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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
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0485 自由都市の冒険者

「本当に、ここ……ですか?」

「説明された場所は、ここだぞ?」

涼とアベルは、大陸部分に戻り、街の人に聞いて『冒険者互助会』の建物として教えられた場所に来た。

目の前には、冒険者互助会の建物がある。


あるのだが……。


「あんまり、大きくない、な……」

「不景気なんですかね」

目の前にあるのは、普通の一軒家だ。

いや、普通の家よりは少し大きいのかもしれないが、それでもせいぜい二軒分。


王都クリスタルパレスはもちろん、ルンの冒険者ギルドと比べても、驚くほど小さい。


「いや、ルンも、辺境最大の街だからな」

アベルも、涼と同じ気持ちをもったのだろう。

そのため、あえて言ったのだ。


「どうしましょう。ちょっと覗きたいと言いましたけど、関係者じゃない僕たちが入っていくのは……」

「絶対、声を掛けられるよな……」

二人とも、頭の中で想像していたのは、王国の冒険者ギルドだ。

それも、王都やルンの、広くて大きくて、人がたくさんいるような。

そういうギルドであれば、ちょっと中に入ってみても、注目を浴びることなく見学できると思ったのだが……。


「でも、ここで入らなかったら、アベルの犠牲になって、この場所を教えてくれた街の人たちに申し訳ありません」

「いや、俺が脅して聞いたような言い方をするな……」

「……行きますか?」

「行こう」

涼の問いに、断を下すアベル。


さすが、国王陛下は決断するのがお仕事だ。



二人は扉を開け、中に入った。


「喫茶店?」

入った瞬間に涼が思った感想だ。


カフェではない。

日本の、古き良き時代の喫茶店。


木製の床、木製の壁、木製の天井と梁。

初老の夫婦が営むそのお店に置かれているのは、当然、木製のテーブルと椅子。

そして、奥にカウンターがある。


コーヒーの味に妥協せず、ナポリタンスパゲッティが美味しいイメージ……だけど、実は生姜焼き定食が大人気で、平日お昼時でも、スーツ姿のサラリーマンが訪れる……そんな喫茶店。


もちろん全て、涼によるただの空想である。



冒険者互助会の中は、一見、そんな喫茶店をイメージさせる内装であった。

もちろん、ナポリタンスパゲッティを食べている客も、生姜焼き定食を頬張る客もいない。

コーヒーの香りも漂っていない。


というか、椅子には誰も座っていない。


「いらっしゃい」


カウンターの奥から、一人の老婆……そう、老婆と言ってもいいだろう。

どうみても、八十代に見える女性が、二人に声をかけた。


いるのは、その老婆だけらしい。



「失礼。こちら、冒険者互助会と聞いてきたのですが」

アベルが丁寧に尋ねる。

「そうだよ、冒険者互助会はうちさね」

少しだけ、ぶっきらぼうな口調を残す老婆。

若い頃は、冒険者だったのかもしれない。


「旅の方かね?」

老婆でなくとも、涼とアベルが、自由都市の人間ではない事はすぐに分かるだろう。


「あ、ああ」

アベルが答えるが、少しだけ言葉に詰まる。

依頼を受けに来た冒険者ではないことは、すぐに分かるだろう。

もちろん、ここに所属していない事も……。


「この自由都市は、冒険者があまりいないのさ。治安もいい、陸地には魔物も出ない。横暴な貴族もいなければ、無茶な命令を出す王様もいない。力があるのは商人たちだけど、当然、自前の戦力を抱えている。この互助会に依頼を出す事なんてないんだよ。だから、この自由都市で冒険者になった子らも、すぐに大公国や連邦に行く。特に今は、連邦は内戦中だ。どの陣営も、冒険者のような無頼な者たちが、少しでも欲しいからね」

老婆は、少しだけ悲しそうな表情でそう言った。


アベルと涼は顔を見合わせた。


そんな悲しい話を聞きたかったわけではないのだ。

久しぶりに見かけた冒険者……こんな異国でも、冒険者は頑張っているんだという、そんな姿をちょっと見たかっただけ。

だが、二人が思っていた以上に、この自由都市では、冒険者は活躍できないらしい。


「実は、さっき、外交島で冒険者らしき者たちを見かけたんだが……」

「ああ、何組かは、いろんな国の大使館の依頼を受けて活動しているよ。守秘義務みたいなものもあるから、ほとんど専属だね。彼らがここに来ることは、もうしばらくないさ」


どう転んでも、悲しい話になるようだ。



その時、勢い良く扉が開いた。


「会長! 終わったぜ!」

そう言って入ってきたのは、三人組。


男性、というより男の子と言うべき二人と、女の子一人。

絶対に、成人十八歳には達していない三人組だ。


「マーラ! 扉は丁寧に開けなって、いつも言ってるだろう!」

「あ、わりぃ……」

会長と呼ばれた老婆が叱り、マーラと呼ばれた男の子が謝る。

他の二人は、顔に手をやり、小さく首を振っている。



そこで、ようやく入っていた三人は、先客二人がいることに気付いた。


頭を下げて、三人は、カウンターから離れたテーブル席に座って話し始めた。

声は、カウンターまでは聞こえないが、間違いなく涼とアベルについてだろう。

チラチラと見ているから。


「彼らが所属する冒険者か」

「ああ。冒険者登録して半年だよ。元々依頼が少ないのもあるけど、まだ九級さ。今回の依頼は終わったみたいだけど、あの子らに回せる次の依頼は来てなくてね。あと一つこなせれば、八級に上がれる。八級に上がれば、街の外に出ての『狩猟系』の依頼を回してあげられるけど……さて、いつになるやら」

アベルの問いに、老婆会長は小さくため息をつきながら答えた。


「九級から始まって、一級が一番上ですか?」

涼が気になった事を問うた。

「まあ、そうだね。一級の上に特級があるけど……この辺りじゃ聞いたこともないね。東方諸国広しと雖も、そんなのがいるのは『ダーウェイ』くらいのもんだよ」

「ダーウェイ?」

「なんだい、ダーウェイも知らない? お前さんたち、ホントにどこから来たんだい……」

「いちおう、多島海地域のスージェー王国からなんですが」

大きく目を見開いて驚く会長に、嘘はついていないが重要な情報もあえて入れていない涼の答え。



少しだけ考えて、涼は小さく頷いて言った。


「すいません、僕らが依頼を出す事は可能ですか?」

「それは、もちろん可能だけど……旅の人だろう? 期限内に結果が出るとは限らんよ? しかも依頼金は先払い。互助会が報酬まで含めて一括で預かっておいて、冒険者に支払う。報告は、冒険者から直接受けることも可能だし、互助会が書類にまとめて提出することも可能だけど……」

「なるほど。その、報酬まで含めての依頼金というのは、おいくらでしょうか?」

「依頼内容次第だね。あたしが依頼内容を聞いて、割り振るべき等級、人数を算定して計算する。例えば一番下の九級であれば、冒険者一人当たり一万デナリが基本。長くなりそうな依頼なら、追加されるよ。等級が上がるにしたがって、一万デナリずつ上乗せだね」

「つまり、あの子たちにやってもらうとしたら、三人いるので三万デナリから、日数分上乗せということですね」

「経費がかかる依頼なら、さらに追加せざるを得ないけどね」


デナリは、この自由都市の通貨だ。

ここ数日、食べ歩きをしている涼としては、一デナリ、一円くらいだと認識している。


「そう、経費はかかりますね。先払いしておきましょうか」

「リョウ?」

涼は、腹案があるらしく、小さく頷きながら呟く。

それを見て、アベルが問いかける。


「大丈夫、アベルにお金を出させたりはしませんから」

「そこは心配していないが……」

「僕らが、今後、命の危険に陥らないようにです」

「そんな、大きな依頼をあの子らに?」

涼の言葉に驚くアベル。


まだ冒険者になって半年と、会長は言っていた。

そんな子たちに、涼やアベルが命の危険に陥らないようにするための依頼を?


「お、おい、リョウ……」


もちろん、アベルは、涼の事は信頼している。

普段は、なんだかんだ言い合っているが、心の底から信頼していると言ってもいい。

人を犠牲にして、自分の幸せを掴もうとするような人間ではないと思っている。



それでも……。



「この自由都市の、お食事処の情報を集めて欲しいのです」

「は?」

「お食事処?」

涼が笑みを浮かべて依頼し、アベルが素っ頓狂な声をあげ、会長が訝し気に問う。


会長は、現役冒険者時代から、互助会に関わって数十年、そんな依頼は初めて聞いた。

訝し気に問うのは仕方あるまい。


「はい。名前、場所、どんなお料理を取り扱っているか……。高級すぎるところはいらなくて……そうですね、お昼時で、一人一食千五百デナリ以下、とかにしましょうか。他に欲しい情報は……」

涼が必要な情報を言い始めると、慌てて会長はメモを取り始めた。


依頼として成立すると認識したのだ。


その間も、アベルは唖然とした表情のままだ。

人は、本当に想定外の事態に出会うと、固まってしまうものらしい。



しばらく、涼が欲しい情報を述べ、会長がメモを取りつつ、いくつか補足の質問をして……最後に経費のお話になっていた。


「お店に入って食べればお金がかかりますので、それは先に必要経費としてお支払いしておきます。会長さんの方で、預かってもらって、適時出してあげてください」

「うむ、承知した」

「いちおう期限は一週間後で。先ほど言った通り、十軒ほど見繕ってもらえればいいので……大丈夫ですかね?」

「書類にしてまとめる事まで考えても大丈夫だろう」


涼と会長の間で、細かな部分まで詰められたようだ。



ずっと無言のままだったアベルは、結局最後まで無言のままだった。




「いやあ、善い事をした後は、気持ちが晴れやかになりますね」

冒険者互助会の建物を出て、涼とアベルは泊っている宿『自由の風亭』に向かって歩いていた。


アベルは、互助会の中でもそうだったが、外に出てからも無言のままだ。


「アベルが黙ったままというのは珍しいですね」

「いや……何というか、何も言えないなと」

「はい?」

アベルの答えが意味不明であるため、首を傾げる涼。


「飯の調査の依頼というのは、俺も聞いたことなかったし、発想の中になかったからな。驚いたんだ」

「ああ、なるほど。でも、僕のオリジナルじゃないんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。僕の故郷に、タイヤメーカー……えっと、馬車の車輪を作っている感じの商会……かな?」

「車輪だけを作る商会? 聞いたことないが……よほど凄い車輪を作るんだな」

「ま、まあ……少し違う気もしますけど」


言った後で、かなり違うことに気付いてしまった涼であったが、言い換えるのもまた面倒なので、そのまま押し通すことにした。


「その商会が、美味しい食事処を本にして売っていたのですよ。その商会の調査員たちは、家族にすら調査員であることを秘密にしているという噂で、もちろん家族で普通に食べに行くのです。調査員であることを隠して」

「徹底しているな」

「そうなんです。普通のお客様に出す料理はどうか? サービスはどうか? というのを探り出すのですね。等級を星の数で表したりするのですけど、以前よりも星が一つ減ったりしただけで……お店によっては、大変なことになるらしいです」

「料理人にとっては重要だろうしな」


アベルは、星の減った料理人の落ち込む姿を思い浮かべたのだろう、重々しく頷いている。


「そういう本がある事を知っていたので、思いついただけです」

「なるほど……。だが、それで商売になるんだな」

「そうですよね、凄いですよね。まあ、元々は、自動……馬車で旅行する人向けに、宿の情報などと一緒に載せていたらしいです。なので、本自体の儲けは小さいけど、本業である……車輪の売上には貢献していたらしいです」

「迂遠に思える方法でも……実はそれが正解の場合もある、か」


アベルは考えながら頷いた。

頭の中で想像したのは、国政の事か、あるいは剣の事か……。


「商会全体における売り上げに占める割合は一パーセントとからしいですけど、誰もが聞いたことありますからね、その本は。人によっては、車輪製造業者である事を知らない場合もあります。百年かけて、積み上げた実績は、馬鹿にできません」

「なるほど」

涼の言葉に、アベルは再び頷いた。



「マーラ、ニコス、ローザでしたっけ。パーティー名『虎の牙』……勇壮な名前ですね。剣士と双剣士の男の子二人が、左右の牙をイメージしているんですかね。そして、治癒師の女の子、ローザがその奥にある頭脳とかかもしれませんね」

涼は、互助会で紹介された、例の三人について思いを巡らせて語る。


涼にとっては、冒険者の後輩にあたるので、頑張って欲しいと思ったのだ。


「パーティー名が登録されるのは、八級からなんだろ? 自称パーティー名か。まあ、やる気が出ているから、俺は嫌いじゃないが」

アベルも微笑みながら言う。

アベルは、現役冒険者時代から、後輩の面倒見がいいのだ。


「幼馴染どうしらしいですけど……どうなんでしょうね?」

「何が、どうなんでしょうだ?」

涼が、ニヤリと笑い悪そうな顔になって、思わせぶりな事を言う。

アベルには、涼が何を言いたいのか分からない。


「将来、あの女の子ローザをめぐって、マーラとニコスが血みどろの戦いを繰り広げる可能性があります」

「なんでだよ……」

「友情より愛情、というやつです」


呆れるアベルを無視して、何度も頷く涼。


「恋に破れた一人は、失意のうちに旅に出るのです。そして、わき目も振らずに剣の道に励み、いずれは剣の神と呼ばれるほどに……!」

「うん、そうか。ひねりが利いていないから、本にしても売れないだろうな、その物語」

「くっ……やはり、『そんなアベルは、腹ペコ剣士』を超える物語は、なかなか生み出されなさそうです」


ヒット作を連発するのは難しいのだ。


もちろん、「腹ペコ剣士アベル」シリーズ、第一作『そんなアベルは、腹ペコ剣士』がヒット作なのかどうかは……まだ、誰も知らないのだが。

名前を間違ってしまいました……なんてこと……。

(意味が分からない人は大丈夫です! 気にしないでください! 独り言です!)


マーラの名前がガンタになっていたとか、そんなことはないですから!

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