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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
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0482 愚か者たち

「アベル、馬鹿な行動も、一度目なら笑い話ですみますが、二度目もやるのは愚か者なのです」

「リョウ、俺たちは、二人とも愚か者だ」


ここは、広場に面したお茶屋さん。

涼とアベルは、満腹二人組となって、昨日に引き続いて休んでいる。



そう、またも食べ過ぎたのだ。



「僕は止めたのです。それなのに、アベルが強引に頼むから……」

「俺は言ったぞ。自分の胃袋と相談して注文しろと……」


涼とアベル、どちらも愚か者らしい。



二人は、昨日と同じ席で、外をぼんやり眺めながら、緑茶を飲み、食べ物が消化されるのを待っている。


なんとなく広場を見ながら、涼が言う。

「なんというか……軍人さんぽい人が多い気がします」

「言ってる意味は分かる。服は、市民が着てるやつみたいだが、歩き方とか視線とかだよな」

二人が眺める広場には、明らかに一般市民とは違う毛色の者たちがたむろっているのだ。


これがナイトレイ王国などであれば、冒険者の類なのかとも思うのだが……。


「冒険者だったら、もっとくたびれた服です」

「うん、リョウ、それは多大な偏見が混じっている」

「やっぱり、隣国の人たちですかね……」

「だろうな。艦隊でやってきた……。だが、全員下船してはいないだろう……。『嬉食庵』で聞こえてきた話だと、二百隻だろ? 人数にすると数万人とかのはずだが、さすがにそこまでは下船していなさそうだ」

「二百隻で、水平線を埋め尽くしましたからね。イリアジャ女王のお国入りとか、四百隻だったでしょう? 倍ですよ倍! そりゃあ、圧倒的な光景だったでしょうね。その中を、その先頭を、レインシューターが颯爽(さっそう)と走る。ちょっと、その光景を港から見てみたかったです」


涼が、その光景を想像して何度も頷いている。


「演出、あるいはお披露目というのは、使い方によっては非常に効果的だからな。今回のは、この自由都市の民の心に、重い一撃を与えただろう……」

「なるほど。およそ用兵の法は、国を(まっと)うするを(じょう)と為し、国を破るは(これ)に次ぐ、というやつですね」

「昨日は間違ったが、今のやつこそ『孫子』だろ?」

「さすがはアベルです。正解。『孫子』です」

アベルの正解を称賛する涼。


正解する事ができて、アベルは嬉しそうだ。


「敵国を保全したまま勝利するのを最上の策とし、敵国を撃破して勝利するのは次善の策である、というやつですね。威圧して負けを認めさせて、相手国の兵や資源を全部がっぽり手に入れるのが一番いいよ、というやつです」

「それができれば一番いいのは確かだが……」

「そう、難しいですよね。『孫子』を書いた孫武将軍も、こう書いてはいますけど……実際には、戦って勝つ場合の方が、圧倒的に多かったのです。なので、目指すべき形、くらいで認識しておくのがいいと思います」


理想と現実は、なかなか一致しないものだ。

理想を求めつつも、現実を無視する事はできない。


事を為す人は、そのバランスのとり方が上手い……。




そんな二人の、隣の隣の席では、三人の男性が深刻そうな顔をして話し合っていた。


港湾省副大臣付き補佐官、ロンファン。

港湾省大臣付き補佐官、ゾー。

外務省大臣付き補佐官、ジューズ。


三人は外務省同期入省組であり、その中でも比較的仲がいい。

ロンファンとゾーは、港湾省に出向中。

これはよくあることで、特に二人が出世街道から外れて左遷されたというわけではない。

むしろ、この三人は、同期の中でも出世頭の部類だ。


「ゾー、港湾大臣は何を考えている? 二百隻の艦艇入港を許可したのもそうだが、そもそもうちの副大臣と会おうとしないのは何でだ?」

「ああ、ロンファン、分かる、言いたいことは分かるぞ。俺も、大臣閣下に言ったんだ。ミシタ副大臣が何度も面会を求めてきているようですがと」

「そしたら?」

「頭痛が酷い、だと。いや、確かに、ここ……十日くらいか、時折、酷い頭痛に悩まされているのは確かなんだが……。それでも、あれはわざと避けているな」


ロンファンとゾーは、お互いが仕える副大臣と大臣が、意思の疎通がとれていないのを嘆いた。

同じ省の大臣と副大臣ほど、密に連絡を取り合わなければならないというのは、誰にでも分かること……。


だが、二人の話に、驚いたように割り込んだのが、ジューズであった。


「港湾大臣も酷い頭痛が?」

「も、というのは、外務大臣もなのかよ」

「今思い出したが、財務大臣も頭痛が酷いという噂を聞いたな……」

ジューズが驚き、ゾーも驚き、ロンファンが顔をしかめる。


「どう考えても変だな」

「ああ、何かが起きていると考えるべきだよな」

ロンファンとゾーが、頷き合う。



「変と言えば、アティンジョ大公国の新大使もだ」

「ヘルブ公だろ? あり得ないだろう、そんなの。南方呪法使い教会十師の一人にして、現大公の同母弟。なんでそんな大物が大使として赴任するんだよ」

ジューズが話を振り、ゾーが首を振りながら答える。


ロンファンだけは、少し違った反応だ。

「すまん、私は呪法に詳しくないんだが……南方呪法使い教会の十師というのは、どれほどの地位なんだ?」

「そうだな……。この東方諸国全体で、呪法使いが強い勢力を持っているのはロンファンも知っているよな?」

「ああ、知っている。最近では、魔法使いを駆逐する勢いとか」

「まあ、駆逐というか住み分けが進んでいるというべきかな。とにかく、呪法使いは隆盛を誇っている。この大陸南部に住む呪法使いの多くが、その南方呪法使い教会に所属している。しているというか、させられているというべきか。所属しないと、いろいろと迫害されるらしいからな」


ゾーはそこまで説明すると、一度お茶を飲んで、喉を潤した。

そして、再び続ける。


「その南方呪法使い教会には十人の指導者がいるわけだが、それが十師だ。十師同士は、協力し合うことはほとんどないが、対立もしない……と言われている」

「言われている?」

「そう。実際のところは不明だ。というのは、現十師の中で、公式に発表されているのはヘルブ公だけだからな。うちの特殊防衛局なんかは、いろいろ調べていたはずだが……代替わりしたかもしれないとか、いろいろあるらしいぞ」


自由都市クベバサの防衛を、海軍と共に担っていると言っても過言ではない特殊防衛局は、外務省の外局でもある。

そのため、元々外務省同期の三人は、実は特殊防衛局にも知り合いがいる。



「確かヘルブ公って、大公国の『あの機関』のトップだという噂もあるよね」

「そう……秘密工作部な。うちの特殊防衛局と、バチバチにやり合ってきたからな。その親玉が乗り込んできたという意味でもあるんだよな」

ジューズが言い、ゾーが答える。



「どう考えても……大公国は、本気で……ということじゃないか?」

「そうだろうな。クベバサを潰そうというのだろう」

ロンファンも、ゾーも、その辺りは何度も考えたことがある。


だが……。


「だが、我が国は面積は小さいが弱くはない。経済力でも、純軍事力でも大公国と遜色ない。これまでにも、陸戦でも海戦でも何度もやり合ってきたが、大きな敗北は一度もない。特に海軍は、常に圧倒してきた。大公国にとって目の上のたんこぶであることは確かだが……具体的にどうやって潰す?」

「もし……もしも、二百隻の軍艦に乗ってきた大公国の兵が一斉蜂起したら?」

「五万人以下なら、特殊防衛局と都市守備隊で抑え込める。まあ、図上訓練ではあるが……そういう想定での作戦は立てられている」


ロンファンの問いに、ゾーはよどみなく答えた。

ゾー自身、二百隻の艦艇を自由港に迎えた際に、以前見せられたその図上訓練を思い出したのだ。


「正面からは無理……。ならばどうするか……」

「さてな。情報が足りんな。ちょっと、他の省庁の連中とも連絡を取り合ってみるか」

「そうしましょう。また明日、この時間に、この場所で」

ロンファン、ゾー、そしてジューズはそう言うと、茶屋を去っていった。




「アベル、僕は決して盗み聞きをしていたわけではありません」

「……ま、まあ、聞こえてしまったものは仕方ないんじゃないか?」

そう、涼とアベルには、先ほどの三人の会話が、けっこうちゃんと聞こえてしまったのだ。


「公共の場で、あんな話をするのは、情報漏洩ろうえいの意識が低すぎると思うんです。彼らが、王立錬金工房の人たちだったら、情報の取り扱いに厳しいケネスによって、クビにされてしまうに違いありません!」

「確かに、ケネスは情報の取り扱いが非常に慎重だし、それは王立錬金工房全体で共有されているが……クビにはならんだろう」

「なるほど。クビにして野に放つより、近くで飼い殺しのまま監視するのですね。さすがアベルは色々考えていますね」

「リョウには、表現を、もう少し慎重に考えて欲しい……」


涼は褒めたつもりなのだが、アベルは別の受け取り方をしてしまったようだ。

言葉は本当に難しい。


「まあ、聞こえてしまったのはともかく……。大物が赴任したみたいです」

「ヘルブ公と言っていたか。呪法使いか……」

「スージェー王国で襲ってきたのも、呪法使いでしたよね。しかも、カブイ・ソマルさんが言うには、アティンジョ大公国からの者だろうと」

「あの襲撃者の親玉の可能性もあるということか。世間は狭いな」

「アで始まってルで終わる剣士は、不幸を呼び込む力があるのかもしれません」

「ねえよ、そんなの」


涼が撒き散らす風評被害を、言下に切って捨てるアベル。


「とりあえず、明日もここに来てみるしかないな」

「そう、言ってましたもんね。明日も同じ時間にここでって。でも、僕たちは、同じ過ちを繰り返すのはよくないと思うのです」

「そうだな。明日の昼は、『嬉食庵』はやめて、別の店を探そう」

「美味しすぎるのも罪ですね」

「俺たちが、愚か者なだけなんだがな」


二人とも自覚はあるのだ。

自覚はあっても、逃れられない。

人とは、そういう生き物なのかもしれない……。


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