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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第三章 ルンの街
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0050 レオノール

世界が反転した。


涼には、そうとしか表現できなかった。



周囲にあった人の気配は、全て消えている。


だが、景色はそのまま。

例えば足元は、ルンの街の石畳のまま。


(亜空間に入り込んだとかそういう感じ……さすがファンタジー)

だが、何かヤバい感じだけはビンビンにしている。


(潜水艦の艦長が言う「ピンガーを一発だけ打て」というあれをやるべきか……何かがいるのは確かだけど、どこにいるかも何がいるかもわからない以上、そうするしかないか……)



涼はひとつ深呼吸をすると、イメージした。

(<アクティブソナー>)


その瞬間、涼を中心に、周囲の空気中を漂う水蒸気を伝って『刺激』が拡がっていく。

(みつけた。前方約二百メートル、大きさは人間とほぼ同じだが、反射の反応が異様……)

そこまで分析したところで、前方からの異常を感じた。


(『アイスウォール10層』)

ソニックブレードの様な、直前で分裂する魔法が氷の壁に当たり弾ける。

(なんという威力だ……)

これまで、多くの魔物の攻撃をアイスウォールで受けてきたが、その中でも圧倒的に高い破壊力。



「ふむ? 人間を取り込んでしまったのか?」



声は、そう遠くない場所から聞こえた。

アクティブソナーでの反応は二百メートル程離れていたはずだが、声はもっと近くから聞こえたのだ。




そして、声は段々と近付いてきて、涼はその姿を見た。


身長は一七五センチ。涼とほぼ同じ。

二足歩行。

腕は二本。


外観は、一見服を着た人間。


だがよく見ると、尻尾がある。

そして何やら、ツノらしきものもある。


身体は、人間の基準で言うと女性。胸が、男性よりは大きいから。

顔は……美女。

美女なのだが……涼は全く魅かれなかった。

その存在を認識して、最初に抱いた感想、それは……。


(……悪魔?)



『魔物大全 初級編』に、ミカエル(仮名)がわざわざ書き加えたらしい「悪魔」の箇所があった。

備考:出会わないことを祈る

(うん、出会っちゃったのかもしれない……しかも普通じゃない空間で……)


その悪魔(仮)の存在感は、半端ないものであった。

ベヒちゃんやグリフォンクラス、と言えばいいだろうか。


この出会いが普通の空間であれば、涼は脱兎のごとく逃げ出したであろう。

そう、それは間違いなく後ろを振り返ることなく、正真正銘の逃げ出すウサギのごとく。

だが、ここは逃げられそうもない空間。


現状、涼の背中は冷や汗が止まらない。




「まあいいか。殺してしまえば問題無かろう」

そういうと、悪魔(仮)の手元に膨大な魔力が収束していく。


(ヤバい! <積層アイスウォール10層>)

涼の前にアイスウォール10層が、重なるように次々と生成されていく。

十重二十重と、悪魔(仮)に向かって。


悪魔(仮)から放たれた業火が、積み重なるように生成されていくアイスウォール10層に激突し、ほとんど勢いを落とすことなく氷の壁を貫く。


(止まるのか、これ)

涼はさらに冷や汗を流しながら、積み重なっていくアイスウォール10層に魔力を込めて強化を図る。



半分まで喰われた。スピードも少しは落とせた。


さらに半分まで喰われた。スピードもかなり落とせた。


最後のアイスウォール10層……ようやくそこで悪魔(仮)の業火が消えた。

(止まった……)

涼は、そこで安心してしまったのだ。


そして……。


一瞬にして、最後のアイスウォール10層が割れる。

直感に従い、必死に体をねじって心臓に向かってきた風の槍をかわす。



だが遅かった。



心臓への直撃は免れたが、左肩に突き刺さっ……刺さらずに砕け散った。

しかし、槍の威力に押され、涼の身体は回転しながら後方へ吹き飛んだ。



「風槍が刺さらなかっただと……」

悪魔(仮)は驚いた。


「業火を防ぎ切ったのも驚きだったが、風槍も、とは……いや、貴様のそのローブ……妖精王のローブか……」

悪魔(仮)は目を細めて、涼が羽織り、自分の風槍を防いだローブを見る。

「間違いない。妖精王のローブとは……。道理でな。直接斬るしかないか」




涼は、吹き飛びはしたが、身体をねじっていたため、ダメージはほとんど受けていない。

(<アイスアーマー>)

どれほどの効果があるかわからないが、ないよりはましであろう。


「まあ、とにかく、お前は死ね」

悪魔(仮)はどこからともなく現れた剣を手にすると、涼までの距離を一気にゼロにして突っ込んできた。



涼も村雨を手に、迎え撃つ。



悪魔(仮)の剣を受ける涼。

涼も、横薙ぎと突きを中心に反撃する。

だが、悪魔(仮)の移動が異常に速い。

(足さばきだけではなく、風魔法を使って移動している?)

涼の横薙ぎと突きは、ただの牽制である。



基本は、受けに徹する。



受けに徹した涼は、簡単には破られない。

かつて、進化した片目のアサシンホークとの接近戦も、受け潰して勝ったと言える内容であった。

妖精王たるデュラハンとの稽古でも、受けに徹すれば簡単に抜かれることはない。


それほどに、剣における涼の受けは鉄壁である。

そして持久力は無尽蔵。



さすがに、いつまで攻撃してもその防御を抜けないことに、悪魔(仮)も苛立ちを隠せなくなっていた。

「その剣も妖精王の剣……貴様いったい何者なのだ……」


悪魔(仮)が、右手一本で剣を握り攻撃しつつ、左手に僅かな魔力を集める。

(<アイシクルランス>)

魔法発動前に、中空から生じさせたアイシクルランスをぶつけ、相殺する。


「なんだその生成スピードは……この化物め」

「お前が言うな」

化物と言われて、涼は思わず突っ込んでしまった。

「む……言葉が通じるだと? やはりお前は厄介だな。殺す」

「さっきから殺そうとしてるでしょうが……」



さらに激しさを増す剣戟。


だが、涼は最初に比べて多少の余裕が出てきていた。

それは、悪魔(仮)の剣筋に慣れてきたというのが大きいだろう。

しかしそれは、悪魔(仮)の方でも気づいていた。


そのため、いったん距離をとって仕切り直そうとする。


(ここだ! <アイシクルランス32>)

悪魔(仮)が下がったのに合わせて、正面から氷の槍を放つ。

(<アイシクルランス64><アイシクルランス256>)


最初の32本の氷の槍を、悪魔(仮)は手を横に振るうだけで全て消し去った。

さらに追加で、扇の様に拡がり、途中から急速に悪魔(仮)に向かって収束していく64本の氷の槍。

だがそれも、手を振るうだけで全て消滅させる。


「その程度か……」

悪魔(仮)がそこまで言ったところで、主攻の256本の氷の槍が、悪魔の直上から降ってくる。



意識を前方に引きつけておいてからの、死角からの無音攻撃。



さすがに、これには悪魔(仮)すらも反応が遅れた。

「くっ」

だが、その程度の氷の槍で倒せるとは思っていない。


(<アイシクルランス32>)

意識を直上に向けさせたところで、またも前方から、氷の槍での直接攻撃。

悪魔(仮)は土の壁を生成してこれを防ぐ。


(<アブレシブジェット256>)

そして本命、土の壁の『向こう側』で発生させた、氷研磨入り256本の水の線が、乱数軌道で動き、悪魔(仮)を含めた空間ごと切り刻む。


悪魔(仮)が生成した土の壁も、アブレシブジェットに切り刻まれ崩れ落ちる。

そこに、村雨を構えた涼が突っ込む。

しかし……。

ほんのわずか、一秒いやコンマ一秒、遅かった。



確かに、一度はアブレシブジェットで、ある程度のダメージを与えられたらしい悪魔(仮)であるが、涼が突っ込んだ時にはすでに再生が終わりかけていた。


「再生がはやい!?」

「舐めるな、人間!」

涼は正面から最速の面打ち。

だが、悪魔(仮)はそれを受ける。

深追いせずに、涼はバックステップし、剣を構える。


悪魔の身体は、表面がジュウジュウ言っている。

(再生した個所か? 正面攻撃では倒せなかったが……ならば)

刹那、涼は視線をほんの少しだけ上に向ける。

劇的な反応を見せたのは悪魔(仮)であった。

一気に後方に退いたのだ。

さきほどの、直上からの256本の槍落下を警戒したのだ。


だが、それは涼の予想外であった。

(ちょっと意識を逸らさせるための視線誘導だったのに……あんなに離れられたら逆効果じゃん)



涼と悪魔(仮)との間には、二十メートル程の距離が出来た。

涼には、その距離を一瞬で縮める方法は無い。

だが、悪魔(仮)にはその方法がある。

(これはまた魔法戦か……)


そこまで考えたところで、悪魔(仮)の声が聞こえた。


「ふぅ……。残念ながら時間切れだ。これほどの戦闘、数百年ぶりだ。なかなか楽しかったぞ、人間」

「逃げるのか?」

それを聞いてクククと悪魔(仮)は悪魔的に笑った。


「挑発しても無駄だ。今回の『封廊』は特殊な空間。我にもどうにもならぬ制約ゆえ。我が名はレオノール・ウラカ・アルブルケルケ。その方の名は?」

答えるべきかどうか涼は迷っていた。

名は体を表す……あるいは言霊の国で育ったがために……。

悪魔に名前を言えば、囚われてしまうのではないか、などと考えたのだ。


「なんだ、人間は、名乗ることも出来ぬのか?」

可笑しそうに笑う悪魔(仮)、いやレオノール。


「僕の名はリョウだ。悪魔よ」


それを聞いて、レオノールは驚いた。

「悪魔……我らの正体を知っているとは……無理をしてでも殺しておくべきであったか……」

だが首を横に振る。

「時間も足りず、そもそも簡単に倒せる相手でもない。やむをえまい。ではリョウよ、また会おうぞ」

「いや、二度とごめんなのだが……」


そういうと、またレオノールはクククと笑った。

「そう言うな。それだけの力を持っていれば、嫌でもまた出会うことになるだろうさ。我か、我らの誰かとな。我以外の者に殺されるなよ。リョウを殺すのは我だ。その時は、我も今より強くなっておろうよ。では、またな」


そういうとレオノールの気配は消えた。



そして、世界は色を取り戻した。


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