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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0469 二人が向かう先は

「素晴らしい即位式でした」

涼が嬉しそうに言う。


涼とアベルは大謁見の間を出て、『白の離れ』の東屋に向かっていた。


イリアジャ女王や護国卿カブイ・ソマルは、英霊たちへの報告や、夜には外国大使たちを招いての晩餐会などがあるらしいが、二人のお仕事はほぼ終了だ。

晩餐会には出て欲しいと言われているが、護衛としてではなく、即位式同様、来賓としての出席らしい。



「まあ、あれだけの騒動があった直後にしては、うまくやれたんじゃないか」

アベルが答える。


「アベル、国中が祝賀ムードに浸っているのに……そんな皮肉屋さんな事を言っても、誰も喜びませんよ。皮肉屋さんの周りからは、人は去っていくのです」

「いや、別に皮肉ではないのだが……」


涼はアベルに、皮肉ばかり言う人にはなって欲しくない。

皮肉屋や批判家をカッコいいという風潮は、もう古いのだ!


「やはり人というものは、素直な人が好きなのです。国王であるなら、まずその事を認識しておかねばなりません」

「なぜ国王はそうなんだ?」

「力ある人の皮肉は凶器です。国王がそんな凶器を持ったら、国が傾きます」

「そ、そうか……。まあ、俺は素直な方だと思うぞ」


一般的に、アベル王は、率直で豪胆だと周辺諸国首脳たちからは認識されていた。

それは、謀略家からは対極にいる評価であろう。


「アベルはどっしりと構えて、清廉潔白王でいてください。汚い仕事は、僕ら周りの者がやりますから」

「リョウが?」

「ええ、任せてください。デブヒ帝国が目障りだなと言えば、皇帝を血祭りにあげてきます。連合が厄介だなと言えば、首都を氷漬けにしてきます。謀略は僕らに任せて、アベルは善き王のままで……」

「うん、それは謀略じゃないからな。そして、俺はそんなものは望まないから」

「まさか、一足飛びに、中央諸国全土の併合を望んで……」

「そんなわけあるか!」


筆頭公爵と国王の野望は、実行には移されそうになかった。


英国の首相ディズレーリは、かつてこう言った。

「世界は、裏の世界を知らない世間一般の人々が想像しているのとは、かなり違う人物たちによって動かされている」



世界が変われども、時代が変われども……それでも、変わらない部分もあるらしい……。



二人が東屋に入ると、マネキンが一つ増えていた。

そこには、アベルの革鎧が。


「お、修復されたか」

その声は、少し弾んでいる。

剣士でもあるので、自分の装備が修復されて戻ってくれば嬉しいのだ。


この革鎧は、カブイ・ソマルが修復師に頼んで修復してもらっていた。

アベルは、今日は来賓用の礼装を着ているし、ここ数日は白を基調とした近衛隊長のような服が準備され、それを着ている。

その間に、修復されたのだ。



「さすがに見事ですね。大穴があったなんて、言われても分かりません」

涼が近づいて、指で触ったりしながら確認している。


アベルの革鎧は、ナイトレイ王国において、国王用として(こしら)えられたものだ。

戦場で戦うための物で、剣士であった時代からアベルが革鎧を愛用していたために、国王になっても革鎧のままだったらしい。

とはいえ、国王用ということで、当然、最上級品。

実用一辺倒ではあるが、華美にならない程度に飾りがあり、涼の目から見ても瀟洒(しょうしゃ)だと感じていた。


「コマキュタ藩王国でやってもらったのと、同じ修復技法なのか?」

「ん~多分、同じですよ」

アベルの問いに、涼が頷いて答える。

錬金術でなければ、ここまで完璧な修復はできない。



「うん、決めました。船の上では、これを練習してみましょう」

「船の上?」

「ええ。姫様、いや女王陛下の即位も無事済んだので、僕らもお役御免でしょう? そしたら大陸に送ってもらうじゃないですか。その船の上でです」

「さて……いつ出れるんだろうな」



涼の思考は、すでに大陸への航路上に移っているが、アベルはしっかりと足元を見ている。



「ゲギッシュ・ルー連邦は内戦中、アティンジョ大公国はこのスージェー王国との関係が一気に悪くなった……だろう?」

「あ~、確かにそうですけど……。大陸って、その二国だけ、ってことはないでしょう?」

「そりゃそうだろうが、その辺りとしか交易をしていないのだとしたら、その周辺の海しか分からんだろう。どれほど腕の良い航海士だって、行ったことのない海で船を進ませるのは無理だ。何があるか、あるいは何がいるかも分からんからな」

「なるほど」


いつもはアベルの言うことに、いろいろ反論する涼であるが、今回は納得して頷いた。

そう、「何がいるか」分からないのだ。


クラーケンも一体ならいいが、実は群れる習性があるとアベルは言っていたし……。

そんな中に突っ込んだら、普通の船は確実に沈むだろう。

涼の、ロンド級二番艦ニール・アンダーセンですら、生き残れる保証はない。




二人の渡航について、カブイ・ソマルが説明に来たのは、それから三日後であった。


「自由都市?」

「自由都市!」

アベルは疑問、涼は感嘆。


中央諸国には、アベルが知る限り自由都市と呼ばれるものは無い。

だが、王城で第二王子として学んでいた時に、東方諸国や西方諸国、あるいは暗黒大陸にはそう呼ばれる都市……というより、小国家が存在するというのは聞いたことがあった。

その知識があったための疑問。


涼は、当然、地球の知識として自由都市と呼ばれたものが存在していたのを知っている。

もちろん、物語の中にも、その魅惑的な響きの単語はよく出てくるのだが……。


高校の世界史で言うなら、ドイツ、神聖ローマ帝国の自由都市だ。

司教都市の中から、神聖ローマ皇帝直属の地位を得た都市が、自由都市と呼ばれた。

それは、納税や軍役の義務が課せられなかったがゆえに、『自由』都市と呼ばれたのだが……いわゆる、物語に出てくるような『自由』都市とは、少しイメージが違う。


高校の日本史で言うなら、室町時代からの博多や、戦国時代の堺などだろう。

力のある商人たちによって、自治が行われていた。

いわゆる、物語に出てくるような『自由』都市には、こちらの方が近いのかもしれない。


当然、最後は、権力者によって自治は終わりを迎えるのだが……。



「自由都市クベバサは、大陸南端ゲギッシュ・ルー連邦と、アティンジョ大公国の間にあります。半島と、周囲のいくつかの島がクベバサ領です」

「内戦をやっているゲギッシュ・ルー連邦と、今回ちょっかいを出してきたアティンジョ大公国の間? いや、送ってもらえるだけでもありがたいのは理解しているが……そこは、大丈夫なのか?」

カブイ・ソマルの説明に、アベルは正面から疑問を呈する。


適当な場所に放り出されたら、かなり厳しい……厳しい……いや、どこでも、なんとかなる……?


「アベル殿の懸念は理解できます。ですが、その二国の間で、百年以上にわたって独立を保ってきた都市でもあります。実際、軍事力、特に海軍力においては、連邦はもちろん、大公国とも互角だと言われているほどです」

「それは、正直意外だな。中央諸国には自由都市と呼ばれるものは無いが、俺もいくつかの知識はある。それだと、自由都市は、隣接する国々とのバランスを保って、存続を許されている……そこを一国だけが占有したら、他国が不利になるから、結局どの国も手を出せないだけ……そんな自由都市が多いと聞いていたからな」


アベルの言葉を聞いて、カブイ・ソマルは目を見張った。


「驚きました。おっしゃる通りです。ですが、このクベバサはその例に入りません。元々、貿易港として数百年前から存在するのです。初代のクベバサ長官が、当時その辺りを支配していた王国から勅許状を得て独立したのですが……。今では、その王国は連邦に飲み込まれましたが、クベバサは自由都市のまま存在し続けています。何より、このクベバサがいいのは、貿易港でもある点です」

「なるほど。さらに大陸の北に進む船を見つけやすいと」

「はい」

アベルの言葉に、カブイ・ソマルは大きく頷いた。



「ふむ」

アベルは一言そう口にすると、腕を組んで考え始めた。


ちなみに、その間、涼は何をしていたかと言うと、ちょこんと椅子に座って、おとなしくコーヒーを飲んでいる。

邪魔をしない、とても偉い魔法使いなのだ。


自分たちの今後の事なので、邪魔をしないのは当たり前であるが。



アベルが考え込んでいるために、カブイ・ソマルは涼の方に話しかけた。

渡航の件ではなく、別の話だ。


「リョウ殿、女王陛下がいただいたブレスレットの件ですが……」

「はいはい。魔力を充填すれば、何度も使用できますから。魔法使いなら、誰でもできますよね。あ、ほら、コマキュタ藩王国から戻ってきた、提督の……」

「ロックデイですか?」

「そう、アベルに大穴を空けたロックデイ提督。あの方とか、魔力をいっぱい持ってそうだし、いけると思いますよ。あれの魔力の充填は、水属性の魔法使いじゃなくても大丈夫です。それ用の、魔法陣での回路が組み込んでありますからね」

涼はそう言うと、満足して笑みを浮かべた。


突貫工事で作ったとはいえ、なかなかの出来だと自分では思っている。

最初は、イリアジャ女王専用のものにしようかとも思ったのだが、彼女が、大切な別の誰かを守るためにあれを与える……その可能性に思い至って、汎用的にしたのだ。


「いちおう、誰でも使えるようになっています。あ、だから、奪われたりしないように気を付けてくださいね」

涼は注意喚起を促した。


「ありがとうございます。陛下はことのほかお気に入りのようで、あの後も、常に身につけておいでです」

「ああ、良かったです」

カブイ・ソマルは笑顔で答え、涼も笑顔で頷いた。


自分で作り、贈った物を大切にされているというのは、本当に嬉しいものだ。



「それで……あれの代金なのですが……」

「代金?」

カブイ・ソマルが問い、涼が首を傾げる。


「いえ、性能的に、驚くほど高い価値があることは理解できます。ですが、正直、どれほどの額をお支払いすれば妥当なのかが、私をはじめ錬金道具に詳しい王城の者たちにも分かりませんで……」

「無料でいいですよ?」

「さ、さすがにそういうわけには……」


涼の言葉に、慌てるカブイ・ソマル。


「ん~、でも、魔石も凄く小さいやつですし……ブレスレットの装飾はそちらでやってもらいましたし……」

「しかし、あれは水の魔石です。海に囲まれたこの多島海地域でも、水の魔石はめったに手に入りません。その上、あの氷の鎧を発動するとなれば、想像できない魔法式……」

「じゃあ、こうしましょう! アベルの鎧を修復してもらったので、それで貸し借り無し」

「申し訳ありません、全く足りません」

「えぇ……」


涼の提案では、全然釣り合わないらしい……。


「三食おやつ付きで食べさせてもらっているし、ベッドも素晴らしいものを準備してもらって、コーヒーも美味しい……。正直、これ以上欲しいものは無い……」

「困りました……」

涼がぼやき、カブイ・ソマルも小さく首を振りながらぼやく。



そこで、アベルが目を開いた。

「リョウ、俺は、自由都市クベバサへの渡航でいいと思う」

アベルは、はっきりと言い切った。

考えに考えたうえで判断したのだ。

そうであれば、どんな結果になろうと自分で責任をとる覚悟も整うということだろう。


「僕も、自由都市でいいですよ」

涼はあんまり考えていない。

アベルがいいなら、それでいいかな……実はその程度。


「ありがとうございます」

カブイ・ソマルは、二人の答えを聞いて頭を下げた。


そして、言葉を続ける。


「出航は、三週間後を予定しております。もちろん、海の状態にもよりますが。船は、中央海軍の遠洋巡航艦を手配します。船足も速いですし、戦闘艦ですので外洋でも揺れは少ないです。ただ、それでも順調に航行して、四十日以上かかります。もちろん、途中で何度か寄港しますので、常に船の上というわけではありません」

「良かったなリョウ。四十日だと。いっぱい勉強できるな」

「アベル……僕に修復系の錬金術を学ばせておけば、鎧に大穴が空いても修復してもらえると思っているでしょう!」

「ああ。よく分かったな」

「……お金を取ります」

「いたいけな剣士から金を巻き上げようなんて、魔法使いの風上にも置けないな」

「……アベルの返しが、僕に似てきた気がします」

「気づいたか。ちょっとリョウの真似をしてみようと思ってな」


わざと、いたずらがばれるように狙ったアベルの笑顔。

それを見て、苦渋に満ちた表情になる涼。



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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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