だ。
「その死竜のせいで、人がゾンビになるのか?」
「はい。自由都市艦隊主力のことですね。そう……あらゆるものを腐らせる。それが死竜だと言っていいでしょう。だから、死竜がいるのは確かです」
「だがそれだけではない可能性がある?」
「おっしゃる通りです。間違いなく、他にも何かがいます。ただ、それが何かは分からない……」
「ふむ」
ヘルブ公は小さく首を振った。アベルは頷いた。
その間、涼はずっと無言のまま聞いている。
涼は、ドラゴンを知っている。
竜王ルウィンとはご近所さんとして、お中元、お歳暮……のようなものも贈っているし、『圧』の出し方も直々に教えてもらったりもした。
そんな竜王は……戦ったとして、とても勝てる相手とは思えない。
いや、勝てる負けるというレベルではなく、小指の先を動かさなくても、涼は消え去ってしまう……それくらいの差がある……と思う。
本当に、神とアリほどの差が。
「ドラゴン本体であれば、どうしようもありませんが、死竜ならなんとかなります?」
「そう……。もしや、リョウ殿は、ドラゴンを知っている?」
「え……あ、いや……あはは、ちょっとだけ……」
ごまかしきれない涼。
「本当に驚くべき二人ですな。悪魔を知り、幽霊船ルリを知り、しかもドラゴンまで知っているとは……」
ヘルブ公は驚く。
「俺は知らん。リョウの領地にいるんだよな?」
「ええ、うちのお隣さんです」
アベルの問いに、涼は頷いた。
「……それは聞かなかったことにしましょう。将来、こちらの命が危うくなりそうです」
「え?」
ヘルブ公が苦笑し、涼が首を傾げる。
ヘルブ公が言ってる意味が、純粋に分からなかったのだ。
「まあ、とにかく、死竜です。なぜ、あそこにいるのか、何がきっかけであそこにいるのかは分かりませんが……。それでも、お二人は退治しに行きますか?」
「ああ、行く」
アベルが即答した。
「分かりました。では私も行きましょう」
「え?」
ヘルブ公が言い、涼とアベルが驚く。
「私が魔力を溜めているのは、そのためです。あれは、少しずつですが西に向かって動いています。つまり、この大陸南部に向かって」
「なんだと……」
「その可能性は、兄上に指摘されていました。ですので、私がこの自由都市に派遣されたわけですが……ただ、想定以上に動きが早まりました」
ヘルブ公は首を傾げて言った。
死竜以外の何かが、移動が早まった原因なのだと考えているのだ。
「明日の朝、分艦隊と共に出発する予定でした。お二人も、それについてくるのでしたら許可を出しますが?」
「なら許可してもらおう。スージェー王国のローンダーク号に乗せてもらうからな」
ヘルブ公に、アベルはそう言い切った。
涼は、ゴリック艦長と乗組員たちを、ちょっとだけ可哀そうに思った。
なぜなら大公国艦隊と一緒になったから……。




