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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
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0484 観光

広場の茶屋から逃げた四人の補佐官。

途中で二人ずつに分かれて、一目散に行政島まで走り、自分が所属する省に逃げ込むことに成功していた。


港湾省。

港湾省副大臣付き補佐官ロンファンと港湾省大臣付き補佐官ゾー。

二人は、階段を駆け上がり、ロンファンの補佐官室に入って、鍵を閉めた。



ようやく、そこで一息ついた。



たっぷり五分間、どちらも一言もしゃべらない。

荒い呼吸を整えながら、起きた事を整理している。



先に口を開いたのは、この部屋の主ロンファン。

「呪符による攻撃だった……」

「ああ。天井付近に浮いていたな。風属性魔法系統の攻撃だろう」

ゾーが頷いて情報を補足する。


「誰の仕業かは……」

「普通に考えれば、大公国だな」

「なぜ我々を狙う……」

「それは分からん」

ロンファンもゾーも、自分たちが狙われた理由はよく分からない。


確かに、大公国による現在進行中の謀略を明らかにしようとはしていた。

だが、はっきり言えばそれだけだ。

まだ、たいした行動も起こしていない。

妨害工作も、もちろんやっていない。


それなのに、なぜ狙われた?

しかも、あんなに目立つ場所で。



「俺はしばらく、港湾省に泊まることにする」

大臣付き補佐官ゾーは、呟くように言った。

さすがに省内は、様々な対魔法、対呪法設備が設置されている。


自由都市クベバサの錬金術のレベルはかなり高い。

これまで大公国や連邦の脅威を跳ね返してこられたのには、高い錬金術のレベルもその理由の一つだ。


「そうだな。私もそうしよう。さすがに肝が冷えた」

副大臣付き補佐官ロンファンも、ゾー同様に省内に泊まりこむ事にした。

考えられる限りにおいて、最も安全な場所はここだ。



「だがそれにしてもだ……」

「うん?」

「あの攻撃を防いだ魔法……魔法障壁か。誰だったんだろうな」

「さあな……。おそらくは、特殊防衛局に属する魔法使いの誰かなんだろうが……」

「命拾いしたからな。特殊防衛局に、酒でも送っておくか」

「官吏同士での、贈り物の授受は禁止だ」

「まったく……ギスギスした世の中だな」

ロンファンが苦笑しながら指摘し、ゾーが首を振りながら嘆いた。


どこの社会も、世知辛いらしい。




「馬鹿者! 補佐官の始末もできんとは何事か!」

「申し訳ありません」


アティンジョ大公国大使館二等書記官執務室。

二等書記官ズルーマが、任務に失敗した呪法使いを叱責(しっせき)している。


そこへ、ノックもなく扉が開き、一人の男性が入ってきた。


「閣下!」

ズルーマが慌てて片膝をついて礼をとる。

もちろん、叱責されていた呪法使いも、片膝をついたまま入ってきた男の方を向く。


「ズルーマ、そう怒るな」

ヘルブ公は苦笑しながら言い、応接セットに座った。


そして、言葉を続ける。

「今回の件、衆人環視の中で、政府高官もしくはそれに類する人間が攻撃されることが重要だったのだ。失敗しても問題ない」

「は! 承知してはおりますが……」

ヘルブ公の言葉に、冷や汗を流しながら頭を下げるズルーマ。


「まあ、無残な死体になってくれれば、より良かっただろうが。大した差はないさ。そう、君は……ザバンだったね」

「は、はいっ! 私ごときの名前を閣下が……」

「もちろん、知っているよ。風属性だろう? 若いのになかなかの使い手だと聞いている。今回の失敗を忘れずに、精進してくれると嬉しい」

「はいっ! ありがとうございます!」


失敗した呪法使いザバンは、若い顔を紅潮させて、思い切り頭を下げた。

誰が見ても興奮している。


それも当然であろう。


アティンジョ大公国呪法使いの頂点に君臨し、大陸南部の呪法使いとしても屈指の実力であり、しかも国主たる大公の弟。

大公国呪法使いほぼ全ての憧れと言っても過言ではない人物が、自分の名前を知っており、しかも頑張れと声をかけてくれたのだ。


これで興奮しない方がどうかしている!



ザバンは、興奮したまま部屋を出ていった。



「閣下、本当に申し訳……」

「よい、ズルーマ。さっき言ったことは、事実そのままだ。あそこで襲撃した事実こそが重要。だが、防いだ者については気になる。恐らくは特殊防衛局の魔法使いなのだろうが……。そこを詳しく調べてもらえるかな」

「承知いたしました」

「特殊防衛局の力は、削いでおいた方がいいだろうから」

ズルーマが命令を受領し、ヘルブ公が頷いた。


「そうそう、先ほど、園遊会の招待状が届いたよ」

ヘルブ公が、笑いながら言う。

「スージェー王国大使館主催のやつですな。まさか、閣下がお出に?」

「ああ、出るつもりだ。向こうは出て欲しくないだろうけど、面白そうだからね」

「……向こうの大使も大変でしょうな」

「同格の大使ではあるが、大公弟だしね。どう対応するのか……。私も、大使として赴任するのは初めてだから、楽しみだ」

嬉しそうに言うヘルブ公。


「多分、大使としての赴任なんて、最初で最後だろうしね。それも……自由都市最後の大使でもあるし」

そう言うと、笑った。

今までの無邪気さを含んだ笑いではない。

むしろ、禍々(まがまが)しさの混じった笑い。


ズルーマ二等書記官は、思わず唾を飲み込むのであった。




「アベル、僕らは、ついに愚か者を卒業しました!」

「ああ、そうだな……満腹で動けないという状況ではないな」


翌日の昼食後。

二人は、大陸部分と行政島を繋ぐ、行政橋を歩いていた。


ついに四日目にして、彼らは食べ過ぎに陥ることなく、午後の行動の自由を手に入れたのだ。

そのため、行政島の方を見てみようと、観光客として歩いていた。


「僕らも成長できるのです!」

「だが食べ過ぎなかったのは、激辛だったからだぞ」

「そ、それは言わない約束です」


そう、二人が食べ過ぎなかったのは、お昼に入った『カラカラ亭』というお店が、激辛料理店で、満腹になる前に激辛でダメージを負ったからに過ぎないのだ。

二人の努力の賜物(たまもの)ではない。


「まあ、激辛でも美味かったんだがな。さすがに量は食べれんな」

「アベルは辛いものもいけるんですね。そういえば、アモンも激辛を難なく食べていました……」


涼は、ウィットナッシュの開港祭で、アモンが激辛カレーを食べていたのを思い出していた。


「剣士は辛いものもいけるんだ」

アベルが、なぜか断言する。

「でも、ニルスは同じものを食べて、撃沈していましたよ」

涼が、同意できないと言う。


「そ、そうか……」

人によりけりらしい。



「この橋、でかいな」

「二百メートル以上ありますかね? 海にこんな大きな橋を架けるのは、難しいと思うんですが」


全長二百メートル超、幅も地球で言うなら六車線分ほどはあるだろうか。

かなり巨大な橋だ。


「この橋を見るだけで、自由都市の技術力と経済力の高さが分かるな」

「確かに。ナイトレイ王国の王都には、大きな橋はないですよね」

「必要ないからな」


王都クリスタルパレスには、海はもちろん、大河も流れていない。


「国威発揚のために、巨大な橋を架けるのです!」

「は? どこに?」

「王都とルンの間に!」

「意味が分からん」

「山を越え川を越え、一直線の大橋です!」

「却下だ。必要ない」

「むぅ……ならば、王都とロンドの森の間に……」

「もっと却下だ。もっと必要ない」

「公共事業誘致に失敗しました……無念」



橋は、どこでも架ければいいというものではない。




「こっちが最高評議会で、お隣が自由議会だそうです」

「石造りの立派なものだな」

石造三階建て、見る者を圧倒する最高評議会。

同じく石造三階建てだが、黒系統の石を多く使っているのか、光が反射すると黒く光る自由議会。


どちらも、広大な広場に面しているが、広場で休んでいる人は少ない。


「みんな、忙しそうに動き回っています」

「仕事している時間だからな」

広場の反対側には、首相官邸を筆頭に各省庁が並んでおり、一目で商人と分かる者たちも行き交っている。

どんな社会でも、省庁への届け出というものは存在するらしい。



二人は、官庁街とも言うべき行政島をゆっくり歩きながら、島の南へと歩いた。

そこには、再び……。


「先ほど同様、大きな橋です」

「行政島と外交島を結ぶ橋だな。行外橋というらしい」

「なんという官僚的ネーミング……」


もう少し、魅力的な名前にしてくれればいいのにと、涼は思う。


「じゃあ、リョウだったら、何て名前にするんだ?」

「やはり、グレートスーパービッグサンダーシーブリッジ……」

「却下だな」

「なぜ!」

「なんか、センスがない」

「権力者の横暴、反対!」


名付けは、なかなか難しいのだ。



「どうせ、大陸部分と外交島を結ぶ橋は、外交橋なのでしょう?」

「全くその通りだ」

「なんという面白みのない……」

アベルの答えに、小さく首を振りながら嘆く涼。


だが、市民も、グレートスーパービッグサンダーシーブリッジと付けるネーミングセンスの者に言われるのは、余計なお世話だと思うだろう。



大陸部分、行政島、外交島は、橋によって三角形に結ばれている。

大陸部分を頂点に、二等辺三角形だ。

行政島と外交島を結ぶ行外橋が、一番短い底辺。


大陸部分が西にあり、行政島、外交島が大陸の東にある。


島に架かる三本の橋全てが、巨大であり、海面からの高さもかなり高い。

橋の下を、ほとんどの船が航行できるように設計され、建設されたのだ。



「あれ? そう言えば、自由都市って、『三つ』の大きな島がなかったでしたっけ?」

「あるな。もう一つは、監獄島だ」

「それはやっぱり……」

「当然、監獄がある。一般人の立ち入りは禁止で、あえて橋を架けていない」

「武装集団が占拠して、政府に色々要求するかもしれませんね!」

「何だそれは……」

涼の夢想に、呆れるアベル。


涼が頭に浮かべたのは、現代地球のアメリカ、サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島だ。

かつて、悪名高い、だが脱獄不可能と言われたアルカトラズ刑務所があったことで知られ……武装勢力のくだりは、そんな映画を、昔見たらしい。


「我がナイトレイ王国も、ウィットナッシュの沖合に監獄島を……」

「いらんわ!」




外交島は、行政島とはかなり趣が異なっている。

どちらも、政治関連の島である点は変わりないのだが……。


「外交島の方は、何というか華やかですね」

「そうだな。行政島にも食事ができる店が無かったわけじゃないが、こっちは、茶屋だけじゃなくて、カフェもあるな」

「しかもおしゃれです。なんか、個室もあります」

「非公式に、あるいはすぐに、ああいうところで、他国の大使館職員と会ったりするんだろう」

アベルが、国王的見解から推測を述べる。


「なるほど。確かに、そういう使い方をするのであれば、個室のあるお店の方がいいですね。酒場みたいなお店もありますけど……そこも、ほとんど、個室があるみたいです」

「外交において、多くの非公式の接触ルートを持っているのは、とても大切なことだからな」

涼がお店に感心し、アベルが為政者の側面から外交を語る。



どんな分野でもそうだが、一般人には見えないところで、決定的な動きはなされるものなのだ。

みんなが見えるところに出てくるのは、ほとんど決定した後。

ただの、お披露目にすぎない。


「見えないところでの努力が、成否を分けるのですね」

「剣術もそう、魔法もそう、そして外交もそうだ」

「評価は難しいですよね」

「人間は、どうしても見える部分に囚われるからな。結果こそ全て、結果を出せない努力など意味がない……そう言う人もいるし、場合によってはその通りなのだが、今この瞬間だけが全てではないんだよな。大きな失敗をした奴ほど、その後で伸びる……そして、そういう奴ほど、部下を育てたり組織を動かしたりするのが上手くなったりするんだよな。自分が失敗した経験をうまく活かしてな」

「なるほど。いろいろ難しいですね」


お洒落なカフェや食事処を見ながら、腕を組んで難しそうな顔をしている、剣士と魔法使い。


はたからは、どの店に入るか、とても真剣に悩んでいるように見えたかもしれない。



そんな二人の前を、ある一団が通った。


「何か、毛色の違う人々が見えました」

「今のは……冒険者か?」

涼もアベルも、視線でその一団を追う。


一見、ゴリック艦長みたいな船乗りかとも思ったが、持っている剣が大きい。

片手剣だが、ナイフに比べればかなり長い。

また、大きな杖を持った、おそらく魔法使いもいる。


「久しぶりに冒険者を見ましたけど、なんか安心しますね」

「多島海地域には、冒険者はいないって言ってたからな。やはり大陸は違うな」

「でも、武器とか……杖は中央諸国のに似てますけど、剣は反りが入った片手剣だし、服もこっちの人っぽい服です」

「当然、地域によって差は出るだろう」


涼もアベルも、基本的に冒険者だ。

片方は筆頭公爵、もう片方は国王だが……元々は冒険者。


しかも片方など、A級にまで上がった超一流剣士である。


「冒険者ギルドみたいなのもあるんですかね?」

「昔、王国にいた頃に、東方諸国にも冒険者ギルドに対応する組織があるらしいとは、聞いたことがある」

「そうなんですか!」

「冒険者互助会、だったか?」

「互助会……。ギルドの方がカッコいいです」

「そんなに変わらんだろう? 大陸部分に戻ったら、探してみるか?」

「ええ、ええ。ちょっと覗いてみたいですよね」


アベルも涼も、基本的に冒険者だ。

知らない事を知りたいと思う心……それは、冒険者にとって大切なものに違いない。


もちろん、『好奇心、猫をも殺す』という言葉もあるが……。



そして二人は、外交橋を通って、大陸部分に戻っていった。


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