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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
間章 船上
516/930

0475 甲板戦

「広船の右舷につけろ。そこから接舷する!」

「了解!」

ゴリック艦長の指示に、操舵手が答える。


広船も幽霊船も停船している。


幽霊船は大きい。

甲板の位置も、ローンダーク号や広船よりもかなり高い。


高い位置にある甲板への接舷は厳しい。

逆に、低い位置にある甲板へは、乗り移りが容易となる。

ロープを渡して、それを滑り降りればいいからだ。


ローンダーク号と広船の甲板は、ほぼ同じ高さ。



完璧な操艦で広船の右舷に、ローンダーク号はつけた。

「ロープ、放て!」

船首、ならびに船尾から、広船の甲板に向かってロープが放たれる。


船首と船尾は、甲板よりもかなり高い位置にある。

そこからロープを放てば、傾斜がつく。


その傾斜を利用して……。


「乗り込め!」

ゴリック艦長の号令が響く。


先陣を切るのはレナ副長。

船尾からのロープを滑り、華麗に広船に降り立つ。

ローンダーク号の乗組員たちも続く。



すでにその時、広船の甲板上は、地獄の一歩手前であった。



「スージェー王国海軍だ! 助けに来たぞ!」

乗り込みざま、ローンダーク号の乗組員たちが叫ぶ。

味方であり、助けに来たことを知らせねば。


広船の乗組員たちは、すでに士気が下がりまくっていた。

それは、諦めと同義だ。


だが、そこに援軍が来た?

この、大海原(おおうなばら)で?

そういえば、さっき「逃げろ」と伝えた船がいたが……。


「海軍?」

「そうだ! 多島海のスージェー王国海軍だ! 諦めるな!」



幽霊船から乗り込んできた者たちは……骸骨。

スケルトンであった。


スケルトンは、決して強くない。

もちろん、中には特殊な個体もいるが、普通はそれほどでもない。


だが、だいたいにおいて数が多い。

そして、数で圧倒するという手法が、有効であることを知っているかのように動く者たちもいる。

さらに、武器を持った者たちも……。



広船の甲板にいたスケルトンは、全員ナイフを持っていた。




「彼らは、海兵隊じゃないと思うんですけど……接舷して、相手の船に乗り込めるんですね」

「もちろんです。軍艦の乗組員なのに乗り込めないんじゃあ、半人前ですから」

涼の疑問に答えたのは、グンノ機関長。


ここは、ローンダーク号の甲板上。

涼とアベルは、ロープを使っての接舷などやったことがないために、お留守番だ。

グンノ機関長も、幹部の一人としてローンダーク号の臨時責任者となっている。


つまり、彼の上位である、艦長、副長は乗り込んでいったのだ。


彼らは船首にいるが、さすがに接舷しているだけあって、広船の甲板で起きていることはよく見える。

「スケルトンですね……」

「ナイフだと厄介な相手だ」

涼が言い、アベルが頷きながら答える。


スケルトンを倒すには、棍棒(こんぼう)(つち)など、殴る系の武器が有効だ。

逆に、剣や槍など、鋭い刃が特徴的な武器は、かなり上手く突き立てないと、骨の上を滑ってしまい、有効なダメージを与えられない。

それが、ナイフならなおさら難しくなる……。


「ナイフが主武器の船乗りたちにとっては、面倒な相手だ」

「ああ、なるほど」

アベルの言葉に、涼はようやく合点がいった。


助けに入った広船も、ボルとかいう国の軍艦らしいのだ。

乗っているのは、当然軍人さんたち。

このローンダーク号の乗組員たちが戦えるように、広船の乗組員たちも戦うのには慣れているはず……。

接舷戦が主流の世界なのだから。


乗り込んでいくのもできるとは思っていなかったが、乗り込まれるのは戦場ではよくあるはず。

だから、乗組員も戦えるだろうとは思っていた……。


だが、広船乗組員たちの戦況は、圧倒的に不利。

なぜかと思っていたのだが……。

武器の相性が最悪であった。



武器の相性というのは馬鹿にできない。



乗り込んだローンダーク号の乗組員たちも、基本的に武器はナイフだ。

ナイフのはずなのだが……。


「うぉりゃー!」

「砕けろ!」

「あたれぇ!」


そんな言葉を発しながら、何かを振り回している。


「あれは……?」

「鎚ですね。接舷戦では、乗り込んで船底に穴を空けて船を沈める、という場合もあります。その時に持ち込むのが、あれです」

「なるほど」

アベルが問い、グンノ機関長が答え、涼が納得した。


相手の船員が強くて制圧できない場合には、船底に穴を空けて沈めてしまうのも確かにありだろう。

単純そうに見えて、接舷戦もいろいろあるらしい。



「広船の乗組員たちも、相手がスケルトンだと事前に分かっていれば、あの手の武器を準備できたのかもしれません。武器庫などにはあるでしょうから」

グンノ機関長が、小さく首を振りながら言う。


事前情報の大切さ。



広船の甲板上では、激烈な戦闘が繰り広げられているが、個々の戦闘は、ローンダーク号の乗組員たちが押している。

乗り込む前から、スケルトンが敵であることを意識していたからだろう。

後れを取るようなことはない。


だが……。


「次から次にやってきます」

「あのロープ、さっきから何度も切っているんだが、すぐに繋がるみたいだぞ」

涼とアベルは、幽霊船から広船に渡されているロープに着目している。

スケルトンたちは、それに手をかけて、滑って降りてきているからだ。



二人とも、戦場たる広船甲板には降り立っていない。

ローンダーク号に残っている。


もちろん、涼もアベルも、たださぼっているわけではない。


ローンダーク号の乗組員たちは、広船の乗組員たちを救うために、まず乗り込んだ。

襲ってくるスケルトンを撃退する、とりあえずの対症療法のため。


だが、それだけでは解決しない。


現状、勝利条件が不明なのだ。


どうすれば全員が救われるのか。

どうすれば幽霊船の襲撃が終わるのか。


ゲームのように、勝利条件が明示されていれば簡単だが、現実世界ではそんな事はありえない。

自分たちで、どうすれば勝利するのかを探さねばならない。



相手はスケルトン。

つまり、疲れない。

時間が経てば経つほど、人間には不利になる……かもしれない。


それすら不明。

情報が足りなさ過ぎるのだ。


だから、涼とアベルは戦場に飛び込まず、一歩下がって全体を見ている。


ちなみにグンノ機関長は、ローンダーク号の守りだ。

機関士、料理人たちを中心に、残っている。

逆に言うと、それ以外は全員乗り込んでいる……。


もっとも、残った人たちも完全武装しているのに変わりはないが。




「なあ、スケルトンって、魔石、ないよな?」

「ええ、ありませんよ。僕よりアベルの方が冒険者経験長いでしょ? なんでそんな質問をするんですか?」

「いや、ほら……あの呪符や霊符ですら、魔石がない代わりに魔力線とかで魔力を送っていたんだろう? スケルトンはどうなんだろうと思ってな」


アベルの問いを受けて、涼は渋い顔をして首を振って答えた。


「目の付け所はいいです、さすが元A級冒険者アベル。でも、あのスケルトンたちには、魔力線みたいなものはくっついていません」

「ああ、やっぱりか」

「分かってたんですか?」

「普通に、冒険してて遭遇するスケルトンも、魔石は無いしどこから魔力を供給されているか分からない……それなのに動いているからな。昔から不思議には思っていた」

「なるほど。確かに不思議ですね。魔石がないのに『魔物』と呼ばれるのは、スケルトンくらい?」

「あとはレイスとか……シャドーストーカーもか? まあ、あんまりいないよ……」


涼の問いに、上を見ながら考えて答えるアベル。

だが、言葉が途切れた。

アベルの視線の先には、幽霊船の船首楼がある。


「アベル?」

「今……あの幽霊船の、船首から、チラリと何かが見えた」

「何か? もしかして、ボス?」

「ああ、敵の首魁(しゅかい)か。あり得るな。青く輝いていたように見えたが、まさかあれを倒さないと終わらないとか……そんなこと、あるか?」

「青く輝いているとか……何ですかそれ。スケルトンの強いのだと、魔法が効かないスケルトンアークは、『十号室』のみんなと戦ったことありますけど、青く輝いてなんていませんでしたよ。ああ、あと、ダンジョンで、アベルより強い剣士スケルトンと……これも『十号室』のみんなと戦ったことありますけど、あれも輝いてなんていませんでしたし」

「俺より強い剣士のスケルトン……?」

「アモンが覚醒して倒していました。あれをきっかけに、アモンは剣豪の道を歩み始めたのです」


なぜか、涼が偉そうにアモンの活躍を語る。


「うん……まあ、いい。まだローンダークの乗組員たちは問題なく戦えているが、時間が経つとどうなるか分からんからな」

「確かに。仕方ありません、アベルが、敵の本拠地に乗り込みますか!」

「ちょっと待て。今、俺だけに限定しなかったか?」

「よく気づきましたね! ここは、前衛である剣士を、一気に敵の懐深く送り込んで勝負を決するタイミングですよ」

「俺一人より、リョウも行くべきだと思うんだ」

「後衛の魔法使いを最前線に引っ張り出そうなんて! 暴虐剣士アベル、その名に偽りはないですね」

「勝手に変な剣士にするな」


涼による新たな二つ名の提案は、アベルによって却下された。


「仕方ありません。一緒に行ってあげますから、アベルが見たやばそうなのは、アベルが責任をもって戦ってくださいね。僕は、他のスケルトンを引き受けますから」

「お、おう……」

「では、グンノさん、ちょっと行ってきます」

「え? あ、はい? いってらっしゃい?」


グンノは理解できていない。

涼とアベルの二人が、幽霊船に乗り込むみたいな話をしていたのは聞こえたが……。

いったいどうやって?



「行きますよ。<氷筍>」

涼が唱えると、涼とアベルがいる甲板から、霜柱が湧き上がった。

それは大きな氷の柱となって、二人を乗せたまま、幽霊船の甲板をすら越えてさらに上がる。


霜柱は、最終的に、幽霊船のマスト中ほどの高さにまで上がった。


そこから幽霊船の甲板を見た二人。


「うじゃうじゃと……」

「さすがに気持ち悪いですね」

アベルも涼も、顔をしかめる。

それも当然だろう。

甲板上には、立錐の余地がないほどにスケルトンがうごめいているのだから。


千体は下るまい。



「<アイスウォール10>」



涼が唱えた、数瞬後。


ドゴン、ドゴン、ドゴン……。

重量物が落ちる音が響き渡る。


<アイスウォール>の空中落下。


空高く生成された氷の壁が幽霊船の甲板に落下し、うごめいていたスケルトンたちを踏み潰した。



「ふぅ、すっきりしましたね」

「相変わらずだな……」

涼が満足した表情で頷き、アベルが小さく首を振る。


これまでにも何度も見てきたが、アベルは見るたびに、恐ろしい魔法だと思うのだ。

全ての力、速さ、そして技術を無意味なものにする。

魔法使いの恐ろしさを見せつける魔法。



霜柱は少し縮み、幽霊船の甲板と同じ高さになった。


涼とアベルが甲板に飛び移る。

そこは、氷の世界。

踏み潰されたスケルトンたちは、消滅していく。



「やるじゃないか」



その声が聞こえた瞬間。


カキンッ。


剣と剣がぶつかり合う音が響いた。



うっすらと青く輝く男の剣を、アベルが愛剣で受ける。



「いいな! いいぞ剣士! さっきの魔法の相棒として相応しい腕だな!」

「そりゃどうも」

青い男が笑いながら称賛し、アベルは嬉しくなさそうに答える。


「この甲板に上がってきたのは百年ぶりか。あの時は一人だったが、今回は二人か。どうするか」

青い男の独白が終わった瞬間であった。



カキンッ。



再び響く、剣と剣がぶつかり合う音。


涼が村雨で受けたのだ。

攻撃してきたのは、同じように青く輝く女。


「二人とも虜にして永遠に働かせる」

青い女が、抑揚(よくよう)なく答えた。



「困りましたね。僕は、魔法使いなのに……剣戟だなんて」

涼が、呟きと言うには大きな声で言う。

うっすらと、本当にうっすらと笑みを浮かべて。


「やっぱりリョウは戦闘狂だ」

アベルの呟きは、涼には聞こえなかった。



こうして、幽霊船の甲板上で、二つの戦いが幕を開けた。


「広船」が一般的ではない事を知った筆者です……。

何てことでしょう。

筆者がこよなく愛するゲーム「大航海時代オンライン」では、よく出てくる船なのに……。

(最近は忙しくてINしていません)


一般的な言葉だと、「ジャンク船」ですか。こっちは、よく聞くと思います。

ただ、本作で想定している広船は、現代地球のジャンク船よりは、少し大きいやつです。

むしろ、明の鄭和の「宝船ほうせん」に近い感じでしょうか。

そう、中国からインドやアフリカまで七回も航海した、鄭和の大船団です。

毎回、60隻もの船に、27000人前後の人間がのっていたって……凄い規模です。


まあ、そんな感じで……。

本作はファンタジーですので、「そういうものか~」って思っていただけるとありがたいです。

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