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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
521/930

0480 諜報活動

満腹二人組から見られていることなど気づかない三人。

ゴリック艦長と、乗組員ナンとニン。


三人は、スージェー王国大使館に指示された通りに、いくつかの場所を巡っていた。

大使館から渡された手紙を、届けて回るお仕事だ。

それ自体は、もちろん非合法な活動ではない。

活動ではないのだが……。


「やはり、まだ見られているよな?」

「はい。二人は、大使館を出たところからずっと追ってきています」

「大使館で言われた通りです」

ゴリック艦長の確認に、ナンとニンが小さく頷いて答える。


そう、三人は尾行されていた。

ある意味、それが役割であるため問題はない。


問題は、尾行しているものが何者かだ。

この自由都市クベバサの諜報機関ならいいのだが。


「クベバサの諜報機関……何といったかな」

「特殊防衛局です。自由都市内では、彼らの動きに気付くことはない、と言われるほどに街に溶け込んでいるとか」

「だよな。この、追ってきてる奴らは……俺らですら気付くってことは……」

「特殊防衛局では、ない?」

ゴリック艦長の指摘に、少し眉をひそめて答えるナン。

無言のままだが、同じように眉をひそめるニン。


ちなみに、ナンとニンは兄弟であり、目がいいため、ローンダーク号ではマストトップに上がって、遠眼鏡で監視任務に就くことが多い。


そう、ゴリック艦長に叫んで報告する者たち。

もちろん、今は小さな声で囁くように会話しているのだが。



三人は、その日、四軒目の届け先に、大使館からの手紙を配達した。

手紙の中身は、一週間後にスージェー王国大使館で園遊会を開くので、それへの招待状だ。

だから、もしも途中で奪われたり中身を見られたとしても、特に問題はない。


「やはり……まだ見られているな」

「はい」

ゴリック艦長が呟くように言い、ナンが頷いた。


「よし、少し休憩を兼ねて様子を見るか」

ゴリック艦長はそう言うと、二人を連れて、広場に面した茶屋に入った。


席は、半分ほど埋まっている。



店の一番奥の席に進む。

そこからなら、店内を一望できる。

広場も、全体は難しいが、半分なら視界が確保されている。

逆監視するには、良い場所だといえるだろう。


「艦長、あれ……」

ニンが指も顎も動かさないで、言葉だけで注意を惹く。

それは、店の窓際の席に座る二人。


剣士と魔法使い。


「アベルさんとリョウさんか?」

ゴリックも、一目で分かった。

二人は、ゴリックら三人には気づいていないようだ。


三人の方を見ずに、広場の方ばかりを見ているから。


涼とアベルが、三人の仕事の邪魔をしてはいけないと思って、あえてそちらを見ないようにしているとまでは、想像できなかった。



「こちらに気付かない事を祈ろう」

ゴリック艦長が言うと、ナンとニンは頷いた。


彼ら三人は監視されている。

その三人と接触を持ったら、涼とアベルも監視対象に入るかもしれないからだ。


二人はローンダーク号の客人であり、イリアジャ女王から勅命でこの自由都市に届けるように言われた人たち。

この自由都市での作戦や行動に巻き込むわけにはいかない。



ゴリック艦長ら三人が茶屋に入った後、店に入ってきたのは女性が一人。

カウンター席に座り、三人には背を向けている。


「我々を追っている二人とは違います」

ナンの言葉に頷くゴリック艦長。

追っている者たちが誰だろうが、監視しているだけ。

三人には、おそらく手を出してくることはないはずだ。


大使館からもそう言われているし、ゴリックらもそう認識している。

だが、それでも、ずっと見られ続けるというのは、気持ちのいいものではない。




二十分ほどして、ゴリック、ナン、そしてニンの三人は茶屋を出ていった。


それを横目に見る涼とアベル。

「艦長たち、お昼ご飯食べたんですかね?」

「さあな。少なくとも、俺らほどには食べてないだろう」

「動けてますもんね」

アベルも涼も、まだぐだっている。


緑茶を飲み、ゆっくりしたことで、多少は回復したが、もうしばらくこのままでいたい。

急ぎの仕事があるわけでもないし……。


お仕事を頑張っている、艦長ら三人には、ちょっとだけ引け目を感じるのは事実だが。


「監視されているみたいだな」

「ああ……全部で、六人くらいいるみたいですよ」

「そんなにか? 俺が気配を読めたのは四人だ」

「気配を読む……やっぱりカッコいいですよね。僕もそっちの方がいいです」

「リョウは魔法だろうが。そっちの方が確実だ……」


隣の芝生は青いのだ。

他の人が持っているものは欲しくなる……。


「三人の後にお店から出ていった女性、あの人も監視者みたいですから」

「なるほど。それは人数に入れていなかったな。そこまで入れて、俺が認識できたのは五人か。もう一人は……?」

「正面少し左、ずっと先にある何かの屋敷の尖塔ですかね。そのてっぺんから、遠眼鏡で見ています。三人の動きを追って、遠眼鏡が動いていたので、多分合っているでしょう」

「尖塔って……五百メートルくらい先だな。うん、俺じゃ絶対分からんわ」


涼の説明に、小さく首を振るアベル。

こういう面に関しては、剣士よりも魔法使いの方が上だと、アベルは心底感じている。

もっとも、涼を『魔法使い』のくくりの中に、単純に入れてしまっていいのかどうかは、議論の余地がありそうだが。



「でも、今朝着いたばかりの艦長たちに、こんなに監視が付くのも凄いですね」

「監視をつけなければならないと判断する、何らかの情報があるんだろうな」

「その判断はまだまだですね」

「何でだ?」


涼が、人差し指をチッチッチという感じで振りながら言い、アベルはよく分からずに問う。


「だってそうでしょう? 一番危険な男、剣士アベルをこそ、厳重な監視下に置いておくべきじゃないですか。それが、こんな野放しになっている……まだまだと言わざるを得ません」

「一番危険な男の称号は、リョウにやるから」

「いりませんよ。僕なんて、見るからに……」

「優しそうにも人畜無害にも見えない」

「さ、先に言われた……」

アベルに機先を制せられ、落ち込む涼。


「ボケ潰しのアベル……」

「また、変な名前を付けようとするな」

腹ペコ剣士だったり、満腹剣士だったり……挙句の果てにはボケ潰しという二つ名までつけられたアベル。

涼の相棒は大変そうだ。




その日の夕方。

アティンジョ大公国大使館。二等書記官執務室。


二等書記官執務室は、一等書記官執務室よりも広い。

それは、会議室が隣接しているからだ。

そもそも、アティンジョ大公国から各地の大使館に派遣される二等書記官は、ただの外交官ではなく、秘密工作員の取りまとめ役である。

そのために会議室があるし、場合によっては大使館のトップである大使よりも、発言力が強くなることがある。


二等書記官が所属する『秘密工作部』は、大公直属。

秘密工作の指示も、外務省を飛び越えて、大公から直接届くとなれば……それも仕方ないであろう。



「監視対象三人は、先ほど、スージェー王国大使館に戻りました」

「着いて早々、ご苦労なことだな」

二等書記官付秘書官ミニーの報告を受け、皮肉めいた笑みを浮かべて答える二等書記官ズルーマ。


もしここに、涼かアベルがいたら秘書官ミニーを見て気付いただろう。

茶屋にいた女性だと。



「それで、『符』は入れられたのか?」

「はい。一人だけですが、耳の中に」

「さすがだな。それほど極小の符を操れるのもだが、それに気づかれないのもミニーくらいのものだ」

「ありがとうございます」


その手際をズルーマが称賛し、ミニーが頭を下げて恐縮する。


耳に、小さな虫が入っただけでも普通は気付く。

だから、虫よりも小さい『符』でなければならないのだが……そんな符を作るのが、まず難しい。


そのうえ、それほど小さな符を動かして、気付かれないように対象の耳に入れる。

ほんの僅かな風の流れでも影響を受けることを考えれば、非常に高度な技術が必要となるのは理解できる。



「会話が聞けるのであったな。どれほどの距離だ?」

「一度定着すれば、五百メートルは大丈夫です」

「この大使館とスージェー王国の大使館は、近いからな。外交島は大きいが、すぐそばにあるのも運がいいというべきか」

二等書記官ズルーマはそう言うと、笑った。


そして言葉を続ける。

「明日には、『閣下』も入国される。二百隻、四万人の海軍兵と共にな。いよいよだぞ」

その表情は、喜びに満ちていた。


間違いなく、大公国の歴史上に残る作戦。

その中で、重要な部分を担えることへの喜び、誇り、満足感。


もちろん、秘密工作部であるため、歴史の表舞台に出ることはない。

名前が知られることもないであろう。


だが、そんな事は関係ないのだ。


ズルーマ二等書記官の、秘密工作員としての集大成……それが、この作戦で結実する。


そう、大公国による『自由都市併合作戦』で。


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