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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
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0497 首相

アティンジョ大公国大使館で、ちょっとした戦闘が起きた同日。午後七時。


行政島にある首相官邸。

その主は、もちろんノソン首相だ。


自由都市民の選挙で選ばれる八十人の自由議会員。

その自由議会員の中から、最高評議会によって、首相が選出される。

そうして選出された現在の首相がノソン。


任期四年の首相職。

一期目、最終四年目に入っている。


大過(たいか)なく勤め上げているが、これといって大きな功績もない。


二期目も首相に選ばれるかは微妙であろうと、自由議会の中では言われていた。



そんな首相官邸の、首相執務室。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、ミシタ港湾副大臣。


「ああ、そちらへ」

ノソン首相はそう言うと、応接セットを示した。

そして、自分も執務机から移動し、ソファーに座る。

対面に、ミシタ副大臣も座った。



「それで? できるだけ早く会いたいということで、こうして時間を割いたのですが?」

何の感情も感じさせない口調で、ノソン首相は問うた。

「はい……」

ミシタ副大臣は、やや緊張している。


大臣たちは、日常的に首相と話すが、副大臣以下はめったに会うことがない。


最高評議会がある種別格とはいえ、首相は行政府のトップだ。

そして、自由都市の軍事力の最高司令官でもある。

最高評議会が隠然たる力を持っているのは確かだが、法律上、首相は自由都市の代表。

そして、首相の権力は非常に強く、与えられた権限も大きい。


そんな相手に、これから、ミシタ副大臣は質問をする。

それも、あまり嬉しくないであろう質問を。



「実は、お尋ねしたいことが三つあります」

「ふむ。何でしょう?」

ミシタ副大臣は、腹をくくって尋ねた。ノソン首相は、全く表情を変えない。


「一つ目は、大臣の皆さん全員に起きている頭痛です」

「なるほど」

ミシタ副大臣は、ノソン首相の表情を窺いながら問いかける。

だが、未だにノソン首相は無表情のままだ。


「それについては、私も不思議に思って調査をさせました。酷い頭痛があるが、熱は高くない。咳もないとのことです」

「職務遂行に支障があるのではないかと思いますが?」

「ミシタ副大臣は、大臣たちを更迭(こうてつ)しろと? それは、ご自分が港湾大臣に就きたいからではありませんよね?」

「な、何を言っているのですか!」

思わず声が大きくなるミシタ副大臣。


当然、そんな私利私欲で言っているのではない。



「いや、失礼。ただ、中にはそう勘繰(かんぐ)る者たちも出てくるでしょうから、あまりそういう意見はおっしゃらない方がよろしいかと」

「そういうつもりでは……」

「ええ、分かっています。大臣たちが、職務遂行が難しいとなれば、私の権限で更迭することも可能ですし、あなたがた副大臣を、代行者に任命することも可能です。その辺りは、私に一任していただけますか?」

「……分かりました」


ノソン首相の言葉に、ミシタ副大臣は頷くしかなかった。


自由都市の法律によれば、首相が各大臣の任命権を握っている。

それは、大臣たちの更迭権や、分限権なども、首相の一存だということだ。

首相の権限は強く大きい。



「それで、三つということでしたが、残りの二つをお聞きしましょう」

ノソン首相が促す。


「は、はい……」

残り二つは、どちらも聞きづらい。

元はといえば、ヘルブ公が言った言葉だ。


本当は、首相に会う前に、海軍大臣と艦隊司令部に確認をとりたかったのだが……。

海軍大臣は所在不明。

艦隊司令部には、訪問を拒否された。


艦隊司令部は、軍関係機関であるため、現役の副大臣であっても、立ち入りは厳しく規制されている。

もっとも、艦隊の行動に最も関係する港湾省の、副大臣の訪問を拒否するというのは、今まで一度もなかったのだが……。



何はともあれ、ミシタ副大臣は全く情報を得る事ができないまま、首相との面談に臨んでいる。



「実は……自由都市艦隊主力が、壊滅したという情報を得まして」

「ほぉ……」

ここに来て、初めてノソン首相の表情が変わった。

目を細め、何かを探るような表情に。


「それが事実かどうかを確認したいのです」

「確認して、どうするのですか?」

「え……」

ノソン首相の問いに、ミシタ副大臣は言葉に詰まった。


「艦隊主力がどういう状態にあろうが、港湾副大臣としての職務に、関係があるとは思えないのですが?」

「そ、それは……」


ノソン首相の言葉は、極めて正論。

全く反論できないほどの、正論。


だが……。


「港湾副大臣であるかどうかではなく、一人の自由都市民として、事実を知りたいのです」

ミシタ副大臣は、正直に言った。


それこそが、偽らざる言葉。



自由都市民として、知っておくべき事だと思っている。



「ふむ」

ノソン首相は一言そう言うと、時計を見た。

午後七時を回っている。


「その辺りに関して、今夜、全市民に対して発表を行う予定です」

「そうなのですか?」

ノソン首相の言葉に、ミシタ副大臣は驚いた。

そんな通達は、聞いていないからだ。


「発表後、各省庁はもちろん、市民にも自治会や公共施設宛に『政府通達文』が届きます」


政府通達文とは、自由都市政府の公式発表のことである。

一般市民には、住んでいる場所に応じて彼らが所属している『自治会』宛に、この政府通達文が送られる。

また、仕事関係でも、所属する商工会や連合会、多くの公共施設宛に送られるため、二十四時間以内には、多くの自由都市民が目にする仕組みとなっている。



インターネットはもちろん、テレビやラジオの無い世界で、『国民に周知させる』というのは、実はけっこう手間がかかるのだ。



「もちろん港湾省にも届きますので、そちらで確認してください」

「はい……」

ノソン首相の言葉に、頷くしかないミシタ副大臣。


今、知る権利はない……そういうことらしい。



「もう一つだけ、よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

ミシタ副大臣は、最後の三つ目の質問をすることにした。


「青い島とは、一体なんでしょうか」

「さて……。聞いたことがない事を尋ねられても、答えようがありません。首相というのは全知全能ではありませんから」

ミシタ副大臣の問いに、全く表情を変えないでノソン首相は答えた。


「では、そろそろよろしいですかな」

「……はい。ありがとうございました」


ミシタ副大臣は、何も得るものなく、首相執務室を出るのだった。




港湾省、副大臣執務室の手前にある補佐官室。

そこには、三人の補佐官がいた。


港湾省副大臣付き補佐官、ロンファン。

港湾省大臣付き補佐官、ゾー。

外務省大臣付き補佐官、ジューズ。


「つまり、どちらの大臣もということか?」

「ああ、そういうことだ」

ロンファンが確認し、ゾーが答え、ジューズも無言のまま頷いた。


「同時に大臣が首相官邸に呼ばれって……閣議とか開く予定はないだろう。だいたい、もう夜の八時になろうとしているんだぞ。こんな時間に……。しかも補佐官抜きで?」

「わざわざ大臣から、ついてこなくていい、って言われたからな」

ロンファンの疑問に、ゾーが答える。ジューズも無言のまま頷く。


「そうだ、頭痛はどうなったんだ? 日によっては、起き上がれないくらい酷い頭痛だったんだろう?」

「それが、今夜はまったくなし。穏やかな表情ではあったが……いや、あれは穏やかというより、覇気が全くなかったな。受け答えは普通にしていたが、心ここにあらずというか……。中身は別の人、みたいな感じすらしたぞ」

傀儡(くぐつ)……」

ロンファンの確認に、ゾーが答えて情報を補足し、ジューズが一言呟いた。



その一言に、ロンファンもゾーもジューズを見る。


「なんだそれは……」

「言われてみれば……」

ロンファンもゾーも、小さく首を振っている。



そんな中、突然扉が開いた。



「うおっ」

驚くロンファン。

だが驚いたのは彼だけではなく、ゾーもジューズもだ。


『傀儡』などということを言っていたために、首のあたりがうすら寒くなっていたところに、突然扉が開いて驚いた……。


廊下から入ってきたのは、首相官邸から戻ったミシタ副大臣であった。


「なんだ、ロンファン、まだいたのか。私を待たなくていいと言っただろう……ん?」

そこで、ミシタ副大臣は、ロンファンと話している二人が目に入った。


「確か、港湾省大臣付き補佐官のゾーに、外務省大臣付き補佐官のジューズ。ああ、二人ともロンファンの同期だったかな」

「はい」

補佐官の名前と顔を完全に覚えているミシタ副大臣。

こういう部分が、実務では大切だったりする。



「副大臣。実は、港湾大臣も外務大臣も、首相官邸に上がったそうなのです。お会いしましたか?」

「いや? 今、首相と会ってきたが、首相も何も言わなかったぞ?」

ロンファンの報告に、怪訝な顔で答えるミシタ副大臣。


「そもそも、こんな時間に大臣二人が首相官邸に?」

「聞いた話なのですが、他の大臣でも首相官邸に向かった方がいらっしゃるそうです」

そう答えたのは、ゾー。

ここに来る前に、小耳にはさんだ情報だ。


「それはおかしいな……。いったい何が起こっているんだ」

思わずミシタ副大臣が呟く。


もちろん、それに答えられるだけの情報を持った者は、ここにはいない。



四人がそんなことを話している間に、廊下の方が騒がしくなったのに気付いたのは、ロンファンであった。


しばらくすると、誰かが走ってきて、勢いよく扉を開けた。


「大変だ!」


開けた人物は、港湾省の広報部の人間だ。

ロンファンも、仕事がら、よく話す。


「あ、副大臣! 失礼しました!」

広報は、慌てて礼をとる。


「いい。それで、何が大変なんだ?」

ミシタ副大臣が先を促した。

彼を含めて、四人とも、何が大変なのか気になるからだ。


「はい! 今、首相官邸より、政府通達文が届きました」

政府通達文は、各省に二十部ずつ届けられる。

そのうちの一部を、広報は持ってきたのだ。


ミシタ副大臣に差し出す。



受け取り、(むさぼ)るように読むミシタ副大臣。



「なんだと……」

思わず口をついて出る言葉。


「副大臣?」

ロンファンが問う。ゾーと、ジューズも見ている。



「本日午後八時をもって、自由都市クベバサは、アティンジョ大公国の保護下に入る。それを、自由都市政府として決定したと……」

「馬鹿な!」

ミシタ副大臣が読み上げ、ロンファンとゾーが異口同音に言葉を発する。


「首相を含め、全閣僚による承認がされたそうだ……」

ミシタ副大臣の言葉は、とても弱々しく小さいものとなっていた。



自分が信じてきたもの、その全てを捧げてきたもの、全力で守ってきたものが……崩壊した。


『国家の降伏』というのは、歴史学上はもちろん、現代においては法学上もいろいろと難しい部分を含んでいます。

(第二次世界大戦前と以後では、国際法の伝統的な部分に関して、ガラリと変わったと主張する研究者もいるようです……)


とはいえ、本作はファンタジー小説でフィクションですので、難しいお話は、こっちにおいておきましょう。

ええ、おいておきましょう。


明日は、また涼とアベルが出てきます。

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