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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0052 異変の兆候

ゴールデンウィークなので、追加投稿です。

次話「0053 ある日のルンの街 上」は、いつも通り本日21時に投稿予定です。

「そういえば、リョウは今日図書館に行く、って言って出かけてたけど、何を調べてたの?」

銭湯から戻った夕方、四人はギルド食堂で夕飯を食べていた。


剣士と剣士見習いな二人に比べると、エトは神官と言うだけあって、リョウが何を調べたのか気になるようだ。

「錬金術です」

「リョウって錬金術もできるのか?」

「いえ、全然やったことないのです。でも使えるようになって、やってみたいことがいくつかあるものですから」



最終的には、アイスゴーレムを作って、ロンドの森に田畑を開墾したいのだ。

だが、それはまだ誰にも明かしていない、涼の秘めた思いだった。



「錬金術でポーションとか作ると聞いたことがあるけど、かなりな魔力を消費するとか……」

「ええ、初心者向けのレシピ本を買ってきたのですけど、その本にもそんな感じなことが書いてありました」

「本を……買った……?」



ニルスが固まっていた。

エトは苦笑していた。

アモンは、どれくらいのお金が動くのか理解できずに、すごいなぁくらいの顔をしているだけであった。



「アベルの案内をした報酬……みたいなお金で」


「さすがアベルさん! 本を買えるほどのお金を報酬として払えるなんて!」

剣士のニルスの中では、アベルはまさに憧れの英雄となっていた。

「リーヒャさん、本当に天使……」

なぜかアベルから、リーヒャを思い浮かべたらしいエトが、頬を染めながら呟いた。

「本って高そうですね」

アモンの反応はとても常識的なものであり、それを聞いて涼は安心できたのだった。




「そうだ、リョウ、明日アモンと組んで三人でダンジョンに潜るんだが……リョウも一緒にどうだ?」

「すいません、僕はやめておきます。地上でちょっとやりたいこともありますし」

涼は頭を下げて断った。

「ああ、うん、まあそう言われるだろうと思ってはいたから、気にすんな」


ニルスは頭をかきながら言った。

エトも苦笑している。


余りにも実力が離れすぎているのだ。涼と三人では。

もちろん、ここ半年以上ダンジョンに潜り続けているニルス、エトと、まだ村から出て来たばかりのアモンの間にも、歴然たる差はある。

だが、それでも、涼との差と比べれば微々たるもの。

それほどに差のあることは、ニルスもエトもわかっていた。


いきなりのD級登録できたということから、薄々気づいていたが、今日ダンを一撃で沈めたのを見て確信した。



ダンジョン探索は、強い冒険者がいれば確かにはかどる。

捗るが、どちらにも無理が生じる。

頑張ってついて行く方にも、足手まといを連れて行く方にも。


そのため、同じ程度の実力でパーティーを組んでの探索を、ギルドも推奨していた。

そんな中、涼だけこんなことになっているのは……普通は、冒険者登録したばかりの人間が、それほど強いなどということはないからだ。

数少ない例外が涼であった……ギルドとしてもこんな人が宿舎への入居を希望するのは想定外だったのだから仕方ないのかもしれない。




翌月曜日。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

そう言って、ニルス、エト、アモンはダンジョンに潜りに行った。



涼は、街の外に出ていた。

城壁の外を走ることにした。

ギルドの屋外訓練場でもよかったのだが、自分が住んでいる所の周りがどうなっているのかも、少し興味があったからだ。


そして、城壁外を走りながら、両手に、氷の東京タワーを構築していった。

かつて、ロンドの森でやっていたように。


魔法制御訓練と、持久力をつける……両方を鍛えるために。

魔法制御の熟練が増すと、魔法生成スピードも上がる。



昨日、威力を含め、多くの点でレオノールに負けていた涼であったが、魔法の生成スピードは決して負けていなかった。

剣戟中のレオノールの魔法を、生成途中で阻害できたからだ。

だからこそ、もっと速く、もっと精密に、魔法を使えるようになっておきたいと、そう思ったのだ。



勝っている部分は、もっと伸ばしていかなければ。

そして負けている部分は、もっと伸ばして負けないようにしなければ。



圧倒的な差を感じたのは、やはり移動速度であった。


数十メートルの距離を、一瞬でゼロにしたレオノール。

あれは恐らく風属性魔法なのだろう。

そして涼は、水属性魔法しか使えない。

水属性魔法でなんとかならないか……。


地球には、『ウォータージェット推進』というものがあった。

主に水上艦艇で、水を吸い込み、後方に噴き出す……その噴き出す反作用によって前方に進むというものである。



ウォータージェット……そう、すでに涼はものにしている。

物を切断するために。



あれを使えばいい。



実は、ウォータージェットで移動できることも、すでに経験済みだ。

それは海中から一気に海上に出るのに使った……。

かつて、ベイト・ボールとの戦闘で。

そして、クラーケンとの戦闘からの脱出で。


足の裏からウォータージェットを噴き出して、直上に吹き上がったのだ。


あの時は、どちらもいっぱいいっぱいで、失敗した時のリスクなど考えている余裕は無かったが……ぶっつけ本番で、よく成功したものだ……。

足の裏からウォータージェットを噴き出すのは可能。

だが、地上戦で使うのであれば、背面から出さねばならない。



背中から……? 確かに背中からも出さねばならない。

だがそれだと、首が折れる気がする……。


ならば頭からも……? 確かに、背中と共に後頭部からも出さねばならない。

だがそれだと、腕ぐりん、足ぐりんと痛める気がする……。


つまり肩、上腕、太もも、ハムストリング、そして踵からも……?

確かに、身体の背部全面から出すことになりそうだ。



とりあえずのイメージは出来たが……最初は出来るだけ小さい勢いでやってみたい。

(地面をアイスバーンで氷状態にすれば、うまくやれれば小さい勢いのウォータージェットでも前に進む……?)

「<アイスバーン>」


そして、身体の背部全面から、ウォータージェットが噴き出るイメージを頭の中に描く。

「<ウォータージェット256>」

涼が現在生成できるウォータージェットの最大数、二五六本が背面から出るイメージを浮かべた……実際に出たのだが……、


「進まない……」


ピクリとも、ではない。

ほんの少しだけ動いた気がする、という程度に動いた。


涼は膝から崩れ落ち、両手を地面に突き、四つん這いにうなだれた。

「負けた……」

何かに負けたらしい……。



一分後……。

「まあ、今はまだ出来そうにない、ということか……。256が1024くらいまで使えるようになれば、いける可能性あるよね」

涼は立ち直った。

そして、また走り始めた。




ニルス、エト、アモンの三人は、ルンのダンジョン第四層にいた。

この層から、ゴブリンが出てくる。

ゴブリンは、一体一体はたいしたことは無い。

三層までに出てくるレッサーウルフと比べても、一体だけなら倒しやすいほどだ。


ただ、ゴブリンは武器を持ち、集団で襲ってくる場合がある。

武器は、たいていは刃の欠けた剣や、折れた槍などであるが、弓を使うゴブリンも稀にいる。

さらに極稀に、魔法を使うゴブリンもいる。

そういった、レアなゴブリンを除けば、囲まれさえしなければ倒しやすいのだ。

ただし、素材は何も取れない。何も買い取ってもらえないのである。魔石以外は。


「剣士が一人多いと、狩りのスピードが違うな」

ニルスが、倒したゴブリンの魔石を採取しながら豪快に笑う。


「確かに。特にゴブリンだと、それが顕著に出ますね」

エトは、魔法系神官のため、戦闘中は回復に専念するが、素材の剥ぎ取りや魔石の採取は手伝う。

実は三人の中で、一番上手かったりする。


「レッサーウルフに比べると、ゴブリンは動きが遅いので倒しやすい気がします」

アモンは、ニルスやエトに比べると、魔石の採取には慣れていない。

それでも何とか魔石を採取した。



「よし、ちょっと休んでいこう」

ニルスの号令で、三人とも岩を背に休憩する。

とは言っても、ここはダンジョン。体を休めているだけで、精神的な疲労は全くとれない。

それでも、適度な休憩を挟むのは大切なこと。


ニルスは、かなり多めに安全マージンを取るタイプの冒険者だ。

それは、ダンジョンに潜り始めたばかりのアモンにとっては、非常にありがたいものであった。


「アモン、水はもちろんだが、塩も舐めておけよ」

そして世話焼きでもあった。

「そういえば、昨日走った後にも言ってましたね、塩」

「おお。汗かいた後は、水と塩をとっておくといいらしいんだ。俺の村の言い伝えだ」




「母なる女神よ その癒しの手を差しのべたまえ 『レッサーヒール』」

エトが、傷を負ったアモンの腕を治療していく。


「ふぅ、今のはちょっとやばかったな」

ニルスは弓持ちのゴブリンアーチャーから魔石を採取している。

そう、今倒した集団には、弓を使うゴブリンがいたのである。

ここは、先ほどよりさらに進んだ第五層とはいえ、ゴブリンアーチャーを擁する集団との遭遇報告はない層である。


「いい傾向ではないですよね。第五層でゴブリンアーチャーとか。三体の集団だったからなんとかなったけど」

エトがアモンを治療しているうちに、ニルスは倒した三体から魔石を取り出した。


「よし、今日は、もう地上に戻ろう。いつもより早いが、三人で分けてもいつも以上に稼げてるしな」

大笑いのニルス。

生き残ることが一番大事。

アベルに言われるまでも無く、ニルスは命の大切さを知っていた。

それは過去の経験から。


無理をしてはいけない。必ず余力を残して安全地帯に戻る。

その大切さをニルスは知っているのだった。




十号室の三人が第五層から引き揚げた一時間後。


同じ第五層で、E級パーティー『永久なる波濤』は壊滅しつつあった。

「なんで五層にこんなゴブリンがいるんだ、ありえないだろ!」

「魔力が尽きます……もう無理……」

「うぐ……くそ……が……」

「助け……」

「……」


五人のE級冒険者は、永遠の眠りについた。


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