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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第一章 異邦
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0465 二人の激務

余裕があったのは、到着したその日だけであった。

翌日から、二人は激務の中に放り込まれたのだ。


とは言っても、ぐーたらだらーりとしている余裕がないというだけで、とても難しい作業が課せられる、というわけではない。


二人に課せられたお仕事は、イリアジャ姫の警護。

それも、近衛兵も当然警護に携わるし、難しい動きは彼らが担うため、二人がやるべきことは、イリアジャ姫の右後ろと左後ろに立っていること。

移動する際は、後ろからついていくこと。


「かつてのウォーレンみたいです」

涼のその呟きに、アベルは小さくため息をつくのみであった。



ちなみにウォーレンは、アベルの冒険者時代の仲間で、盾使いで、『不倒』の二つ名を持ち、実はハローム男爵家という、歴代の王の盾を輩出してきたれっきとした貴族の子息。

ちなみに現在は、新たに開かれたカーライル伯爵家の初代伯爵として、ナイトレイ王国北部の中心となって、国を支えている。


そんなウォーレンが、アベルが国王となったばかりの頃、謁見の場などでは、アベルの後ろに控えてその身を守っていた。

涼はそれにたとえたのだ。


アベルは長身ではあるが、ウォーレンのような『巨漢』というわけでは決してない。

だが、見栄えはいい。

今は、アベル用に用意された、白を基調とした近衛騎士隊長のような服を着ている。


イリアジャ姫は、白を基調とした服を着ることが多いため、それに合わせて準備されたらしい。


涼は、いつものローブが、白といえば白という感じなので、そのままである。

妖精王のローブなので、汚れることもないため、いつも着たままだが……問題ないらしい。



イリアジャ姫が居を置く『白の離れ』で働く者たちは、涼とアベルについては知っている。

特に、イリアジャ姫本人とその執事長ロンクが、二人はいわば王女の客人であるため、そのつもりで接するようにと、直接告げたために、とても丁寧に接してくれる。


また、近衛兵も、護国卿カブイ・ソマルが、二人が強力な戦力であり、イリアジャ姫もとても信頼している者たちであることを伝えているため、敬意を払ってくれる。

特にアベルに対しては、近衛兵たちもただものではない事が分かるのだろう。

受け答えも、上位者に対してのものとなっている。

「アベル殿」だ。

ついでに、涼も「リョウ殿」と言ってくれる。


そう、ついでにだ。

涼は、魔法使いの不遇を嘆くのであった……。




今、毒物に関して、イリアジャ姫がレクチャーを受けている。

涼とアベルも、一緒に聞いている。

この先、大陸に渡っても役に立ちそうな知識でもあるし……。


「即効性の致死毒のほとんどは、このように舌の先が痺れる味か、激しい臭いがございます。ですので、それを感じたら、すぐに吐き出すなりして、遠ざけてください」

ボイズナンという、治癒師でもある初老の男性が説明をしてくれている。


ボイズナン治癒師は、短く刈り込んだ白髪に、白衣を思わせる白い服を着て、眼鏡をかけている。

そう、眼鏡だ。

中央諸国においては、片眼鏡はよく見かけたが、両眼を補正する眼鏡を、涼は見た覚えがない。

だが、多島海地域では、眼鏡が流通しているようなのだ。



多島海地域では、怪我や病気からの回復は、治癒師が行う。

中央諸国の神官や、西方諸国の聖職者のような、宗教関連の者たちが独占しているわけではないらしい。

そのためか、宗教関係の勢力は非常に弱いようだ……。


「ただ、このシュリンの毒だけはお気を付けください」

そう言うと、ボイズナン治癒師は小さな小瓶を掲げた。

中には、水のような透明な液体が入っている。


「完全な無味無臭です。体内に入れてしまいますと、麻痺、しびれが襲ってきます。ほぼ死に至ります」

「ほぼ?」

イリアジャ姫が呟いたのが聞こえたのだろう。ボイズナン治癒師は一度頷いてから、言葉を続けた。


「実は、護国卿カブイ・ソマル様が受けられた毒が、このシュリンの毒でした」

「えっ……」

イリアジャ姫だけでなく、涼もアベルも絶句した。


そういえば、三カ月間、死の淵を彷徨ったとか。


「なんとか生還されましたが、あれはほとんど奇跡です。普通は、そんな奇跡は望めません。ですので、体内に取り入れないように」

ボイズナン治癒師の言葉に、思わず涼とアベルは頷いた。



「そう、シュリンの毒は無味無臭の即効性の致死毒ですが、もう一つ、完全に無味無臭の毒がございます。それが、このチリルカリルの毒です」

先ほどのシュリンの毒が入った小瓶に比べて、二回りほど大きな瓶を取り出す。


「ただ、このチリルカリルの毒は、遅効性で、徐々に体を蝕んでいきます。チリルカリルの根から採れる毒ですが、かなり高度な精錬技術が必要です。ですが、完全な無味無臭となるその使い勝手の良さから、大陸でもよく見られます。ほんの一滴でも体に入れば、長く苦しむことになります。体内の各器官の機能が衰えます。具体的にどうなるかは、個人差がありますので……。ですが、完全に体が元に戻るには、毒を断って二年以上かかると言われていますので、お気を付けください」

ボイズナン治癒師の言葉に、涼とアベルは小さく頷いた。



毒物のレクチャーが終わると、涼が何か思い立ったことがあったのだろう。

ボイズナン治癒師の元に向かった。


「すいませんボイズナン先生、そのシュリンの毒を、ちょっとだけ分けていただけないでしょうか?」

「リョウ殿、それはダメです。この毒は取り扱いが厳しく制限されております。何か、実験でもなさりたいのですかな?」

「はい。ちょっと試したいことがありまして……」

「でしたら、こちらの、ジュビジュビの毒で試されてはどうでしょうか。こちらは、激しい臭いがあり、舌を刺す刺激もありますので、万が一にも取り扱いを誤るということはありません。それでいて、体に及ぼす効果はシュリンの毒と同じですから」

「ああ、なるほど。はい、では、そちらを……」


ボイズナンは、小瓶ごとジュビジュビの毒を涼に渡した。


無色透明なシュリンの毒と違い、ジュビジュビの毒は赤く、なんとも毒々しい。

毒の中の毒という存在感すら感じさせる。


「ありがとうございます」

涼は笑顔で受け取ると、アベルの元に戻った。


「……リョウ、なんで毒を貰ってきたんだ?」

「ちょっと試したいことがあって」


その後、東屋において、アベルの体を使って凄惨な実験が行われたとか行われなかったとか……。




その夜。元第一海軍卿執務室。現在は、護国卿執務室となっている場所で。

「閣下、情報の取りまとめが完了いたしました」

「ああ、ナルン、ご苦労」

報告書の束を持って現れたのは、カブイ・ソマルの副官ナルン。


コマキュタ藩王国で別れた後、ナルンは国内外を飛び回って、情報を集め、今戻ってきたところであった。



「やはり……大公国の動きが激しいな」

「はい。海上で殿下一行を襲撃した五隻のゴーウォー船は、アティンジョ大公国のブナ型遠洋強襲艦でした」

「藩王国の領海にまで侵入しての襲撃だからな……あの国しかあるまいと思っていたが、予想通りか」


アティンジョ大公国は、大陸にある大国だ。

大陸南端のゲギッシュ・ルー連邦の内戦を煽り、さらに多島海地域にも勢力を伸ばそうとしている。

なにより、イリアジャ姫の対抗馬たる王太子嫡男ジョルトの母、第一王太子妃ライナが、アティンジョ大公の姪だ。

王太子妃ライナと大公国の動きが、何の関係もないと考えるのは、あまりにも楽観的すぎるであろう。



いくつかの報告書に、素早く目を通していたカブイ・ソマルの動きが止まった。

そして、もう一度、今度はゆっくりと目を通す。


「陛下のご遺体から、チリルカリルの毒が検出された……?」

「はい。取り込まれたのは一年よりもさらに前ということですが、チリルカリルの毒は長く体に残り、害を与え続けます。もしかしたら、陛下が事故後の回復が思わしくなく、体調を崩されて、しかも視力まで失われたのは……」

「だが……陛下が口にされる物は、全て毒見がされる。それもおざなりなものではない毒見が……」

「はい、おっしゃる通りです。体内に入ったのがいつなのか、もう少し正確に分かれば経路の推測もできるのでしょうが……さすがに一年以上前としか」


カブイ・ソマルが顔をしかめ、副官ナルンが小さく首を振る。


「事故に関しては、調査によって明確に王太子殿下の関与が明らかになっていた。だが……」

カブイ・ソマルの呟きは、ナルンの耳にも届いた。

おそらく、この毒に関してもと考えているのだろう。



それを見て、しばらくしてからナルンは口を開いた。

「閣下、チリルカリルの毒については以上ですが、シュリンの毒について報告がございます」

「うん? ああ、すまん。シュリンの毒がどうした?」

「この王都で、シュリンの毒があるのは、治癒師のボイズナン様が保管されている分だけでした」

「ああ。ん? でした?」

カブイ・ソマルは、再び顔をしかめた。


嬉しくない報告が続きそうだ。


「はい。四カ月前、ごく少量ですが、王都に持ち込まれた形跡が見つかりました」

「四カ月前……私がやられる少し前か」

自嘲するカブイ・ソマル。


絶対に倒れてはいけない時に、毒に倒れ、計画の多くを放棄せざるを得なくなってしまったのだ。

しかも倒れている間に、王女を巡って兵に余計な犠牲が出てしまった。

今でも、自らの愚かしさが嫌になることがある。


「積み荷に紛れ込ませて、運び込んだのは大公国籍の船です」

「……その積み荷の行き先は、まさか?」

「はい……王太子宮でした」

「なんたること……」


いくらかは予想していたのだろう。

カブイ・ソマルの反応は、想像外というより、当たって欲しくなかったというものであった。



故王太子だろうが、王太子妃だろうが、あるいは他の誰であろうが……王太子宮は、いろいろと困る場所だ。


王太子は、確かに王子の一人ではあるが、他の王子、王女たちとは全く違う。


まず、王太子領を持っている。

国王になる前に、統治を学ぶ必要があるから。

そして、当然のように、独自の軍事力も持っている。

軍の動かし方を知らねば、いざ国王になった時に大変だから……。


王太子は、小型国王とも言うべき権力者だ。



分からないではない。

いずれも、いちいちもっともな理由だ。

だが、独自の軍事力を持たせるのはどうか……。

カブイ・ソマルが、第一海軍卿の時から、ずっと国王に進言し続けていたのだが。


「伝統なのだ」

カブイ・ソマルの多くの忠言を取り入れた国王であったが、この件に関してだけは、首を縦に振らなかった。


さらに、当然のように、独自の軍事力を削ごうとするカブイ・ソマルは、王太子宮からすれば明確な敵に見える。


大なり小なりの嫌がらせを受けてきた。



もっとも、王国海軍のほとんどが、カブイ・ソマルへの絶対の忠誠を誓っていた。

それは、圧倒的な実績から。


兵士が指揮官を評価する基準は極めて単純。

勝って、自分たちを国に連れ帰ってくれるかどうかだ。


どれほど美辞麗句を並べ、勇ましい事を言おうとも、負ける指揮官では困る。

自分たちの命が懸かっているのだから。


その点、カブイ・ソマルは完璧であった。


王国内だけでなく、周辺国家からも『常勝提督』と称されるほどの実績。

さらに、全ての乗組員、将兵に分け隔てなく接する。



そのため、王太子宮はカブイ・ソマルを嫌ってはいても、表立ってたてつくようなことはなかった。

国王の前では特に。


一度、王太子となった者は、国王であってもそう簡単に廃嫡したりはしない。

だが、それでも、王太子を廃嫡する権限を持っているのは国王のみだ。


だからこそ、王太子も王太子妃も、国王の前では非常に従順に振る舞った。


国王は、王太子のずる賢い部分も理解していた節がある。

だが、それでも、多くの経験をし、成長することによって、良い特質を得てくれるようになるのではないか……そう期待していたのだ。

だからこその、独自の軍事力をも持たせたままにし、経験を積ませようとした。



だが……。



国王は事故にあい、さらに病に倒れた。

そこから、全ての歯車が狂ったといっても過言ではない。



カブイ・ソマルは、小さくため息をつく。


「殿下の即位式まであと四日。明日の午後辺りから、各地の貴族が王都に着き始めることを考えると……大胆な動きがあるのは、今夜か明日の午前中だ」

「はい。王女殿下のお護りは……」

「夜は大丈夫だ。殿下の許可をいただいて、例のリョウ殿が、殿下の寝室全体を氷の壁で覆っているそうだ」

「ひ、一晩中ですか?」

「ああ。とんでもないよな」

副官ナルンが驚き、カブイ・ソマルも苦笑する。


彼らが知る魔法の常識からは、かけ離れている。


「あの、リョウ殿とアベル殿、二人が味方に付いてくれたというその事実が、王女殿下の秘めたお力だ」

「おっしゃりたい事、分かります」

「さて……明日、何が起きるか……」

カブイ・ソマルのその呟きには、誰も答える事はできなかった。


『水属性の魔法使い』の総合評価が29万ポイントを超えました!

これもひとえに、いつも読んでポイントを入れてくださる読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!

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