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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
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0489 対峙

「だいたいの方のお名前は分かるのですが、お二方の名前が想像できないもので」

「なるほど。だから、バンスノ副大使、ゴリック艦長とレナ副長の下を回っていたのですね」

「名前と顔が一致するというのが、分からんですな。さすがに、全員の肖像画が報告書に載っていたわけではないだろうに」

ヘルブ公の言葉に、涼が理解して頷き、アベルが理解できずに首を傾げる。


「確かに報告書は文字だけですが、それぞれの方の特徴がかなり細かく書かれてありました」

「なるほど。大公国の諜報は凄いですな」

「なぜかアベルが、喧嘩(けんか)(ごし)な口調に思えます」


ヘルブ公の説明に、いつもに比べて(とげ)のある口調のアベル。

それを懸念する涼。

珍しく、今回は涼がハラハラしている……。


ヘルブ公は、気にしていないかのように振る舞っているが。



「大公国やヘルブ公に、思うところがあるわけではありません。ただ、現在の自由都市の状況を見ていると、かつて隣国に占領された故国を思い出してしまいまして。感情を抑えられない未熟者とお笑いください」

「なるほど」

アベルの言葉に、うっすら笑みさえ浮かべて頷くヘルブ公。


ヘルブ公は問うた。

「失礼ですが、お二方は……」

「中央諸国、ナイトレイ王国のアベル」

「同じく涼です」

「中央諸国? それはまた、遠方から……」


ヘルブ公は、素直に驚いた。


多島海地域がそうであったように、大陸南部のこの辺りでも、『中央諸国』の位置を正確に知る者は少ない。

だが、『中央諸国語』がかなり広がっているだけあって、名前は聞いたことがあるのだ。


「スージェー王国が、中央諸国と外交関係を持っているというのは……私は、寡聞(かぶん)にしてしりませんでした」

ヘルブ公は、中央諸国の人間が、スージェー王国大使館の園遊会に、きちんと礼装で出席していることを指摘する。


「そうですか、ご存じありませんでしたか。スージェー王国の、新たな女王となられたイリアジャ女王の御座船ブラルカウ号は、我がナイトレイ王国で建造されたものですよ」

「ほぉ……。それは興味深いですね」

「そういえば、ご存じありませんか。以前、五隻の遠洋強襲艦が、即位前の女王が乗るブラルカウ号を襲撃したことがあるのです。もちろん、傷一つ付けられずに、五隻全て轟沈させました。その際、私も同乗させていただいておりましたが、恐ろしいものですな。五隻もの遠洋強襲艦に襲撃されるというのは」


ここまでくると、アベルは少しだけ笑みを浮かべて語り始めていた。



横で見ている涼は、やはりハラハラしたままだ。

もしもの時のために、<アイスアーマー>をアベルに着せるべきかどうか、真剣に悩んでいる。


だが、目の前の相手は呪法使い。

それも、この大陸南部でトップクラスの呪法使いだ。

魔法的な動きをすれば、すぐに気づかれるだろう。


結局、涼は見守る事しかできない……。


アベルの気持ちも分かるのだ。

他国に占領されるのは、気持ちのいいものではない。

その占領からの解放を、アベルが先頭に立って行ったからこそ、普通の人よりも、考える事や感じる事が多いのかもしれない。



実際、目の前の男は言った。


大公国が、大陸南部全域の統一をもくろんでいるのを否定はしないと。

大規模行動に出たと。


そう、明言した。



つまり、遠からず、この自由都市を大公国が併合する……。



王都を含めた国の半分が、反逆者と他国の手に落ちたナイトレイ王国の惨状を、重ねないで見るということは難しい。

経験してしまうと、どうしてもその記憶がまとわりつく。

デブヒ帝国とアティンジョ大公国が、全く別物であることを頭では理解できていてもだ。


まあ、五隻の遠洋強襲艦を派遣してイリアジャ女王を襲撃し、即位式でも襲撃し、あまつさえゲギッシュ・ルー連邦でも内戦を煽っていると言われる大公国が、少なくとも正義を行っているとは思えないが……。



「遠洋強襲艦五隻を簡単に退けるとは凄いですね。しかし最近は、海上も物騒ですね。海賊が遠洋強襲艦すら持つようになってしまったとは」

ヘルブ公は、襲撃した船が、大公国のものであることは認めなかった。

当然であろう。


認めれば、間違いなく外交問題となるのだから。


そもそも、認める必要のないものであるし。



「どこかの国が、別の国を占領するのは、正直見たくありませんな」

アベルが、はっきりと言い切る。


「申し訳ありませんが、大陸南部の事情は、中央諸国の方には分からないでしょうね」

ヘルブ公は、笑みを浮かべたまま、こちらもはっきりと言い切る。


二人は真っ向から向き合った。


アベルは決然とした表情で。

ヘルブ公は笑みを浮かべて。



先に視線を切ったのは、ヘルブ公であった。

「おっと、ランダッサ大使を待たせているのでした。私は、そろそろ失礼します。お二方、またお会いしましょう」

「正直、もう会う必要はないのだが」

「我々大公国は、自由都市を併合します」


唐突に、はっきりと言い切るヘルブ公。

さすがに、驚き、だが同時に眉根を寄せるアベル。不快感丸出し。


「邪魔するものは排除します。その際には、お会いしない事を祈ります」

「俺は、俺が正しいと思う行動をとるだけだ」


アベルの言葉を聞いて、ヘルブ公は苦笑したようであった。

そして、一礼して、二人の元を離れた。




「もう! アベル、ハラハラさせないでください!」

「いや、わりぃ。柄にもなく、熱くなっちまった」

「アベルは、元々熱い人です」

「そ、そうか?」


涼がアベルを難詰する。

だが、非難しているわけではない。


「気持ちは分かりますからね」

「うん?」

「他国に占領される国なんて、見たくないです」

「ああ」

涼の言葉に、アベルは頷く。


「ただ……歴史的に見た場合、侵略する側にも、侵略される側にも、様々な事情があったりします」

「なんだ、それは?」

「別に侵略する側だって、ぐはは、侵略してやるぜー、ひゃっはーとか、なんとなく領土拡張したいから攻めちゃうぜーとか、言うこと聞かない国にはお仕置きだ、うぉりゃー、って感じで攻めるわけではないですから」

「……」

「侵略する理由の九割は、経済的な理由です。あ、もちろん、だからといって、侵略が正当化されることはないですよ? そこで、外交で解決すべき、と言うのは正道ではあるのですが、そもそも外交で解決できるものであれば解決しています。解決できないから、互いの国の事情がぶつかりあって、戦争しちゃうんです。ほんっと、歴史を学べば学ぶほど、戦争とか武力でしか解決できない人間たちって、まだまだ進化の途上なのかなとか思ってしまいますよ」

「お、おう……?」

「資源とエネル……動力源の奪い合い。それが戦争の本質です」


なぜか突然、戦争論を語り始めた涼に、ついていけないアベル。


「逆に言えば、代替資源の開発と、誰でも使える動力源が作られれば、戦争の九割はなくなる……論理的にはそうなんですよね。だからこそ、戦争を本気で避けたいのであれば、国レベルで……いえ、人類全体で技術力、開発力を上げるべきなのです。でも、まあ、難しいですよね」

「……九割と言ったが、残りの一割は何だ?」

「地政学的理由です。広い外海への自由なアクセスを手に入れたいのだけど、目の前の国が邪魔だとかね。我がナイトレイ王国は、その点、けっこう恵まれていますよね。だから、あんまり他国への侵略とかしなくてもいい国と言えるでしょう」

「そうか……」


涼の説明に、アベルは眉根を寄せて、微妙な同意を見せる。


「なんですか、アベル、他国を侵略したいのですか? 他国に占領される国は見たくないが、自国が占領する光景は見たいとか?」

「いや、そんな事は言ってないだろう」

「デブヒ帝国を占領するというのなら、止めません……」

「しねーよ!」



涼は、そこで思い出したかのように言った。


「ああ……もう一つ、ありましたか……」

「なんだ? もう一つ?」

「戦争が起きる理由です。まあ、戦争と言うべきか、内戦と言うべきか……」

「ここまで来たらそれも言ってみろ」

「解放戦です」

「……なるほどな」


王国解放戦を戦ったアベルには、よく理解できたらしい。


「占領された国民たちの解放、植民地からの解放、経済的隷属からの解放……。歴史上、それらも無視できない戦争です」

涼はそう言うと、顔をしかめた。



誰だって、戦争などしたくはないのだ。



間違いなく、幸福よりも不幸を多く生み出す行為。

だが、人の歴史は、戦争の歴史と言っても過言ではないくらい、人は戦争を経験してきた。

さすがにここまで多いと、恒久平和など絵空事(えそらごと)と思わざるを得ないほどに。



「どちらにしろ、大公国は自由都市を併合する……」

「そうですね。ヘルブ公は、はっきりと言い切りましたね。彼が、進駐軍の最高司令官なのでしょう。大公の弟であり、見るからに優秀ですし、個人の戦闘能力も高いですよ、あの人。アベルよりも、優秀に見えます」

「なぜ、そこで俺を比較対象に出す?」

「さっき、アベルは感情をむき出しにしていましたけど、彼は感情を表に浮かばせないでアベルの相手をしていました。あっちの方が、謀略家としては上でしょう?」

「……それは認める。俺は、その方面には向いていない」


涼の指摘を、アベルは素直に受け入れた。

自分が、謀略や(だま)し合いなどに向いていない事は、昔から自覚しているからだ。


「国にいれば、その辺りはハインライン侯に任せておけば盤石なのですけど、ここにはいません」

「そうだな」

「仕方ありません。謀略家涼の出陣です!」

「うん、なんか無理っぽいから、出陣しなくていいんじゃないか?」

「なんたる言い草! アベルの足りない部分を補ってやろうというのに!」

「いや、俺は確かにその方面には向いていないが……リョウも向いているとは思えん」

「や、やっぱりそうですかね?」


アベルの指摘は、涼も自覚する部分があったようだ。


「まあ、仕方ないんじゃないか? 人には向き不向きがある。それはどうしようもないだろ」

「そうですね。僕らは僕らに合った方法で行動するしかないですね」

アベルの言葉に、同意して頷く涼。


二人の視線の向く先は……。


「巨海老(えび)の蒸し焼きです。どうですか?」

新たに出てきたイセエビのような大きな海老の、蒸し焼きを二人に勧めるテーブル担当。


「もちろんいただきます!」

「これも美味そうだな」



美味しい料理は、人を幸せにする。

そして、平和をもたらす。


海老の蒸し焼きを食べながら、世界平和実現の難しさを考える涼であった……。


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