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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第二章 自由都市
520/930

0479 おなかいっぱい

「いやあ、昨日の最後の晩餐(ばんさん)、すごく美味しかったですね!」

「わざわざ、最後の晩餐と言う意味が分からんが……まあ、美味かったのは確かだ」

涼もアベルも称賛した、ローンダーク号での夕食。


スーシー料理長ら、ローンダーク号料理人たちの、腕によりをかけた夕食は、かなりハイレベルなものだった。

上陸前の最後の夕食という事で、酒すらもふるまわれ、飲めや歌えの楽しい食事が提供された。



「乗組員の人たち、半分は、同じ宿らしいです」

「そう言ってたな。船長ら幹部を中心に半分が外交島とか。外交島って大使館がある所だろ。上陸してからも、いろいろ仕事があるみたいだな」

「スパイ……諜報活動ですよ、きっと。ハインライン侯みたいな。ああ、そういえば、カブイ・ソマルさんとか、どことなくハインライン侯に似てますね」

「言われてみればそうかもな。どちらも、諜報や謀略は苦手ではなさそうだな」


涼の言葉に、アベルも頷いて同意した。

アベルはその方面は得意ではないが、国を維持していくうえで、情報収集が必要であることは理解している。


「諜報とは汚い仕事である。だからこそ、紳士にしかできない」

涼が重々しく語る。


「なんだ、それは?」

「昔、有名な諜報員が言った言葉です。アベルには……難しそうですね」

わざとらしく、アベルを頭の上から足の先まで見た後で言う。


「確かに俺には無理かもしれんが、リョウはもっと無理だな」

「失敬な! 僕はどこからどう見ても紳士ですよ」

「紳士は、自分の事を紳士だなんて言わんだろう?」

「くっ……諜報員はアベルの罠にはまりました……」


二人がそんな事を話している間に、ローンダーク号はクベバサ自由港に入港した。




自由都市クベバサへの入国手続きは、簡素なものであった。

クベバサの港湾管理の人間が船に乗り込んできて、名簿の名前と乗組員を一人ひとり突き合せる。

もちろん、写真や特殊な身分証明などがあるわけではないため、嘘をついてもばれなさそうである。


涼もアベルも、乗組員の一人として入国申請され、問題なく入国審査を通過した。


「こんな危険な剣士が、何の問題もなく入国してしまう。破壊工作者が、簡単に国内に入れてしまうわけです……」

「おい、危険な魔法使い、何か言ったか?」

涼が水際対策の難しさを嘆き、アベルが抗議する。



そんなことを言い合っていた二人であるが、上陸の際にはおすまし顔であったことは言うまでもない。

いかにも、人畜無害な剣士と魔法使いという態で。


ただ、涼の後ろを、小さめではあるが氷の荷車がついてきていたため、港湾管理の人が二度見をしたのは仕方なかったであろう。

いつもの<台車>の魔法だ。

今回のは、屈折の加減を変えて、中身は全く見えなくなっているが。


ちなみに入っているのは、涼とアベルのお金……。

スージェー王国が両替してくれた、自由都市クベバサのデナリ通貨。



「お二人に用意された宿は『自由の風亭』という名前です。うちの乗組員の半数もそちらに泊まります。そちらの幹部は、副長のレナです。我々は外交島の方ですので、連絡など取りたくなりましたら、レナの方に言ってください」

ゴリック艦長はそう言うと、外交島への馬車に乗り込んでいった。


涼とアベルは、レナ副長やスーシー料理長ら五十人の乗組員と共に、歩きで宿を目指す。


「アベル、お宿の名前は、自由の風らしいですよ」

「そういえば、昨日、涼が言っていたか? 自由の風が吹いているとか、どうとか」

「よく覚えていましたね! やはりこの街には、自由の風が吹いているのですよ」

「うん、やっぱり意味が分からんがな」


現代地球における自由主義の歴史を学んでいないアベルには、通じていないようだ。


涼は、自由主義の歴史とその意義について、五時間ほど講義しようかと考えたがやめた。

なんといっても、アベルは国王陛下だ。

アベルは、自由主義が超越しようとした絶対君主制や王権神授(しんじゅ)説を体現する存在……そのものに対して自由主義の説明は無意味な気がしたので。


「美味しいものを食べる自由、選ぶ自由がここにはあるということです」

「それなら分かりやすいな。全面的に賛同するぞ」

腹ペコ剣士アベルは、嬉しそうに頷いた。


どんな主義主張を持っていようが、美味しいということは、その全てを超越するのだ!

平和が欲しいのなら、美味しいものを食べさせればいいのだ!



二人と五十人が泊る宿『自由の風亭』は、自由港にほど近い場所にあった。


「五十人が泊まると言っていたから大きいだろうとは思っていたが……」

「木造二階建てですが、すっごく広いですね」

正面道路に面した部分だけでも、百メートルはあるのではないかと思えるほどの大きさだ。


「スージェー王国の資本が入っていると聞いたことがあります」

「何代か前の国王陛下の妹さんね。ここを含めて、大陸のいろんなところに投資したらしいぞ」

二人が驚いているのを見て、レナ副長とスーシー料理長が、後ろから説明した。


「クラウン・エステート……」

涼の呟きは、誰にも聞こえなかった。



『自由の風亭』は、エントランスも非常に素晴らしく、豪華でありながらエレガントでもあった。

その絶妙なバランスは、宿の従業員たちの完璧な所作によって完成している。


「西方諸国……マファルダ共和国でも素晴らしいお宿に泊まりましたが、ここも、そこに負けず劣らず素晴らしそうです」

涼が思い浮かべたのは、『ドージェ・ピエトロ』だ。

あそこも、ハードもソフトも完璧であったが、ここも素晴らしそうだ。


従業員たちの動きだけでそれが分かる。


入ってきたローンダーク号の乗組員たちに、全くストレスをかけることなく全ての手続きが進んでいく。

五十人全員にだ!

いや、涼とアベルを入れて五十二人だが、そんな差など誤差だと思わせてくれる……。



「ここの接客は、いつも凄いんだ」

スーシー料理長が言う。


「スーシーさんは、よくここを使っていらっしゃるのですか?」

涼が問うた。

ここのお宿はかなり高そうだ。

今回のような、『国のお仕事』や、涼やアベルのような『国の客人』などでなければ、なかなか利用できないお値段な気がするのだが……。


「小さい頃、両親がここの大使館の料理長をしていてな。何度か、この宿にも連れてきてもらったんだ」

「ほっほぉ~」

「ここの料理は凄いぞ。二人の食事代も王国が払ってくれるそうだから、好きなものを頼むといい」

「おぉ! それは楽しみです」

スーシー料理長は懐かしそうに嬉しそうに言い、涼は花が咲くような笑みを浮かべて喜んだ。



美味しいは正義!



涼とアベルは、割り当てられた部屋に入った。

その部屋も、いわゆるスイートルームのように、リビングと寝室が別れている。


現在、まだお昼前。


「他の人たちは会議だそうです」

「まあ、仕事だな。俺たちは無いが……」

「仕事もしないで遊んでいられるなんて、アベルはいい身分ですね!」

「そっくりそのまま返してやるよ」


涼もアベルもいい身分らしい……。


「大陸を北上する船を探すために、俺たちはこの自由都市に入った」

「ええ、その通りです。スージェー王国の大使館とかも探してはくれるらしいですけど、本来のお仕事も忙しいでしょうから、少しは僕らで動いてみた方がいいでしょう。活動資金はありますしね」

涼はそう言うと、部屋の隅に置いてある氷の塊に目をやった。


外からは見えなくなっているが、中にはデナリ通貨が入っている。

これなら、二人がいない間に盗人が入ったとしても、大丈夫だ。

なにせ、氷の塊の表面には<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>が発動しており、触ると凍りついてしまうから。


もちろん、氷の表面には『触っちゃダメ』と書いてあるので、宿の従業員は触らないはずだ……。


「それは……俺が金を取り出そうと思ったら、どうすればいいんだ?」

アベルが当然の質問をする。


「アベル、塊の前に行って、手を差し出してください」

「手を差し出す?」

涼に言われた通りに、氷の塊の前に行き、なんとなく右手を出してみる。


すると……氷の塊の一部が口のように開き、そこから皮袋に入ったお金が出てきて、アベルの手に収まった。


「……便利、ではあるな」

「でしょう?」

アベルが、微妙な表情のまま褒め、涼は得意そうなドヤ顔だ。


「これは錬金術か?」

「ん? いいえ、僕の魔法ですよ?」

「ということは、リョウがいないと、今みたいにお金を出してもらえないのか?」

「ええ、そうなりますね」

「ちょっと……不便じゃないか?」

「アベルのお金を人質に取ったとか、そんなつもりはないですから。僕を迫害したらお金を貰えなくなるとか、そんなこともないですから。大丈夫ですよ」

「うん、今、すげー不安になった」


とはいえ、一番確かな保管方法ではあるため、結局アベルは妥協した。


最後に、こう付け加えて。

「持ち金が足りなくなったら、リョウに立て替えてもらえばいいわけだしな」

「お金の貸し借りは、良好な関係性を破たんさせる毒物なのに……」

涼はそう呟くと、小さく首を振るのであった。




ちょっと街を散策しようと、『自由の風亭』を出てきた二人。


「それにしても、午前中からお宿に入れましたね」

「ん?」

「いえ、僕の故郷とかだと、夕方くらいからしか入れないのがほとんどなのです」


日本などは特に、午後三時からのチェックインがほとんどだ。

今回のように、午前中からということはない。

それは、午前中、宿の人たちが清掃作業などを行っているから……。


「本来は、昨日のうちに入る予定だったからじゃないか。昨日の段階で、俺らが使う部屋は準備ができていたはずだからな」

「ああ、なるほど。アベル、賢いですね!」

「そ、そうか? 普通だろ」


涼が褒め、アベルは照れている。

ナイトレイ王国の国王陛下は、褒められ慣れていないのだ。

涼としては、周りがイエスマンばかりでは困るが、褒められ慣れていないというのも、国の顔としてはどうかと思う。

あるいは、佞臣(ねいしん)甘言(かんげん)や詐欺師の口車に乗らないように、今の内から鍛えておくべきなのではないかとも思うのだ。


筆頭公爵としてのお仕事として、そう思う。


「いやあ、さすがですよ、さすがはアベル! いよっ、元A級剣士! 頭の回転が違いますね、やっぱ凄いですね冒険王! 国民みんなの憧れの的!」

「うん、そこまでいくと、わざとらしい」


失敗した。



話題の転換を図らねば。


涼は、常々不思議に思っていたことを聞いてみることにした。

「でもアベルって、ルンの街にいる時から人気者だったでしょう? なんでそんなに褒められ慣れていないのかなと不思議なのです」

「なんだそれは? 人気があっても褒められはしないだろう? 褒めるってのは……なんというか、親とか上司とか、あるいは同僚か。そういう人たちからされるもんじゃないか?」

「ああ、立場が上か同じくらいの人ってことですね。言われてみればそうかもしれません」

アベルの言葉に、涼も頷く。


後輩や部下からの言葉は……褒められるとは違うかもしれない。

いや、でも、称賛は誰からでもある気がするのだが……。



とりあえず、話題の転換には成功したのだから良いのだ。



しかも……。



「なんか、いい香りがするな」

「ですね。これは、あっち……裏通りから?」

腹ペコ二人組の嗅覚は鋭い。


匂いにつられて裏通りを進む二人。

初めての街であっても関係ない。

美味しいものを求めるのは、人の(さが)

たとえそこが、怖い人たちがいっぱいいる地域であったとしても大丈夫。


そう、そのために二人は鍛えているのだから!


え? 違う?

まあ、細かいことは気にしてはいけない。

美味しいものを手に入れるため……それも、彼らが鍛えている理由の一つに入れればいい。


涼は思うのだ。

「怖い人が出てきても、アベルを生贄(いけにえ)に捧げれば大丈夫」

「おい、考えていることが口から出ているぞ」

「しまった!」


美味しい香りは、口元を緩めてしまうらしい。



二人が行きついた先は、絶対に観光客は来ないようなお店。

地元民限定……文字では書いていないが、そう感じさせるお店。


もちろん、二人には関係ない。


「この匂いは、お肉を焼いた匂い」

「魚もいいが、久しぶりに肉もいいな」


二人は、長い航海をしてきた。

考えてみれば、肉料理はなかった。


スーシー料理長の腕がいいため、あまりその辺を考えなかったというのもある。

彼女の料理は美味しいから。


だが、久しぶりのお肉が焼ける匂いは……。



「いらっしゃいませー!」

「二人です」

「そちらのテーブル、どうぞ」


二人はテーブル席に通された。

周りは、地元の常連客ばかりだが、彼らからの視線は関係ない。

美味しいものを食べたいだけだ。


そして二人は、置いてあるメニューを読む。


「やはり! 牛肉も豚肉もありますね!」

「さすが大陸だな。いや、というか、俺ら……」

「ええ、文字が分かります! さっき会話もできました!」

アベルも涼も、少しだけ感動して震えている。


「四十数日間、グンノ機関長の猛特訓に耐えた結果が表れていますよ」

「どう考えても、俺らより、機関長の方が大変だったと思うがな」

グンノ機関長は、二人に東方諸国語を教えながら、いつもの仕事もこなしていたのだ。

二人は、グンノ機関長に感謝した。



「牛肉とポーマンの辛調味料炒め? ザスと潰れ肉の発酵大豆炒め? ライス甘辛あんかけ炒め?」

「小麦麵の汁ありトントン麺? 炒め麺辛辛具だくさん? とりあえず、それで」

「はい、ありがとうございますー」


涼とアベルは、注文という大仕事を終えた。


二人の表情には、一定の満足感が漂っている。

それは事実だ。

間違いない。


間違いないのだが……。


「読めましたけど、正直、意味が……」

「どんな料理が来るのか、分からんな」


そう、いろいろと仕方ない。

料理の世界は広く、深い。

文字が分かった程度で理解できるほど、甘くはないのだ!



だが、二人は不安に打ち震えてはいない。



なぜなら、店に入る前の肉の匂いを覚えているから。


あれは甘美(かんび)であった。

あれは恍惚(こうこつ)であった。

あれは……圧倒的な説得力を持っていた。


『この店なら大丈夫』……そんな説得力。



待つこと五分。


出てきた料理。

予感は確信に変わった。


「ああ、もう、これは、匂いだけで分かります」

「美味そうだな」

だが、涼は、同時に並べられた道具に驚いた。


「スプーンとフォークがあるのは分かるのですが、この二本の棒は……お箸?」

一人驚く涼。


腹ペコ剣士アベルは、そんな事には頓着せずに、フォークで食べ始めていた。


「美味いな!」

アベルのその呟きは、涼の驚きを吹き飛ばす。


箸など関係ない。


いや、まあ、箸を使って食べるのだが。


「うんうん、これは美味しいですよ!」

「言ったろ? どこに行っても美味いものはあるって」

「確かに。アベル、御見(おみ)それしました」

「いや、分かればいいんだ、分かれば」

そんな事を言いながら、満面の笑みを浮かべて食べ進める二人。


その食べっぷりを見て、嬉しそうな常連客。


見慣れない客が来て……だけどそんな客たちが、自分たちがいつも食べているものを美味しそうに食べれば……それは嬉しくなるというものだ。

少なくとも、そこで気分を害する人はいないであろう。


そう、ここ『嬉食庵』は、食事で全ての人を嬉しくさせるお店であった。




「食べ過ぎた気がします」

「リョウは、炒めた辛いライス、お替りしたからだろう?」

「そういうアベルだって、あの麵のやつ、ぜったい余計だったでしょう? お腹いっぱいじゃないですか?」

「……まあ、否定しない」


腹ペコ二人組は、無事に、満腹二人組にバージョンアップしていた。


満腹は人を幸せにする。そして優しくする。

今の二人は、この世の全てを許していた。

いや、あるいは、満腹を超えた先に、新たな世界の創造をすら見ていたかもしれない。


「アベル……歩くのが……」

「皆まで言うな。どこかその辺で休もう」


満腹は人を幸せにしますが、食べ過ぎには注意しましょう。



二人は、広場に面したカフェ……というより、お茶屋さんに入った。

そして注文される緑茶。


「これは何というか、清涼だな」

「緑茶を清涼と表現するのは、なかなか新鮮です。そういえば、中央諸国って、紅茶でしたっけ」

「そうだな……発酵させた茶葉だな。最近は、コーヒーが流行りだが」


アベルは、そんな事を答えた後、視線が動いた。

それを見て、涼もアベルの視線を追う。


「ゴリック艦長?」

「ああ。あと後ろについてる二人は、ローンダーク号の乗組員だよな」

「諜報活動ですか? でも、素人考えなんですけど、諜報とか船乗りにできるものなんですかね?」

「難しいだろうな。多分、彼らは目くらまし……ある種の陽動だ」

「ああ、なるほど。ローンダーク号の乗組員さんたちが動いて視線を集めている間に、専門の人たちが裏で動くと」

「そういうことだ。いろいろ大変そうだな」

「でも、僕らほど大変ではないですよ」

「俺らのは……完全に自業自得だ」


さっそく、諜報活動に駆り出されている船員さんたちを見ながら、満腹剣士と満腹魔法使いは、罪悪感と満足感を、お茶でお腹に流し込むのであった……。


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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