0487 園遊会
園遊会とは、英語にするとGarden Party。
庭でのパーティー。
椅子に座っての、室内でのパーティーではない。
席が決まっていては動き回れず、出席者たちの目的をかなえる事ができない。
庭で、自由に歩き回る事ができる。
出席者たちの目的。
それは情報交換。
あるいは、都合のいい情報を流す事……。
純粋に、パーティーを楽しむ場ではないのだ。
もちろん、ダンスを求められることもない……。
『パーティー』ではあるのだが、招かれるのは一般人ではない。
大使館が主催する園遊会であるため、『外交』に関係する人々が招かれる。
今回の、スージェー王国大使館の園遊会に招待された人々も、他国の大使や、自由都市の外務省関係者など、ほとんどが、スージェー王国の外交に関係する人々だ。
おそらく、剣士と魔法使いの二人を除いて。
「ようこそおいでくださいました。私が、スージェー王国大使ランダッサです」
「この度は、お招きいただきありがとうございます。ナイトレイ王国のアベルです」
「同じく涼です」
ランダッサ大使の挨拶を受けて、如才なく答えるアベル。
無難に答える涼。
「お二人をお招きした理由については……?」
「はい。先ほど馬車の中で、レナ副長より伺っております」
「ああ、良かった。もちろん、スージェー王国大使館主催の園遊会ですし、ヘルブ公も大公国の大使としてみえられるので、何も問題は起きないとは思うのですが……」
「実は、その辺りに関して、一つ確認しておきたいことがありまして……」
アベルが、率直に問う。
「今回の大公国の動き。スージェー王国としては、どのように対処するつもりなのかをお聞かせいただきたい。それによって、我々の動きも変わりますので」
「なるほど」
アベルの問いに、ランダッサ大使は一つ頷いた。
はっきりと言い切る。
「つまり、大公国が自由都市に対して、実力行使に出た場合、スージェー王国はどうするつもりなのかということですね」
それを聞いてアベルは一度頷いた。
心の中で、顔をしかめながら考える。
(ここまではっきり言うという事は、この大使は、大公国の自由都市併合が近いうちに行われると考えているわけだ)
もちろん、自由都市がどうなろうが、アベルには全く関係ない。
いや、大陸を北上して、最終的に中央諸国に戻る旅路には、影響を与えるかもしれないが……あくまでその程度だ。
だが、思うのだ。
(どこの国であっても、他国に蹂躙される姿は見たくない)
かつて、ナイトレイ王国がその憂き目にあった。
だから、そう思うのだろう。
ランダッサ大使の言葉に意識を戻す。
「大公国と自由都市との武力衝突が起きた場合、スージェー王国は介入しません」
「まあ、そうだろうな」
「正直、ここまで一気に情勢が動くとは、本国はもちろん、我々も考えていませんでした。ただ、想定していたとしても……やはり介入はしないと判断したでしょう。本国から距離がありすぎるというのが一番の理由です。確かに、スージェー王国は、自由都市クベバサとの関係は深いです。しかし、軍を派遣しての介入などは、現実的ではありませんので」
ランダッサ大使の言葉に、アベルは頷いた。
王都からクベバサまで、船で四十日以上かかるのだ。
「本国からの指示は、大使館を閉め、スージェー王国関係者は速やかに撤収すること。ただ、その際に、自由都市民でスージェー王国に移住を希望する者がいたら、許可証を発行するようにとなっています」
「現実的だな。だが、自由都市内には、王国が持つ資産があるだろう。それらはどうする?」
「それは……回収できないものは放棄することになるでしょう」
そこで、ずっと聞き役に徹していた涼が口を挟んだ。
「『自由の風亭』は?」
「いえ、あれは、確かに王国資本が入ってはいますが、運営は自由都市民が行っています。資本の回収は無理でしょうが、運営を続行するかどうかは、王国とは関係ないところで決められます」
「なるほど」
ランダッサ大使の答えを受けて、涼は頷く。
資本が入っているというのは、株主の一人くらいの意味合いなのだろうと、勝手に解釈した。
「お話し中、失礼します。大使、コマキュタ藩王国のバンスノ副大使がお見えになりました。ミラコ大使の代理ということです」
「我々は失礼します」
「すいません。アベルさん、リョウさん、園遊会を楽しんでいってください」
運営側として入っている、ローンダーク号機関長グンノが知らせ、アベルとランダッサ大使は別れた。
「グンノさん、ビシッと着こなしていますね!」
「いやあ、お恥ずかしい。船だと、汚れてもいい服ばかりなので、勝手が違います」
涼が、グンノ機関長の執事のような服の着こなしを褒め、褒められたグンノは若干照れた。
「ゴリック艦長とレナ副長以外は、全員入っているのか?」
「ええ。この大使館の庭園、けっこう広いので」
「確かに。こういう園遊会を開くために設計されたように思えるな」
アベルはそう言うと、庭園を見渡した。
起伏は少なく、遠くまで見通せる。
東屋というか、柱、屋根、椅子が置いてある建物が点在しており、さっそく、何人かがそこに座って話し合いを始めているようだ。
それ以外にも、庭園のあちこちに、石造りの椅子が置かれており、あちこちで座りながら話すことができるようになっている。
「特に、開始の挨拶のようなものはないはずです。お二人は本当にお客様ですので、料理を楽しんでいってください」
「それを楽しみに来ました!」
「大使館料理長ロゴ・バギルシュ殿の料理は美味しいですからね。うちの、スーシー料理長も手伝っていますし。絶対にリョウさんの口に合うと思います」
「おぉ!」
グンノ機関長の言葉に、嬉しそうな表情の涼。
もちろんアベルも微笑んでいる。
誰しも、美味しい料理が出ると言われれば、楽しみなものだ。
そして、ついに……。
「アベル、来ましたよ!」
料理がテーブルに出されたのを、目ざとく見つけたのは、当然のように涼だ。
そして、言うが早いかテーブルに近づいていく。
「その行動力は凄いなとは思うが……」
苦笑しながら、涼の後を追うアベル。
なんだかんだ言いながらも、すぐに追っていくあたり、アベルも料理を楽しみにしていた……。
魚、肉、野菜に果物……。
色とりどりの料理。
絡まる香り。
その全てが……。
「食欲をそそりますね!」
「ああ、美味そうだな」
涼もアベルも、置かれたお皿と箸を手に取った。
「そういえば、アベルって、お箸の扱い上手ですよね」
「オハシ? ああ、チョップスティック……とか王城で習った気がしたが」
「そうでした、そんな教育を受けてきたんでしたね」
おそらく、中央諸国にも、箸を使う国があって、そういう国を王族として訪れた場合でも恥をかかないように教育されたのだろうと、涼は勝手に考えた。
テーブルマナーは大切なのだ。
テーブル上で、出てきたお肉やお魚が切り分けられ、一人ずつお皿に載せられた。
配られた料理を、立ったまま食べる人もいれば、あちこちにある椅子に座って食べる人もいる。
どちらでもいいらしい。
涼はそれを確認すると、立ったまま一口食べた。
目が大きく見開いている。
それを見て、アベルも、立ったまま一口食べた。
目が大きく見開いた。
「美味しいですね」
「ああ、美味いな」
涼もアベルも、そう確認し合うと、皿に残った料理を食べつくした。
そして、当然のように、再び切り分けている人の前に行く。
おそらく、切り分けているのは、大使館厨房の人間なのであろう。
二人が再びやって来たのを確認すると、笑顔で再び切り分けて、皿に載せてくれた。
前回より、多めに。
再び堪能する二人。
「ソースも凄いですけど……」
「ああ、下味もしっかりしているな」
「ソースだけでごまかしていないですね」
「丁寧に作り上げられた料理だぞ……」
涼もアベルも、適当料理評論家に早変わりだ。
「ロゴ・バギルシュ殿の鳥の丸焼き、美味いだろう?」
舌鼓を打つ二人の後ろから声をかける女性。
「スーシーさん! ええ、これは美味しいですね」
「スーシー料理長が絶賛していただけの事はあるな」
涼もアベルも手放しで称賛する。
「そうだろう? 美味いだろう? 本国はもちろん、この大陸南部でも、屈指の料理人だと思うぞ」
スーシー料理長も嬉しそうに言う。
「スーシーさんは、この大使館料理長さんとは仲がいいのですね」
「まあな。父の弟弟子にあたる。若い頃、同じ店で修業したそうだ」
涼は、スーシー料理長の表情と言葉から推測して言い、スーシーも頷いて答えた。
「まだまだ美味しい料理が出てくるから、楽しんでいってくれ」
スーシー料理長はそう言うと、二人の元を離れ、新しい皿に料理を盛って、ゴリック艦長の下へと歩き去った。
「弟弟子とか、なんかいいですね」
「ああ……リョウはいないもんな」
「ええ、仕方ありません。師匠のしごきは大変ですから、一般の人に入門を勧めるのは差し控えています」
「そ、そうか……」
涼は、剣の師匠であるデュラハンの訓練を想像して答えた。
アベルは、水属性魔法の弟弟子がいない点を指摘したのだが。
「あ、でも、アベルなら、倒されても倒されても向かっていきそうですね。でも、一晩で三回倒されたら、師匠は去っていきますので、根性だけではダメですけどね」
「リョウの剣の師匠だよな? 去っていく?」
涼は、剣の師匠が妖精王であることは伝えているが、訓練内容について語った覚えはない事を思い出した。
「うちの師匠は厳しいのです。出直してこい、ということです」
「凄そうだな……三本先取か。リョウは、どれくらい勝てるんだ?」
「え? 一度も勝てたことないですけど?」
「は?」
「そもそも、ロンド公爵領では、僕は最弱ですよ? 師匠はもちろん、お隣さんたちも強い方々ばかりですからね。だから、もっともっと強くならないといけないのです」
「……大変だな、ロンド公爵領」
涼が重々しく頷き、アベルが若干引いて答える。
そんなアベルは、ロンド公爵領が属するナイトレイ王国の国王だ……。
その後、二人の指定席は、テーブル脇となった。
もちろん、勝手に居座っているだけだ。
二人は他の参加者たちと違い、あちこちで話をする必要はない。
ここに来ている者たちは、二人以外は全て、外交関係者。
他国の外交関係者と話をするのがお仕事……。
それはゴリック艦長とレナ副長も例外ではなく、この自由都市の港湾副大臣と話をしている。
なぜ、港湾副大臣だと分かったのかというと、その傍らに港湾省副大臣付き補佐官、ロンファンがいるからだ。
茶屋で騒動に巻き込まれたので、ちゃんと覚えている。
「ゴリック艦長やレナ副長も大変そうです」
「まあ、ここでは、スージェー王国海軍の代表という立場になるからな」
そんなゴリック艦長の下には、かなり頻繁にメモが回ってきているようだ。
話しながら目を通し、一つ小さく頷くと、また話に戻っている。
「ゴリック艦長、けっこう器用ですね」
「海の男とかいうと、おおざっぱで荒々しい感じを受けるが、それだけでは船は動かん。何十人もの乗組員を意のままに動かすには、さまざまな技術も必要なんだ」
「アベルが知った風な口を……」
「いちおう、俺は国王だからな! 人を動かすために気を付けるところとか、昔、教えてもらったぞ」
涼の言葉に、小さな声だがはっきりと反論するアベル。
「王城ではいろいろ教えてもらえるんですね」
「いや、それは王城ではなくて、兄上に教えてもらった部分だ……」
「ああ、カイン王太子! なら確かですね!」
涼の中では、アベルの兄、故カイン王太子の評価は非常に高い。
「ほんと、会ったことないのに、リョウの中では兄上の評価は高いよな」
「当然です。あれほど素晴らしい問題を作れる方ですよ? 問題というのは、解答者ではなく、作成者が試されているのです。問題には、作成者の知性が現れるのですから」
二人が、かつてトワイライトランドに派遣された際、アベルは兄カイン王太子から山ほどの宿題を出されていた。
それは、カイン王太子が作った、国王即席講座。
それを覗き込んで見た涼は、その問題の実戦的な中身に感銘を受けたのである。
「惜しい人を亡くしました」
「ああ」
「カイン王太子が存命であれば、アベル王が国政を壟断する事もなかったでしょうに」
「うん……壟断の使い方、あってるか?」
涼が難しい言葉を使い、アベルがその使用方法に疑問を呈す。
どちらにしろ、亡くなった人は帰ってこない。
「王太子殿下の分も、僕らは美味しいものを食べましょう」
「意味は分からんが、食べるのは賛成だ」
そう言いながら、二人はテーブルに並ぶ料理を食べ進めるのであった。
二羽目の鳥の丸焼きが出てきた時、二人は真っ先にお皿に切り分けてもらった。
二人のすぐ後に、若い男性が並び、切り分けてもらって、すぐに一口食べた。
「ああ、これは美味しい……」
思わず漏れたその言葉。
二人はすぐ近くだったために聞こえた。
「そうでしょう、そうでしょう」
その言葉を聞いて頷く涼。
我が事のように、嬉しそうに笑顔を浮かべながら。
「一羽目の時は、間に合わなかったのですが、美味しそうに食べる皆さんの顔を見て、なんとかして二羽目はと……。食べられて良かったです」
若い男性は、笑顔浮かべてそう言った。
涼は少しだけ首を傾げた。
アベルも少しだけ首を傾げた。
どこかで見た顔な気がする……。
「失礼だが……私は、中央諸国ナイトレイ王国のアベルという。あなたは?」
「ああ、これは失礼いたしました。私、コマキュタ藩王国副大使バンスノと申します」
アベルの自己紹介に、副大使バンスノが答える。
「バンスノ? バン……まさか……」
「蒼玉商会の……?」
「はい。蒼玉商会は、うちの実家です。私自身は、外交の方に携わっておりますが、お二人の事は、商会長である父バンデルシュと、末弟バンヒューから報告を受けています。その節は、商会をお手伝いいただき、ありがとうございました」
涼とアベルが驚き、バンスノは一礼して感謝を表した。
どこかで見た顔な気がするのも当然だ。
蒼玉商会創業家の、一家の顔なのだから。
「いや、やるべき事をやっただけだ。気にしないでくれ」
「蒼玉亭ワンニャとかでも、素晴らしいサービスを受けましたしね」
アベルも涼も、蒼玉商会と蒼玉亭には、いいイメージを持っている。
それは当然、目の前にいるバンスノにも影響する。
「ここ数十年、自由都市クベバサはスージェー王国と深い関係にあります。我がコマキュタ藩王国が、ゲギッシュ・ルー連邦とのやりとりが多いのと同様にです。そのため、このクベバサでの藩王国の影響力は小さいのですが……。それでも、何かお力になれることがあったら言ってください。お二人は、今でも蒼玉商会の恩人ですから」
バンスノはそう言うと、二人の元を離れていった。
呼ばれた先は、港湾副大臣……。
「みんな、いろいろと大変そうですね」
「そうだな。副大臣が来ているということは、やっぱり港湾大臣たちは、今も頭痛が酷いのかな」
「ああ……。絶対、毒とか魔法とかですよね、その頭痛の原因」
「頭痛を引き起こす毒か? 中途半端じゃないか、それ」
「毒は別の目的ですよ。頭痛は副作用。何か深刻な問題が、自由都市政府内で進行しているに違いありません!」
涼が、名探偵風を装って推理する。
「誰が考えても、何か深刻な問題は進行しているだろ? 何を当たり前の事を」
「何て言い草! こういうのを、もののあはれというのです。本当にアベルは、こちなしなさけなしなのです」
「またわけの分からん言葉を……」
涼が首を振りながら言い、アベルも首を振りながら言う。
こちなしも、なさけなしも、興ざめや風流心が無いという意味の古語らしい。
きっと、高校国語の授業で習ったのだろう。
涼は、これだから風流を解さない剣士はとか、無作法と不調法の合わせ技ですかとか、王様には雅さもある程度は必要だと思うのですとか呟いている。
もちろん、全て、アベルは聞き流す。
その視線は、一点に注がれていた。
それは、さすがに涼も気付いた。
「何を見ているんですか、アベル」
「……テーブルを見ろ、リョウ」
アベルが、重々しく告げる。
運ばれてきたのは、塩に包まれた魚料理。
「塩釜焼きですか! これは期待できますね」
そんな二人が、今度は魚料理に舌鼓を打ち始めたタイミングで、会場全体がざわりとした。
ある意味、今日の主役。
アティンジョ大公国大使、ヘルブ公が到着した。




