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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
539/930

0498 報告

政府通達文は、その夜のうちに各所に届けられた。


だが、自由都市民の多くが目にしたのは、翌朝であった。


それは家の周りで。

それは職場で。

それは……宿屋でも。


「大変なことになってしまいました」

「ああ。政府内部にも、すでに大公国の手が回っていたんだろうな」

涼とアベルが、顔をしかめながら『自由の風亭』に届いた政府通達文の前で話している。


ロビーに貼り出された通達文の前には、彼らだけではなく、他の宿泊客もたむろして話し合っているようだ。

中には、自由都市での交渉を切り上げ、本国に引き上げようかと相談している者たちもいる……。



「でも自由都市って、首相よりもっと偉い人たちがいませんでしたっけ?」

「最高評議会だな」

涼の問いに的確に答えるアベル。


自由都市クベバサの、八つの大商会の商会長が名を連ねる最高評議会。

この最高評議会が、自由議会員の中から、首相を選出する。

そのため、最高評議会こそが、自由都市で最も力を持つ機関であると言われている。


「だが、国の代表は、首相らしいぞ。法律によって、首相はかなりの権限を持っているようだ」

「今回のは……最高評議会の意向に沿った決定とは思えないんですよね」

「そうかもしれんな。何か動きがあるかもしれん」

涼もアベルも、自由都市政府の詳しい動きは全く分からない。



なんとなく、目の前で、他国に侵略される国を見るのは嫌だ……そんな感情は持っている。


とはいえ、彼らは自由都市の民ではない。

この先、政府がどう動くのか、大公国がどう動くのか、そして市民がどう動くのかは、とても気になるのだが。


「とりあえず、僕らがやるべきことは決まっています」

「ん?」

「冒険者互助会に行って、ガイドブックを貰って、お勧め店に行くのです」

「……本当にそれがやるべき事なのか?」

「もちろん、ちゃんとそのお店が開いているか、食材を手に入れる事ができているのかを確認するのが、主たる目的ですよ」

「お、おう……。それは確かに大切だ。もし、開いていなかったら?」

「決まっています。再び大公国大使館を襲撃します!」

「昨日までと違って、大公国はこの自由都市の宗主国になったみたいだが……」

「関係ありませんね。いいえ、むしろ、宗主国であるならなおさらです。市民に食べ物を行きわたらせる義務があります!」


涼ははっきりと言い切った。

アベルも、涼が言っていることが、ある種の正論であることは理解している。

理解しているが……。


「大公国が、理性的な行動をとってくれることを祈るしかないか」

アベルは、まだ見たことのない神に祈った。




お昼前。

無事、互助会で食事処ガイドを受け取った涼とアベルは、最初のページに載っていた店の前に来ていた。


「ここですね、『食!食!食!』とは、なかなか攻めたネーミングです」

「まあ、何の店かは分かりやすいな」


涼もアベルも、店の扉周辺を見回す。


「閉店の札とかはかかっていませんね」

「ああ。入ってみるか」


二人は、中に入った。



「いらっしゃいませ~」

奥から、野太い男性の声が聞こえる。


「二人です」

「お好きな席にどうぞ~」

その瞬間、涼とアベルが、小さくガッツポーズをしたのは内緒である。


少なくとも、食事は準備されているのだ。

食いっぱぐれることはなさそうだ。

しかも、奥の厨房から、かなり美味しそうな香りが……。


「これは期待できるな」

「あの子たちが調べてきてくれたんですから、美味しいに違いありません!」



そして、二人は……美味の海に(おぼ)れた……。




「最後の鶏肉は、ぜったいやり過ぎでしたよ。あれは、アベルの失策です」

「甘辛炒めライスも、大盛はないだろう。あれは、リョウの見込み違いだぞ」


涼とアベルは、食べ過ぎた。


ええ、そうです、誰しもが想定していましたね。

当事者二人だけが、考えなしだっただけですね。

仕方ありません。

美味しい料理は中毒です。



そして、二人は、『自由の風亭』のカフェに入って、お腹を休めることにした。


最初は、初日、二日目と、満腹轟沈した際にもお腹を休めた、広場にあるお茶屋さんに向かったのだが、まだ修復中だった。

政府のお偉いさんたちが襲撃された際に、壁や床も壊れたらしく、その修理が行われており、店は閉まっていたのだ。


そのため、泊まっている『自由の風亭』のカフェが腹休めの場となった。



「このコーヒーは……マンデリン? 確かに地球のマンデリンは東南アジア産ですし、この大陸南部とか多島海地域とか、そんな雰囲気はありますけど……。気になりますね。うん、このマンデリンにしましょう」

「俺も同じものを頼む……」

涼は、カフェのメニュー表にあるマンデリンコーヒーに目を留めた。

アベルは、メニュー表を見ることもできずに、涼に全てを任せるらしい。


「アベルだけ、激辛まっかっか唐辛子ジュースにしてあげましょう」

「おい、やめろ……」

「残念、そんなジュースはありませんでした。仕方ないから、同じマンデリンコーヒーでいいでしょう」

「なぜ最初から素直に頼んでくれない……」

「魔法使いと剣士の対立は、有史以来続く宿命なのです。だから、仕方ないのです」

「そんなわけないというのは分かる」


涼とアベルはじゃれ合っているだけだ。

決して、争っているのではない。

もちろん、対立しているわけでもない。


いや、むしろ二人は戦友だ。

『食!食!食!』という戦場を共に駆け抜けた、戦友。



「それにしても……危惧していたことが本当に起きましたね」

「何の事だ?」

「もちろん、大公国による自由都市併合です」

「危惧していたのは確かだし、正直、あまり見たい光景でもないが……。俺たちがどうにかすることではないと思うぞ」

「アベルは薄情です。アベルなら、抵抗組織を作り上げて、レジスタンス活動を主張すると思ったのに」

「れじす何とかってのはよく分からんが……。抵抗するとしても、それは俺たちが主導するのではなく、市民が、国民が自ら立ち上がるべきだろう?」


アベルは、はっきりと言い切る。


「それは、そうかもしれませんけど……」

「そもそも、自由都市を守るべき軍隊はどこに行ったのか、とは思うんだがな」

「ですよね! それは、僕もずっと思っていました。凄い数の艦艇がやってきて、軍人さんたちも上陸しているのに。ちょっとした守備隊の人たちしかいないんですもん。自由都市の戦力はかなり強くて、ずっと大公国も連邦も退けてきた……って言ってましたよね」

「ああ、護国卿カブイ・ソマルは言っていたな。どう考えても、何かあったんだろうが……」



「自由都市艦隊の主力は壊滅した」



その言葉は、二人の横に座った人物の口から、呟くように聞こえてきた。

「ゴリック艦長、おかえりなさい」

「無事に戻って来られたのは、何よりだ」


それは、スージェー王国中央海軍第一艦隊所属、遠洋巡航艦ローンダーク号の艦長ゴリックであった。


「もう少し、驚いてくれるかと……」

ゴリック艦長は、なぜかため息をつく。


「いえ、艦長が近付いてきているのは分かっていたので……」

「今の報告内容には驚いたぞ?」

涼とアベルが、ゴリック艦長を慰めた。


「というか、そんな重大な報告、俺たちに話していいのか?」

「問題ありません。ランダッサ大使には報告済みです。そのランダッサ大使が、お二人にもお伝えしろと……」

「僕たち、ただの民間人なんですけどね」

アベルが情報漏洩(ろうえい)を懸念し、ゴリックが許可済みである事を伝え、涼がいかにも巻き込まれるのは困るという雰囲気を出す。


アベルが、涼を白い目で見たのは言うまでもない。


「なんですかアベル、その目は!」

「いや、なんでもない」

「言いたいことがあるならはっきり言うべきです」

「多分、リョウがアティンジョ大公国大使館を襲撃したことを、ランダッサ大使は知っているんだろう。それで、これ以上は騒ぎを起こして欲しくないから、情報を流すように言ったんじゃないかと思うんだ」

「むぅ……」

アベルの説明に、反論できなくなる涼。


悪い事をしたとは思っていないが、関係各所の肝を冷やさせる行動であることは確かだ。

それは理解している。

涼だって常識はわきまえているのだ。

そう、とても常識人なのだ。


少なくとも、本人はそう思っている……らしい。


本人以外は同意しないであろう。

おそらく、セーラですら、涼が常識人であることには同意しないであろう。

もちろん、セーラにとっては、涼が常識人であろうがなかろうが、どうでもいい話であろうが。



「しかし……我々が戻ってくる前に、併合が起きてしまいましたか」

ゴリック艦長が、小さく首を振りながら嘆く。


「そういえば、併合されたのに、よく入国できたな」

アベルが、首を傾げて問いかける。

言われてみればその通りなので、涼も頷いている。


「いえ、ローンダーク号は、沖合にいます。自由港を出港した時に、大公国艦隊をすり抜けましたからね。いい印象は持ってもらっていないでしょう。まあ、沖にも大公国の艦隊はいますので、見つからないようにいろいろ動き回っているはずです」

「いいのか、そんな状況で艦長が船にいなくて」

「大丈夫ですよ。遠洋巡航艦だと、単独で他国に赴くことも多いので、今みたいな状況は結構あるんです。ですので、うちの船員は慣れています」

ゴリック艦長は、笑った。


戦列を並べて戦うだけが軍艦の役割ではないようだ。

船版のスパイみたいな活動もするのかもしれない。


「艦長を含めた乗組員たちが優秀だからこそ、難しい仕事に駆り出されるんだな」

「高く評価されるのも善し悪しですね」

アベルが称賛し、ゴリック艦長は苦笑した。


だが、その表情には、嬉しさが(にじ)んでいる。

認められるというのは、悪い事ではない。



「そういえば、さっき、艦隊主力が壊滅したとか言いませんでした?」

涼が、話を元に戻した。


その言葉に答えるように、ゴリック艦長は、体験してきたことを全て二人に話した。

もちろん、ランダッサ大使の許可は貰っている。

どうもランダッサ大使は、本国から、涼とアベルを大切にもてなすように改めて言われたらしい。


その結果が、今回の報告である。



「つまり……その島が、ヘルブ公が言った『青い島』である可能性があると、艦長は考えるわけだ」

「はい、そう考えます。正直、あれが何なのかは分かりません。遠目には島に見えましたけど、本当に島なのかどうかも……」

「島でなかったら何だ?」

「巨大亀の甲羅(こうら)!」

アベルの問いに即答する涼。


もちろん、その答えは、ゴリック艦長にもアベルにも受け入れてもらえなかった。

「亀は……どうでしょう?」

「リョウのたわ言は気にしなくていい」


「たわ言とは失敬な! 我々が知っていることが、この世界の全てではないのです。ホレイショー、この天地のあいだには、人間の学問などの夢にも思いおよばぬことが、いくらでもあるのだ、なのです!」

「ほれいしょーって何だ……」

二人の言葉に憤慨しながらも、舞台のハムレットのごとく、セリフを述べる涼。


もちろん、アベルはホレイショーを知らないので、こんな反応になるのは仕方ないのだ。



「二人にお伝えしたい内容が、もう一つあります」

「うん?」

「今回の大公国の保護下に置かれる決定、首相と閣僚の独断だそうです」

「つまり、最高評議会の承認は取りつけていないわけか」

ゴリック艦長の言葉に、アベルは頷きながら言う。


「そういうことです。もちろん、自由都市の法律上というか、行政手続き上は問題ないらしいのですが……最高評議会としては苦々しいでしょうね」

「クーデター……」

ゴリック艦長が感想を述べ、涼も感想を述べた。


法律的には違うのだろうが、涼が抱いたイメージはクーデターだ。


「このままでは終わりそうにないですね」


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