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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
536/930

0495 交渉

「招いてなどいないぞ!」

立ったままで、顔を真っ赤にしている人物が怒鳴った。


「おかしいですね? 扉が勝手に開いたので、招いていただけたのだと思って入ってきたのですが」

いけしゃあしゃあとはこの事。


涼の後ろで話を聞いているアベルは、全ての事情を理解しているが、無表情を保っている。

首を振ったりもしない。


椅子に座ったままの、ヘルブ公の視線を意識しているからだ。



「大使館に押し入ってきたその罪、理解しておろうな!」

再び怒鳴る、立ったままの男。


「ですから、扉が開いて招かれたので入ってきただけです。そもそも、あなたはどなたですか?」

涼が丁寧に説明し、さっきから話している相手の名前を問う。

大使館の偉い人間であることは理解できるのだが、名前が分からないと会話しにくい。


「アティンジョ大公国大使館二等書記官のズルーマである」

「ズルーマ……。あ、いえ、ちょっと名前からあらぬことが頭に浮かんだだけです。ズルーマ書記官、私は、一番偉い方とお話をしたいのですが」

「なんだと? 控えよ! 貴様如き下郎(げろう)が……」

「よい、ズルーマ」

ズルーマ二等書記官の言葉を遮るヘルブ公。


そして、言葉を続けた。

「園遊会でお会いしましたね。ナイトレイ王国のリョウ殿と、アベル殿。園遊会の時は、アベル殿の方が怒っていらっしゃったと記憶していますが、今回はリョウ殿ですか」

ヘルブ公は、微笑みながらそんな事を言った。



「いいえ、全く怒っていませんよ?」

涼は、はっきりと言い切る。

アベルには、はっきりと嘘だと分かる……。


「そうですか。それで、今回いらっしゃった理由は何ですか?」

ヘルブ公は、とりあえず涼の言葉を受け入れたうえで、尋ねた。

なぜ来たのかは興味があったからだ。


ここで、涼は少しだけ不思議に思った。

表でも騒いでいるし、食料の買い占めに怒ってやってきたのが理由だと分かるはずだろうと。


だが、丁寧に答えることにした。


「アティンジョ大公国の方々が、市場の食べ物を買い占めたので、それに対する抗議です」

「買い占め?」

涼の言葉に、ヘルブ公は呟くような小さな声で問うた。


そして、傍らにいるズルーマ二等書記官を見て問う。

「ズルーマ?」

「は、はい! その、市民の屈服を早めるために……」

「なるほど」

ズルーマ二等書記官は答え、ヘルブ公も頷いた。



「買い占めたのは事実のようですね。とはいえ、占領政策としては間違っていないと思いますので、私はズルーマらを(とが)めるつもりはありません」

ヘルブ公は、はっきりと言い切る。


「分かりました。それはそれとして、今後の買い占めはやめていただきたい」

涼が、はっきりと申し入れる。


「今言った通り、占領政策として、相手国の食料を奪い取って力を弱めるのは間違ってはいません。大公国軍の政策として正しいと思われることをやっているのを、私の一存でやめるのは難しいですね」

「つまり、明日以降も食料を買い占めると?」

「そうなりますね」

涼の確認に、ヘルブ公ははっきりと頷いた。


「話し合いは決裂と……。残念です」

「ええ、残念ですね」

「ヘルブ公、あなたとは、いいお友達になれると思っていたのですが……」

「奇遇ですね、私もそう思っていましたよ、リョウ殿」

涼が小さく首を振り、ヘルブ公はずっと笑みを浮かべたまま。


涼の後ろで、アベルが、「そうか?」とか呟いたのは、全員がスルーした。



「一つ、確信したことがあります」

「なんでしょうか?」



「ヘルブ公、あなたは人間ではありませんね」


特に力を込めたわけでもなく、今日は紅茶の気分ではありませんね、などと同じくらいの感じで。


激烈な反応も、二人からではなかった。


「貴様! 無礼だぞ!」

ズルーマ二等書記官の怒号。

涼が、ヘルブ公を侮辱したと思ったのだ。


その事には、涼もすぐに気づいた。



「ズルーマ書記官、あなたは誤解されている。先ほどの言葉は、そのままの意味です。ヘルブ公は人間種ではないと」

「……なに?」

「いや、正確には……人と、何か別のものが混じっている、というべきですか? 園遊会の時に感じた(いびつ)さは、それですね。ようやく得心(とくしん)がいきました」

ズルーマ二等書記官が怪訝な顔をし、涼がさらに補足して頷いた。


大きく目を見開いて驚いていたヘルブ公であったが……。


「ククク……フフフ……アーハッハッハッハ」


大笑い。


「へ、ヘルブ公?」

それは、傍らのズルーマ二等書記官が驚くような、タガが外れた笑い。

今までの、貴公子然とした様子からは、全く想像できない。



たっぷり、一分以上、ヘルブ公は笑い続けた。


さすがに、その時には、アベルも剣に手をかけている。


ようやく、笑いを収めたが、笑みを浮かべたままだ。



「まさか、その事に気付く者がいるとはな。正直言って驚いたわ」


口調も変わっている。


「フフフ、兄上の言った通り、驚くべき相手に出会ったな。さすがは兄上。ここまで視えるとは……。永遠に、我が忠誠を捧げますぞ」

ヘルブ公はそう言うと、再び笑った。


哄笑(こうしょう)という言葉の方が当てはまる……狂った笑い。


「つまり、アティンジョ大公も同類と」

涼の言葉は、決して大きくはない。

自分の中での確認が、思わず口から漏れてしまっただけだからだ。


だが、笑い続けるヘルブ公には、その言葉が聞こえたようだ。

「そうでなければ、我が忠誠を捧げはせんよ」


禍々しい笑みを浮かべて、ヘルブ公は言い切った。



アベルは、すでに剣を抜き、構えている。

「こいつは……悪魔か?」

アベルの問いは、涼に向けたものだが、涼より先にヘルブ公が答えた。

「悪魔! お前たちは、悪魔を知っているのか? 人間が悪魔を知る? 本当か? 本当なのか? それは驚きだぞ。俺の本体を見抜いたこと以上に驚くべき事じゃないか?」


「悪魔ではないですね。むしろ、あの幽霊船ルリの二人の方が近い気がします」

涼の答えも、決して大きくはない。

アベルの問いに答えただけなのだから。


だが、さらに激烈な反応を引き出した。



「ルリ! おいおいおいおい、お前たち、本当に何者だ? 悪魔を知り、ルリの……『二人』だと? いいのか、そんな奴が存在していて。ああ、お前たちこそ、人間ではないんだな! そうか、そう考えれば辻褄(つじつま)が合うか」

「れっきとした人間ですよ?」

「嘘つけ! そんな人間がいてたまるか……しかも二人も。俺の目の前に。言え! お前たちは何者だ!」


涼の言葉を、全く信じないヘルブ公。


「人間だと何度言えば……」

「なるほど、言う気はないというのだな。力づくで吐かせるか? どちらにしろ、貴様らを生かしておくのはいかんな。我らが覇道の妨げとなるやもしれん。ここで死ね」

「うん、なんで、いつもこんな展開になるのでしょうね」

「リョウのせいだろう……」

最後は、涼とアベルの会話である。



「へ、ヘルブ公……」

ヘルブ公が豹変してから、ずっと黙ったままだったズルーマ二等書記官が声をかける。

「ズルーマよ。そなたの忠誠はいずこにある?」

「も、もちろんヘルブ公に全ての忠誠を捧げ……」

「よう言うた!」


その瞬間、ズルーマ二等書記官の服が弾けた。


剥き出しになった胸、ちょうど心臓の辺りに、高速で、星型の何かが描かれていく。

よく見れば、ヘルブ公が伸ばした爪によって、描かれているのが分かるだろう。



「あれは?」

「初めて見るタイプですけど、魔法陣ですね」

アベルが問い、涼が答える。


相手の準備が整う前に攻撃すべきだと、理解してはいるのだが……。


「倒したら、あの魔法陣について教えてもらいましょう」

「それは、無理だろう?」



描き終わった瞬間。

ズルーマ二等書記官の体から、光が奔った。


「さて、待たせたな。これで二対二だ」

ニヤリと笑うヘルブ公。


ズルーマ二等書記官は、表情が無いが、動きが今までと違い鋭そうだ。

ヘルブ公が、いつの間にか自分の剣を渡したらしく、装飾の綺麗な剣を手にしている。


「書記官の方に俺がいこう」

アベルは、剣士であるため、剣を持ったズルーマ二等書記官と対峙するらしい。


「また僕に厄介な相手を……」

「そもそも喧嘩を売ったのはリョウだと思うんだが……」

涼がぼやき、アベルが言い返す。



そして、二組の戦いが始まった。


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