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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
531/930

0490 それぞれの動き

スージェー王国大使館での園遊会が終わり、アティンジョ大公国大使館に戻ったヘルブ公。

彼が、真っ先に出した指示は……。


「園遊会に出席していた、ナイトレイ王国のアベルとリョウ、二人の情報を集めてください」

「かしこまりました」

恭しく頭を下げる二等書記官ズルーマ。

主人が、かなりその二人の情報を欲しがっているのを、口調から感じ取っていた。


それは、極めて珍しい事だ。


ヘルブ公は、感情が揺れることが少ない。

元々そんな性向があったのかもしれないが、訓練でも、それは鍛えられた。

なぜなら、呪法使いとして、とても重要な力の一つだから。


魔法使いと違い、呪法使いは、呪符や霊符を『飛ばして』、魔法現象を発現させることができる。

だがこの際の、呪符などを飛ばしたり、魔法現象を発現させる行為は、冷静に行わなければならない。

なぜなら、そこを失敗すると、呪法が暴走してしまうからだ。

暴走した呪法は、術者に降りかかる場合がある。


だからこそ、呪法使いになる者は、若いうちから心が揺らがないように鍛えられる。

ヘルブ公は、そんな強力な呪法使いのひとり。


ちなみに、魔法であろうが呪法であろうが、起きる現象は『魔法現象』と言われる。

『呪法現象』とは言われない。

その理由を知る者は、ほとんどいない……。



そんなヘルブ公の心を揺らす人物たち……ナイトレイ王国のアベルと涼。


その後ズルーマが、詳細な情報収集を部下に指示したのは当然であったろう。




一方、スージェー王国大使館でも、新たな指令が出されようとしていた。


「ゴリック艦長、ローンダーク号を率いて、至急調査してきて欲しい」

「調査?」


ランダッサ大使はそう言うと、ゴリック艦長に一枚の紙を渡した。


「この場所が、自由都市艦隊の大規模演習が行われているという海域ですか?」

「ああ、そうだ。演習が行われる前に手に入れていた情報だが……本当に、そこで演習が行われているかを調べてきて欲しい」

「先ほどの、ヘルブ公が言ったとかいう言葉ですね」

ゴリック艦長は、離れていたために直接聞いていないのだが、ランダッサ大使には聞こえていた。


『青い島』と『自由都市艦隊主力は壊滅した』


青い島も気にはなるが、とりあえず措いておくしかない。

だが、自由都市艦隊主力の壊滅は、聞き捨てならない。


「二週間前、艦隊は確かにこの自由港を出港していった。公にはされていない情報として、一カ月もの長期間の演習ということだった。補給艦付きのな。だが、あの言葉を聞いてしまったら、本当に演習だったのかどうかも疑わしい……」

「なるほど。それで、我々に見てこいというのですな」

「正直、何があるか分からん。場合によっては、自由都市艦隊が攻撃してくる可能性すらある」

「だから、軍艦であるローンダーク号に行けと」

「うむ。その情報には、大使館職員はもちろん、この自由都市に滞在するスージェー王国国民の命もかかっている。頼む」

ランダッサ大使は、そう言うと頭を下げた。


本来、海軍は大使館の指揮系統の中に入っていない。

だが、ローンダーク号は特に、涼とアベルを自由都市に送り届けた後は、臨時で大使館の指揮下に入るように言われている。

それは、本国が、大公国の動きからそう判断したからだ。

そのため、ランダッサ大使は、ゴリック艦長らに『命令』してもいいのだ。

調査して来いと。


だが、頭を下げて頼んだ。


危地に行ってくれと。



演習が行われていればいい。

そこに他国の軍艦が現れれば、あまりいい状況にはならないだろうが、話せば分かる。

スージェー王国と自由都市は、良好な関係であるから。


だが、演習が行われていなかったら?

大公国艦隊がいるかもしれない。

あるいは、もっと厄介な別の者たちがいるかもしれない。


どちらにしろ、そんな場所に行ってこいというのだ。



「調査命令、受領いたしました」

ゴリック艦長は敬礼をして、はっきりと言い切った。


そして、少しだけ声音を変えて問う。

「大使、この海域は北というより、だいぶ東です。ローンダーク号でも、片道二日はかかります。調査に半日として、四日から五日……」

「うむ」

「もし……もしもですが、我々が戻ってきた時に、すでに自由都市がなかったら、どこに報告すればいいでしょうか」


ゴリック艦長は、聞きにくい事を敢えて聞いた。

聞きにくい事だが、艦長である以上、それは確認しておかねばならない。


「この自由都市の大使館が閉鎖、または連絡が取れなくなっていた場合、最も近い大使館はゲギッシュ・ルー連邦首都モスの大使館だ」

「ですが、ゲギッシュ・ルー連邦は内戦状態とか……」

予想通りのランダッサ大使の答えに、問い返すゴリック艦長。


「そう、内戦状態だが、首都周辺はまだ大丈夫だ。知っているだろうが、首都モスも、この自由都市同様に海岸に面して作られた街。たとえ海上封鎖されていたとしても、ローンダーク号の精鋭たちであれば、なんとか大使館に連絡をつけられるのではないかと思う……」

「なるほど。まあ、その辺りは、お任せください」

ランダッサ大使が、少し笑みを浮かべて言い、ゴリック艦長ははっきりと笑いながら答えた。


二人はがっちりと握手をして、別れた。


一人は、自由都市内、特に海軍省と艦隊司令部への情報収集の指示を出しに。

もう一人は、愛艦と信頼する乗組員たちを率いて東の海へと。




大使館から戻る馬車の中でも、今まで以上の、情報収集の指示が出されるはずであった。

もっとも、副大臣は混乱しているのだが。

「艦隊主力が壊滅? 馬鹿な、馬鹿な……」

ずっと、うわ言のように呟いている。


馬車に同乗しているロンファン補佐官も、しばらくは、そっとしておいたが、さすがにそろそろいいのではないかと思って口を開いた。


「ミシタ副大臣」

「あ? ああ、すまん。そう、なんだったか……」

「先ほど、ヘルブ公が言った言葉の裏取りをするべきかと」

「そうだな、そう、そうだな。ヘルブ公が言っただけだ。艦隊主力が壊滅など、信じられん。情報の確認が必要だ」


ミシタ副大臣は、自由都市艦隊の力を、高く評価している。

強力な艦隊がいるからこそ、独立を保ってこられたと思っている。


「他省庁の補佐官たちには、私の方からあたってみますが、海軍省は難しいです」

ロンファン補佐官が言う。


省庁の補佐官たちは、いわゆる官僚であるが、海軍省や小さいながらも陸軍省の補佐官クラスは、軍人上がりだ。

そのため、ロンファン補佐官も、あまり太い人脈を持っていない。


「海軍省と艦隊司令部には、直接私が行こう。港湾大臣が動いてくだされば簡単なのだが、無理だろうからな」

ミシタ副大臣は、ため息をつきながら答えた。


本来、今日の園遊会も、港湾省を代表して来るのは、港湾大臣のはずだったのだ。

だが、大臣は頭痛が酷いということで、港湾省医務室のベッドから起き上がる事ができず……。



「いったい、頭痛というのは何なのだ……。ロンファン、言っていたな、全大臣が同じ症状だと」

「はい。確認できた限り、首相と、それこそ海軍大臣を除く全員です」

ミシタ副大臣の確認に、頷くロンファン補佐官。


「海軍大臣は……まあ、秘密主義だからあれだが、首相、か……」

ミシタ副大臣は、首相の顔を思い浮かべる。



自由都市クベバサの、ノソン首相。


国権の最高責任者であるが、最高権力を握っているわけではない。


自由都市の立法府は、自由議会だ。

議員数は八十人。

彼らは、自由都市民による選挙で選ばれる。


その自由議会議員の中から、首相は選ばれるわけだが、誰を首相にするのかを決めるのは、自由都市民でも、自由議会の議員たちでもない。



自由議会の隣にある建物、最高評議会の人間たちが決める。



最高評議会とは何かというと、自由都市において、力を持つ八人によって開かれる評議会である。

自由都市で力を持つ者とは誰か?

もちろん、大商人。


大陸南部に名を轟かせる八つの大商会。

その商会長たちが、最高評議会員だ。

誰が名前を連ねているかは、もちろん自由都市民全てが知っている。

だが、最高評議会の中でどんな話し合いがされているかなど、明らかにされることはない。



そんな最高評議会によって選ばれたノソン首相。



もちろん無能ではないが、才気(さいき)煥発(かんぱつ)というわけでもない。

年齢は、六十歳を超えたばかりだが、政府に名を連ねるミシタ副大臣の目から見ても、万事においてやる気を感じない……。

『枯れた』という印象を受ける。


元々、若い頃はそうではなかったらしい。


三十歳で自由議会に当選し、自由都市のためになる法案を数多く提出し、市井(しせい)の民たちとの間でも討論会を開催し、その意見をくみ上げた。

まさに、新進気鋭の若手議員と言われていた。


だが、いつの頃からか……。



「副大臣?」

ロンファン補佐官の呼びかけに、意識を引き戻すミシタ副大臣。


「ああ、すまん。そう、首相にも、直接お目にかかってくる」

ミシタ副大臣はそう答えた。


そして、呟いた。

「本当に……いったい何が起きているんだ」




何も起きなかった者たちもいた。

大使館からの帰りの馬車の中で。


「今回の園遊会、何も起きませんでした」

「は?」


涼の呟きは、アベルにも聞こえた。

まあ、呟きと言うには、大きすぎな気もする。


「いえ、誤解のないように言うと、王道展開である『園遊会襲撃事件』とか、『敵陣営との突発戦闘』とかが起きなかったと言っているだけです」

「うん、いつものように、全く意味が分からん」


情報の共有というのは、なかなか難しいものなのだ。


「ほら、園遊会といえば、外部勢力による襲撃が起きるのが定番じゃないですか?」

「絶対定番じゃないと思うぞ」

「いや、ほら、アベルも経験したでしょう。ウィットナッシュ……」

「それは経験したが……ウィットナッシュのやつが、異常だからな。園遊会を襲撃とか聞いたことないからな」

「あるいは、敵陣営の人間との突然の戦闘とか」

「あるわけないだろう。そんなこと」

「戦闘までいかなくとも、喧嘩とか一触即発、みたいな……」

「外交の場だからな? そんなことやるわけないだろうが」


涼の言葉を、全否定するアベル。


「いつもいつもアベルは、否定からしか入りませんよね! そんな事では、周りの人間は離れていくと思うのです」

「仕方ないだろうが。リョウが、あまりにもあり得ない事ばかり言うからだろう」

「人のせいにばかり……」

「リョウに言われたくない!」


一息ついて、アベルは心を整えて、言葉を続けた。


「事は起きなかったが、驚くべき情報は聞こえてきたな」

「ええ。アベルがあんなに挑発したのに、事が起きませんでした」

涼が、重々しく頷く。


「そこは、もういいだろうが。大人げなくて悪かったよ」

「いえ、僕が言いたいのは、むしろもっと激しい言葉で、ヘルブ公を面罵(めんば)すれば、『敵陣営との突発戦闘』が開始して……」

「リョウ以外は誰も喜ばんぞ、それは」

「またまたあ。戦闘狂アベルは喜ぶくせに」

「リョウと一緒にするな!」


戦闘狂仲間。



「自由都市艦隊主力が壊滅したという情報だ」

「まあ、大変なことですよね。確かにおかしいとは思っていたんです。大公国の艦隊が入港したけど、自由都市の軍艦は、ほとんどいなかったじゃないですか?」

「まあ、見る限り十数隻とかだったからな。あまりにも少ないよな」


行政島に行った際に、行政港も二人は見たのだが、軍艦は少なかった。


「演習はやっていないで、実は壊滅したとか……」

「いろいろ裏で起きているみたいだな」

「どうするんですか? 正義の剣士アベルが、バサッと一思いに斬って、全部解決しちゃいますか?」

「なんだそれは……。そんな簡単には解決しないだろうが」

「大丈夫ですよ。夜中、黒装束でも着て、大公国の大使館に忍び込み……」

「ヘルブ公を斬るのか?」

「そんなつもりは全くなかったのに。アベルは過激ですね。僕はただ、大使館で情報を収集するくらいかと」


わざと驚いてみせる涼。

ジト目で見るアベル。


「ヘルブ公……あの男、強いだろ?」

「アベルもそう見ましたか。あの人、呪法使いの親玉らしいですけど、かなり、剣も使うはずです」

「剣……俺は、雰囲気で強いだろうと思っただけだったんだが」

「僕は、雰囲気とかでは分かりませんもん。でもあの人、足の運びが、剣を使う感じでした。アベルと同じですよ」

「俺と?」

「ええ。小さい頃から、正統派な剣、つまり理屈立てて洗練された剣というか……そんなのを、基礎からみっちりと鍛えて、身につけてきた感じ」

「なるほど。確かに、俺はそうだな。ああ、ヘルブ公も、大公の弟だもんな……王族の宿命だ」

「ほんと、王族って大変ですね」


アベルが、苦笑未満の表情で言い、涼は小さく首を振る。


小さい頃から、『やらねばならない事』が多すぎる人生は大変だと思うのだ。

『やりたい事』を自分で選んでやるのなら、それは仕方ないとは思うのだが……。



「そういえば、あの人、なんとなくなんですけど、なんかアンバランス……(いびつ)というか、偏っているというか、バランスが悪い感じがしたんですよね」

「そうか? 見た目も悪くないし、呪術と剣と両方いけるなんて、均衡とれているじゃないか」

「う~ん、なんでそう感じたのかも、ちょっと分からないんですよ……」

涼は何度も首を傾げている。


何か変だとは思ったのだが、何が変で、どうしてそう思ったのかも分からない。

違和感といえば違和感なのだが……。


「人として、変?」

「……リョウが、自分の事を言っているようにしか聞こえん」

「失敬な! 僕はまともですよ!」

「まともな人間は、自分でまともとは言わんだろう?」

「くっ……罠にはめるとは卑怯な……」


涼は、アベルの罠にはまった。


「大公家で、小さい頃からいろいろやらされてきただろうから、それで歪になってしまったのか?」

「そう……その可能性はあるんですが……」


涼は考えるが、そういうのとは何か違う気もする。


だが、全く別の事に気付いた。


「もしかして……ノア王子も、そうなるんですか?」

涼は、アベルとリーヒャの息子、ノアもいろいろ仕込まれるのだろうかと思って問うた。


「そうだな、いろいろやることにはなるだろう。剣や魔法は、自分の身を守るのに必要だし。王子は、命の危険に晒されることは多いからな。自分の身は自分で守られないと、いろいろ大変だろう」

「でも、ほら、カイン王太子は体がよくなかったのでしょう? 剣とか振れないでしょうに」

涼は、アベルの兄、故カイン王太子の例を上げる。

カイン王太子は、病弱であったから。


「兄上は、そういうレベルじゃないんだ。自分の身が危険に晒される状況を、徹底的に排除されていた。人前に出られる場合でも、事前に、襲撃されるならどこ、方法はこう、というのを出されて、未然に防ぐタイプだ」

「頭脳派……」


驚愕する涼。


シミュレート能力が驚くほど高くないと、そんな事はできない。


「アベルとは違うのですね。アベルとは……」

「おい、今、絶対俺を馬鹿にしただろ!」

「そんなことないですよ~。アベルはアベルで、いいと思うんです。みんなが、カイン王太子みたいなことはできませんからね。自分にできる方法で頑張るしかありません」


涼は、まともに聞こえることを言っているが、アベルを見るその視線は、可哀そうな人を見る目であった。


当然、アベルもそれに気づく。


「お、俺だって、色々考える事はできるんだぞ」

「でも、最終的には、剣でなんとかなるって思っちゃってるでしょ?」

「うっ……それは否定できない。何で分かるんだよ」

「僕も、そのタイプだからです……」

顔を見合わせて、二人とも同時にため息をついた。


「頭脳派というのには憧れるんですが……」

「俺らには向いていなさそうだな」


人それぞれ、できる事をするしかないらしい……。


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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