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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
541/930

0500 具体策

ゴリック艦長も、二人に伝えたことを大使館に報告するために、テーブルを離れた。


残されたのは、涼とアベルの二人。


「アベル、自治権獲得のお手伝いって、具体的にどうするんですか?」

「知らん」

「え? 知らんって……」

「最終的には、リョウがまたアティンジョ大公国の大使館に突入すればいいんじゃないか?」

「なんてことを……」

「その時は、俺は門の前で市民と一緒に待っているから……」

「酷いです。全てを凍りつかせて、僕は一人で強く生きていきます」

「冗談だ、冗談」


涼が恨みがましい目で見てきたので、アベルは冗談である事を告げる。


「まあ、具体的に自治権を認めさせる方法は、まだアイデアは無いがな」

「……それって、三日後の会長さん待ちってことですか?」

「ああ、そうだ」

「あれだけ考えこんでいたのに? アベルなら、素晴らしいアイデアを思いついたに違いないと期待していた僕が馬鹿でした。僕の期待を返してください!」

「うん、勝手に期待して勝手に失望しただけだろ。俺のせいじゃない」



人が分かり合うのは、とても難しい事らしい。



だが、涼はくじけない。

分かり合う努力を諦めたら、そこで終了なのだ。


「僕に代案があります」

「ん?」

「前回は、僕が大公国大使館に突っ込みました。まあ、同行の剣士の圧力に負けて仕方なく突っ込んだのですが」

「は?」

「いえ、そこは問題ではなくて。今度は、大公国海軍が集まっている中に、アベルが突っ込むのがいいと思います」

「却下だ」

「なぜ!」

「俺は平和主義者だからだ」

「どの口が言うんですか!」

「いや、リョウにだけは言われたくない!」


やはり分かり合えなかった。



「まあ、その辺りはどうでもいいとして」

「どうでもいいって……」

涼が、それはこっちに置いといて、の手の動きをする。


アベルにも、なんとなくは、その意味が通じたようだ。


ジェスチャーは分かり合えるらしい。


「ゴリック艦長たちが遭遇した島とかいうのが、全ての問題の中心だと思います」

「ああ、それは俺も同感だ」


この点に関しては、涼もアベルも共通認識を持った。


分かり合えるのは素晴らしい。



おそらくそれは、二人が、人ならざる者たちとそれなりに遭遇してきた、その経験の多さによるものだろう。


ベヒモス、グリフォンはもちろん、悪魔や魔人、東方諸国でも幽霊船ルリなど、人ではない者たちとけっこうな関わりを持ってきた。


それはとりもなおさず、人の世界とは別の世界が存在することを、理屈を超えて感覚でも理解しているということなのだ。


感覚でも理解していれば、それは直感に現れる。


「自由都市艦隊主力は、ゾンビになったそうです」

「艦長はそう言っていたな」

「なぜ仲間を増やすのかという、世界の理にも関係する、普遍的な疑問の解決は……」

「うん、そんな事はどうでもいい」

「そんな事……」

アベルの言葉に、深く傷ついた風を装う涼。


もちろん、そんな涼を無視してアベルは言葉を続ける。


「なあ、リョウ」

「何ですか、アベル」

「ヘルブ公は力を溜め込んでいると言っていたよな。それって……」

「ええ、その島に関係しての事でしょうね。島との対決のため……と考えるのが、一番しっくりきます」


アベルは少し考えてから、言葉を続けた。


「つまり、ヘルブ公は、その島が何なのか明確に知っている」

「ですね」

「だが、教える気はなかった」

「そうですね」

「ヘルブ公は味方だとは思わんが……」

「自由都市民に関してみれば、犠牲にはしないでしょう。彼にとっては、民衆は支配の対象です。善い人とは思いませんし、基本的に僕らの敵の匂いがプンプンしますが、支配階級としての矜持(きょうじ)は持ち合わせているでしょう」


涼も、ヘルブ公は味方よりも敵だという認識なのだ。



「そんな人物に自治権を要求するなら……」

「それ相応の手土産があった方がいいでしょうね」

「それはやっぱり……」

「その島……ですかね」

アベルも涼も、根本的な考えは一致していた。


そして、二人は冒険者でもある。

知らないものを知りたい、見たことのないものを見たい……。


それが冒険者。


「また、アベルに巻き込まれそうです」

「何も言っていないだろう?」

「でも、思っているでしょう? その島に行ってみるべきじゃないかと」

「……思っている」

アベルの答えを聞いて、小さく首を振る涼。


だが、アベルにはバレバレだ。


「リョウも行きたいと思っているだろうが」

「そ、そんなことはないですよ。僕は無謀なことはしません……」

「顔がニヤついている」

「そんな馬鹿な!」

アベルの指摘に、慌てて両手で顔を隠す涼。



方針は決まった。

多分に、二人の嗜好に寄った方針であることは内緒である。


次は、具体的な方法を探す。



「近くまで行ければ、上陸は『ニール・アンダーセン』で突っ込めます」

「ああ、ロンド級二番艦か」


それは、涼が錬金術で生み出す『潜水艦』だ。

二人が乗って、クラーケンを倒した実績がある。


「でも、正確な場所が分からないので……」

「実際に行った人たちに連れて行ってもらうしかないか」

「行きたがらないでしょうけどね」

「当然、そうだよな」


二人は小さくため息をついた。


無理強いするのは本意ではない。

だが、今はそれが一番現実的である。



「とりあえず……」

「ああ、スージェー王国大使館に行ってみるか」


そうして、二人は『自由の風亭』を出た。




自由都市外交島、スージェー王国大使館。

ランダッサ大使の前には、ローンダーク号のゴリック艦長が座っている。


「つまり、スクウェイ会長の様子から推測すると、最高評議会は今回の併合を事前に知っており、しかも容認していたということか」

「はい」

ランダッサ大使の確認に、ゴリック艦長は頷く。


『自由の風亭』での会談で、ゴリック艦長はそう確信していた。


「売国……という言葉は激しいかもしれんが、正直そこまでやるか……。信じられん、いや信じたくない」

「ですが……」

「いや、艦長の報告を信じないのではない。私の心情的な話だ」

ゴリック艦長を(さえぎ)り、ランダッサ大使は言う。


状況は理解した。

事情も理解した。

理屈では理解した……。


だが、それでも……だ。


「その事を市民が知ったら、どう思うか……」

「ですね」

「とはいえ、我々にできる事はほとんどない。あくまで大使館だからな」

「軍事的に……抵抗運動が起こった時に、武器の供与はともかく、王国民が支援するのは……」

「ああ、無理だな。スージェー王国の大使館は、もちろん大公国本国にもある。それなりの防備がなされているとはいえ、大公国が本気になれば大使館は陥落するだろう。我々は、人質をとられているようなものだ」

ランダッサ大使は、小さく首を振った。


もし、自由都市民が抵抗するのなら、それを助けたいとは思う。

だが、表立っての支援はできない……。


それが歯がゆかった。



そこに、秘書官が入ってくる。


「アベル様とリョウ様が、大使に面会したいと、表にいらっしゃっております」

「お二人が?」

もちろん面会の約束はない。

そもそも、二人は先ほどまで、目の前にいるゴリック艦長と話をしていたはずで……。


「艦長、思い当たる節はありますか?」

「いえ……」

ゴリック艦長も首を傾げる。


二人が、ここに来るような話の流れは全くなかったからだ。




涼とアベルが入室した。


「ようこそおいでくださいました。ゴリック艦長もおりますが、今日はいったいどのような……」

ランダッサ大使はにこやかに問いかけた。


「実は大使に、折り入ってお願いしたいことがあります。ゴリック艦長にも、深くかかわる事なのですが」

「どうぞ」

「はい?」

アベルが丁寧に言い、ランダッサ大使とゴリック艦長が問い返す。


「単刀直入に申します。私とリョウを、ゴリック艦長が遭遇した島の近くに連れて行って欲しいのです」

「えっ……」

アベルの提案に、文字通りゴリック艦長は絶句した。


しばらく無言であったが、よく見ると、顔に冷や汗が浮かんでいる。


「あの、近くとはいっても、水平線上にその島が見える位置まで連れて行ってもらえば大丈夫です。先ほどおっしゃっていた、海水の色がどす黒く変わる辺りとか、そこまでは近づいてもらわなくても大丈夫ですから」

涼が補足する。



「それでお二人は……そこに行って何をされるのですか?」

「行ってみなければ正確なところは分かりませんが、おそらくは島への上陸になるのではないかと思います」

ランダッサ大使の問いに、アベルが答える。

隣で、涼も頷いている。


「あの……水平線で見えるところまでお連れして、その後お二人はどうやって……」

「そこは方法があります」

「もしや、長い氷の橋ですか?」

「いえ……それは多分、さすがに届かないでしょう」

ゴリック艦長の問いに、涼が首を傾げながら答える。


水平線の向こうは、多分二百メートルよりは遠い……。



「とはいっても、実際、何があるのか全く分からん」

「確かに」

アベルの言葉に、大きく頷くランダッサ大使。


「だが、この自由都市に、一人だけ、あの島に何があるか分かっている奴がいる」

「え? そんな人がいるんですか?」

「いる。ヘルブ公だ」

「えっ……」

アベルが断言し、ゴリック艦長が絶句する。


しばらく無言の時間が続いた。


それを破ったのはランダッサ大使だ。

「アベルさん、それは、確実な情報ですか」

「ああ、確実だ。だからこれから、聞きに行く」

「ふむ……」


ランダッサ大使は、少し考えた後、言葉を続けた。


「ヘルブ公は今、大公国大使館にはいません」

「何?」

「昨日……まあ、大使館本館が壊れたというのもあるのでしょうが、現在、首相官邸に入っておられます」

「昨日……アベルの突撃のせいですね」

ランダッサ大使の説明に、重々しく頷きながら補足する涼。


もはや何も言うつもりはないのだろう。

アベルは、小さくため息をついただけで、何も言わない。



「さすがに、この自由都市の首相官邸ですから、そう簡単には入れないでしょう」

「確かに……さすがのアベルでも、簡単ではないでしょうね」

「うん、リョウは少し黙っておこうか」

涼は、アベルによって口を封じられた。


「ヘルブ公が首相官邸にいるというのであれば、外交ルートで会えるように取り計らって欲しい」

「なるほど」

アベルが要求し、ランダッサ大使が頷いた。


「それも至急。可能ならば今からだ」

「いや、それはさすがに難しいかと……」



外交ルートというやつは、いつでも時間のかかる方法なのだ。



「俺とリョウが、『例の島の件でこれから会いに行く』とだけ伝えてくれ。一方的でいい」

「えっ……」

「あとはこっちでなんとかする」

「しかし、それは……」


正式な外交ルートを使って情報を伝えた後に、アベルや涼が暴れたりしたら……さすがにスージェー王国大使館としてはまずい。

昨日のようには、知らぬ存ぜぬを決め込めない。


「昨日のやつも、ヘルブ公の部屋に入るまで、誰も怪我はさせていないんだ。うまくやる」

アベルはにっこり微笑んだ。



だが、涼は知っている。

こういう時のアベルは信用できない。


笑顔で嘘をつける……。


「リョウ、何も言うな」

機先を制せられる涼。



「まあ、お二人を信用しましょう。すぐに、首相官邸に連絡します。そうですね……十五分後に、お二人は首相官邸に向かってください」

「感謝する、大使」

ランダッサ大使が断を下し、アベルが感謝した。


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